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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百六十二話「アイオリア帝国侵攻作戦 ―東部戦線攻勢開始―」

 サンアラレルタ方面でリンデマンの連合軍第一軍とセフィーナの親衛遊撃軍が激しい前哨戦がおこなわれた後の六月下旬、アリス・グリタニア大将率いる連合軍第二軍約十六万の大軍は大陸東海岸線沿いの要塞都市ベネトレーフに到着する。

 目の前に現れた大軍に帝国軍各将は緊張しながらも、長年の歳月と莫大な国費を費やされて整備された己の依る要塞に信頼を寄せていた。


「さぁ、どう出てくる?」

「敵軍はリンデマンの率いる第二軍と連動して動くのだろう、とりあえずは陣地を構築して本格攻勢は第二軍が北上を開始する七月だろう」

「まずは我々を挑発するように一個師団でも繰り出し、野戦でお手並み拝見ではないか?」

「いや工兵隊を繰り出して、逆茂木や防御柵を除き、前線砦を中小部隊で潰しながらジリジリと前進をしてきて、我々にプレッシャーをかけてくるだろう」


 近衛第一師団長ルーデル大将や帝国軍諸将は各々にアリスの戦術を予想する。

 たが……アリスはルーデルや帝国軍諸将の予想を裏切った。

 連合軍は初日から要塞都市ベネトレーフに向けて、最も採らないと思われた全軍突撃を敢行したのである。

 この戦術には帝国軍は面食らう。

 御前会議ではまず城外での野戦で緒戦を占うという決定がされていたが、六個師団の全面攻勢が来てしまうと出撃させた師団が危うくなってしまう為、外には出せない。



「このベネトレーフに強行策だと?」


 驚く帝国軍諸将。

 確かにアリスの率いる戦力は強大であるが、帝国屈指の要塞都市ベネトレーフに強行策を採るとは。

 予想は外されたとはいえ、帝国軍も野戦でない防衛戦にも万全の準備を整えており、初日の攻勢で連合軍は城の周囲の五百ほどの兵士が守る砦を一つ落としたが、二千以上の死傷者を出し、夜が訪れると占拠した砦を破壊して退却した。


「まずは撃退できたが、手応えを試すつもりの緒戦の全力攻勢に違いない、相手は連合軍屈指の名将のアリス・グリタニアだ、明日からは別の戦術があるだろう」


 近衛第一師団を指揮したルーデルはまずまずの戦果に喜ぶ高級士官達にそう告げて兜の緒を閉めたが……

 連合軍の総攻撃は翌日から三日間続いたのだ。

 十数万の大攻勢。

 兵力数では半数以下の帝国軍であったが、ベネトレーフ城を頼みに、ルーデルや帝国皇帝カールの直接指揮、参謀次長パティの働きもあり、その大攻勢を全て撃退し、千程の兵士と周辺の砦を四つ喪ったが、連合軍に約五千を越える損害を与える戦果を上げたのである。


「やっと引き揚げたか……アリス大将の攻勢の激しさは凄まじい物があったな、やはり聞きしに優る勇将なのだな」


 ベネトレーフの城壁に築かれた檣楼で前線指揮を採っていたルーデルは唸った。

 十数万の大攻勢と言えば聞こえは良いが、凡庸な指揮官では数を活かした機動すら取れず、遊兵を作ってしまうがアリスの攻勢はベネトレーフ城と周囲の砦群に確実に十数万の圧力をかけてくる抜かりのない指揮であった。


「しかし、これだけの連続攻勢を凌ぎました、相手も流石にこれからも続けては来ないでしょう、勝ち戦に我々の守備兵達も士気がきっと上がります」


 ルーデルと共に前線に出ていたパティが横に立つ。


「それはどうかな?」


 神妙な態度を取るルーデル。


「どういう事ですか? ルーデル大将」

「やはりアリス大将は噂以上に手強い、長年の歳月で築き上げたベネトレーフの防御とそれを支える砦群のお蔭で有利な戦が出来てはいるが士気が上がるかどうかは別問題だ、この全面的な攻勢圧力は兵達には確実にプレッシャーになる、思ったように士気が上がるとは考えられない」

「……確かに大将閣下の言われる事は納得できますが、国家存亡の戦に臨む兵達がそれくらいで怖じ気づくとは思えません、それにこのベネトレーフには皇帝陛下も参戦されているのです」


