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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百七十話「英雄決戦 ―苦戦、誤算、同情―」

 セントトリオール平原。

 カスキア山とメルベイア河の隘路を利用したセフィーナ率いる親衛遊撃軍第一師団の防衛戦術は連合軍ガブリエル中将率いる第九師団相手に有効に作用し、隘路を抜け出てきた敵軍を半包囲し有利に戦況を展開する。

 しかし兵士や士官の経験不足から生じた一個大隊の味方の独断専行により、戦況は帝国軍にとって優勢から暗転の可能性すら産まれ始めていた。


「敵軍は強引に我々の半包囲網を抜けるつもりです!」

「損害度外視だ、そうだな……この隘路の突破、確保さえなってしまえば味方の大軍が後ろから駆けつけてくれる、損害が出ても突き通すのは当たり前だ」


 参謀の慌てた様子の報告にセフィーナ舌打ちする。

 説明した通りだ、多少の損害を受けても隘路の突破さえなれば優勢な味方からの増援が幾らでも可能なのだ。

 セントトリオール平原のこの隘路の突破さえなれば、帝国軍はもうここを守り抜けないだろう。


「敵、連合軍第九師団! 来ます!」


 帝国軍の穴を狙った一点突破のみを目標とした一万八千の敵軍の採算度外視の突撃。

 これが実現すれば、いかにセフィーナと言えども戦線を維持する事は敵わない。

 上手く相手を受け流し後退しつつ、連合軍第九師団に多大な損害を与える事は出来るかもしれないが、それでは隘路の突破を赦してしまう。

 第九師団には勝てても後に続く大軍はどうにもならない。

 堅固と思われたセントトリオールの防御線は連合軍の一度目の攻勢で崩壊する。

 そんな可能性すら産まれ始めていた。


「突破だ、突破せよっ! 損害は構わん! ここさえ越えてしまえば後方の味方が我々の後に続いてくる、そうなれば帝国軍もおしまいだ!」


 比較的理知的な性格と指揮で知られるガブリエル中将も馬上で剣を抜き放ち、興奮を抑えきれなかった。

 相手の一部の突出を突いた形とはいえ、敵味方両軍で既に伝説になりつつあるセフィーナ・アイオリア相手にサンアラレルタの屈辱の借りを返す勝利が見えてきたのだ。

 

「いけえっっっ!!」


 目の前の親衛遊撃軍第一師団の半包囲の崩れた一部への突進を更に命じたガブリエルであったが……後方から大音響の鬨の声が聞こえたのだ。


「閣下!」


 傍にいた副官の悲鳴に近い声に、思わず彼の顔の向いていた方向を見てしまう。

 ……突破してきた筈の隘路の方角であった。

 隘路を形成していたカラキア山の緑の山腹から空を埋め尽くさんとばかりの矢が隘路に殺到していた第九師団の中軍に降り注いでいたのだ。

 そして、鬨の声の主はカラキア山を駆け降り、隘路を細く行軍する連合軍に襲いかかったセフィーナ師団の別働隊であった。


「ふ……伏兵かっ!! カラキア山に隠していたのかっ!」

「閣下! 山腹から隘路に向けて敵軍が駆け降りて我々の師団の中軍の横腹を突いています! あれでは!」


 連合軍第九師団は隘路で伏兵と矢の雨に足を止められた中軍とまだ隘路にも入れていない後軍、そして……


「ここまでで隘路を突破できた我々の先鋒とで……分断されてしまう……そうなれば」


 ガブリエル中将の背中に悪寒が走る。

 危惧はもちろん当たった。


「よし、全軍半包囲を急速に狭めて前進! 連合軍第九師団の先鋒を木端微塵にして、隘路に駆け降りた味方の伏兵部隊と合流するんだっ! ついでに敵の中軍も追い返せっ!」


 セフィーナが自ら仕掛けた罠が発動した際の反撃のタイミングを逃す訳はなかった。

 連合軍第九師団先鋒に対してセフィーナの反撃は素早くおこなわれた、崩れた味方は無視して頼らず、残りの一万八千に達する戦力で半包囲を更に狭めて、突撃を敢行すると隘路を突破出来ていた四千程の連合軍第九師団の兵士達はたちまち崩れた。

