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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百六十六話「英雄決戦 ―女の野望―」

「サクラウォール南方の陣を払った親衛遊撃軍はサクラウォールにも入城せず、更に北方ラサウォール方面に撤退した模様」


 進軍の小休止の際に入ってきたセフィーナ撤退の報に再び司令部にブライアンがやって来ると、リンデマンは馬から降りずに休息を取る兵達を見守っていた。


「リンデマン大将、親衛遊撃軍が踵を返して北に撤退していきました、これは一体、どういう事なのですか? セフィーナ・アイオリアは帝国起死回生の勝利を獲る為、我々との一大決戦を欲しているのでは無いのですか?」


 馬上のリンデマンに駆け寄るブライアン。

 そんな彼に馬上から視線を送ると、リンデマンは馬を降り、手綱を後ろに控えていたメイドに渡し、ブライアンに振り返る。


「彼女の狙いは圧倒的な有利にも関わらず、万が一の敗北に怯え慎重になろうとする我々の心理……戦力的には圧倒しているというのに決戦をすれば負けるかもしれない、我々が負けてしまったらベネトレーフのアリスも後ろを突かれ連合軍の総力を挙げた作戦が粉々に砕かれてしまうかもしれない、そういう心理だ」

「つまり決戦をすると見せかけて、実は対陣の長期化を狙っていたという事ですか!?」

「進軍速度を速めた我々に対する親衛遊撃軍の動きが何よりの答えになっているだろう?」

「確かに……しかし、なぜリンデマン大将はセフィーナ・アイオリアのその意図を見破ったのですか!?」


 それがブライアンの知りたい事だ。

 親衛遊撃軍が初めにサクラウォール南方に陣を張ったと報告があった時はリンデマンもセフィーナに決戦の意図の可能性を指摘していた。

 それをどのような理由でセフィーナの決戦が偽りであると看破したのであろうか?

 

「ブライアン……」


 フッとリンデマンは笑い、オールバックに上げた金髪に更に掻き上げた。


「君は勘違いしている、私は別に彼女の意図を見破ってなどいないよ」

「えっ、しかし……現に」

「私は別にこのまま彼女との決戦になっても構わなかったんだ、サクラウォール南方の平地で戦うのは単純に数で勝る我々に有利なのだからね、逃げたのは相手の方だ、別にセフィーナ・アイオリアの策を警戒して行動するつもりは無かった、その意識のし過ぎが自然と受身の戦略を選ばせ、彼女の術中にはまり込む原因なのだからね、私は逆に能動的に彼女を試すつもりで全力行軍で全軍を進ませたのだよ?」

「……そういう事ですか、しかしあのセフィーナ・アイオリア相手に私はそこまで大胆にはなれません」


 参った、とばかりにブライアンは首を振ってため息をつく。

 理解はした。

 理解は出来るし、説明されてしまえばそれまでだが、ブライアンは大軍を目の前に退かず、南下して陣を張るというセフィーナの行動には逆転への策があるに違いないと考え、それを慎重に進軍、行動する事で見切ろうとした。

 他の師団長や参謀達もそうしただろう。

 それが堅実な作戦だ。

 しかし、その堅実と思える行動が戦略的時間稼ぎをしたいセフィーナの思う壺。

 いつの間にか相手を上回る大軍を持ちながら、セフィーナの手の平の上で踊ってしまう所だった。

 その中でリンデマンは己を貫き、セフィーナの幻想に屈しなかったのだ。


「さて……とりあえずはサクラウォールまで進むか、住民と我々の間で下手ないさかいが無ければ無血で行けるだろう、どこまでそれで済むかは相手次第だがね」


 小休止は終わり。

 リンデマンは傍らのヴェロニカを促し、再び馬上の人となるのであった。





 矢が飛び交い、時折それに大小の石すら混じる。

 雄叫び、鬨の声、怒号、悲鳴、剣戟。

 かってみない程の大規模攻城戦。

 帝国屈指の要塞都市ベネトレーフを攻める連合軍第二軍十数万の大軍の勢いは連日の攻勢に衰えるどころか却って勢いを増している感すらあった。

 

「第十三師団リキュエール中将に連絡、第七師団に代わって東側攻勢に参加せよと伝えて」

「第十五師団のケリー中将は一旦後退、パウエル中将の第八師団を正面部に投入して」

「モレイラ中将には攻勢前進を強めるように!」


 自らの第十七師団をベネトレーフの正面部最前線に位置させ、矢継ぎ早に指示を飛ばすアリス。

 それを各部隊に伝える手配をする連絡将校と共に副官のヴィスパーも忙しく走り回る。


「ヴィスパー、何か食べたい!」

「は、はいっ!」


 そのような状況下での突然の子供のような上司の要求にも、ヴィスパーは素早く応え、用意しておいた温かいホットドックを差し出す。


「リキュエールったら、あの娘の戦歴なら攻城戦の経験が無いのは仕方ないけどそれにしても下手ね! 後でパウエル中将にでも教えを請わせるべきね、それとも私が実地で見せようかしら?」