 パティはそうルーデルに反論すると、返答を聞く様子も無く頭を下げ、踵を返して城内に続く階段を降りていく。


「どうした、ルーデル? やけに絡んだな、参謀次長も少しご機嫌ななめになったぞ!?」


 その様子を見ていた士官学校の同期である近衛第二副師団長のゾンデルク少将が歩み寄ってくるが、ルーデルの神妙な顔つきは少しも柔らかくはならない。


「ゾンデルク」

「ん?」

「この数日の戦で我々は大軍の連合軍相手に何度も攻勢を撃退しているよな?」

「してるよな、と言われてもお前が前線で指揮を採っているんだろうが? 連日の戦いで疲れているのか?」


 同期の仲である。

 階級は離れているが、ゾンデルクはルーデルの言葉に不安を覚えて眉をしかめた。


「撃退しているがはたして勝っているのか? この檣楼から外ではなく、城の中庭を良く観てみろ」

「中庭を!?」


 ゾンデルクは檣楼から後ろを振り返り、ベネトレーフ城の中庭に目を凝らす。


「……これは」

「わかるか? ゾンデルク、これが士気という物だ」


 ベネトレーフ城の中庭で休む兵士達。

 活気が無い。

 ここまで十分な勝ち戦をしたというのに、彼等の顔に普段の勝ち戦の様な陽気さが全く無いのだ。

 配給の食事を採る者。

 横になり疲れを癒す者。

 戦友と語らう者。

 何処の戦場でも見られる光景であるが、そこには勝ち戦に見える活気や明るさが全く見えない。


「どういう事だ!?」

「兵士達は解ったんだ、この攻勢が遂に帝国の息の根を止めんという一大攻勢であることを、そして敵の大軍は屈指の名将が率いてこちらを滅ぼすまで諦めないという事を」

「つまり……これくらいの勝利では相手が全く衰えなど見せないであろう事を解っている、いや解らされたという事か?」

「そうだ、つまり俺達高級将官よりも実際に敵軍と刃を交える兵士達が我々帝国が追い詰められている事を実感しているのだ、参謀次長は皇帝陛下が居られる事で士気が上がると言っていたが、逆に陛下が出なければいけないくらい追い詰められたと考える兵士もいるに違いない」


 頷くルーデル。

 ゾンデルクの表情に焦りが浮かぶ。


「ではこの強行策は大攻勢を見せつけ、帝国滅亡の危機感を煽って兵士達の動揺を誘い出す為のアリス・グリタニアの作戦の一つだというのか?」

「俺はそう見ている……実際、あれだけの大軍を見せられた兵士達を観て俺も初めて気付いたのだがな、もしこれを計算してやっているのだとしたら……」


 ルーデルはひと息置いて、大きく息を吐き顔を上げた。


「目前の敵将アリス・グリタニアは想像以上に恐ろしい敵であるという事だ」







 連合軍第二軍陣地。

 実戦兵力六個師団、補助戦力を含めれば十五万に達する大軍は四日間に渡る大攻勢の後でも陣を引かず、ベネトレーフを半包囲するように陣地を構築していた。

 ここまでのベネトレーフ城への大攻勢は戦果も上げてはいるが数千の兵を損ない味方からも批判の意見が出ている。


「リンデマン大将の第一軍が動いてからでも遅くはあるまい」

「ベネトレーフに力攻めは無謀だ」

「もしや功績を焦っておるのではないのか?」

「調子づかせると反撃もありうるぞ!? 第一軍と動きを合わせた方が帝国の受ける衝撃も大きいだろう」


 様々な声、中には連合軍初の女性の大将に対する感情すらも含まれた言動までも第二軍の参謀や師団長から上がるが、当のアリスは作戦会議上でも平然と腕を組み、


「大丈夫、大丈夫……ある程度の損害ならサンアラレルタ後方のフォルディ・タイに控えさせている師団から回してもらえば良いから、先月セフィーナに痛い目にあってるけど、流石にもう建て直してるでしょう、まだまだ攻撃は続けるわ」


 と、涼しい顔で答えた。

 




