第百六十話「アイオリア帝国侵攻作戦 ―アンフルールの衝撃―」
混乱が拡がりつつある連合軍第五師団第二旅団。
いよいよ最期と幕舎を飛び出したサイディガー少将は予想外の馬上の相手に思わず立ち尽くす。
「サイディガー少将!!」
「おまちくださいっ!」
司令官だけを死地に行かしては。
敵襲に戦うならば責任を取るべき幹部全員で、と続いた幕僚達も反応は同じだ。
……そこにいたのは帝国軍の兵士ではなく、連合軍の軍服を着た馬上の少女。
「貴官は確かシア中将の護衛の……ルフィナ伍長?」
馴染みは無かったが、彼等の上司である黒髪美麗の司令官に常に付き従うお付きの娘をサイディガー少将は覚えていた。
まだ十代半ばの幼さが残る少女。
その軽装鎧の所々や肌は傷つき、返り血を浴びている。
「シア中将の陣からここに? まさか貴官は南から敵本隊をまっすぐに突破してきたのか?」
「はい、シア中将より緊急の指令により参りました、戦闘時につき馬上ので失礼します」
「まさか? シア中将の陣は我々同様に敵軍と距離を取り、大きく南に退いた筈だ、まだ我々の敵軍の迂回部隊発見の伝令すら届いていないのではないか!?」
「それは私は知りませんが、シア中将からの命を告げます」
まだ第二旅団からの伝令すら到達していないであろうタイミングの早すぎるシアからの急使。
驚く第二旅団の幹部達を見下ろしたまま、ルフィナ伍長は鋭い瞳をサイディガー少将を見据え、
「速やかに麾下兵力を指揮掌握可能な限りの戦力を以て、南方の敵本隊に向けて突撃を敢行すべし、以上ですっ!」
と、強く言い放ったのである。
「突撃!?」
予想外の指示に唖然とする幕僚達。
「どういう事だ!?」
「シア中将のご命令です」
ルフィナの返答に幕僚達は釈然としない。
もし使者が只の伝令兵だったならば、ヨヘン・ハルパーの計略すら疑う所だ。
互いに顔を見合う幕僚。
そんな彼らに……
「これはシア中将からの命令、それを行わないと言うならば抗命罪です、私の口はこれ以上の事を言うつもりはありません、あくまでも口はですが!」
鋭い瞳のまま、ルフィナは腰の剣を抜く仕草を見せた。
自分はシアからの命令を伝えるだけでなく、守らせる為に参上したのだという態度。
戸惑う幕僚達であったが……
「現在、掌握可能な戦力で構わないのだな?」
神妙な表情で口を開いたのはサイディガーであった。
「よし、ヨヘン大将の奇襲が成功した! 速やかに北上して迂回部隊と共に敵第五師団第二旅団を叩け! 全力の一撃を加えた後に反転、第二旅団の救援に駆けつけてくるシア・バイエルラインの第一旅団を更に攻撃するんだ!」
帝国軍ヨヘン師団の本隊を率いる副司令カルファン中将は混乱する北の第五師団第二旅団への攻撃を命じる。
迂回部隊を囮にした奇襲の成功で完全に先手を取った。
南のシアの第一旅団が救援に駆けつける前に第二旅団に強烈な一撃を与え、返す刀で迂回部隊と協力して南からの第一旅団も時間差をつけて叩く。
陽動作戦による奇襲と各個撃破の組合せが完璧な形で遂行されつつある。
「皆、全力で戦えっ! ここで連合軍を叩けば奴等の遠征の第一戦を挫き、作戦全体に楔を打ち込む事になるぞ! ここで歴史に名を残さずして何の戦人かっ!」
カルファン中将は四十代後半、軍歴も三十年を越え、大小あわせて幾多もの戦場で指揮を取ってきたが、なかなか覚える事の無い興奮に声が大きくなる。
「突撃!」
帝国軍本隊は一斉に鬨の声を上げ、北の第二旅団に向かって突進していく。
ヨヘンの僅か数百の奇襲部隊がもたらした勝機。
初めは成功を危ぶむ他の幕僚と同じ意見であった中将もここに来て迷いは無かった。
だが……予想だにしなかった方向から、鬨の声が響き渡ってきたのである。
