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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百五十五話「アイオリア帝国遠征作戦 ―迎撃作戦御前会議―」

 ベネトレーフ。

 帝国領東海岸線沿いの最重要防衛拠点であり、今回の連合軍迎撃作戦の帝国軍本営。

 海岸線沿いであるが、海岸は切り立ち岩場が多く浅い。

 大型、中型の艦船は座礁の危険があり、小型漁船が出る程度の港しか無く、海側からの上陸を著しく制限する。

 経済的な発展はこの海運の不便さから進んでいないが、国家防衛的にこの街は首都フェルノールを東海岸線を北上する最短ルートから護る街として機能し、それに加えて城下を囲む堅牢な壁や防衛兵器、周囲の砦、兵士を配置する塹壕が多数配置されており、まさに難攻不落の要塞都市と言って過言ではない。



 この要塞都市を攻略し、フェルノールに攻め上らんとするのはアリス率いる連合軍第二軍の六個師団。

 守るはアイオリア帝国新皇帝カール自ら率いる皇帝直轄師団含め三個師団。

 師団数六対三。

 帝国軍が守備側としては充分に見えるが、ここ数年の戦禍、特に鉄槌遠征と度重なる内乱の消耗で帝国正規軍の戦力が不足しており、それを新兵や予備役兵で補充している為に質的に不安が感じられる。

 流石に皇帝直轄師団、ハインリッヒ・ルーデル大将の率いる近衛師団に新兵が補充されている様な事はないが、残りの近衛第二師団にはかなりの割合で新兵や予備役兵が配属され、一部の部隊は兵の定数も足りていない事態も生じ、連合軍の侵攻に備えた御前会議の席でルーデルが発言した様に帝国軍は今回の迎撃作戦にベネトレーフ守備に三個師団、親衛遊撃軍四個師団、フェルノール守備及び予備兵力として一個師団の計八個師団という大規模な迎撃態勢を一応は整えたが、実質的には総兵力六個師団程度の戦力しかないだろうという危惧も上がっており、難攻不落の要塞都市に拠っていても全く予断を赦さない状況であった。



「もう連合軍第二軍がサンアラレルタを出た!?」

「はっ、六月十二日早朝との事です! おそらくサンアラレルタから東に進み、東海岸の連合領サーガライズから北上、このベネトレーフを目指さんとするルートと思われます」

「被害は相当受けたと聞くのに……早いわね」


 ベネトレーフ城で報告を受けた参謀次長パティ中将は舌打ちして顎に手を当てた。

 予想外であった。

 独断専行の結果ではあるが、セフィーナは出撃前の連合軍に相当な損害を与えた。

 失った物資、負傷者の治療や補充を考えれば連合軍の出撃予定日は一ヶ月から一ヶ月半は遅くなるであろうと、帝国軍参謀本部は見積もっていたからである。

 これはゴットハルト・リンデマンがセフィーナの攻勢に対し、なるべく消耗を避け、更に補給や再編成を第二軍に優先させた事が大きく影響しているのだが、帝国軍はそこまで詳細な情報は得られていない。


「陛下からは?」

「はっ、此度の報告を受けましての本日の午後一時から中会議場で将官級会議を開くとの事です」

「了解したわ」


 パティは頷き、頭を下げて退出していく報告官を見送る。

 現在は午前十時。

 会議までは間がある……彼女は数秒間の思考の後、ツカツカと早足で歩き出した。




 三時間後。

 ベネトレーフ城の大会議室には数十名にも及ぶ将官級の幹部達が集う。

 まだ始まらぬ会議に雑談等をしている者もかなりいたが、随従係官が皇帝の到着が近い事を告げると、それもピタリと止み、その場の誰もが直立する。

 三十秒程の後に金髪美麗の新皇帝カールが会議室に姿を現すと、全員が軍靴の響きまで合わせた見事な敬礼を見せた。


「……皆の者、ご苦労」


 若き皇帝がそれに返礼し、


「此度の召集の大筋は聞いているな? 遂にサンアラレルタから連合軍のアリス大将率いる第二軍六個師団がこのベネトレーフ、いや最終的にはフェルノールを目指して進発した様だ、基本的な迎撃作戦だけでなく、ここに来て諸君らにも名案があれば忌憚な

