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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百五十八話「アイオリア帝国侵攻作戦 ―黒髪美女と童顔女―」

 シア・バイエルライン率いる連合軍第五師団が帝国軍親衛遊撃軍ヨヘン師団を捕捉したのはサンアラレルタから北上した帝国側国境にある中規模放牧地アンフルール。

 もちろん敵の接近に気がつかないヨヘンではない。

 接近する連合軍第五師団に対し、陣を張り警戒態勢を整え、次の行動を見極めようとしたが、連合軍第五師団はヨヘンのお株を奪うようなスピードの用兵を見せ、アンフルールに達してヨヘン師団に先制攻撃を始めたのである。


「強引に先手をとってきたかぁ、似合わない事するなぁ、ちょっと外されたぞ!?」


 牧場地に設けられた師団司令部で難しい顔をするヨヘン。

 二万対一万八千。

 数でやや劣るにも関わらずシアが先制攻撃に拘ってきたのは案外であった。

 シアの任務はベネトレーフへの援軍を阻止する事であろう。

 ならば攻勢に拘らず、サクラウォールとベネトレーフの間に進軍を妨げる防御陣を張り、サンアラレルタとの連携も維持するという堅い作戦をシアが展開すると読んでいたのだが、見事にそれを外された形となった。

 しかし、読みは外されたと言っても戦況が不利になった訳では無かった。

 先制攻勢にヨヘンはキチンと対応が出来ているし、むしろ強引にスピードを上げて、先手を取ったが連合軍の攻勢はシアが指揮をしているにしては完全な物とは言い難い物だ。


「ふぅむ」


 手を腰に当てて戦況を見守るヨヘン。

 親友との戦。

 もちろん気が進む訳は無いが、思い詰めた感情で戦っていてどうとでもなる相手ではない。

 ヨヘンは勤めていつもの様に振る舞う。

 そう気をつけなければいけない時点で、いつもの様に出来ていないのは本人も解ってはいるのだが……


「大将閣下」


 一人の青年師団参謀がヨヘンに歩み寄る。


「なに?」

「連合軍がベネトレーフに至る街道を守らず、先制攻撃を仕掛けてきた点を閣下はどのように観ていられますか? 予想外の攻勢をかける事が相手の策なのでしょうか?」

「ん~」


 青年参謀の質問に考えること数秒。


「多分嫌がらせかなぁ、生真面目でも性格悪いからね」


 苦笑いをしながらヨヘンは呟いた。





 親衛遊撃軍ヨヘン師団と連合軍第五師団。

 ヨヘン・ハルパーとシア・バイエルラインの対決はシアが先制攻撃をおこなったが、およそ両雄の激戦と呼べる様な始まりにはならなかったた。

 強行軍による不完全な先制攻撃を仕掛けたシアもいつまでもそれを放置はせず、攻勢開始から一時間もしないうちに隊列を器用に整え、ヨヘンも予想外の攻勢を受けた割には冷静な対応で崩れず、戦いは続いているが双方にやや落ち着きを取り戻していたからである。



「一度、陣形を鶴翼に開きます!」


 連合軍第五師団。

 攻勢を仕掛けていたシアが告げると、参謀長のビスマルク准将がやや難色を顔に出した。


「我々と帝国軍の数は同レベルです、こちらが鶴翼に開けば、牧草地の陣を棄ててでも中央突破反撃をしてくるのではないでしょうか? まして相手は機動戦術が得意のヨヘン・ハルパーです、中央突破の好機到来を逃すとは思えませんが?」

「その通りです、ならばヨヘンの周囲の参謀クラスの者は少なくともそう思うでしょうね」

「え?」


 進言の返答に戸惑うビスマルク准将。


「でもヨヘン自身はそんなに単純ではないですよ、きっと彼女は動きません、参謀長、サイディガー少将を呼んでください」


 シアは微笑みながらそう告げた。





「連合軍が鶴翼に開きます!」


 その報告にヨヘン師団の司令部の空気が緊張する。

 予想外の速攻を見事に凌ぎ、もうすぐ日が暮れて野営のままの対陣、明日から仕切り直しという雰囲気も出始めていたが、それは消え失せた。


「閣下、チャンスです! 相手が鶴翼に開いたのは速攻が通じなかった為、今度は半包囲下攻勢を仕掛けるという狙いなのでしょうが、ならばこちらも陣を棄てて、大胆に全軍で敵軍の中央突破に出たらどうでしょうか?」

