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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百五十四話「アイオリア帝国遠征作戦 ―暗躍―」

 連合軍第二軍サンアラレルタ進発。

 予想外に早い一報に帝国軍の各高級指揮官は程度の差はあれ、各々が慌ただしく動き始める。

 セフィーナの奇襲攻勢により、連合軍の進発は少なくとも一ヶ月近くは遅れるだろうという目論見が見事に外されてしまった形になったのだ。

 その中でも連合軍第二軍の攻勢目標となっているベネトレーフは当たり前だが忙しい。

 アイオリア帝国軍参謀次長であるパティ中将。

 灰色の短髪に褐色の肌を持つ彼女は参謀本部の実質的な中心にあり、今回の防衛作戦計画にも大きな発言力を有している。

 各防衛拠点の配置も彼女が苦心して造り上げた物で、現時点でも数倍の戦力を持つ連合軍の襲来に耐える自信があるが、時間があるならば少しでも良くしようと思い、セフィーナの造った時間を利用して手を入れている最中に皇帝付きの報告官から一報を受けたのだ。


「それで陛下は何と?」

「ご報告を受けられ、防衛作戦についてなるべく早く改めて打ち合わせをしたいとの事です」

「衣服を整えてからすぐに向かうとお伝えください」

「お伝えします」


 報告官とそんなやり取りをして、足早にベネトレーフの防衛陣地から、城下街に向かうと駐屯中の宿としている高級士官専用のホテルに入り、湯浴みの準備をするように副官であるローコット大佐に伝える。

 ローコット大佐は三十七歳の青年士官。

 パティが将官に任命されてからの副官任務であり、任された事柄をキチンと出来る手腕がパティの信頼を得ていた。

 大佐がフロントに至急、湯浴みが出来るように手配すると、フロントに呼ばれてメイド服に身を包んだエメラルドグリーンの長髪の少女がローコット大佐に駆け寄る。


「ローコット大佐、至急というのはどれくらいのお時間で準備したら宜しいでしょうか?」

「そうだな、出来るだけ早く頼む、陣地構築で現場に居られた中将は陛下に会われる、失礼の無いように気を使われているのだ、準備が出来たら、それをパティ中将にお伝えしてから私の部屋にも来てほしい」

「かしこまりました、では」


 ミラノと呼ばれたエメラルドグリーンの髪の少女が品よく頭を下げ浴室に歩いていくのを、ローコット大佐は期限の良い笑顔で見続けた。




 ローコット大佐の部屋のドアがノックされたのは、それから十数分後だった。

 大佐がドアを開けると、ミラノの背筋を伸ばした行儀の良い姿勢で立っている。


「パティ中将には湯浴みの準備が出来たと伝えてきました」

「中将は浴室に行かれたかな?」

「はい、向かわれました」

「そうか……ご苦労様、時間は平気だろ? 入っていくかい?」

「はい、失礼します」


 周囲に誰もいない事を確認した後の大佐の誘いに、ミラノに微笑みを浮かべて首を縦に振った。




 乱れたシーツの海の二人。

 ゆっくりとシーツから顔半分を覗かせるミラノ。

 満足げなローコットはそんな彼女のエメラルドグリーンの髪を軽く撫でる。


「あの大佐……」

「ん?」

「私、たくさん大佐に可愛がって頂いたのは嬉しいんですけど……パティ中将が皇帝陛下の居られるお城に行かれたのに副官の大佐が同行されなくて宜しかったのですか?」


 首を傾げた少女にローコット大佐はフフッと笑う。


「陛下に会われるのに俺を連れては行かないよ、パティ中将は二人だけで陛下とお会いになるんだからな」

「それは大切な作戦会議ですか?」

「いやいや……まぁ、大切な事には違いないがな……こんな感じの事だよ」

「キャッ、そ、そうなんですか!?」


 ローコットの胸元に引き寄せられたミラノは驚きつつも素直に身体をローコットの胸板に預ける。


「もちろん秘密だけどな」

「で、でも皇帝陛下はセフィーナ様を……」

「それは前から言われていたが、どんなに溺愛しても妹だ、それにセフィーナ様には断られたらしい、それで寂しくなった男を慰めるのは年上の女さ、元々女付き合いが無くセフィーナ様一筋の皇帝陛下だ、そうなれば男は女の思い通りさ」

「年上の女性ですか……」

「俺は年下が良いけどな」


 ローコットは上機嫌にミラノの頬に軽くキスをすると、上半身をベッドから起こす。


「た、大佐?」

「これはチャンスだ、パティ中将はいまや皇帝陛下の第一の臣下と言っても良い、参謀本部ではヴァンフォーレ上級大将を差し置いて実質的な本部長、連合軍を撃破できればすぐにでも上級大将くらいにはなるだろう、俺もパティ中将の元で功績を挙げれば一気に将官、いや中将の参謀次長も夢じゃない……そうしたら」


 真剣な眼差しで見つめてくるローコット。

 ミラノは恥ずかしげにシーツから顔半分を出したまま、お待ちしております、と頷いた。



 深夜。

 ホテルの勝手口が静かに開く。

 警備の兵士が立っていたが、顔なじみになっている少女が出ていくのを咎めたりもしない。


「夜遅くまで大変だな、ご苦労様、夜は気の荒い兵士もいるから気をつけて帰るんだぞ?」

「ありがとうございます、失礼します」

「ああ、また明日」

「はい」




 ペコリと頭を下げて、控え目な笑みで警備兵と挨拶を交わす。

 ここ数ヵ月はここからいつも借りたアパートに帰るのだが、少女の足は今日は街の郊外に向かう。

 もうアパートに帰るつもりは無かった。

 もちろんホテルにも。

 目的は果たした。

 何人かの親しくなった高級士官からの情報。

 特定、不特定、重要とそうでない物と多数あるが、それを精査するのは自分の仕事ではない。

 一つでも多くの、可能ならば深い情報を集め……それを判断する者に伝える事。

 それが彼女の仕事なのだ。


「それにしても……」


 口元を歪めての思い出し笑い。

 おそらく自分が失踪しても、帝国軍が自分の素性を探ろうとまでは思わないだろう。

 田舎から出てきた少女がホテルでの労働に耐えきれなくなって逃げてしまった程度の出来事だ。

 特に親しくなったローコット大佐は別だろうが、彼とてホテルから失踪した娘にペラペラペラと幾つかの情報を話してしまった、もしかしたら幸せのうたた寝の隙に部屋に置いていた参謀本部用の会議資料を盗み見られたかも、とは口が裂けても言わないだろう、それは自分のキャリアを大切にするローコットにとっては破滅だからだ。

 結局は悩み抜き、沈黙を護るに違いない。

 それが何も失わない唯一の手段だからである。

 


「愛しのミラノが突然に居なくなったら、ローコット大佐はお嘆きになるかしら? あのお方にはたくさん情報を頂きましたから……最期のお礼にかるーくお薬を盛って、悲しみを味あわないようにしてあげた方が良かったかしら? いや、でもここは情報収集に徹するようにとヴェロニカお姉様のお達し、静かに去ると致しますわ、フフッ、さようなら」


 月明かりの夜の街。

 数分前までホテルの見習い従業員の純朴な少女ミラノという仮面を脱ぎ捨てた工作員ミラージュは軽い足取りで歩み出した。






続く

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