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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百六十九話「英雄決戦 ―セントトリオールの戦い―」

 左手には山々と大河、右手には山裾。

 北方に拡がっていた平原はそこで逆扇形に狭まる。

 典型的な隘路。

 帝国領侵攻作戦開始よりほぼ停滞なしに北上を続けていた連合軍第一軍がセントトリオール平原に到着したのは七月の下旬であった。


「セントトリオールの街はあの隘路を抜けた先にありますが、そこには一万を越える集団が待機している模様です」

「ご苦労」


 情報参謀からの報告を受けたリンデマンはそれに頷くと、腕を組んで戦場になるであろう数キロ先の景色を観察する。


「やはり面倒くさそうだな」


 もちろん知らなかったという事ではない。

 侵攻作戦の立案、検討の時点でこのセントトリオールの地形については問題視されていたのだ。

 リンデマンに情報参謀が更に報告する。


「報告によれば親衛遊撃軍は全軍ではないようです、一個師団のみを前線に出している様子、偵察によると親衛遊撃軍の第一師団との事」

「そうだな……あの隘路を抜けようとする我々を向こう側で半包囲しつつ防ぐのがこの場合の有効手段だが、向こう側も三個師団五万を越える戦力はあの範囲ではもて余す、ならば後詰めに後方に控えさせておくなり、我々が分派して別動隊が迂回路を回って帝国軍の背後を突く危険性に備え、迂回路を守らせておいた方が妥当な戦術だな、要するに十数万で攻撃するにも、五万で守るにもこの地は狭すぎるのだ」

「なるほど、確かに……」


 説明に同意する情報参謀。

 リンデマンは傍らに控えるヴェロニカに振り返る。

 

「まずは相手の防衛策を観てみる、ヴェロニカ……第九師団のガブリエル中将に隘路を突破せよ、と伝えよ」

「了解しました、第九師団ガブリエル中将に隘路の突破を命令いたします」


 命令を復唱したヴェロニカはペコリと頭を下げ、近くに何人か控えた伝令兵のうち二人を第九師団に走らせた。




「親衛遊撃軍に借りを返してやろう! 絶対に相手の防衛線を突破するんだ!」


 先陣を任された連合軍第九師団ガブリエル・マース中将が馬上で拳を振り上げると、部下たちも歓声を上げる。

 サンアラレルタ会戦で第十一師団と共にセフィーナに散々な目に会わされてしまった彼等にとっては今回は雪辱戦だ。

 

「進めっ!」


 隘路の突破を機動力で果たそうと計るガブリエル中将は躊躇なく突撃を命じる。

 元々は猛将型でなく、慎重に戦を運ぶ堅実派のベテラン司令官である中将だが、今回は危険な隘路を素早い用兵で突破するという戦術を選択した。

 鬨の声を上げ、突撃を開始する第九師団一万八千。

 徐々に狭まっていく平原を駆け、山裾と川の間の隘路に差しかかっていく。


「敵軍ですっ、帝国軍親衛遊撃軍第一師団の旗です! セフィーナ・アイオリアの直轄師団だ!」


 隘路の向こうに守る帝国軍が見えた。

 眼の良い偵察兵が興奮気味にサンアラレルタで苦汁を舐めさせられた仇敵の登場を叫ぶ。

 ガブリエル中将が剣を抜く。


「よし、諸君! 我々のサンアラレルタでの屈辱を晴らす唯一の簡単な方法を教える、隘路を駆け抜け現れた敵を完膚なきまで叩きのめせ!」


 オオッ!!

 連合軍第九師団の歓声と突撃の地響きがセントトリオール会戦の始まりの鐘であった。






 連合軍第九師団の突撃に対して、セフィーナ率いる親衛遊撃軍第一師団の防衛陣形は半包囲態勢で隘路出口付近で待ち構え、相手の陣形が隘路通過から完全に展開しない内に叩く。

 極めてオーソドックスである戦術をセフィーナは選択したと言って良い。


「まだだ、相手の中軍が隘路に差し掛かるまで待つんだ、奴等は私達の巣穴に入ってこようとする蛇だ、入ってきた頭を焦って叩いたら相手はすぐに首を引っ込めてしまうからな、身体が巣穴に入った後じゃ引くに引けなくなる、焦るな!」