「閣下! すぐ後方から敵軍がっ!!」
「すぐ後方だと!? まさかっ、早すぎるっ!? 奴等は南に引いていたじゃないかっ!!」
幕僚の悲鳴に愕然と後ろを振り返るカルファン。
夜を迎えて大きく南に下がった筈のシアの第五師団の第一旅団が北上した師団本隊の後方を突く位置に接近していたのだ。
迂回部隊を発見した第二旅団からの連絡を受けたとしても、あまりにも速すぎる。
各個撃破という作戦の根本が崩れた。
カルファン中将は強く歯軋りをした。
「……やっぱり朝までに私達の挟撃状態を打開しようとするよね、ヨヘン」
混乱した北の第二旅団に強烈な一撃を加えようと北上していた帝国軍本隊の後方に驚異的なスピードで迫る事に成功したシアは小さな声で呟く。
「驚きました、まさに閣下の言われていた通りです、ヨヘン大将は北の第二旅団を狙った攻撃を仕掛けると、なぜ閣下は我々の方でなく北の第二旅団を敵軍が狙うとわかったのですか?」
傍らのビスマルク少将の問いに、
「それは北の第二旅団には私が居ないからです、帝国軍を挟撃した状態にはなっていましたが、それが第一旅団と第二旅団に別れて師団長の私の指揮統一が取れないという状態を産み出しているという部分をヨヘンが見逃す訳が無い、それで各個撃破を狙うのなら私が直接指揮できない第二旅団を先に電撃奇襲作戦で叩き、戦力差を拡げた上で私の率いる第一旅団を打倒しようと考える筈です」
シアは神妙な顔つきで答える。
確かに二個旅団に別れた第五師団を打倒したいなら、初めのターゲットにすべきは総司令官不在の方であろう。
先に総司令官率いる部隊を倒し、与し易い第二旅団を狙うのも手であるが、セフィーナ相手にも見事な戦術展開を見せるシアに上手く対応され、第二旅団に救援に駆けつけられたら薮蛇も良いところであり、やはり先に倒すべきは第二旅団であろう。
だが、少将はまだ納得がいかなかった。
「確かに、確かにそうですが、敵軍がどうして我々の二つの旅団を的確に見分けて行動を開始したのですか? どちらがシア中将の指揮している第一旅団か判断がつくのですか?」
「それは簡単です、昼間に挟撃されたヨヘンは守りを堅めて亀になりながらも我々の一挙一動を冷静に観察していたのです、彼女ならば私とサイディガー少将の戦場での動きの違いは見破れます、叩かれながらも反撃の準備と牙を研いでいたのです」
「なるほど……」
「さぁ、取り敢えずは相手の各個撃破を邪魔する形を取りましたがヨヘンはそれだけで諦めるような相手じゃありません、油断はしないように!」
「ハッ!!」
ビスマルク少将は敬礼しながら、互いに親友でありながらも敵対する名将二人の歴史的な戦の場に自分がいる事を自覚した。
「後ろを突かれたままでは各個撃破も出来ん! 反転して背後を突いてきたシア・バイエルラインの第一旅団を先に撃破しよう、目の前の第二旅団は混乱しているしヨヘン大将と迂回部隊の攻撃で抑えられる筈だ!」
シアに背後を突かれた帝国軍本隊のカルファン中将は報告の十数秒後に意を決する。
そこに歩み出たのは若手参謀のマーチス少佐。
「閣下、お待ちください、夜戦とはいえヨヘン大将も我々の動向を掴み指示を与えてくれる筈です、本格的な反転はせずに一部の兵力のみを反転させ、敵の第一旅団を喰い止めながらヨヘン大将の指示を待ってはどうでしょうか?」
「そんな悠長な事が言っていられるかっ! ヨヘン大将は少ない兵力で第二旅団に斬り込んでいるんだぞ!? 伝令を寄越す余裕がある訳がない、よしんばあったとしてもその間に我々がつけ込まれてしまう、相手はあのシア・バイエルラインなんだぞ!」
マーチス少佐の守って状況を維持し、ヨヘンの指示を待つという提案に中将は怒鳴る。
少佐の案はいわゆる待ち作戦である。
この状況で何を!?