 どうにかして隘路を後退しようとする彼らだったが、そこには伏兵に横腹を突かれて混乱している同じ師団の中軍。

 互いに落ち着いた状態であれば、カラキア山から駆け降りてきた少数であろう帝国軍の伏兵を挟み撃ちで屠り、先鋒と中軍が合流して退くなり、再び突破戦をセフィーナの本隊に挑むなり出来ただろうが先鋒部隊はセフィーナ本隊に背中を追われ、中軍は奇襲を受けている。

 いかに歴戦のガブリエル中将であっても、この状態で秩序整然とした統一指揮をしろという方が無理であった。


「どうにか撤退するんだ!」


 追撃を受けながらも、連合軍第九師団の先鋒はどうにか混乱する中軍と合流……と、言うより、互いにこれ以上の抗戦を諦め狭い通路を先を争い、出さなくてもいい損害を重ねながら隘路を逆戻りする羽目になったのである。


「やったぞ! 追い返した!」

「おととい来やがれ!」

「やった、やった!」


 ほうほうの体で後軍と合流し、完全に隘路の入口から撤退していく連合軍第九師団。

 帝国軍の兵士達は勝利を確認し、歓喜に包まれる。

 セントトリオールでの親衛遊撃軍と連合軍第一軍の緒戦は帝国軍が連合軍第九師団の一万八千に二割以上の損害を与え、見事に撃退に成功したのであるが……


「緒戦でカラキア山に隠しておいた弓隊から伏兵まで使ってしまった、思う通りならば私の本隊だけの戦術で相手を追い返せる条件は揃っていたのに」


 セフィーナは浮かない様子で勝利に沸く味方兵士達を見つめ、今回の苦戦の原因となった無断で突出した大隊の司令部の幹部の主だった者達に厳重に注意を与えた。

 この処分にしても、初めは大隊幹部の全員更迭を考えたが、それをしても代わりに大隊を動かす司令部を新たに編成するのが困難という人材不足事情により妥協した結果。

 セントトリオールの戦いの緒戦は結果だけ見れば帝国軍の勝利である事に異論は無い。

 だが戦術面において味方の専行と隠していた切り札を初めから切ってしまったセフィーナは素直に勝利の笑顔を浮かべる事はなかったのであった。





「カラキア山を単なる隘路を形成する障害ではなく、側面からの支援地点として利用していたか、相手も流石だな……ガブリエル中将、ご苦労だった、予備兵力から損害は補填させるから兵力の再編成を行ってくれ」


 後方より戦いの始終を督戦し、敗走したガブリエル中将から直接の報告を受けたリンデマンは敗戦を素直に認め謝罪する中将を労り、兵力の再編成を命じて幕舎を下がらせる。

 対セフィーナにおける再びの敗戦にガブリエル中将は頭を深々と垂れたが、それには特に彼は感情は出さなかった。

 第一軍の司令官としてリンデマンが器の大きさを示した、そんな訳では当然なかった。

 ガブリエル中将に重大な手抜かりや判断ミスがあったなら別であるが、隘路を守る敵への攻勢という状況的にも不利な戦をさせたのは自分であるし、口には出さないが緒戦の様子見でセフィーナがどういう戦術展開をするかという最低限の仕事はしてくれたと考えたからだ。

 疲労困憊の足取りで再び頭を下げ、幕舎を出ていくガブリエル中将。

 そんな彼を見送ると、リンデマンはヴェロニカが淹れてくれたコーヒーを一口飲み、


「しかし……第一線級の戦力である親衛遊撃軍の、それもセフィーナが直接率いる第一師団で専行からの苦戦か、おそらくカラキア山からの弓隊の掃射も伏兵も緒戦では切るつもりのなかったカードだったのだろうが……色々と苦労をしているな、まぁすぐにではないが、その労苦からは解放して差し上げるが」


 と、複雑な表情を浮かべた。

 その態度はまるで司令官同士、何処かセフィーナに同情している様にもヴェロニカには見えたのであった。




続く 

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