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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百七十六話「英雄決戦 ―決断―」

 セントトリオールの隘路を形成するカスキア山。

 この山から撤退の指示を受け、帝国軍の実戦部隊は姿を消していたが、少数の偵察部隊はまだ残っており、麓の連合軍の動きを探る任務を続けていた。

 夜明け直前。

 同郷から動員された帝国軍少年偵察兵二人は生い茂る木々に身を隠し移動しながら、連合軍の陣地を見張る事が出来る斜面に滑り込んで周囲の枝葉を集め、穴を掘り、擬装の準備を始める。

 まだ薄暗く、連合軍の陣地どころか周囲もよく見えない。

 間もなく朝陽が昇り始めるだろう。

 ハッキリと明るくなれば連合軍陣地から発見され、兵を差し向けられるかも知れない。


「動くかな?」

「何がさ?」

「目の前の陣地にいるゴットハルト・リンデマンだよ、アイツがあの谷間を抜けてきたら、セフィーナ様と決戦になるに違いないと隊長が言ってたぜ、平気かな?」

「心配してんのか? でも相手はきっと動かないぜ、ゴットハルト・リンデマンは鉄槌遠征の時も、サンアラレルタの時も、戦力有利だったのにセフィーナ様と正面からは戦おうとはしなかったんだ、話によると目の前の陣地には一個師団程度しかいない、同数でセフィーナ様と戦う訳がないな」

「だろうね、ヤツはセフィーナ様には敵わないのが解ってるのさ、頭のいいヤツだからな……それに……」


 バタバタと擬装を進めながら、リンデマンに話し合う彼等であったが、一方の少年がパタと手と口を止めてしまう。


「な、なんだよ、もう明るくなり始めてるぞ、サボるなよ、案外に麓からこっちは見えるんだぞ!? 兵を差し向けられたらどうするんだよ!?」

「……あれは何だ!?」


 擬装している間に薄くであるが、昇り始めていた朝陽。

 それが照らしていたのは、夜の間に綺麗に片付けられた野営陣地とそこに整然と並ぶ連合軍兵士達。

 昨日までの沢山の並んだ幕舎からパラパラと連合軍兵士達が起き出してくるような牧歌的な風景はそこにはない。


「え……」


 完全武装をした兵士達は朝陽を合図にしたかのように、ゆっくりではあるが確実に北に向けて動き出す。

 

「ゴ、ゴットハルト・リンデマンが動いたぁ! アイツはセフィーナ様と戦うつもりだぁ!」


 その光景に数秒間唖然とした後、少年達は声を合わせて悲鳴を上げながら集めた草葉を放り出し、その場を逃げ出した。

 




「連合軍、夜明けと共にカスキア山の隘路に向けて北に進発する、総数二万近い、師団旗は第十六師団」


 ルイ・ラージュに陣取るセフィーナ師団にこの報は直ぐに届けられた。

 第十六師団はゴットハルト・リンデマン大将が率いる師団である事は既に帝国軍の兵士の間では有名だ。


「確かに北に進発してきているのだな?」

「進軍方向は何度も確認しています、報告の時間差を考えれば既に隘路を抜けて、もう今頃はセントトリオールに差しかかっているでしょう」


 ルーベンス少佐の確認に報告書を持った下級情報参謀が神妙な表情で答えると、ルーベンスはセフィーナに振り返る。


「上級大将閣下、これはゴットハルト・リンデマンが出てきたと考えて宜しいのですか? それとも我々が居なくなったので取りあえずはセントトリオールを確保に出たとか?」

「取りあえずの確保は有り得ないな」


 立ち上がり、作戦机に置かれた地図を見ていた軍服姿のセフィーナはルーベンスの指摘を否定した。


「取りあえずセントトリオールに進出して様子を観るなど、アイツはやらない、セントトリオールに駐留して我々が攻勢に南下してきたら、占領したばかりのセントトリオールを拠点に防衛戦など出来るか? 住民が信用なるか? 住民に我々の正規兵が混じっていて戦闘中に掻き乱されたら面倒この上ない、間違いない、アイツはやる気になったんだ、私とな!」


 セフィーナの語気には荒さがあったが、それは不機嫌な響きではない。

 期待していた通り!

