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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百六十五話「英雄決戦 ―英雄姫の舌打ち―」

「連合軍第一軍サンアラレルタ出撃」


 十五万を越える連合軍の出撃の報告に対して、サクラウォールの親衛遊撃軍の反応は素早かった。

 七月十日の昼には狼煙、早馬などを利用した報せを受け、夕刻には総司令官セフィーナ・アイオリア上級大将を先頭にサクラウォールを出撃。

 ヨヘン・ハルパーが離脱した事により予備兵力とした一万二千は北上させ、残る三個師団五万八千を率いたセフィーナはサクラウォールの南下した草原に進出して陣を張る。

 この動きに戸惑いを見せたのは連合軍の参謀達であった。

 彼等は第一軍の侵攻が始まれば、親衛遊撃軍はサクラウォールを撤退して北上、大軍の連合軍に対して広い帝国中部という地形の縦深を利用した防衛をしてくると踏んでいたのだ。


「セフィーナ・アイオリアはどういうつもりでしょうか?」


 進軍の大休止の中、報せを受けた第十師団のブライアン中将がリンデマンの幕舎を訪れてきた。

 個人的にリンデマンを訪れる数少ない高級将官。

 そんな彼の来訪をヴェロニカの煎れたコーヒーで出迎えると、リンデマンは答える。


「もちろん最終的には勝つつもりだろう」

「サクラウォールを南下して我々を正面から迎撃するのが勝利への近道だと考えたのですか? 我々の大軍を平地で戦うよりももっと北上すれば有利に戦える地点があると思いますが?」


 リンデマン特有の素直でない返答には慣れているブライアンである、セフィーナの行動の特異点を挙げて聞き直す。

 連合軍第一軍司令部でもサクラウォールよりも北上し、帝国中部での大軍を迎撃するに有利な地点は幾つか検討されたが、誰もサクラウォールから南下した草原地帯で決戦態勢に望むとは推測しなかった。

 サクラウォール近く、両国国境に近い平原は起伏も少なく兵の運用が容易い。

 早い話が大軍を運用しやすく、兵力の差が素直に戦況を左右しやすいのである。


「ブライアン、これは戦争だ、戦闘ではない」

「戦局全体を観ての動きという事ですか?」


 唐突な言い様にも理解を示したブライアンにリンデマンは頷いて、コーヒーカップを口に運ぶ。


「そうだ、これがもし私とセフィーナだけの戦ならば彼女は迷いなく北上しただろう、だが今回はフェルノールに迫る第二軍もいるのだ、私の進撃を止めていても第二軍がフェルノールに入城を果たしてしまえば敗けとなる、これがもしフェルノール放棄が帝国軍の作戦に含まれているならば、この行動は見せないだろうが帝国の作戦最終防衛ラインはフェルノールに違いない、だからこその動きだ」

「セフィーナ・アイオリアはベネトレーフの皇帝カールがアリス大将に敗北すると読んでいると?」

「この戦力差だ、万全とは思ってない、それを救うには私の率いる第一軍を開戦直後に片付け、ベネトレーフを攻める第二軍の背後を突いて作戦を頓挫させるのが最も有効だ」

「確かに有効ですが、如何にセフィーナ・アイオリアといえども己の能力を過信し過ぎでは? 十数万の戦力を持つリンデマン大将を破り、更にアリス大将の背後を襲い、連合軍を瓦解させるなど夢物語ではないでしょうか?」


 ブライアンは小さく首を二回横に振った。

 人格云々は個人の感じようだが、ブライアンはゴットハルト・リンデマンとアリス・グリタニアという士官学校からの先輩である二人の軍事的手腕を完全に信頼している。

 そのリンデマンとアリスをセフィーナはあまりにも舐め過ぎではないかと感じたのだ。


「そうでもないさ、我々の大遠征の機先を制し連合領に侵攻してフォルディ・タイを壊滅させ、更にサンアラレルタでは我々の全兵力と戦うという離れ業を彼女は一個師団でやっているんだからな、今回はむしろ条件的にはそれよりもマシだ」

「それはそうですが……」

「セフィーナ・アイオリアならばそんな奇跡を起こせるかもしれない、ブライアン、君はそれを全て否定できるかな?」


 ブライアンは返答に詰まった。

 それを否定するにはここまでのセフィーナ・アイオリアの戦歴は並外れているし、己もその実績の輝かせる連合軍の一人に数えられてもいるのである。


「否定は出来ません、もしかしたら、いや万が一には有り得るかもしれませんと考えます、リンデマン大将やアリス大将を信頼していない訳では決してないのですが、申し訳ありません」