く知恵を貸して欲しいのだ、余が会議の議長役をしても良いがそれでは諸君らも遠慮が出よう、ここからは参謀副長のパティ中将に議長役を任して、余は諸君らの賢案をしばらく聞かせてもらうつもりだから、宜しく頼む」


 そう出席者を見渡し着席すると、カールの視線を受けたパティが頷き、上座に座る皇帝カールの傍らに立つ。


「参謀副長のパティ中将です、陛下よりこの会議の議長役を仰せつかりました、まずは陛下の言われたように諸将の忌憚なき意見を発言して頂こうかと思います、基本的な迎撃作戦に拘らず意見がある方は挙手をして発言して下さい」


 パティの態度は堂々としていた。

 確かに参謀副長で中将という地位にある彼女であるが、この場には彼女よりも階級が上の者は十人は下らない。

 参謀総長のヴァンフォーレ上級大将、実戦部隊ならば近衛師団を率いるルーデル大将等々。

 その中で彼女が会議の議長役を冒頭に任命されるという異例に全く彼女は動じた様子が無かった。


『陛下はパティ中将に全幅の信頼を寄せているな、まぁ彼女はヨヘン、シア両名に継ぐ期待の将官と言われているからな、だがそれだけでは無いと勘繰る者も多いが』


 その異例を周囲が何処か受け入れている不自然さをルーデル大将等は感じたが、元々が不器用な軍人肌である彼はそれを露骨な態度、ましてや口に出そうとは思いもよらない。

 そして会議が始まった。



 ベネトレーフの堅固さを盾にしての防衛作戦。

 この基本骨子を変化させようという者はこの場には流石に居なかった。

 話し合われたのはあくまでも程度の話だ。

 初めからベネトレーフに籠城するのか。

 ある程度の野戦を挑むのか。

 軍事的な話で言えば、如何に堅牢な要塞都市に在ったとしても始めから受け身というのは面白くない。

 師団数にして三対六。

 確かに一部の定数不足や新兵が配備された部隊からは不安の声はあるが、野戦を初めから放棄する戦力差ではない。

 結局は籠城をするにしても初めから逃げ腰では士気にも影響するし、まずは一戦してからでも遅くはない。

 つけ込める所があれば、迎撃部隊と籠城部隊で連絡を取りながら連合軍にプレッシャーを与えられれば最上であるし、アリス率いる連合軍強しとなれば、堅牢な要塞都市に閉じ籠ればいい。

 会議の大勢はこの流れになった。


『……アリス大将か、ゴットハルト・リンデマンよりも戦術眼では上をいく、という者すらいる名将が相手か』


 ルーデルは発言はしなかったが、それはこの流れに異論が無いからであった。

 己が率いるのは最精鋭の近衛師団だ。

 定数不足の近衛第二師団長には悪いが、それらの悩み無しに強敵相手に戦えるのは武人の本懐でもある。


「陛下……諸将の士気旺盛、まずは一戦という意見が多く出ておりますがどうでしょうか? 私としても賛成です」


 黙って会議を見守っていた皇帝カールに頭を下げ、会議の大勢の意見を具申するパティ。


「うん、余も諸将の戦闘意欲の高さに満足している、まずは緒戦を制し、連合軍の片翼の進撃の掣肘としよう」


 カールも満足げにコクリと首を縦に振ると、各指揮官達もそれぞれに盛り上がりを見せる。

 難しい戦いなのは当然だが、上級指揮官レベルではまだ悲愴感など無い。

 ルーデルは安堵をしていたが……


「げ、迎撃作戦をするならば……小官も意見を発言させてもらって宜しいでしょうか?」


 と、一人の情報畑の若手准将が挙手をした。

 三十代前半のいかにも情報畑という様子の細身に眼鏡をした青年だ。


「シュルツ准将ですね、どうぞ」


 シュルツ准将。

 ルーデルは知らない男だった。

 将官クラスと言えども、帝国軍には数百を軽く越える将官がいるのだ。

 大将や上級大将ならともかく、准将クラスは全く知らない者の方が多い。

 議長役のパティに促された彼は眼鏡の縁を直しながら、緊張気味に口を開いた。


「不確定ながら情報課の得た情報によると、連合軍は前回のセフィーナ公から受けた損害の補給や編成をアリス大将の第二軍に最優先に回して、第二軍の早期出撃を可能にしたという事です」