 そう言いたげな響きであった。


「朝一番でもうセントトリオールに着いているのだから、おそらく休止を入れても昼には来るな」

「通常の行軍速度ならば、どこかで休息と食事を入れてもそれくらいで来ると思われます」


 問われた参謀が頷くと、


「よし、我々も兵士達に食事をとらせろ! 皆にこれから決戦だからよく食べて、戦闘態勢の命令が下るまではよく休んでおくように伝えるんだ!」


 大きく拳を振り上げながら、セフィーナは爛々と瞳を輝かせた。






「リンデマン大将がセントトリオールの隘路を抜けた!?」


 報告を受けたシアは思わず声を上擦らせた。

 セントトリオール平原の遥か南であるセルウィークという都市に駐留する連合軍第五師団。

 その任務は北に進んでいくリンデマン率いる五個師団の補給路を確保するのが任務であり、それをここまで完璧な形で遂行中である。

 もちろんシアの計画した完成度の高い輸送部隊の護衛計画もあったのだが、それ以前に帝国領にかなり深く入り込んでいるにも関わらず帝国軍による輸送部隊への襲撃が予想外に少ないもいう事もあった。

 飛び石作戦で無視をしてきた各中小都市に閉じ籠っているであろう貴族達の私兵達が全く大人しいのである。

 各地の私兵達が動けば、敗れはしないだろうが輸送部隊になりの損害が出るかもしれないと警戒していたシアは帝国の危機に対する貴族達の不甲斐なさに複雑な感情を抱きながらも、油断はせずに情報収集を続けていたのである。


「ハッ、どうやらリンデマン大将は味方の手元に残した一個師団でセフィーナ・アイオリアのいるルイ・ラージュに向かう模様です」


 参謀長のビスマルク少将は頷く。

 セントトリオール方面のこれまでの経緯は逐一、情報として入ってきていた。

 連合軍の迂回戦略を受け、帝国軍が北上した事も昨日、早馬で知らされていたが、それを受けてリンデマンが迂回部隊を待たずに麾下の一個師団で前進をするとはビスマルク少将は考えていなかった為、彼も予想外の動きに神妙な顔つきだ。


「セントトリオールとこのセルウィークの距離を考えれば……」

「今頃、両軍が戦っていてもおかしくありませんな、リンデマン大将とセフィーナ・アイオリアの同数での戦いが」


 見合うシアとビスマルク。

 黒髪美麗の亡命中将は暫し、口元に掌を当てた。

 その瞳を誰もいない横に逸らしながら思考する数秒。

 再び正面に戻した切れ長の瞳に僅かに険を見せながら、


「幸い帝国貴族達の補給路への攻勢は予想外に少ないです、次の展開に備える為、私は一万の兵を率いてセントトリオールに北上します、この周辺の補給路の確保はビスマルク少将、任せていいでしょうか」


 と、決断を下す。

 本来ならば、軍団長のリンデマンの裁可を仰ぐ必要のある戦略的な移動であるが、シアの即決に躊躇は無い。

 既にルイ・ラージュに着いているかも知れないリンデマンに再び早馬を遣わして、裁可を伺う暇など無い。


「それが宜しいでしょう、輸送部隊の護衛は我々にお任せください! セントトリオールへ行ってくださいシア中将」

「任せました」


 自分の案に賛成して敬礼するビスマルク少将に、シアは微笑みを浮かべながら返礼する。

 


 自己判断によるシアの北上。

 この行動が後のセフィーナとリンデマンの戦いに大きく影響する事になるのであった。




続く

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