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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百五十話「サンアラレルタ会戦 ―リキュエール突撃―」

 戦況を見守るリンデマンの眉がピクリと動く。

 現在、セフィーナ師団との戦いを繰り広げているのは連合軍第一軍の左翼部隊の第九、第十一師団であるが、右翼部隊に配置された兵力の一部が動き始めたのだ。


「あれは……」

「リキュエール中将の第十三師団です」

「リキュエール・ダンセル中将か……どうもこの戦場にはお転婆が多い、つい忘れていたな」


 ヴェロニカが答えるとリンデマンは舌打ちした。

 動き始めた第十三師団の動きはまだゆっくりだが、第一軍の半包囲態勢から突出するように前進している。

 

「第十三師団のリキュエール中将、ああ……あのアリス大将の下にいた娘か、元はヴァイオレット州兵団を率いていたのだったな、何をする気なのだ? 通用するかね?」

「いやいや元帥閣下、リキュエール中将はあれで中々……」


 モンティー元帥のリキュエール評にリンデマンは首を振り、引いた顎に手を当てながら、瞳を鋭くさせる。

 リキュエールの動きの背後にいる人物の推測がすぐさまに浮かんだからだ。


「どうするのかね? 使者をやって止めるのか? 試しに救援に向かわせてみても悪くないのでは?」

「わかりました、止めようにも今からでは遅いでしょう、それに案外リキュエール中将はセフィーナ・アイオリアには相性が良いかもしれませんな、その辺りを期待しましょうか、しかし他の全師団には連絡します、これ以上は指示があるまで動くな、と」


 モンティー元帥自身も各々が失策を犯したとはいえ、二個師団の味方をセフィーナの蹂躙の為すがままにされているのは気になる様子、リキュエールの指揮能力には疑問を抱きながらも救援を送るのはやぶさかではないのだろう。

 リンデマンは指示を逸脱して動く味方達に半ば呆れながらも、モンティー元帥にそう答え、リキュエールの手腕を見守る事にしたのであった。




「上級大将閣下、連合軍の右翼部隊の一個師団が突出している様子です、こちらに向かってくるかもしれません!」


 見事な機動戦術で先手を獲り、二個師団相手に圧しまくってはいるが、まだまだ連合軍第九、第十一両師団も組織的な抵抗を諦めたわけではない。

 二個師団相手の激戦の剣戟の中、ルーベンスの報告がセフィーナに伝えられる。


「ルーベンス、どの師団だ! 師団番号はわかるか!?」


 周囲にメイヤを始めとする護衛隊に護られ、白兵戦をこなしながらセフィーナは怒鳴り返す。


「おそらく第十三師団と思われます!」

「第十三師団……ああ、いつかは来るんだろうが嫌なヤツが来たな、ああいう風に堂々と出てきたという事はアレをやりかねないなぁ」


 怒鳴った勢いはどこにやら。

 連合軍右翼の方を振り返ったセフィーナは複雑な表情でポツリと呟き……数秒間、馬上から周囲をグルグルを見渡してから、


「こちらも大胆に動くしかないか、各大隊長クラスに至急指示を出す、伝令兵を用意しろっ!」


 と、ルーベンスを呼びつけ唇を引き締めた。




 半包囲陣形のまま、味方から逸脱する様にユックリと前進していた連合軍第十三師団がピタリと停まる。


「半包囲陣形から陣形を再編、紡錘陣形を取り交戦区域に向かって全力突撃を開始します!」


 先頭に立つリキュエールが命じると、参謀長のメール准将がリキュエールに駆け寄った。

 六十歳にもなろうかという白髪の老将だが、軍経験は現役でも指折りに長く、落ち度の少ない能力を買われ若いリキュエールの補佐役を勤めている。


「閣下、紡錘陣形からの全力突撃では苦戦中の第九、第十一両師団の兵士も蹴散らしてしまいます、もちろん同士討ち取りは気を付けましょうが損害を与えてしまう可能性が大です」