早く対応しなければ、相手が相手だ。
そう中将が考えるのも無理はない。
この場で少佐の作戦案を採用できるのは余程の度胸の持ち主か、ヨヘンの指示に信仰に近い信頼を持つ者くらいで、マーチス少佐は実は後者であった。
「しかし、閣下……もし反転してもシア・バイエルラインに上手く戦われてしまったら、敵軍の第二旅団九千にかかっているのは三千の迂回部隊とヨヘン大将の数百の奇襲部隊のみです、味方が危機に陥ってしまいます」
「そんな事はわかっている、だからこそ一万五千を越える我々の本隊が積極的に動かねばならないのだ! 反転だ! 素早く反転して敵の第一旅団から片付けろ!」
マーチス少佐の案を却下し、カルファン中将はそう指令を出すと腰の剣を抜き放った。
「……本隊が遅い」
同じ頃、連合軍第二旅団の敵中を暴れまわりながら、カルファン率いる本隊が予定通り現れない事にヨヘンは眉を潜めた。
「夜間行軍です、進軍が遅れているのでしょうか?」
「いや……本隊はシアに止められたかも、読まれていたか?」
傍らの青年参謀ジル中佐にヨヘンは唇を噛み答える。
「そんな筈は! 第一旅団は夜になってから我々とかなり距離を離して南に退いたのは確認しました!」
「その後にすぐに北上していたんだ、私が挟撃された状態を打開しようと動くと読んでたんだ」
「まさか!」
驚くジル中佐。
「シアじゃない方に仕掛けて、挟撃状態を打開しつつ、戦力差でも有利に立とうとしたんだけどなぁ~、甘かったか!」
ヨヘンはチッと舌打ちして、足元の土を蹴った。
「だったら仕方ない! シアが本隊を止めるなら北上する背後を突くのが普通だから……」
「ならば反転させて、本隊にシア中将率いる第一旅団を攻撃させますか? 戦力的に有利ですが?」
ジル参謀の案にヨヘンは首を二回横に振る。
「そうじゃない、それはシアにとっては期待している所だと思うから、カルファン中将の本隊にはシアを背中に背負ったまま、ここ第二旅団に突撃してきてもらおう」
「え? 後ろから攻撃されながらですか?」
「うん、とにかく第二旅団に大打撃を与えれば勝ちはグッと近づくしね、それにそうなればシアだって、大損害を受けた第二旅団を立て直す必要が出てくるからいつまでもカルファン中将の本隊の後ろを突いてはいられない」
「大胆な……」
「らしいでしょ? とにかく参謀、今からそれをカルファン中将に伝えに言ってもらえるかな? 伝令みたいな事を頼むけどこれは大切な事なんだ? 大変だろうけど頼むよ、必ずカルファン中将に伝えて欲しいんだ」
如何に有利に展開していようともここは敵中。
僅かな奇襲部隊で乗り込んでいる状態から、外に伝令を出すというのは危険な行為であるが、帝国軍人としては断る選択肢などある訳が無い。
「了解しました! 必ず」
ジル中佐はヨヘンに敬礼すると、南に向かって走り出す。
だが……遅かった。
いや、ヨヘンの判断が遅かったと言うよりも一方のカルファン中将の決断が早すぎた。
戦場での決断はもちろん早い事が重要視される。
濁流の如く流れていく戦況についていくどころか、司令官は濁流の先を走っているくらいでなければ呑み込まれてしまう。
ヨヘンの命を受けたジル中佐が本隊に着く寸前、カルファン中将率いる帝国軍本隊は背後を突いたシアの連合軍第五師団第一旅団に対して反転を始めていたのである。