 半包囲態勢で待ち構える帝国軍。

 セフィーナは左手を横に伸ばして、今にも連合軍第九師団にかかっていきそうな味方を制した。

 鋭い深紫の鋭い瞳が第九師団の動きに注視する。

 連合軍第九師団の先頭が鬨の声を上げながら隘路をこちら側に抜けてきた。

 ここで相手の先頭を叩くのも有効だ。

 この状態では連合軍第九師団は細い状態の先頭しか戦いには参加できない……だがセフィーナは待つ。


「上級大将閣下!」

「待てと言ったろう! 堪え性の無い! さっきもお前でも理解できるように説明したばかりだろうが!」


 副官のルーベンスの催促にセフィーナは怒鳴り返す。

 一対一の決闘では一瞬、一瞬の隙が勝負を分ける。

 戦場が万単位であっても、たった数十秒の焦り、躊躇が勝敗を動かす事もある。

 左手を横に伸ばしたセフィーナはまさにその時を鋭い瞳で逃さんとしているのだ。

 そんな彼女を何度も見てきたルーベンスは近づきつつある自分達を目標とした殺戮集団の接近を息を呑んで見守るしかない。

 連合軍第九師団がこちら側に抜けて、拡がり始めた。


「攻撃開始っ!!」


 英雄姫の左手が前に振られると、半包囲態勢の親衛遊撃軍第一師団二万から矢の嵐が放たれた。

 この猛射で第九師団の出足を止め、半包囲からの接近戦で損害を与え、相手の戦力が隘路から拡がる途中を叩き続けて主導権を握り続ける。

 隘路を出た直ぐを叩くのが連合軍の正面戦力が少なく有効手段ではあるが、それでは常に相手の少ない正面戦力にしか損害を与えられないし、渋滞が過ぎれば第九師団は撤退しかねない。

 少しだけこちら側に入れさせ、相手にも突破の可能性の気を持たせながら大きな打撃を与えたい。

 戦闘開始から一時間、このセフィーナの些か欲張りで都合の良い戦術は陽の目を見た。


「何という事だ! いつまでも突破が出来そうで出来ないではないか、一方的に叩かれるだけだ!」


 ガブリエル中将が激怒する程、セフィーナの親衛遊撃軍第一師団は第九師団を一方的に叩き続けた。

 しかし、その三十分後。

 半包囲をしつつ第九師団を叩いていたセフィーナ師団の一部が第九師団に指示も無しに追撃したのだ。


「ああっ! 何をやってるんだっ!」


 明らかな突出。

 思わず怒鳴るセフィーナ。

 予期していなかった単独行動に走ったのは、訓練のまだ行き届いていなかった新兵の多く混じった一個大隊だった。

 半包囲で叩かれる相手に止めを刺そうと興奮状態に陥った数百の兵士が突撃を敢行、それを大隊長も止められずに更に周りの者達が続き、約二千の部隊が半包囲から抜けて第九師団に突っ込んで行ったのである。


「ガブリエル中将!」

「うむ! あの突出した敵軍の攻勢を一旦防ぎ、止まったら総反撃だ!」


 ここまで叩かれ続けたガブリエル中将であったが、まだ復讐に磨がれた牙は健在だった。

 総参謀長に強く頷くと、突撃してきた二千の部隊に対して一旦は防衛に徹する。

 勢いのあった帝国軍突出部隊だが、それはあくまでも本隊との連携があっての物、直ぐにその攻撃は行き詰まった。


「そこだ!!」


 ガブリエル中将の狙いが当たった。

 そこに総反撃を加え、二千の突出部隊はすぐに崩れて、自分達の軽率な突撃に後悔して反転、味方陣営に帰還しようとするが……それは都合の良すぎる我が儘だった。


「今だ、隘路に残る後続部隊にも伝えろ、犠牲を厭わず全軍で突出部隊を追撃して、そのままの勢いでセフィーナ師団に大穴を空けてやるんだ!」


 ガブリエル中将は決断した。

 帝国軍の指揮系統に乱れが出た今こそが天の与えたもうた復讐の時。

 損害の大きな事は承知で、セフィーナに生じた一瞬の誤算という穴にツルハシを打ち込もうとしたのである。



「セフィーナ様っ!!」

「呼び方が違うっっっ!!」

「も、申し訳ありません、上級大将!」


 焦りの色を隠せないルーベンスはセフィーナの明らかに苛立った怒鳴り声に敬礼してしまう。

 これが今の帝国軍か……

 セフィーナは唇を噛む。

 戦乱の膨脹や相次ぐ内乱で磨り減った軍には配属されたばかりの兵士や士官が多く、更に彼等を指揮する高級指揮官にも人材が不足して、本来ならばならないような経験年数で指揮官になってしまっている者もかなりの割合で存在した。

 そんな立場になってしまっているのは帝国軍自体に問題があり、一様に彼等を責められないが……


「くそっ……まだ士官学校どころか、ボーイスカウトも終わらせてないヤツが戦に出てるじゃないか!」


 セフィーナは腰に両手を当てながら地面の土を蹴り、


「まだ、出すつもりはなかったが仕方がない! クルーズ中将に連絡して、三番の攻撃点を重点的に行動を開始せよ、と伝えるんだ!」


 と、ルーベンスを睨み付けたのだった。



続く

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