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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百五十九話「アイオリア帝国侵攻作戦 ―ヨヘン奇襲―」

 攻勢の先手を強行軍で奪い、更に鶴翼陣形から素早い機動転換による南北からの挟撃態勢を敷く事に成功したシア・バイエルラインに対し、ここまでヨヘン・ハルパーは付け入らせずに防いでいると言えば聞こえは良いが、挟撃攻勢に対して味方を背中合わせの南北に分けての防御に徹し夜を迎えた。

 攻勢は止み、南北の連合軍は僅かに帝国軍から距離は開けたが依然として挟撃態勢は崩していない。


「流石はシア・バイエルラインだな、我らヨヘン・ハルパーが機動破壊戦術を全く出させてもらえない」

「ああ、シア中将にはセフィーナ様だって苦戦したんだ、もしかしたら相手の方が役者が上なのかもしれないな」

「いやいや、俺はヨヘン大将がシア・バイエルラインに劣るとは思わないが大将は親友相手の戦に戸惑ってるのさ、言っちゃえばシア・バイエルラインは薄情なんだよ、ヨヘン大将相手に全くの遠慮がないんだからな」


 緊張状態が持続したままの夕食を摂りながらのそんな声も味方の兵士達から挙がる中、幕舎のヨヘン・ハルパーは部下達を集めて告げた。


「反撃するよ」


 それほど驚く宣言でもない。

 いつまでも挟撃態勢からの攻勢を受け続けるのは守りを堅めていても限度はある。

 打開の手段を探らなければいけない。

 ただ部下達が驚いたのはその手段であった。


「本当にそれで構わないのですか?」

「うん」

「閣下の見立てが間違っているとは思えませんが……」

「なら信じてよ、私が直接上手くやるよ!」


 説明された作戦に戸惑いを隠さない幕僚達にヨヘンは強気とも取れる態度を崩さない。

 それがいつもの彼女の姿だった。



 北からヨヘン師団を攻めかけていたのは約九千の連合軍第五師団第二旅団。

 率いるサイディガー少将は自分達が敵軍を挟撃しているという有利な状況下であっても十分な緊張感を持ってヨヘン師団を警戒していた。

 それというのも……


「挟撃が成功しているからといって油断はしないように、ヨヘン・ハルパーの目の前で我々は南北に分派して各個撃破の危険すらあると考えてください、夜の警戒は怠らない様にして敵軍の動向に気をつけてください、この挟撃態勢を維持したまま明日の朝からの戦いが始まるのがベストです、決して無理はしないでください」


 夜を迎える前、ヨヘン師団を挟む南のシア本隊から伝令が届いていたからである。

 もちろん帝国軍が南北の片方を集中攻撃するならば、残った一方がその帝国軍の後背を突いて救援する手筈。

 そこに抜かりはないが、もし不意を突かれてのヨヘン・ハルパーの機動用兵の一撃を受けてしまえば、片方の救援も間に合わないうちに壊滅的な一撃を被る危険性もある。

 このシアの危惧をサイディガー少将は理解し、油断する事無く任務を全うしていた。

 そんな彼の元に帝国軍を警戒していた部隊から緊急の報告が届いたのは日付が変わろうかという時刻だった。


「帝国軍の一部に北東に向けて動く集団あり、夜陰にて部隊規模は不明なれど三千未満に見える」

「北東に? 我々の脇を抜けていくつもりか!?」


 伝令兵からの報告に語気を強める部下に、


「そうだな、一部の兵を密かに我々の背後に抜けさせ、本隊と共に挟撃するつもりだ、倍の敵から挟撃のお返しをされるところだったな」


 サイディガー少将は己の見解を告げた。

 夜陰に紛れてサイディガー少将の率いる第二旅団の背後に数千の部隊を回して、更にヨヘン本隊からも攻撃。

 倍の敵から挟撃の意趣返しだ。


「もし見逃していたら……」


 部下達は背筋を震わせる。

 もし敵軍の背後迂回に気づかず、素早い攻撃に定評があるヨヘンの挟撃を受けてしまったら南のシアが救援する前に第五師団の半数を形成する第二旅団が壊滅してしまう可能性もある。