 メール准将の言う通りである。

 如何に味方を討ち取るつもりがなくとも、敵味方が入り乱れている交戦地帯に突撃をすれば、同士討ちは絶対に起こるだろう。

 しかし……


「もちろんです、それは承知していますし、責任を問われるのなら構いません」


 リキュエールは不敵な表情で頷く。

 メール准将の背筋に冷たい感覚が走った。


「多少の出血は出させても、このまま推移するよりは結局は損害が少ないだろうと?」

「ええ……」

「しかし蹴散らされた味方は納得しませんぞ!?」


 多少、脅迫じみたメール准将の表現であったが、若き連合軍女性将官として評価を受けるリキュエールの表情にそれに対する恐れは全く浮かばなかった。


「その時はこう言うしかないですね、そうでもしなければ、あなた達が壊滅するまで見ているしかなかった、そして……セフィーナ・アイオリアを倒すには仕方なかったと、それくらいの手強い相手であったと」

「……」

「急いでください」

「はっ!」


 司令官の決意に揺らぎがないと解ると、メール准将は引き下がり命令に対して頭を下げた。




「西の方角、連合軍の第十三師団、こちらに方向を変え、紡錘陣形を取りつつあります!」


 叫ぶルーベンス。

 まだ陣形の再編は完成していなかったが、連合軍第十三師団は彼にとっては自分達に狙いを定めた狼にも見えてしまう。

 

「そちらにはまだ構うな! 目の前の第九、第十一師団に全力攻勢をかけろっ!」


 馬上のセフィーナが剣を振り上げる。

 兵士たちは大声でそれに答え、セフィーナ師団の攻撃の苛烈さが増す。

 押されていた連合軍第九、第十一両師団は一気に瓦解する危険性すらあったが、


「堪えろ、防御に徹するんだ! そうすればリキュエール中将の第十三師団が来てくれる、散るな、なるべく大きい戦力で固まるんだ、各個に円陣で防ぐんだ!」


 第九師団長のカブリエル中将は周囲を鼓舞しながら、防御に徹する指示を出す。

 司令部不在の第十一師団でも何とか、兵が分散しないようにセフィーナ師団の攻勢に対応に努める。


「突撃! 全速力で突撃!」


 連合軍第十三師団が再編を終え、決意の瞳鋭くリキュエールがいよいよ動く。

 鬨の声を張り上げる連合軍第十三師団の兵士達。

 紡錘陣形による突撃は様々な陣形でも屈指の攻勢能力を誇る。

 その破壊力抜群の一個師団が味方を蹴散らしてでもセフィーナ師団を屠るという決意。

 二個師団を相手としている所にリキュエールの率いる新手の突撃。

 それを迎えたというのにセフィーナはまるで予定通りの様にコクリと頷いてから右手を挙げて叫ぶ。


「今だ! 全軍東に転進っ! 一気に敵の第九、第十一両師団から離れるんだっ!」

「はっ!」


 ルーベンス少佐を始めとする幕僚達の反応は早かった、師団全体が素早い動きで攻勢から一気に東に離脱をし始める。

 セフィーナは部下達にこの動きを予告して、各大隊長クラスに連絡を付け、予め準備していたのだ。

 だからこそのスピード。

 セフィーナ師団の攻勢に兵力の集中防御に徹した第九、第十一両師団は急な移動転換に阻害する行動は取れない。

 殴りかかってきた相手に対して、頭を抱えて必死に守っていたら、相手が殴ってこず、全く別方向に駆け出したら直ぐに後を追える者はいない。


「転進!?」

「カブリエル中将!!」

「しまった!」


 第九師団長カブリエル中将は眼を見張るが、部下の悲鳴にハッとして後ろに振り返った。

 地響きを立てて突撃してくる味方の第十三師団か迫ってきていたからである。


「混戦を選ばず転進!? よ、読まれていたぁ!」


 第十三師団の先頭でリキュエールは唖然とした。

 救援に急行してくるのは判るのは当然として、まさか第九、第十一両師団にも多少の犠牲を出してまで、そのまま突撃を敢行するとまでは読めない筈。

 何せ味方を攻撃するのと同義語だからである。

 だからこそ、この戦法を選択したというのに。


「リキュエール中将! 我々からセフィーナ師団は第九、第十一師団の向こう側です! このままでは第九師団や第十一師団と激突するだけになってしまいます、両師団を迂回してから突撃を続行するか、突撃を停止すべきです! 相手は我々の意図を読み切り急な転進で第九、第十一師団を盾にしたのです!」


