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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第十五話「激震」

 西部戦線でのカーリアン騎士団大敗の第一報は、東海岸にあるアイオリア帝国の首都フェルノールにも衝撃を以て、迎えられる。

 更に第二報にて、皇帝の命で創られ国民にも知られた伝統の騎士団を壊滅させたのが、過去にアイオリア一族を戦死させたゴッドハルト・リンデマンの指揮にあると付け加えられると、帝国軍部内には復讐戦の実施を推す声が早くも上がり始め、皇帝居城にいる直子達が皇帝パウルにより昼食に集められた。


「サーディアはおらんのだな」


 豪奢な装飾や調度品の置かれた広々とした広間、長机の上座に座った初老の男は集まった兄妹達を見回して呟く。

 彼が現アイオリア帝国の皇帝パウル・ゼーディ・アイオリア。

 齢は六十、短髪白髪の痩身で鼻は高く、瞳は切れ長の男。

  

「サーディアはまだ身体の具合が思わしくなく、ゼライハにて療養しております父上」


 誰も座らぬ家族会議の末席をチラリと見やってから、セフィーナが答える。

 サーディアとはパウルの第六子で、アイオリア直系の皇太子では一番年下の十一歳の男子である、生まれつき身体が弱く、姉のセフィーナの所領であるゼライハの山々の高原の気候が合い、数年前から頻繁に療養に通っている。


「あれはまだ幼い、居ても居なくても関係はない、療養に専念させた方が良いでしょう」

「だね、僕もそう思うよ、大好きなセフィーナお姉ちゃんの所領に置いておけば本人も満足だろうさ」


 やや突き放した感も伺える次男のアレキサンダーの言に、四男のクラウスも同意し意味ありげに笑みを見せた。


「セフィーナ」


 クラウスの茶化すような態度に、端正な細い眉をしかめたセフィーナを長男のカールが呼ぶ。


「何か?」

「サーディアだがゼライハでなくてはダメなのか? 空気の綺麗な場所なら他にもあるだろうになぜ、ゼライハばかりに行く?」

「サーディアが来たがるので、それに所領なら私も戻っている時は何かと面倒も観れますし」

「我が儘を……あれもアイオリア皇太子の一人だ、弱い体調ならセフィーナに甘えるのではなく面倒をかけない努力をしたらいい、もうセフィーナとて忙しい身であろう、少しは突き放すのも男子の成長の為ではないか?」

「それは……」


 セフィーナは返答に詰まる。

 表情には出ていないが、カールの問いには不満が高純度で含まれているのは判る。

 病弱で内気な十一歳のサーディアが、十七歳の姉のセフィーナを慕い、療養場所として好んでその所領を訪れているのが気に入らない、というより、ハッキリ言えば嫉妬している。 

 容姿端麗、聡明にして部下や家臣達にも程度をわきまえた寛大さを持ち合わせていると内外の評価の高いカールだが、セフィーナが関わると別になってしまうのは、既に皇帝居城の中では外門の警備兵すら知っている。


「待ってくれカール兄さん、サーディアの体調が気になるのは家族として当然だが、ゼライハで小康を保っているならそれで良いじゃないか、今日は他に話す事があるから忙しい中で集まったんだろう?」

「体調は大して気にしていない、気にしているのは態度と行動だ」

 

 困惑するセフィーナに、助け船を出した三男のアルフレートがカールに睨まれたが、それには怯まない。


「兄さんは弟の療養すら許せないのかい?」


 見合うカールとアルフレート。


「フフフッ」


 それを四男クラウスは悪戯っぽく笑い、次男のアレキサンダーは下らんと言わんばかりにフンと鼻を鳴らす。


「カール兄さん、アルフレート兄さん……」


 たまらずセフィーナは立ち上がりかけたが、


「サーディアは今年中くらいは様子を観てやれ、今日は皆も聞いたであろう、エトナでカーリアンが破れた件について話し合いたい」


 家庭の長であるパウルが即決し、新たな議題を切り出した為に家庭的な問題であるサーディアの療養の件はそれで決まり、今度は皇族として帝国の問題を話し合う番になったのである。

  

 

