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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第十七話「反乱者と帝国皇女」

 此度の反乱の首謀者、バービンシャー候テヘウスは変わった経歴を持つ男である。

 幼い頃より帝国貴族の贅沢さを十二分に味わって育てられたが、三十代半ばになり、突如としてそれらをパタリ止め、世継ぎになる前に旅をしてくると、美食と飽食で肥えきった身体に少ない手荷物を持ち、供も連れずに姿をくらました。



「乱心だろうか?」

「世継ぎが嫌で、逃げたのでは?」

「一月もしないうちに外の厳しさを知り帰ってくるだろう」



 今までの放蕩ぶりを知る者達は彼の気候を訝しみ眉を潜めたが、約一年後に皆は驚愕する。

 帰ってきたテヘウスは頭を丸め、すっかり焼けた細身の身体で戻ってきたのだ。

 驚きはしたが、とにかく息子の帰還を喜んだのは彼の父である先代バービンシャー候。

 しかし、山中で自然神を崇拝する少数民族と交わっていた、というテヘウスは姿だけでなく、人間が変わり切っていた。


「父上、我々が長く恩恵を受けてきた生活は間違っております、民が支配者である貴族の為に尽くす世界ではなく、指導者として我々が民の見本となり、彼らの為に良い道を記し、一部の者が富の独占をする社会を改め、平等と規律と正義のある国家を創らねばいかんのです」


 と、旅立つ前まで己と一緒に贅を楽しんでいた父親に反省を求めたのである。

 帝国の貴族という生き方に一切の疑問も持たず生きてきた父親にはそれを理解するのに抵抗があり、半年の時間がかかったが、言葉の通り今までの贅を棄てた様子の息子に耳を傾けると、ならば所領を上手く正義でまとめて見せよ、とテヘウスに家督を譲り隠居した。

 それから数年、バービンシャー候領は規則や刑罰が厳しく犯罪や汚職は減り、生産は管理の元で皆で分け合うという独自の政治を行う所領となったのである。


「人が正しい世界、一部の富裕層による富の独占を廃した平等な世界、争いの原点である欲を正義で制する世界」


 目覚めた理想。

 それを現実とする為には、帝国貴族の中でも上の下程度の自分の所領はあまりにも狭かった。

 理想に賛同する者達からの支援も受け、彼は決心した。

 アイオリアと一族に牛耳られた帝国でもなく、各州の都合や議員達の派閥争いで政治が決まってしまうような南部諸州連合でもない、第三の正義の国の建国を。


「テヘウス指導長様……」

 

 バービンシャー城内、薄暗くガランとした大広間の石畳の真ん中に一人で座る坊主頭の男を報告書を持った武官が呼ぶ。

 対して静かに目を開けた男がテヘウスである。

 彼は帝国に歯向かった時から、皆の正しい生活や規則を指導する立場である指導長と名乗り、バービンシャー侯爵としての地位を自ら捨て去っていた。


「どうした?」


 父の代まで城に集めた調度品や美術品はことごとく商人達に売り払われ、頻繁に宴会が行われていた大広間には何も置かれておらず、灯りも最小限である。

 テヘウスはいつもその薄暗く広い空間の真中に座り込み、精神を落ち着かせ、様々な思案を巡らせているのだ。


「帝国が我々に対して兵を挙げました、約二万から三万の遠征軍が編成されたという事でございます」

「最低で二万……思ったより少ないな」


 テヘウスは痩せた顎に手を当てる。

 二万とは一個師団よりは多い程度だ。

 五、六万の数個師団の鎮圧部隊の登場を予期していた彼としては意外であった。


「相手の将は?」

「セフィーナ・ゼライハ・アイオリアという情報でございます」


 それを告げる武官の声には神妙さがあった。

 テヘウスの眉がキッと角度を持つ。

 先に第四次ヴァルタ平原会戦において、八千の兵で五万の南部諸州連合軍相手に完勝を収めた今や帝国が内外に誇る美姫であり、最近では英雄姫とまで呼ばれている。


「兵達はどうだ、相手が英雄姫セフィーナと知って動揺があるか?」

「ございます、少数ですが、兵士達に脱走者が出た模様です」

「戦わぬうちから脱走者が出るのでは、戦って負けたら、皆が逃げ出すな」

「……」



 武官は何も答えなかった、あながち冗談ではなく本当に起こり得るといった様子。



「勝たねばな……正義の為に」



 唇を引き締め、自らが信じる信念を達成する為、テヘウスは立ち上がった。 



 

