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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百七十二話「英雄決戦 ―湯船思案―」

 一行がカラキア山を下りて帝国軍陣地に戻ってきた頃には既に夕刻を迎えていた。

 セフィーナは夕食を兼ねて作戦会議を開くからと親衛遊撃軍第一師団の幹部を召集する様にルーベンスに命じ、それまでの時間で汗を流す事にした。

 湯浴みの準備をするのはメイヤをリーダーとする護衛の少女達の役目だ。

 どんな間違えがあってもセフィーナの肌を他の者に見られてしまうようなトラブルは赦されない。

 十人の護衛の少女が武器を携帯したまま、周囲に二重のカーテンが掛けられたセフィーナの野営用の湯浴み場をガードする。

 土地によっては湯浴みの用意自体が大変な事があるが、今回は比較的楽である。

 陣の近くに川があり、その水を利用できるからだ。

 組立式の木製の浴槽が設置され、竈で薪をくべながら温度を調節する係の少女が一人つく。

 もちろん彼女も手練れの護衛の一人、いざというときには薪を用意する為の手斧を他の物にも振り下ろす。

 

「セフィーナ、準備が済んだよ」

「わかった、お前も山登りしたのだから一緒に入ろう、それに山中ではずっと警戒しっぱなしだったから疲れたろ?」

「うん、私も入るよ」


 幼馴染みの気遣いにメイヤはコクリと首を縦に振った。

 陣中であるが、周囲には自分が鍛え上げた信頼できる少女が油断せずに警戒に当たっている。

 油断は出来ないがいつまでも張り詰めてもいられない。

 セフィーナの言う通り山中では全く警戒を解かなかったメイヤもようやく兜の緒を緩めて、セフィーナと共に疲れを癒す事にした。



 周囲には囲まれた幕があるが、上は露天であり見上げれば吸い込まれるような星空。

 セフィーナとメイヤは身体を洗い流し、湯船に浸かる。

 湯船はなりに広くは作られてはいるが、二人で入ってしまうとユッタリと脚を伸ばしてとはいかないが、幼馴染みの二人にとってはそんな事は気にならない。


「良い星空だな、暫くは晴れるか」

「そうだね、あのさぁ」

「どうした?」

「ルーベンス、連合軍の陣地の何に気づいたの? 急いで山を下りたから聞きそびれた」

「ああ……それか」


 聞きそびれたとか言っているが、山中では殆ど無駄話もせず、周囲の警戒に集中していたメイヤだ、セフィーナとルーベンスのしていた作戦上の話はほぼ耳に入らなかったのだろう。


「簡単な事だ、カラキア山から観た連合軍はおそらく一個師団程度しか残っていない事に気づいたんだ」

「えっ? アイツら五個師団いるんでしょ? それに何を観たらそれに気づくのさ、それを聞いてんだよ」

「ああ……居るんじゃなくて、居た、というのが正解、そして今はまだ五個師団いるように見せかけてるんだ、確かにリンデマンは上手く陣を広く張って大軍が駐留しているように見せていた、私も気づけなかったが、ルーベンスが注意して観ていたのは陣では無くて、輜重部隊の方だ」

「ご飯用意してくれる人達だね」


 メイヤの言い方にセフィーナは言っても仕方がないか、間違ってもいないからなという複雑な表情を見せた。


「そうだ、輜重部隊もリンデマンは多く見せかけていたが、ヤツもそこの専門家じゃない、ルーベンスは輜重部隊の陣には武器や食糧と物資が大量に用意されてはいるが、それを輸送する運搬部隊が極端に足りない事に気づいたんだ、輜重部隊には人間だけじゃない、運搬用の荷馬車や台車など多岐に渡る輸送手段が必要なんだ、それらを偽装するのは難しいからな、ルーベンスは五個師団がまだ滞陣しているならその規模に合った輜重部隊が居ない事に疑問を持ったんだ、言われて私も確認したがやはり物資を輸送する荷駄隊が少なかった」