         ***


「報告によればカーリアン騎士団の後継者であるランカード少将が生きてるんだから、騎士団を復活させる方向がエトナの住民たちも納得して安堵もするんじゃない?」

「だな、予算や人員の問題は簡単ではないだろうが、伝統の騎士団をこのまま消滅させるのは生き残りの兵も納得しないだろうし、エトナ平原を護る戦力は緊急に必要だからな」


 南部諸州連合軍は取りあえず撤退したのでまず話し合われたのは、ほぼ壊滅したカーリアン騎士団の処遇。

 後継者のランカード少将に跡を継がせて、騎士団を復活させるというクラウスの意見にアレクサンダーも頷く。

 これが大方の規定意見だろう。

 遥か昔の皇帝より創設を許された伝統の騎士団だ、今までも今回ほどではないにしても不得意な外征で手酷い被害を受けても、無条件に再建させてきている例もあるのだ。


「そうだな……代わりの師団を入れても、長年カーリアン騎士団に慣れしたんだエトナの街の住民も不安がるだろうしな」


 決定権を持つパウルも細めの顎に手を当て前向きな様子を見せるが、


「待ってください、陛下」


 強めの語気を上げたのは、カールだった。


「カーリアン騎士団が今まで存続の値にあったのは実戦力としてエトナ平原でほとんど敗けをしらなかったからです、それがエトナ平原を巡る戦で敗けてしまっては強調できる戦略的な価値は失墜したと私は考えます、戦力は騎兵に限っては、ほぼ十分の一程になっている現在は解散し、他の師団に組み込むのが当然かと思います」

「だがカーリアン騎士団は伝統と皇帝の命で創られ住民の信頼も厚い、解散は反対も多いに違いない」


 多大な損耗をした騎士団の解散案にアレキサンダーが異論を唱えるが、カールはそうはいかないと首を横に振る。


「だからこそだアレキサンダー、権威と住民の信頼がある伝統の騎士団だからこそ、次はそれこそ敗北が絶対に許されない、九割に近くなる新規の兵や調教の出来ていない馬が今までの戦力になるのに何年かかるというのだ、それまで新兵に遠慮してゴッドハルト・リンデマンが今度はエトナ城を攻略せんと攻めてこないという根拠でもあるのか? 再び負ければ住民の信頼も伝統も微塵に崩れ去るのが判っているというのに戦慣れしていない師団長を中心に組織をやり直すのだぞ? 出来ると思うか!?」

「む……」


 カールの理路整然とした返しに、アレキサンダーは唇を締めて僅かに唸る。

 再建するならば師団長は世襲という方法をとらざる得なく、跡継ぎのランカード少将がやらなければカーリアン騎士団とはならない。

 短期間で新米の兵と未調教の馬をランカード少将が鍛え上げて戦に率いていける訳がない、頼りになる筈の父の幕僚団も崩壊し、実質的な番頭役もいないのである。 


「それに国庫の負担もかなりの物です」


 そこにアルフレートが皇帝パウルに向かって説明を始めた。


「カーリアン騎士団の軍馬は一流の血統の馬を更に選りすぐり、整った厩舎施設で莫大な費用と時間、人手をかけて数を揃えます、今回はほぼ一個騎兵師団を新たに準備しなくてはいけません、そうなると人的にはともかく、軽く数個師団は新たに編成するだけの費用が必要になります、おそらくその負担はエトナ城の住民にも確実に負担を強いる結果となりましょう」

「なるほどな、普段は伝統の騎士団とか持ち上げてくれているエトナ住民もいざ再建費用の負担がかかってくると態度を変えかねないね、そりゃ厳しいかもしれないや」


 クラウスはそう言うと肩をすくめ、アルフレートはそれに黙って頷く。

 どうやらクラウスは分が悪いと、再建案側から撤退の準備を始めている。


「だが歴代皇帝陛下達が護ってきた騎士団だぞ、それを簡単には潰せまい」


 一緒に再建案という屋根に登ったが、どうもうまくいかなそうだと簡単にそれを降りてしまったクラウスの様なフットワークと言うか、いわゆる薄情さを次男アレクサンダーは持っていない。


「うむ……」


 一度は再建案に傾きかけたパウルも腕を組み始める、再建しなければ歴代の皇帝が護ってきた伝統を自分の代で潰す事になるし、かと言っても再建しても費用や人員がかかる割には実戦力として非常に危うい騎士団が出来てしまうのだ。

 アイオリア帝国の現皇帝パウルは絶対的な権力を持ち、もちろん愚鈍ではないが、叡知に溢れ高いカリスマ性を発揮する様な皇帝でもなかった。


「セフィーナ……お前はさっきから黙っているが何か案はないか?」


 迷った皇帝は弱った父親の一面で聡明さを唱われる娘を頼った。


「さすれば……」


 立ち上がるセフィーナ。

 もちろん兄達の議論を聞いていて意見がない訳でない。

 だが聞いていると先程まではカール、アルフレート対アレクサンダー、クラウスという構図になりつつあり、最後の一票を持っていた妹としてはどう理由を付けて、どちらの投票箱に票を入れて揉めるくらいなら無効票か投票自体を放棄したかったのだが、どうやらクラウスがアレクサンダーを屋根に置いてきぼりにした状態も良くないと思い口を開く。