 慌てて馬を並べてきたメール准将がリキュエールに向かい、告げてくる。

 リキュエールの突撃に対して、セフィーナは上手く第九、第十一両師団を攻勢により硬直化させて盾にした形。

 メール准将の提案が常識的な対応策であるのはリキュエールも判断が付くが……


「迂回策は当然スピードが鈍る、味方の円陣を迂回している隙に頭を押さえられる様に先手を打たれ逆に攻勢に出られたら紡錘陣形の脆さが出てしまう……ここで止まったとしても全速力突撃の勢いは止まりきらず、第九、第十一師団との衝突が起こってしまう可能性が高く、そこの混乱を突かれて、それこそ三重遭難になってしまう!」


 可能性と対応策を疾走する馬上で自問自答するとリキュエールは決断を下して叫ぶ。


「このまま突撃を敢行! 味方師団を盾にして安心したセフィーナ・アイオリアの虚を突く! 第九、第十一師団には上手く道を開けてもらう!」

「な、なんですと!? そ、それはガブリエル中将の第九師団も第十一師団でも避けようとはするでしょうが、避けきれるとは……」

「避けてもらうっ! それでこそセフィーナ・アイオリアに突撃を敢行できる」


 メール准将の懸念もリキュエールは無視して、アックスを振り上げた。

 これは賭けだ。

 第九、第十一師団が第十三師団の突撃を躱してくれなければ大混乱が待っている。

 だが上手く躱してくれれば、そのまま第十三師団はスピードを落とすことなく、セフィーナ師団への突撃を敢行する事が可能もなるのだ。


「いくらなんでも読めないでしょう!?」


 そう興奮ぎみに怒鳴り散らしながら、リキュエールは全力突撃の先頭に立っていた。





「リキュエールめ、あの小娘止まれないのかっ!? 同士討ちになってしまうじゃないか! 全部隊各個に回避だ、戦線の離脱も認めるから第十三師団を躱すのだ!」


 リキュエールの決断をガブリエル中将は勘違いはしていたが第十三師団師団が止まらないという事には気づき、散らした各部隊毎に自由回避運動を指示する。

 第十一師団もそれに続く。

 セフィーナが急速移動をしたせいでリキュエールの突撃に対しては盾代わりの位置にはなってしまったが、逆に攻勢は止み回避機動を遮る者はいない。

 それとガブリエル中将の戦線離脱も認めるという思い切った指示も効を奏した。

 第九、第十一両師団は暴れ馬の突進から逃げ惑う村人の様に慌てふためき、算を乱してはいたが何とか激突を避けるように機動していたのである。


「良く避けてくれた、これで……いけるっ!」


 激しく揺れる馬上。

 再び差す希望の光に瞳を輝かせるリキュエール。

 しかし……


「行っちゃダメ! リキュエール!」


 声が届かぬ事を知りつつ、アリスが叫び、


「……手の平の上か」


 リンデマンは呟く。

 そして……


「それは通せないな、リキュエール・ダンセル」


 嘲うセフィーナ。




「!?」


 リキュエール・ダンセルの瞳から希望の光が消えたのはそれから数十秒後。

 第十三師団の突撃を避けて、セフィーナ師団までの路を開けてくれた筈の第九、第十一両師団が進路を塞ぐように戻ってくるではないか。


「あれはっ!! リキュエール中将!」

「そ、そんなバカな!」


 行く手にあったのはセフィーナ師団のV字陣型。

 両翼を伸ばしたV字陣からの攻勢により、一端は南北に戦場離脱を成功しかけた第九、第十一両師団は逃げ場を失い、再び戦場に戻ってきてしまったのだ。

 もちろん帝国軍のこんな機動は予定でもしていなければ、出来る物ではない。

 味方に犠牲を出してでも突撃を敢行する事も、それが阻まれたとしても味方の回避を期待して突撃を中止しない事も。


「解っていたと言うの!?」


 もう止めようがない。

 セフィーナ師団からの攻勢で押し戻された第九、第十一両師団と第十三師団師団は互いに止まれずに激突した。

 