         ***



「彼は宗教家にでもなったのか?」

「外に出て、清廉な人間に生まれ変わったという事ではないしょうか?」

「そんなに簡単に人間は生まれた性を変えられるのだろうか、疑問だな」

「面識がないので、どうとも」


 反乱者バービンシャー候テセウスについての報告書を読み、第一声を発したセフィーナ。

 対してシア・バイエルライン大佐は自分でもつまらないと思う当たり障りのない返事をした。

 総勢二万五千の編成を終え、フェルノール郊外に集合した討伐軍司令部の幕舎。

 銀髪を腰まで伸ばしたセフィーナとほぼ同じ長さの艶のある黒髪のシア・バイエルライン。

 十七歳と二十七歳という年齢の差はあれど甲乙つけがたく美しい女性二人は、討伐軍総司令官と参謀長という立場だ。



「テヘウス候の人となりは、とりあえず置いておきまして、偵察情報によりますと反乱軍は制圧したコーセット、コモレビト、本拠地のバービンシャー、そして包囲しているエトナに各々に兵を配置していると思われます、配分は不明ですが、勝ちに乗じて総勢は五万にはなっている可能性もあります」

「うん」



 作戦図をテーブルに広げるシア。

 まだ作戦の書き込みがされていないそれは西部地域の地図でしかないが、セフィーナは軍帽を脱いでそれに見入る。 


「ファンタルク荒野を中心に東にコーセット、北にコモレビト、西にバービンシャー、南にエトナという配置で地図上の解釈は間違ってません、地形起伏は各地でそうはありませんので。各地の往来は比較的自由です」


 西部は首都のある東部に住む人間には土地勘が全くない。

 シアは遠征が決まってから部下達と綿密に調べた地域の説明をセフィーナに始める。


「ファンタルク荒野に反乱軍は兵を配置しているのか?」

「確認されていません、配置していたとしても少数との事です」

「今回の要所四ヶ所を臨める中心地点だぞ? 私が敵軍の司令官ならば、最も有力な部隊を率いて自ら布陣するけどな」

「ですが、そうはいかない難所なのです」


 セフィーナの疑問を予期していたかの様に、シアはファンタルク荒野に鉛の筆で太い円を書く。


「ファンタルク荒野は川もなく、半砂漠と半岩場といった地形で水が溜まりにくく、確定された水場がほぼ存在しないのです、そうなると……」

「人も住まない、街もない、森もなければ食料も獲れない、万単位の布陣など何日も出来ない……そう言いたいのだろ?」

「その通りです、小規模の馬車駅はありますが、師団が長く滞陣など多大な補給を受け続けなければ不可能です、仮に我々が電撃的にここを取ると」


 言いたい事を察したセフィーナに、シアは自分の意見を付け加えようとしたが……


「三方から、いや下手をしたらエトナからも合わせて四方から包囲されて補給も儘ならなくなってしまう……と」

「その通りです、戦略的に要地に見えるファンタルク荒野を放置しているのは敵軍に十二分な補給能力がないという事もありますが、我々がそこに布陣出来ないだろうという敵の読みもあるのでしょう」

「ふぅん、一気に本拠地であるバービンシャーを臨むという電撃的な作戦を決行しようと、ファンタルクを通れば、待ってましたの敵軍の包囲攻撃を呼び込むのか」


 机に置いた軍帽を指で回し始め、セフィーナは作戦図を見下ろす。

 シアは何も告げない、いや何も告げる必要がないと感じた。

 自分は形式上は参謀長という役目をしてはいるが、セフィーナは自ら作戦を立案するタイプの将官であり、特に作戦参謀は必要としない司令官だと

 

「よし」


 セフィーナは手で回していた軍帽を改めて美しい銀色の髪の上に乗せた。


「何か作戦が?」

「深く考える事はないな、我々が有利な事を活かし、敵軍が不利な事を突く、それをしていれば作戦はおのずと決まってくるだろう、さぁ皆に訓令に行こうか」


 万の戦いの策を微笑みで語り、軽い足取りで幕舎から外に歩き出す麗しい帝国皇女。


『簡単には変えられない生まれた性か、ならば天性の才や美麗、そして複雑な運命すらも性というのだろうか?』


 シアはセフィーナがバービンシャー候テセウスについて言った言葉を思い出し、それを彼女に当てはめて思考を巡らせながら、大人しく後についていくのだった。



                    続く



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