表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
16/204

第十六話「出征命令」

 バービンシャー候反乱の報は、カーリアン騎士団壊滅よりも大きな衝撃で皇帝居城の大臣官僚達を揺さぶった。

 バービンシャー領自体は中の上の間という規模で、私兵もなりふり構わぬ動員をかけたとしても二万から三万という規模が最大であろうと思われているが、皆を驚かせたのは隣領であるコモレビトをすぐに制圧し、更に東側のコーセットをも占領してしまった事である。

 コモレビト、コーセットの領地はバービンシャー領よりは小さいが、約一万の私兵動員が可能で、それが両地ともに抵抗らしい抵抗は何も出来ずに、バービンシャーの軍勢に城を落とされたという。


「バービンシャー候の反乱、セフィーナはこれをどう見てるんだい?」


 一報の翌日。

 皇帝居城の城下にある帝国軍総司令部の参謀総長執務室に呼ばれたセフィーナは、部屋の主であるカールにそう訊かれた。


「どう見るとは?」


 執務机に座るカールに、セフィーナは両手を後ろに組んで質問の意味を問う。


「誰か黒幕がいるのか? っていう事さ、ゴッドハルト・リンデマンが絡んでいるのかどうかさ」

「いないでしょう、彼は此度の反乱には全く絡んでいないと私は考えます」

「早い返事だな、勘で答えた訳じゃないな?」

「ええ……」


 セフィーナは確りと首を縦に振る。


「彼が関わっているのなら、第八次エトナ会戦……この前の戦いの直後というのは府に落ちませんから、もしバービンシャー候の反乱のタイミングを操れるならば、カーリアン騎士団を打ち破った直後か直前にするのが効果的です、エトナ城の囲みから撤退して、平原から立ち去った後に行うのは違うかと思います」

「カーリアン騎士団を破ったが、エトナ占領が案外にならなかったからこそ改めて謀略を仕掛けたとは思わないかい?」

「思いません、改めて申しますが、彼は反乱には一切関わっていません」


 兄の意見を真っ向から否定する妹に、カールは僅かに笑みを浮かべた。

 セフィーナは続ける。


「ゴッドハルト・リンデマンの復帰から第十六師団への就任、作戦の発動の期間の短さから考えてバービンシャー候に接触の必要のある大がかりな謀略を準備する時間的な余裕は無かったでしょう、エトナ城を彼が諦めた後になどは尚更です、もし多少の情報や伝があったとしても、そんな場当たり的で無謀な策略を企むような輩ならば帝国は彼にここまで名を成さしめてはいないでしょうね」

「そうだな」


 セフィーナの淀みのない返答をカールはアッサリと肯定した。

 リンデマンの謀略説は元からがカールの意見では無いのだろう、若手参謀から出た意見を自分にぶつけてみる、そんな感じだったのだろうとセフィーナは感じた。


「まだ詳細は伝わってきていないが、コモレビトとコーセットの両地があまりにも簡単に陥落したのは何故だと思う? 参謀本部からはコモレビト、コーセットも初めから反乱に荷担していたのではという者も多いのだ」

「その可能性は私の中では限りなく薄い物かと考えます」

「ほぅ、これもまた即決だな?」

「ええ……まずは初めから反乱に荷担していたのならば、裏でわざとらしく敗北するより、キチンとバービンシャーと一緒に反乱を表明した方が周辺に与えるインパクトが遥かに強いからです、西部の一領が反乱の起こして周辺二領を占領したというより、西部三領が手を組んで反乱を起こしたという方が当たり前ですが、宣伝効果が違います」

「なるほどな、では二領はなぜ簡単に陥落させられたのだろうな」


 執務机のペン差しから抜いた羽ペンを、右手で玩びながらセフィーナを見上げるカール。


「ここからは推測ですが……」


 セフィーナは前置きする、何故ならまだ情報がまだ十分に入っていないからで、そこまでは推測が強くなるからだ。


「バービンシャーから二領には前もってスパイや工作員の類いは侵入させていたでしょう、それもありますが、やはりエトナ会戦が終わって連合軍が立ち去り、近隣のコモレビトやコーセットは動員や警戒を解いていた直後、味方のバービンシャーの軍勢がやって来て構えろというのが無理な話です、おそらくは奇襲されたと思います」