「第六大隊から第八大隊を前に! 第二大隊、第四大隊は反転開始!」
「……ん!!」
カルファン中将の戦術機動に目を見張るシア。
巧い。
夜戦の中で背後に迫った第一旅団に焦らず、見事な指揮で帝国軍本隊は大した混乱を起こさず反転しつつあった。
「流石はヨヘンの配下だけあるわね、でも……ここまできて引く気はないわ、突撃開始!」
シアはビスマルク少将に告げた。
「突撃開始!」
指示に頷いたビスマルクの復唱が響き、第五師団第一旅団の突撃が開始される。
背後を突いた形であるが、帝国軍の本隊がそれに気づくのも対処も早かった。
第一旅団の攻勢は少なくない損害を帝国軍本隊に与えはしたが、数的な劣勢を覆す程の物では無かった。
「焦るな! 敵軍は我々の半数だ、落ち着いて戦え、徐々に盛り返していけばいい、明るくなった頃には凱歌はこちらに上がっている筈だ!」
回頭を終え帝国軍本隊を率いたカルファン中将のシア率いる連合軍第五師団第一旅団への反撃が始まった。
互いの点けた松明の明かりを頼りとする夜戦。
剣戟と怒号が響き渡る。
帝国軍本隊が連合軍第五師団第一旅団を大きく圧す。
「いけるぞっ! 親友のヨヘン大将には悪いがこのままシア・バイエルラインを押し潰させてもらう!」
「……くっ!!」
予想外の用兵巧者カルファン中将に思わず舌打ちするシア。
傍らのビスマルク少将も唇を噛む。
「いけるぞっ!」
そして更に帝国軍本隊が押し出そうとした時だった。
北から連合軍第五師団第二旅団が帝国軍本隊の背後に襲いかかってきたのであった。
「な、なんだ!? 奴等は、奇襲されて混乱していたのではないのかっ!」
「間に合った、来てくれたっ!」
カルファン中将の驚愕とシアの歓喜。
奇襲を受け、混乱を起こしながらも第二旅団を率いるサイディガー少将はシアの指示に従い、麾下九千のうち三千を僅かに越える戦力であったが素早く掌握し、とにかく南に向かって全力突撃をしてきたのだ。
「今だっ!」
「承知してます、押し返せっ、再突撃!」
チャンス到来に叫ぶビスマルク少将にシアも剣を抜き放ち再突撃の指示を出す。
大きく上がる鬨の声。
元々が強攻型の猛将であるサイディガー少将の突撃は三千という兵力であっても背後に受けた側には堪らない。
「対応しろ、背後からの戦力は少ない! 落ち着くんだ」
カルファン中将も動揺する味方を鼓舞するが、目の前のシアからの猛攻が再開されると帝国軍本隊も所々で崩れ始めた。
「きっと本隊が苦戦してるっ! カルファン中将に命令が届かなかったんだ、早く助けなきゃダメだ!」
互いに混沌とすらしてきた戦況の中、ヨヘンは明らかに焦りの表情を見せる。
迂回部隊と共に連合軍第二旅団の大部分相手に圧倒的有利に戦闘を進めているが、強引に離脱した第二旅団の一部が南に全力行軍していったとの報を受けたのだ。
「しかし、大将閣下……こちらの戦線は圧倒的に有利に進んでおります、カルファン中将が苦戦しているかどうかもわかりません、もし五分に戦われていたら、こちらの敵軍を徹底的に叩いてからでも駆けつけるのは遅くはありません」
「こっちで勝っても本隊が壊滅したら意味無いから!」
幕僚にヨヘンは怒鳴り返す。
しくじった!
