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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百六十三話「アイオリア帝国侵攻作戦 ―少年の旅立ち―」

 サクラウォール城。

 帝国最前線のこの城は南部諸州連合の帝国侵攻作戦が発動してからは常に緊張状態にある。

 シアとヨヘンが激突したアンフルール会戦から数日後、連合軍第二軍のベネトレーフ総攻撃、更に確度が高い情報としてサンアラレルタの連合軍第一軍の出撃日時が七月十日前後である事が伝えられると、いやがおうにも将兵の緊張は増す。

 そんな中でも特に本人が努める事もなく、マイペースを貫いていたのがマリア・リン・マリナ少将である。

 帝国の大貴族の一員である彼女はそれらの報に接しても、


「あと十日以上あるのか、案外に後ろにずれましたねぇ、だったらそれまで休めますね、図書館にでも通いますよぉ、ここには探していた戦史本があったんですぅ」


 と、笑顔を見せて、同僚のクルサード中将を呆れさせたが、彼女を行動で上回ったのは総司令を務めるセフィーナだ。


「こう伝わったからには変な奇襲を仕掛けてくるようなリンデマンではないさ、もちろん警戒と防諜、索敵の手を抜くのはダメだが兵達の緊張の糸を解してやろう、酒保を開いて料理を出してやってくれ」


 そう指示を出し、私は私用で数日出てくるから頼むぞ、とクルサードとマリアにだけ告げると、メイヤを連れて城を出てしまったのである。



「いくらまだ日があるからって……女たちは自由でいいぜ、戦の前にも私用だ、読書だってよぉ、結局手を抜くのはダメだといった警戒だの防諜だの偵察だのは俺がやることになるんだよなぁ」