 資料を見ながらのシュルツ准将の言葉にホォと声が上がる。

 情報の全てが全部隊に行き渡る訳では当然無い。

 不確定だったり、裏付けが無い、重要度が低いとされる物は共有できる情報量には限度がある為に参謀本部情報課で止められるのである。

 これはその類いの話であるが、その情報が本当ならば予想外の第二軍の出撃に辻褄が合う。

 ルーデルがそんな思考に行き着くと、シュルツ准将はカールに緊張した視線を向けた。


「それならば……連合軍の第一軍はまだ出撃するには補給や準備、編成が後回しになっているという事と小官は愚考します、それならば、その間に親衛遊撃軍……いや、セフィーナ様にこちらの戦線に駆けつけてもらう訳にはいかないでしょうか? 一個師団を率いて駆けつけて下さるだけでも戦線に与える影響大では無いでしょうか?」


 この場では末席を占めていたに過ぎない一准将の意見具申に会議室が鎮まった。

 セフィーナの援軍。

 これは例え一個師団だけでもあったとしても、敵味方に与える影響はシュルツ准将の言う通りである。

 もしかしたら……

 そんな期待が生まれ始めた中で、


「それは不可能でしょう!」


 声を上げたのはパティだった。

 鋭い瞳を彼女はシュルツ准将に向けた。


「あなたの言われる連合軍の第一軍の補給や編成が後回しになっているというはあくまでも推測の域を出ていませんし、もしそうだとしてもゴットハルト・リンデマンがそんな動きを見逃すとも思えません! 下手をすればセフィーナ公不在の親衛遊撃軍が攻撃されて突破される事になれば大事です!」

「いや……パティ中将は推測と言うが、その情報は第二軍が先発して出てきた事と辻褄が合う、本来ならば大軍で両方面からの侵攻が理想である連合軍が時期をずらしてきたのは、補給や編成の理由があるからだと私も思う、連合軍第一軍はまだ動くに動けないのではないだろうか?」


 この会議で初めてルーデルは口を開く。

 シュルツ准将に助け舟を出した形になったルーデルにパティの視線は向けられた。


「その第一軍のゴットハルト・リンデマンがそれを良しとするでしょうか? 彼がセフィーナ公を意識して戦略を組み立てているのは明らかです、ならばこのベネトレーフ方面にセフィーナ公が救援に駆けつける等という事態をみすみす見逃すとは思えません、何かの策があるに違いありません」

「それもシュルツ准将に貴官が言われた様に推測の域を出ないのではないか?」

「では、ルーデル大将もセフィーナ公にベネトレーフ方面に駆けつける様に要請すべきと考えるのですか?」

「悪い策とは思えない、戦力不足な我々はあらゆる努力をおこない少しでも戦力を有効利用しなければいけない立場にあるのは貴官ならば理解できよう?」

「それは理解出来ますが、親衛遊撃軍も大軍を相手にしなければいけない立場、そこまで無理もさせられません」


 パティ中将は唇を強く結ぶ。

 他の者は発言しなかった。

 シュルツ准将の言う通りならば、セフィーナという帝国軍人ならば知らない者はいない英雄姫が味方として駆けつけてくれるが、パティの言うようにリンデマンにそれにつけ込まれたなら親衛遊撃軍の弱体化を突かれて、第一軍に防衛線を破られてしまうきっかけにもなりかねないのだ。

 理屈は通るが……


『パティ中将はセフィーナ公がこの戦場に駆け付けてくるという事態を避けたいようだな』


 ルーデルはそう察する。

 どういう感情であろうか?