 そうなれば残されたシアの苦戦は必至だ。


「どう対処しますか?」

「そうだな……」


 帝国軍の迂回部隊を見つけたのは幸いだったが、大事なのは対処の方法だ。


「こちらも大きく動いて相手の動きを逆手に取り、攻勢に出るのも手だが……」


 サイディガー少将はセフィーナとの戦いの中でも見せた通り、本来は猛将型の将である。

 だが、派手な戦をする場面ではないと思い直す。

 シアも明日の朝までこの有利な態勢を維持する事をベストだと伝令を送ってきている。


「東から背後に回る敵部隊を放ってもおけん、二千を回して迂回を防がせろ! 敵軍本隊への注意も怠るな、もちろんシア中将に伝令を送れ!」


 迂回部隊を繰り出したヨヘンに対し、サイディガー少将は迂回部隊を抑える戦力を回し、シアと連絡を取りつつ、ヨヘンの本隊への警戒を続けるという作戦を選択した。

 敵軍の動きを阻害し、挟撃態勢の維持。

 一見、堅い選択ではあったが……

 それはヨヘンにとって予想通りの選択であった。

 第五師団第二旅団は迂回への対応部隊を出撃させる寸前、突如の急襲を受けたのである。

 急襲というより、それは完全な奇襲。

 たちまち第二旅団九千に混乱が拡がった。



「一体、どうしたのだ!? 何故、急襲を許した!?」


 迂回部隊も本隊も敵襲は警戒していた筈。

 なぜ急襲を受ける!?

 混乱する自軍に焦りを隠せないサイディガー少将。


「わ、わかりません、つい先程まで迂回部隊も本隊も大きな動きは無かったのですが……」


 狼狽する部下達。

 ここに来てサイディガーは気づく。


「やられた! 奴等はもう一部隊奇襲部隊を用意していたのだ、活発に動いた迂回部隊も動かずにいた本隊もそいつらを隠す為の囮だったのだ!」


 遅きに失したがその通り。

 気づかれる前提の三千の迂回部隊を北東に回しながら、ヨヘンは自ら率いた僅か三百の部隊を夜陰の中、正面からゆっくりとサイディガー少将の第二旅団に近づけさせ、少数だからこそ利用できる地形の起伏に息を潜め、そして第二旅団が迂回部隊への動きを見せたと同時に高速機動、急襲を仕掛けたのである。

 これがヨヘンの率いた部隊規模が数千であったり、東からの迂回部隊と対と成す様に西から迂回であったならば、第二旅団の警戒網にかかったかもしれない。

 数万の戦の急襲の本命が僅か三百という昼間の戦場でも見逃されてしまう様な規模、更に夜陰や地形の起伏を利用したとは言え、まさか正面から近づいて来ていたとはその時は第二旅団の誰もが思っていなかったのだ。


「斬り込めっ、今度はこっち!!」


 僅か三百の奇襲部隊に混乱する第二旅団の陣地を馬上のヨヘン・ハルパーは兵達を率いて駆け巡る。

 動き回る、駆け回る。

 斬り込めと命令はしていても、三百の兵士達が数千を直接倒せる訳が無い。

 目的はとにかく急襲から敵陣を荒らして駆け巡り、こちらの戦力を理解してもいない相手を振り回し、


「本隊と迂回部隊頼むよっ! シアが駆けつける前に敵軍の半分を片付ければ、明日からはこっちが倍だっ!」


 そして、本隊と迂回部隊にも混乱する第二旅団を攻撃させ、シアの部隊が救援する前に決着を着けるという作戦であるのだ。


「敵軍の迂回部隊も急転し、我々を攻撃しています!」

「敵軍の本隊も動き出しました!」

「先ずは混乱を抑えろ!」

「斬り込まれた混乱を抑えながら、東南からの両方の攻撃を抑えるのは無理です!」


 第二旅団の司令部の混乱は部隊全体に拡がる。

 更に迂回部隊からの攻勢が始まると、混乱から実質的な損害が第二旅団に出始めた。

 一万数千の帝国軍本隊がそこに加われば、第二旅団の運命は決するだろう。


「と、とにかくシア中将が救援に駆けつけてくれるまで粘るしか無い、それまでヨヘン・ハルパーの攻撃を耐え抜くんだ」


 流石の猛将サイディガー少将もそれしか言葉が無い。

 完全に奇襲を許した形になった今、頼みの綱は一方の味方であるシアしかいないのだ。


「しかし……敵軍はそれが間に合う前に我々に壊滅的な一撃を加えようとしています、今頃ようやくシア中将の陣に我々の伝令が着いた頃でしょう」

「そんな事はわかっているっ!!」


 部下の震える声にサイディガーは激昂する。

 だが耐えるしかない。


「とにかく耐えるんだ! 敵軍の本隊が来たら、もっと敵軍の攻勢は苛烈になるぞっ! 把握できる味方にはとにかく集まって円陣を敷かせるんだ!」


 歯を喰い縛るサイディガー少将。

 やりようが無い。

 絶望に傾きかける戦況に耐えるしかない。

 幕僚達も押し黙る司令部の周囲にも蹄の音が響く。


「流石はヨヘン・ハルパー、もう司令部の周囲にも敵軍の騎兵が来るとはな!」


 どうせ死ぬならば!

 剣を抜き放ち、サイディガー少将は司令部の幕舎を飛び出していったが、


「…………な!?」


 響く怒号と剣戟の中、思わぬ蹄の音の主に彼は思わず立ち尽くしてしまった。



続く

 

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