「そうか、鶴翼に開いたならば敵軍の中央部は薄い!」

「先手を獲っての攻勢が予想外に効かなかったのが相手の焦りを引き出したのでしょう、陣には拘らず反撃をすべきです」


 そんな意見が司令部を支配する。

 機動反撃による敵軍の中央粉砕。

 ヨヘン・ハルパーの必勝とも言える戦術は部下達に十分に浸透していたが……


「ん~ぅ」


 当のヨヘンは童顔ながら神妙な顔つきで腕を組み、唸ること十数秒の後、


「やっぱ、ダメ! このまま陣を堅めて様子を観る!」


 と、部下達の進言を却下したのである。





「帝国軍に動き無し!」

「閣下!」


 連合軍第五師団の鶴翼陣形がほぼ完成したにも関わらず、ヨヘンは動かない。

 指揮官の予言通りの報告に振り返るビスマルク准将。

 シアはコクリと首を縦に振り、息をスゥと吸い、大きく開いた手を前方に突き出す。


「今だ! 全軍、作戦通りに動けっ!」


 凛とした声を発するとシア自身も従兵が用意した栗毛の馬に跨がり、


「ヨヘン、あなたを機動戦術で叩くわよ!」


 と、鞭を強く打った。



 それは寸分乱れも無く、まるで全てが予定通り動く事が出来る閲兵式の一幕の様であった。

 ヨヘン師団に対して鶴翼に開きつつあった連合軍第五師団はその動きを急加速させ、更に両翼を伸ばすと綺麗に中央部から北と南に分離して急速前進転回して、東に向いていたヨヘン師団を北と南から挟撃する態勢を構築したのである。

 展開速度、命令のタイミング、動きの滑さ。

 感嘆するか、溜息をつくしか許されない芸術的な戦術機動をシアはヨヘンの目の前で見せたのである。


「挟撃態勢!!」

「何という見事な急機動だ、まるで我々が動かないと見越したかの様な動きだ!」

「やはり中央突破を図るべきだったか!」

「タイミングを逸したか!?」


 連合軍の予想外の動きに焦りを隠せず思わず動かなかった事を後悔し出す参謀達。


「バカだな!」


 そんな彼等を腕を組んだまま、ヨヘンは大声で制する。


「さっき中央突破なんて図っていたら、それこそ待ってましたと、あの見事な動きで上下に分かれて空かされて、私達は伸びきった攻撃態勢のまま北と南から挟まれてボコボコだよ!? 挟撃態勢にはさせられたけど、こっちはまだちゃんと守りを堅めて態勢でいるんだから狼狽えなくていいよ!」


 その通りであった。

 確かに見事な連合軍の動きで挟撃態勢は取られたが、中央突破を図っていたら、それこそヨヘンの言う通りの藪蛇であったに違いないのだ。

 本音を言えば、相手の鶴翼に対してこちらも合わせて鶴翼に開いていれば機動を阻止できたのだろうが、それを今さら言っても仕方がない。


「相手の動きは確かに良い、そしてまた先手も取られた! でも大丈夫! しっかりと守ればもう今日は日が暮れる、いつまでも相手は攻撃なんて続けられない、それでなくても強行軍で仕掛けてきたのは相手なんだからさ、とにかく落ち着いて戦う! それで良いからね!」


 ヨヘンの激に近い説明と指示に騒然となりかけていたヨヘン師団の司令部が落ち着きを取り戻す。

 挟撃態勢からの連合軍の攻勢が始まるが、ヨヘンの指揮は対処として奇もてらわない南北両方の攻勢に対しての自軍も二手に分かれての徹底防御であった。

 もちろん挟撃態勢を取った連合軍がやや有利に戦いを進めるが完全に主導権を握るまでには遠い。

 連合軍の南北からの攻勢を各々対処するヨヘン。

 


『まったく……シアの奴、徹底して先手先手を取り続けて、いつまでも自分の手番と圧倒するつもりだな?』


「……でも」


 苦戦の中にもヨヘンの瞳は爛々と輝く。

 忙しく南北からの激しい攻勢に正確に対処して一時間。

 日が沈み始めた頃、ヨヘン・ハルパーは一番獲たかった連合軍のある事柄を確信に近い形で掴んでいる。


「いつまでも何回も平手打ちされてばかりの私じゃないのは知っているよね? こっちはグーでいくからね、グーで!」


 対決の第一ラウンドの終了を告げる夜の帳が降りる。

 明らかにこのラウンドの優勢は黒髪美女に挙がったが、対戦者の童顔女の瞳からは全く勝利への執念は失われていなかったのであった。




続く

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