 クルサードは後ろ頭を掻きながら、


「俺もその辺の手配終えたら、ネェちゃんのいる店に遊びに行くからね、それくらいはバチはあたんねぇよな!? 当たるわけがないよな、うんうん……まぁ、終わったらな」


 と、誰にでもなく確認して、一人ぼやくのであった。





 高原の山々と大自然。

 七月に入るというのに、その高原地方は涼しく、常に気持ちのいい風が吹き抜ける。

 そこはアイオリア直系皇族のみが産まれた瞬間からミドルネームに付けられ、与えられる所領のひとつ。

 後の世でも観光地、避暑地として人気を誇る事になるゼライハという高原地帯である。



 まるで絵画のような連峰を望みながら少年は大きく息を吐く。

 全く苦しくない。

 物心ついた時からの病は最近は少年の身体の抵抗力の成長と共に劣勢を余儀なくされているが、まだまだ油断ならない相手には違いない。

 周りは南部諸州連合、サラセナと騒いでいたが少年のここまでの人生の強敵は己の病であった。

 帝国皇帝の息子として生まれ、最高の療養を与えられていなければおそらくここまで生きては来れなかっただろう。

 そして……彼に希望を与えてきたのは歳の離れた家族の中でも特に彼に気をかけてくれた銀髪の美しい姉であった。


「セフィーナ姉さん……」


 何の意図も無しに自然と名前を口に出してしまう。

 それほどに少年にはセフィーナが愛おしい存在であったのだが……


「良くわかったな?」

「ええええっ!!?」


 予想もしなかったタイミングで自分の後ろに立たれてしまうと流石に悲鳴に近い声を上げてしまう。

 遂に投影までしてしまうように、と一瞬だけ思ったが、振り返った先の姉の姿は現実である。

 軽装の鎧に腰には剣。

 陣中の姿であった。


「男の子が悲鳴をあげるな」

「姉さん」


 久しぶりの再会に胸元に飛び込む。

 軽装鎧で女性の柔らかな感触とは程遠いが、相手がセフィーナならばサーディアには関係ない。

 暖かで柔らかい感触を感じることが出来る。


「また、やりやがって」

「ぐ、メイヤ……」


 聞き慣れた抑揚の無い声と共にサーディアはセフィーナからベリッと引き離される。

 セフィーナの幼馴染みで護衛隊長のメイヤ。

 サーディアも幼い頃から知っている。


「ぼ、ボクは久しぶりに会った姉さんに……」

「久しぶりでもダメ、もうどさくさ紛れにセフィーナのオッパイ触っていい歳じゃないぞ?」

「そんな訳ないっ!」


 赤面して怒鳴るサーディア。

 プイとメイヤは横を向いて抗議を無視するが、セフィーナはサーディアの頭にポンと手を置く。


「そうだ、サーディアはもう立派な大人だ」

「姉さん……」



 微笑むセフィーナ。

 だがサーディアは素直に笑い返せない。

 この帝国の存亡を賭けた戦争中にセフィーナがただ休養の為にゼライハに戻ってくる訳が無い。

 何かがあるに違いない。

 サーディアはそう思っていた。


「サーディア、幾つになった?」

「十四になりました」

「いつの間にか大きくなったな、確かにメイヤの言う通りもう私に抱きつく歳ではないな」

「……すいません」


 再び赤面してしまうサーディア。

 セフィーナはサーディアの頭に置いた手を離し、表情から微笑みを消した。


「サーディア、連合軍の大攻勢が始まったのは知っているな」

「はい、でもそんなの姉さんがやっつけてくれるでしょう?」

「もちろんそのつもりだ……でも」


 サーディアに顔を近づけるセフィーナ。

 更に赤面が激しくなりそうな所だか、そうならなかったのはセフィーナの表情に影を感じたからだ。

 数秒の明らかな躊躇の後でセフィーナは口を開く。


「実はここに来たのはサーディアにとても大切な頼みがあるからなんだ、他の人間には頼めない重い責任もある事だ、まだ病気が完全には治ってないお前には辛いかもしれない、どうしても嫌なら私はもう言わないし、もちろん断られた事を恨みにも思わないから」


 最愛の姉の瞳に見つめられたサーディア。

 やっぱり只事ではなかった。

 まだ躊躇を感じるセフィーナに決して軽い頼み事で無いことを察してプレッシャーを感じたが、それを振り切るようにセフィーナを強く見つめ返す。


「これでやっと少しはボクが姉さんの役にたてるね? いつでも姉さんに辛い事を押し付けてばかりで……病気を理由に隠れていたけど、何でもやって見せるよ、だってボクは姉さんを信頼しているからね」

「まだ内容も話してないぞ? 張り切り過ぎだ」


 やや緊張を解き、口元に笑みを浮かべるセフィーナだが、逆にサーディアの瞳には強さが宿った。

 この女性(ひと)はいつも自分を庇ってくれた。

 サーディアの母アルセンヌは帝国の大貴族の出で、美しく知性はあったが、己の美貌や才能と正比例して物欲、権力欲が強かった。

 サーディアが産まれて立場を獲ると、政治的に己の優位性を保つ為に灰色に近い様々な動きをしたが、皇太子も産んだ立場もあり、しばらく暗黙されていた。

 徐々に欲求と行動をエスカレートさせた彼女は寵姫デオドラートを追い落とす策略を巡らせるが、それが露見してしまう。

 もう許されなかった。

 病気療養を理由に北部に無期限蟄居を命じられた彼女はその出発当日に服毒自殺をしたのである。

 表向きには彼女の企みも自殺の件も出ず、突然の病死とされたが皇帝居城のかなりの者が真実を知っていた。

 もちろん当時七歳のサーディアも。



 それまでも弟として可愛がってくれていたセフィーナがサーディアを護る姿勢も見せてくれたのはそれからだった。

 憎まれはしなかったが、相手にも殆どしなかった他の兄弟達とは違う姉のセフィーナ。

 いつしかサーディアは銀髪の美しい姉に母を、そして女性を意識し始めていた。

 


「ボクはやるよ、姉さんや皆が連合軍と命を賭けて戦っているのに、姉さんに頼まれた事を辛そうだからって逃げる訳にはいかないと覚悟を決めたんだ」

「無理してないか? さっきも言ったが辛いぞ?」


 自分から切り出した癖にセフィーナは引き受けたサーディアに心配な顔を向けた。

 バカにするではなく、心配する表情。

 いつしか払拭したい表情。

 心配される相手でなく、セフィーナに安堵の表情を与える力が欲しい。

 最愛の女性を前に少年は誰もがそうであるように、当たり前に奮起する。


「絶対にやる、ボクの……ボクの姉さんの大切な頼み事と言われて断るなんて出来ない、男じゃない!」


 ほぉ。

 彼女の後ろに控えるメイヤがそんな顔を見せたが、少年には後ろに控える彼女なんて目に入っていない。

 感情の盲目とはそういう事を言うのだ。



「サーディア……ありがとう、立派な男の子だ、抱きつく歳ではなくてもう抱きつかれる歳になっていたな」



 優しく。

 ソッと優しくセフィーナに包まれたサーディア。


「姉さん……」


 わからなかった。

 まだ話の内容も聞いていない。

 何があるかもわからない。

 それなのに、少年の瞳からは大粒の涙が溢れ出し、頬を濡らしていた。




続く


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