「どっか行ったの?」

「陣を離れた戦闘部隊に付いていったに決まってるだろ? 戦闘部隊の長期移動には輜重部隊の荷駄隊がいなければ話にならないのだからな」

「陣を離れた? 帰ってくれたの?」

「それだと有り難いがそうじゃない」


 メイヤの反応にセフィーナはフフッと笑った。

 目の前の幼馴染みの親友は殆ど戦況に興味を持たない。

 戦線で圧勝していようが、不利な退却をしていようがメイヤの至上命題はセフィーナの命を護る事なのだ。


「帰ってくれたら助かるんだが、私の推測ではリンデマンはおそらく四個師団をこのセントトリオールを通らずに北に向かう迂回ルートに回したと見てる」


 セントトリオールを通らずに帝国中央部に至る迂回ルート。

 一週間近く、余計な日数がかかってしまうがセフィーナの読みではリンデマンはそこに麾下の四個師団を向かわせたと観ているのだ。


「迂回するなら皆でいけば良いじゃん」

「普通にこのセントトリオールの突破を諦めたならな、ところがヤツはそんなに可愛いげのある男じゃない、アイツはここで我々を捕捉して全滅させるつもりなんだ」

「どゆこと?」


 ふぅ。

 首を傾げたメイヤにセフィーナが息をつくのは湯の熱さだけが原因ではない。

 諦めてはいるがメイヤがあまりにもあまりにも戦略、戦術に興味を持たない事に対する物でもあった。


「迂回ルートを進んで我々の北側に出た連合軍四個師団が南下して、このセントトリオールに来たらどうなる?」

「挟み撃ちされる?」

「当たりだ、それくらいはわかるんだな……北側から四個師団に攻められたら、ここにいる私の師団はひとたまりもない、南に逃げようとしても今度は……」

「今、隘路の向こうにいる一個師団の連合軍が隘路を通してくれない」

「そうだ、我々を護ってくれていたあの狭い道が今度は我々の命とりとなるんだ、そうなるとヤツは自分が手こずった隘路を利用することが出来る」

「なるほどねぇ~、色々かんがえるんだなー」


 抑揚の無い声で感心するメイヤ。

 まるで他人事に聞こえるが、それはいつもの事だ。


「でもさぁ、まだマリアとクルサードが北にいるじゃん、奴等を急いでこっちに呼んで、南にいる一個師団を取り敢えずぶっ叩いたら良いんじゃないの?」

「各個撃破だな? ようやくメイヤも戦術について考えてくれたな」


 メイヤの珍しい提案にセフィーナはおっ、と言う顔を見せた。

 現在、セントトリオールの隘路を護るのはセフィーナの一個師団であるが、親衛遊撃軍の残るマリアとクルサードの二個師団はセントトリオールの北で待機している。

 メイヤはその部隊を呼んで隘路を越え、残った連合軍を叩けば良いと言っているのだ。

 たがセフィーナは残念とばかりに首を振る。


「数的にはそれで三対一にもなるし、今から遊弋させている二人を呼び寄せても迂回した敵が背後に現れるまでかなりの猶予があるだろうが、今度は今までと逆で隘路を我々が南に向かって攻め込む番だが、相手が今の我々の真似をして隘路を出た所で半包囲態勢で待ち構えていたら易々と突破できるかな? 相手はそれにはもう備えてるんだぞ?」

「あ……だからか!」


 メイヤの何かを気づいた顔にセフィーナは自分の教えが上手く伝わった家庭教師の様に笑顔を見せた。


「そうだ? 現に相手はもう我々と同じように半包囲態勢をとっている、これは我々が連合軍の挟撃作戦に気づいて各個撃破作戦に出てきた時にそうさせない為の守りの構えなんだ」

「じゃあクルサードとマリアを迂回部隊に向かわせて守らせるのはどうかな?」

「それが妥当な策だな、でもそれだと迂回部隊四個師団に対してマリアとクルサードが二個師団で不利、更に迂回路にあたる場所にはサンエルディナルという街があるが、そこは城壁も無く戦力差があると辛いかもしれない、もしクルサードとマリアが負けるような事があれば我々はまさに袋のネズミだ」

「むーっ」


 戦局的に難しくなったという事は理解したメイヤは湯船に顔を半分沈めてブクブクとさせた。


「マリアとクルサードが簡単に負けるとは思いたくないが危ないのは確かだ、連合軍は将ももちろん兵も手強い」


 素直な印象であった。

 守り戦ならばクルサードとマリアが倍の相手であっても簡単には負けないとセフィーナは信じているが、連合軍は手強く戦場は何があるかわからない。

 現にセフィーナは連合軍第九師団相手に味方の実戦経験の不足から思わぬ苦戦を強いられたばかりだ、何かが起これば如何にクルサードとマリアでも倍の敵は支えきれないだろう。


「じゃあ、どうすんのさ?」

「そうだな……」


 メイヤの問いにセフィーナは浴槽の縁に両手をかけながら夜空を見上げ、


「連合軍は思ったよりも遥かに強い、更にリンデマンの得意そうなこういう駆け引きをしていたら、いつかはジリ貧だからな……一気に決着をつける、それも良いかもな」


 そう呟いた。




続く

  

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