「だろうね、そう考えてしまうのが普通だ、構わんさ、私やアリスに近いブライアンがそう考えてしまうのだ、他の者からしたらセフィーナ・アイオリアが私やアリスなどあっという間に蹴散らしてしまう、と不安を増大させている者もいるだろう」


 信頼はしつつも倍以上の戦力を持つリンデマンがセフィーナに完全に撃破されるという可能性を完全に否定できない事を後輩という立場で詫びるブライアン。

 だがリンデマンは気にする様子もなく、テーブルの上の親衛遊撃軍が陣を張ったサクラウォール南方の地図に眼を落とした。

 

「……もし私が敗退すれば、鉄槌遠征以上の大敗北の恐れすら出てくると思うかね?」

「はい、慎重に進軍すべきです、セフィーナ・アイオリアには我々を出し抜く策があると観るべきです、先の戦いで重傷を負ったヨヘン・ハルパーを後送し、一万以上の戦力を後詰めとして北上させているというのももしかしたら」

「可能性は少ないと思うが有り得るね、ヨヘン・ハルパーは実は健在で一旦は北上させた戦力が実は機動力を活かして大きく迂回して南下し、我々の背後を襲うとか……まぁ私ならば素直に彼女にその戦力を率いて傍にいてもらった方が戦力的にも兵の士気にも良いとは思うがね」


 ヨヘン・ハルパーの離脱の偽装。

 ブライアンの懸念にリンデマンはやや否定的な見方をした。

 もしヨヘン・ハルパーの重傷が計略であるなら、味方の兵士の大部分も騙す必要があるが、この戦局の中で名将ヨヘンの離脱は士気にも大きく関わり得策とは思えない。


「北上させた戦力は後に回復した彼女が率いての援軍と同時に、我々に後方撹乱されない為の抑えだろうな」

「……そう考える方が賢明ですか」

「セフィーナの性格的に己のならともかく部下の重傷を偽装するのは考えにくい」


 口元に手を当てるブライアン。

 リンデマンは持っていたコーヒーカップをヴェロニカに渡して下げさせると、椅子から立ち上がる。


「そろそろ休止は終わりですか? 私も師団に戻ります」

「そうだな、ではここまでの話を踏まえてブライアンはここからの進軍はどうすべきだと考えるね?」

「進軍ですか……」


 腰を浮かしかけたブライアンだったが、リンデマンからの問いに神妙な顔で、


「状況はこちらに大きく有利です、しかしあのセフィーナ・アイオリアが決戦思考にあるのならば、先程も言いましたが進軍は警戒しつつ速度を抑えて慎重にし、距離を詰めたら対陣の態勢を採り、相手の望む一会戦による決戦を避けるべきです、こちらは戦略的かつ着実に帝国領内に侵攻していけばいいのです」


 そう意見を告げる。

 もちろん勝機が少ないとは思わないが、有利な戦局でいちいちセフィーナの大博打に乗る必要はない。

 これがブライアンの結論だ。


「その通り、確かに今、決戦の必要はない……だが」


 薄笑いを見せるリンデマン。

 長い付き合いだ。

 こういう時は何かある。

 大抵は相手の意見を先に聞き、それを覆すのがゴットハルト・リンデマンの性格。

 十分にわかっているつもりではあったが……


「これから我々はサクラウォール南方の親衛遊撃軍が陣を張る草原に全軍全力前進、戦闘速度だ」


 そう言われてしまうと、予想外の命令に驚くと同時に、目の前にいるのが、やはりゴットハルト・リンデマンという素直でない男であったことを思い知らされずにはいられなかったのである。





 サクラウォール南方、親衛遊撃軍陣中の幕舎。

 連合軍第一軍が急激に進軍速度を速めて接近中という報せが駆けつけた伝令によりもたらされた時、セフィーナは幕舎で幕僚たちを集めた昼食を始めたばかりであった。

 相手が出てきた。

 どうするのか?

 各師団の幹部達が総司令官の対応を待ち、その視線を一身に受けたセフィーナであったが、目の前のまだ手の付けられていない羊肉と玉葱のソテーに視線を落として、「これはバレてるな」と舌打ちし、フォークを手に取り羊肉と玉葱を何口か食べてから、幕僚達に顔を上げて……


「決戦の擬装をし、相手に万が一の危険性を感じさせて、にらみ合いの対陣戦長期化に引きずり込むつもりだったが、どうも私の性格が素直すぎて性悪のリンデマンには通じなかった様だ、だったらこんな危ない所からはさっさと撤退するから皆も早く食べた方がいいぞ」


 と、アッサリ己の策の失敗を白状して、手の平をパタパタとさせたので、クルサードやマリアを始めとする親衛遊撃軍の幕僚達も流石に唖然としてしまうのであった。




続く

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