「その可能性は高い……で? 黒幕はどこにいると思う?」

「極北サラセナの玉座に座っております」


 躊躇や迷いが全く無かった。

 反乱の全容が見えぬ内に帝国第五子の皇女は反乱の黒幕を大陸北西の半島に位置する帝国の公文書によると自治承認料を得ている自治領区なのだが、実質国として存在している王国の主と断言する。

 氷と雪に閉ざされていて、それが原因で帝国も幾度かの遠征の失敗から、自治承認料でプライドを落ち着かせ存在を黙認している。 

 現在の国主(帝国ではサラセナ領主で一応候爵位を与えている)は、半年前に病死した父から国王を継いだユージィ・エリュキュネルという、まだ弱冠十九歳という若き女王だ。


「焚き付けたというのか? だとしたらかなりのやり手がいるという事になるな」

「計画実行者が女王本人か周辺の者かはわかりませんが、もちろんサラセナは帝国の東部や中央部戦線よりも西部戦線の動きに敏感です、かねてから蒔いてあった罠の収穫を時を経て発動させたかと思います」 


 大陸の北西の半島国家のサラセナには、広大な大陸の東部や中央部の事柄は距離がありすぎて連動はしにくい、領土を接する形になる西部沿岸部や西部の事情が必然的に重要視されていく。


「背後関係も調べないといけないが、とりあえずは反乱自体を鎮圧してからの方が当事者を直撃できて良いだろうな、たとえ上手くカモフラージュしていてもこれだけの大事に糸口を繊維すら残さぬとはいくまい」

「……」


 セフィーナは黙って頷く。

 サラセナが背後から糸を操っているならば、おそらくはそれは直接に女王には繋がっていないだろう、多すぎず少なすぎない人間を経ている糸がある筈である。


「その辺りはクラウスにでも手繰らせるか、アイツはそういうのが得意そうだからな」

「良いかと」


 カールの口から四男クラウスの名前が出るのは珍しい、表向きは相反もしていないが、どこか相容れない関係に見えるのだ。

 おそらくカールは謀略を調べるのに向いているという以外には特別な感情は無く、クラウスの名前を出しているのだが、後継者争いから発する兄弟間の距離が常日頃気になるセフィーナとしては両者の溝が少しでも埋まればという想いと、実際にも向いているとも考えて賛成する。


「だがそれも反乱が鎮圧できねば意味がない……セフィーナ、頼むぞ」

「私がですか?」

「もちろんだ、私が行ってもいいが、上級大将が出向く程と周囲に思われるのも都合が悪い」

「アレキサンダー兄さんやアルフレート兄さん、他の将軍だって」


 反乱鎮圧に自信がない訳ではない、まだそれを判断するには現状情報が足りない。

 それとはまた別の意図でセフィーナは今回の任務に気が進まなかったのだが。


「アレキサンダーをいかせたら奴は反乱の当事者や関係者すら戦場で皆殺しにしかねん、アルフレートは自他ともに認める戦下手だ、他の将軍は味方の反乱鎮圧では信用が置けない、大事にはしたくないが失敗は痛手を負う難しい戦いなのはお前がわかっているだろう? これは命令だ、一軍を率いてバービンシャー、コモレビト、コーセットと反乱を鎮圧し、反乱軍の包囲下にあるエトナ城の危機を救うのだ」


 カールはキッパリ言い放つ。

 総司令部参謀長室に呼ばれた時から嫌な予感はしていたが、軍人である以上は征途の命を断れる筈がないのだ。

 不安視している問題が杞憂である事を祈りつつ……


「了解いたしました」


 無駄な抵抗を止めてセフィーナは大人しく敬礼する。

 その態度に満足げに微笑を浮かべて頷いた後、


「大丈夫だ、お前の才能を妨げるような余計な心配は私が排除する、たとえ何者であろうととも絶対にな」


 カールはそう言って机の引き出しから一枚の命令書を取り出し、右手で玩んでいた羽ペンの先をインク坪に浸しサラサラと軽く署名をして、差し出してきたのだった。




                    続く


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