「包囲下に広く攻撃をして、敵軍の機動を封じて完全に押し込めろ、弓の雨を降らせてやれ!」


 激突と大混乱。

 三個師団が何と一個師団の構成するV字包囲の中に押し込められてしまったのだ。

 もちろん帝国軍の戦力の密度が薄い部分を突破出来る筈なのだが、連合軍三個師団は互いが身動きが困難な程な極端に高い戦力密度に押し込められ、矢や投槍を避けるスペースも極端な場合は盾を宙にかざす事も出来ずに的になっていく。

 包囲下に広く散らされた攻勢は連合軍全体の混乱の収拾を赦さない。


「な、何という……」


 三個師団の被害は急速に拡大しているだろうが、情報の通達すらもままならない。

 明らかな完敗。

 唖然とするリキュエール。

 もう周囲にいる味方は自分の師団の者なのか、第九師団の兵なのか、第十一師団の者なのかも判らない。

 幕僚達も人の波に呑まれてしまった。



 自信があった。

 喧伝するような性格ではないが、自分はアリスがセフィーナを撃退したとされる第十次エトナ会戦でセフィーナを苦しめる一翼を担ったという自信が。

 少なくともセフィーナ・アイオリアの為すがままにされない自信は持っていたのだが、それは打ち砕かれた。


「セフィーナ・アイオリアは戦術家として、エトナ会戦の時よりも完成されてきている……もしかしたら、もう誰も」


 十倍の師団を相手にここまで戦を展開できる者がいるか?

 アリスやリンデマンならどうか?

 出来るかもしれない。

 しかし、あくまでもかもしれない。

 セフィーナ・アイオリアは実際にやっているのだ。


『私みたいなのが調子に乗っちゃったな、会えたならまた校長にゲンコツもらわないといけないかも、また会えたなら……だけどね』


 学生時代の思い出にリキュエールは数瞬だけ浸り、獲物のアックスを構え直す。

 師団長として部下達の脱出路を拓かなければ。

 責任を取らなければ。

 例え集中攻撃を受けても。

 討ち取られても。


「い……」


 決意を決めた彼女であったが……


「敵軍が包囲を解いたぞっ!!」

「攻撃がやんだぞ!!」


 意外な味方の大歓声。

 

「え!?」


 事実であった。

 三個師団の味方相手に完勝の状態を造り出した筈のセフィーナ師団はV字包囲を解き……いきなり現れた連合軍の新手の師団と戦闘に入っていたのである。

 もうサンアラレルタには連合軍の師団はいない筈。


「あれは……まさか……」


 リキュエールはある可能性を口にしかけるが、それよりも今のうちに味方の混乱を収拾しなければと思い直した。






「現れてくれたな、それも期待よりもずっと速く、そして良いタイミングで」


 皆が唖然とする連合軍総司令部でリンデマンだけが上手くいったとばかりに余裕の笑みで腕を組む。

 セフィーナ師団は南からいきなり現れた連合軍師団にどうにか応対している。


「リンデマン大将……あれは、あれはどこから来たのだ? 州兵師団でも動員したのか!?」


 もう戦力はいない筈だ。

 驚くモンティー元帥に、リンデマンはヤレヤレという態度を隠さずにいつもの笑みを見せた。


「お忘れですか元帥閣下、我々にはアリス、リキュエール両名に劣らない、いや優るかもしれない女性将官がいる事を!?」







「ああ……もちろん忘れたつもりは無かったが、一番大切で現れてくれたら困る場面をまるでセレクトしたように現れた、全く憎いが……やはり健在だとも安心させてくれる!」


 セフィーナ師団。

 馬上のセフィーナは頭に手の平の当て首を振る。

 不意に現れた連合軍の新手師団。

 もう少しセフィーナの反応が遅い、もしくはV字包囲下にいた三個師団攻撃に熱中し過ぎていたら、セフィーナ師団はその急襲の前に大打撃を受けていただろう。

 

「どうだ? 私の反応も対応もまずくはないだろ? でも辛口のお前ならそんなにいい点数はくれないだろうな、シア」


 更に状況を追い込む強敵の登場にもセフィーナは何処か嬉しげであった。


 



続く

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