 色々と邪推も出来るが、敢えてそれをせずルーデルは椅子に背中を預ける。

 重要事項だ、決めるのはパティでも自分でもないだろう。


「陛下……」


 ルーデルの思った通り、議長であるパティは決定をその場の最高権力者に委ねた。

 これ以上の議論も要らないという彼女の判断だ。

 カールは片肘を椅子の手摺りに立て、頬杖を付くとシュルツ准将やルーデルに笑みを浮かべる。


「もしセフィーナの来援が可能だとしても余もゴットハルト・リンデマンがそうは簡単にはさせないとすると観るし、セフィーナへの負担も大きくなりすぎると思う、セフィーナにはリンデマンに十分に対してもらい、アリス大将には我々で力を合わせてどうにかしよう」


 セフィーナへの来援の要請は却下された。

 もちろん妥当な判断だ。

 シュルツの案はセフィーナという一人の才能に依存しすぎているし、それによって親衛遊撃軍が支えるべき戦線が崩れてしまう危険性もあるのだ。

 一度は助け舟は出したルーデルも何が何でもという全面的な賛成では無かったので、大人しく皇帝の判断を素直に受け入れ、立ち上がって頭を下げたが何処か釈然としない物が残ったのは確かであった。





「ルーデル大将!」


 会議も終わり、廊下を歩くルーデルを知り合いのゾンデルク少将が呼び止めた。

 ゾンデルク少将はルーデルとは士官学校の同期で、今は近衛第一師団と共にベネトレーフを護る近衛第二師団の副司令官を務めている。


「ゾンデルクか、久し振りだな」

「ああ……お前も遂に近衛師団長だもんな、俺達も鼻が高いというものだ」


 周囲に人がいないとなると、同期の間に階級は無い。

 ゾンデルクとは親友とまではいかないが、共に士官学校の苦労を味わった仲間の一人ではある。


「下手な世辞だな、お前はそんなに世辞が上手かったか?」

「まぁ、聞け……世辞ならば受け流せば良いが、あまりパティ中将とやり合うのは止めておけ」

「……!?」


 ゾンデルク少将のわざと抑えた声にルーデルはあからさまに眉をしかめた。

 どういう事だ?

 その台詞の代わりだ。


「……お前も聞いているだろう? ここまで帝国はセフィーナ様を頼り過ぎた、セフィーナ様依存の脱却の証しとして皇帝陛下とパティ中将は今回の戦は二人で勝ちたいのではないか、というもっぱらの噂だ」

「敵軍の半数とゴットハルト・リンデマンを押し付けておいて依存の脱却もあるまいよ」


 バカな話だ。

 ルーデルは即座に答えた。

 噂の真実はともかく、今更セフィーナへの依存の脱却というのは虫の良すぎる考えだろう。


「それもそうだが、陛下はともかくパティ中将にはセフィーナ様への対抗心があるだろうな、相手のアリス大将はセフィーナ様を戦場で破った事もある名将だ、それを参謀副長として作戦立案の手腕を振るって打ち破れば大きい」

「今回のシュルツ准将の案の採用の可否は別として、それで作戦に支障をきたしたらどうにもならんぞ」

「……恐ろしきは女の何とやらだ、それに今はセフィーナ様と陛下のご関係も難しい状態にあるらしいからな」


 ゾンデルクは肩をすくめて見せる。

 セフィーナと皇帝カールとの関係については、カールが皇帝になる前から話題が多かったのだが、カールが皇帝になってからはその話題の内容も明らかに変わってきていた。


「ゾンデルク……お前こそ、その手の話題を軽々しく口にするな、俺に薮蛇を注意してお前が噛まれるぞ」

「まぁ、それもそうだな……とにかくそういう事だ、お前も気をつけろ、じゃあな」


 あまり好みの話題でもないルーデルに逆に注意されると、ゾンデルクは己の口が軽すぎた事に気づき、危険な話題を切り上げて廊下を先に駆けていく。

 ゾンデルクが角を曲がるまで見送ると、ルーデルはフゥとため息をついた。


「俺のような噂嫌いな軍人の耳にまで入ってくる様になると、敵にはほぼ筒抜けだな……謀略家としても名の知れたゴットハルト・リンデマンに利用されなければいいが」



 迫る連合軍の大軍。

 その中で謀略にまで振り回されては敵わない。

 ルーデルは決して小さくない不安を覚えながら、周囲に誰もいないのを確かめてから再びため息をつくのだった。




続く


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