その表情はまさにそれであった。
後にアンフルール夜戦と呼ばれる戦いにおいて、名将ヨヘン・ハルパーが軍事研究家や歴史作家に彼女の数少ない失策として指摘されるのが、第二旅団への奇襲を成功させる為、大将である彼女が自ら数百の奇襲部隊を率いて本隊を離れた事だ。
それが奇襲を成功させたが、結局は本隊の戦術行動に彼女の指揮が行き届かなかった原因となったのである。
「ならばどうされますか?」
「仕切り直す!」
幕僚の問いにヨヘンは怒号に近い返事をした。
仕切り直す。
幕僚達には意味が通らなかった。
「は?」
「迂回部隊と合流して、私達も南に突撃する!」
「ここの敵軍は!? 我々が南に向かうのを見過ごすでしょうか?」
「南に向かっていったのがシアの指示なら、今のここの連合軍には第二旅団の指揮系統は無い、それならいける、早く迂回部隊と連絡をとってっ!!」
それからのヨヘンの動きは素早かった。
予想通り、第二旅団の残りはまだ五千近い戦力を有してはいたが、サイディガー少将をはじめとする高級司令部が南に向かってしまい存在しない。
その混乱を尻目にヨヘンは自ら率いた数百の戦力と迂回部隊の戦力を合わせ、約四千を取り纏めて、夜明け前に南に向かって全力行軍を始めたのである。
「背後の連合軍が崩れました! ヨヘン大将です、きっとヨヘン大将が救援に来てくれたんだ!!」
「ヨヘン大将だ!」
「やった!!」
夜明けと共に帝国軍本隊の兵士達が声を上げた。
正面の南からシア、背後の北からのサイディガーに挟撃を受けて壊滅の可能性すらある苦戦をしていた中、最高級司令官の登場は兵士達には天使の来訪にも思えた。
「ヨヘンね……やっぱり速いわね」
帝国軍本隊の背後を突いていたが、己も背後を突かれて早くも崩れて始めるサイディガー少将の第二旅団。
親友の来訪にポツリとシアは呟く。
「敵軍本隊に損害を与えつつ有利に進めていたのに、流石はヨヘン・ハルパーですな」
「ええ……」
「これで混戦になりますな、いや敵軍はどのような形にせよ、全軍揃ってますが、我々の第二旅団の大部分はまだ北で遊兵と化してますから数で不利ですな」
シアはビスマルクの説明に軽く何度か頷いた。
例え遊兵と化した第二旅団の大部分が駆けつけてきても、更に乱戦に油を注ぐだけだ。
「この整理は私にさせるつもりね、もう」
シアは大きく息を吐き、
「サイディガー少将に伝令、北に向かって第二旅団の残存兵力と合流するようにと、私達もサイディガー少将の北への待避を援護しつつ、牽制攻撃をしつつ北に回り込んでいくわ」
と、指示を出した。
「ヨヘン大将! 敵軍が大きく動きました」
「うん」
朝陽を浴びながらヨヘンは首を縦に振る。
シア、カルファン、サイディガー、ヨヘンと各々の指揮官の元に四重に重なっていた戦線が崩れていく。
サイディガー少将は北に待避を始め、シアはカルファンの本隊を右手に観つつ、スライドしてサイディガーに続き北への進路を取り始めている。
「追撃しますか?」
「とんでもない、相手は挟撃状態を止めて北に集結して仕切り直ししてくれるんだから、乱戦はゴメンだよ、こっちだって本隊と合流するのが先決」
若手幕僚からの追撃の具申を却下するヨヘン。
「しかし……こっちがシアがいない所を突くつもりが逆になるとはなぁ……相変わらずやってくれるよ、それにしても退き方といい、タイミングといい、巧くやってもらって悪いねぇ」
馬上、まるで忘れた宿題を片付けてもらったかの様な表情をしたヨヘンであったが……
それは混沌と化した戦場が収まり、終わりつつある時の特有の空気の中で起こった。
シアの第一旅団が第二旅団の北への待避を援護する為、牽制攻撃の一環として放たれた弓隊の掃射。
その中の一本が、まるで何かの使命を帯びたかのような曲線を描きながら飛来して、ヨヘン・ハルパーの軽装鎧の左胸を貫いたのである。
「……また、明日からやり直しね」
朝陽にそう呟く黒髪の親友はもちろん、それを知る由もない。
続く