 それを頬張りながら舌打ちするアリス。

 数口それを咀嚼すると……

 

「コーヒー!」

「はいっ!」


 今度はヴィスパーに口元まで差し出されたコーヒーカップを直接口をつけゴクゴクと飲む。



 まるで我が儘な貴族の子供が執事にでも世話されている様にも見えるが、当のアリス本人の鋭い瞳は連合軍が攻勢をかける正面、東側、西側の三方面に代わる代わる向けられている。

 一部の者からは数に任せた攻勢に偏り過ぎだという批判もあるが、アリスの猛烈な攻撃はベネトレーフ城の防衛力に阻まれてはいるが周囲の砦群は既にあらかた陥落させ、城本体に及ぼうとし始めていた。

 パウエル中将などはベネトレーフ城の周囲を支える砦群をこれだけの期間で陥落させてしまったのは、攻勢の中にも各師団への細かな裁量が行き渡っているお陰と評価しており、参謀の何人かも予想よりも遥かに少ない損害で砦群を沈黙させられたと感嘆の声が上がっていると聞く。 


『やっぱりこの人は凄い、伊達にあのゴットハルト・リンデマンから士官学校の首席を獲り切り、今だって同じ大将の階級にあるだけはある、相手がいくら帝国軍の精鋭だって……セフィーナ・アイオリアがいたって……』


「ヴィスパー!」


 ヴィスパーをコーヒーカップから口を離して呼ぶアリス。


「な、なんでしょうか?」

「次からはホットドックのマスタード、バカじゃないかって位に付けなさい、あと……」

「え?」

「圧してるからって油断しない、相手はなんといっても帝国皇帝なんだからね!?」

「あ、えっと……」

「わかった?」


 油断しかけた己を見透かされたと感じたヴィスパーは思わず背筋を伸ばして、ハイッと返事をしたのであった。







『流石は連合軍の片翼を担う名将だけある、攻勢の圧力はゴットハルト・リンデマンを上回るかもしれない、強敵だわ』


 ベネトレーフ城の檣楼に立つパティは息を呑む。

 連合軍の攻勢に対して、帝国軍の兵士も奮闘し、かなりの損害も与えてはいるが予想よりも遥かに自軍の兵士や防衛施設への損耗、そしてペースが早く、修繕などが追いつかない。


『特に近衛第二師団が苦戦してるわね』


 褐色の参謀次長は怒号飛び交う戦場から視線を情報参謀からの報告書に移す。

 近衛第二師団はカール率いる皇帝直轄師団、近衛第一師団と共にベネトレーフを護る三個師団の一つだ。

 兵士数は約一万六千とほぼ定数を充たしているが、今回の連合軍の侵攻に備えて新設された師団だけに構成する兵士や士官に新兵が多く、装備も最精鋭の皇帝直轄師団、近衛第一師団と比べてかなり劣る。

 巨大なベネトレーフ城の西側の守りを担当する近衛第二師団だが、ここ連日の被害が他の二個師団に比べて多く、まだ深刻化とまでは言わないがパティとしては気になっていたのだ。


『相手が相手だけに勘づく可能性もある、その素振りが見えたなら皇帝陛下やルーデル大将に相談して難しいかも知れないけれど配置転換等をして対処する必要があるわ』


 檣楼の周囲にも矢などが飛んでくるが、パティは気にせずに考え続ける。

 巨大なベネトレーフ城内においても万を越える兵力の配置転換はリスクが大きい。

 混雑も起こるし、輜重兵などの補給や実際に戦う兵士達の勝手も変わってしまう。

 戦う場所が変わってしまっては兵士達も当然戸惑う。


『そこは私が見極めなきゃ……』


 パティはピンク色の唇をキッと結ぶ。

 もちろん負けられない戦である。

 帝国としても、皇帝カールとしても。

 そして……カールに仕えるパティ個人としても。


『この戦いに、セフィーナ様すら退けたアリス・グリタニアに私が勝利すれば……陛下は私を、完全に私を……セフィーナ様よりも……』


 報告書から戦場に向くパティ。

 その瞳には軍人よりも女としての戦いに決意を込めた鋭さが宿っていた。




続く

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