「グリタニア大将」


 会議の後。

 副官のヴィスパーを従え自分の幕舎に帰ろうとするアリスを呼び止めたのは第二軍麾下第八師団の師団長であるグラン・パウエル中将であった。


「パウエル中将」


 振り返り、敬礼するアリスとヴィスパー。

 大将となり、階級が上となっても軍古参の名将と呼ばれるパウエルを無下に扱うほどアリスは礼を失していない。

 痩身白髪の老中将も敬礼し、僅かに微笑む。


「早い段階での全面的攻勢、何かお考えがありますな?」

「いえ、大したことじゃありませんよ」

「敵軍への圧力は相当な物……ここからの話は完全な老婆心からで解っておられるとは思うが、相手は戦にも隙がないカール皇帝、近衛第一師団長のルーデル大将も中々の用兵巧者です、こちらが攻め手とはいえ油断をしていると……」

「ええ、加減を間違えない様にしないと手痛い反撃を受けてしまいますね、気をつけないと」


 パウエルからの忠告にアリスは素直に頷く。

 相手が堅固な要塞都市のみを頼みとして籠城のみを決め込んでくれたら攻め手としては攻め方だけを考えればいいが、パウエルの言う通り相手は甘くない。

 大反撃の危険性も頭に入れなければいけない。


「会議の場では周りも騒がしくて落ち着いた作戦の話が出来なかったが、アリス大将はある可能性を考慮し、参謀の多くから上がっている第一軍の中部攻勢に合わせた攻撃に拘らなかったのではないかと思いましてな」

「流石です」


 老将の推測にフフッと笑みを見せ、


「もちろんそうなって欲しくないのですが、私はその可能性を心配して焦ってるんです、だからこんなに必死なんです」


 と、アリスは答える。


「なるほど……しかし、あの男がそう簡単には」

「アイツと相対しているのが、違う相手でしたら私もそこまで心配はしてないのですが」

「……むぅ、否定は出来ませんな、もし最悪を極められたら我々も危ない」

「はい、それこそ連合軍の瓦解です」

「だから急ぐ……ですか、大将閣下のお考え、私は良くわかりました……幕舎への脚をお止めして申し訳ありませんでしたな、では」


 パウエルは二度、首を縦に振ると納得した様子で敬礼して立ち去る。

 返礼し、それを見送るアリスにヴィスパーが歩み寄った。


「アリス大将」

「ん?」

「お二人の会話の意味が小官には少し……後学の為にもお二人が恐れている様子の最悪の可能性という内容を教えていただけませんか?」

「話の筋から解んなかったの?」

「え……す、すいません」


 申し訳なさげにするヴィスパー。

 困った様に己の腰に手を当てると、アリスはあまり言いにくい事だからパウエル中将も会議で言わなかったんだろうけど、と付け加えて告げた。


「ゴットハルト・リンデマンがセフィーナ・アイオリアにあっという間に撃滅されるかも、と私とパウエル中将は心配したのよ」

「えっ!?」


 驚くヴィスパー。

 あのゴットハルト・リンデマンが。

 第一軍という十数万の兵力を率いて。

 あっという間に撃滅される?

 連合軍五本の指に入る名将二人が真剣にそんな心配をしていたのか?


「幾らなんでもそれは……」

「絶対に有り得ない? 絶対に?」


 アリスの語気が強くなったので、まさかと否定したヴィスパーも思わずたじろいでしまう。


「……あ、いや、それは相手もセフィーナ・アイオリアですからね、もしかしての場合も」

「ええ、そうよ、私もセフィーナのもしかしてが怖くて怖くて仕方が無いのよ、リンデマンをさっさと片付けた親衛遊撃軍がモンティー元帥の師団と予備師団しかいないサンアラレルタに襲いかかってきたら? 堅固な要塞都市を攻めてる私達の背後を突いてきたら? どちらにせよこの大遠征は二年前の鉄槌遠征を越える大失敗になるわ」

「そんな……」


 まだ起こってもない仮定にヴィスパーは愕然として息を呑んでしまう。


「そのまさかがセフィーナ・アイオリアにはあるのよ」


 幕舎に向けて歩き出すアリス。

 ヴィスパーもそれに続く。


「では、アリス大将はリンデマン大将でもセフィーナ・アイオリアに勝つのは難しいと思われているんですか?」

「そうね……でも」


 歩み出した脚を数歩で止め、アリスは振り返り……


「同時にセフィーナ・アイオリアでもゴットハルト・リンデマンに勝つのは難しいと思ってもいるのよ」


 そう答えて、また歩を進め出すのだった。




続く

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