「ではカーリアン騎士団は存続させランカード少将を団長とし、新たにこの首都フェルノール警備部隊として任地と任務を変えれば、と私は愚考します、首都には既に近衛師団がおりますが、あくまでも首都周辺の機動的防衛任務をこなす騎兵大隊程度の規模というであれば、近衛師団からの反対も少なく、カーリアン騎士団に新しい補充をせずに今の生き残りだけで編成可能ですし、戦力として大きな期待は出来ませんが、名誉的な騎兵師団すれば騎兵達もある程度は納得しましょう」

「任地と任務を変える!? 彼らから厩舎や調教施設のあるエトナ城を取り上げるのか!」


 すぐに反応した声を上げたアレクサンダーにセフィーナは静かに細い首を縦に振る。


「ええ、しかし今の残存の規模ではエトナ城はもて余しますし、仕方のない事でしょう、それにカーリアン騎士団をフェルノールに異動させても馬の厩務員や世話係はそのまま残し、エトナ城での育成調教は続ければ施設は無駄にはなりませんし、そこから良質の軍馬が他の師団にも供給できます」

「そうだね、今までのカーリアン騎士団に軍馬が集中しすぎていて、他の師団で足りなくなるという事は頻繁に起きていたからね、きっと師団長達には歓迎されるよ」

「カーリアン騎士団に良い馬を集めるのが、慣習化していて弊害も生まれていたからな、良い機会だと私も思う」


 アルフレートがセフィーナの提案に賛成の意を示すと、カールもそれに続く。

 歴史と伝統と功績を盾にカーリアン騎士団が良い馬を集めているのは確かで、帝国の他の師団長からは抵抗が強かった。

 他の師団長から見れば、世襲で師団長職を手に入れた相手に馬を優先的に取られてしまうのは面白い事ではないのだ。

 パウルはその意見に十秒ほど思案をしたが、


「……そうだな、セフィーナの案ならばカーリアン騎士団の名前は残せる、当然抵抗はあるだろうがそこは軍務大臣に任せよう」


 と、第一の議題を決した。

 アイオリア帝国にも各大臣や官僚がいるが、決定権は絶対君主制の皇帝と皇族には敵わない。

 帝国の行動指針のかなりの部分をアイオリア直系一族が決めて、大臣や官僚はそれに意見をして修正を願い出て実働をするというのが主流となっている。 


「次は……各諸侯達からの申し出なのだが、カーリアン騎士団の仇討ちの為の出兵の強い要請だ、ならぬなら私兵を投じてもゴッドハルト・リンデマンを討ち取ると言っている者までいるらしい、皆の意見を聞かせてくれ」


 ゴッドハルト・リンデマン。

 この名前に全員が様々な思案を巡らせたが、一番反応が早かったのはやはりアレキサンダーであった。


「各貴族諸侯の私兵を投じてもという申し出が本当ならば、一切の正規軍は投じないで大作戦が出来るじゃないか!? 俺が先頭に立つ、諸侯に号令をかけたらいい! 十数万は集まるかもしれないぞ」

「バカな……」


 奮い起つ次男を明らかにバカにしたようにカールは呟いた。


「なんだとっ!?」

「兵站を支える兵糧はどうするんだい? 諸侯が各々準備してくる訳はないんだ、国庫から出すにしてもそんな予想外の兵糧をまかなったら正規軍に使う分が無くなってしまうよ」


 怒気を発するアレキサンダーに答えたのはアルフレート。


「それにさ、連中の集めた私兵なんて何をしでかすかわからないよ、悪い事言わないからそんな奴等の先頭に立つなんてやめた方がいいって、火中の栗ってヤツ、やる気があるのはわかるからさ、まぁ落ち着きなよ」


 クラウスが両手を頭の後ろにやりながら軽口で落ち着かせると、


「まぁ……聞けば問題点も多いな」


 アレキサンダーも流石に無理を悟り、思い直したように大きく息を吐く。


「……」


 セフィーナは黙っていた。

 貴族諸侯の私兵集団など論外で、アルフレートの言った兵站についても、崩した言い方をしたがクラウスの軍の兵の資質についても全くの同意見だったからだ。

 ましてや、そんな隙だらけの相手を見逃すゴッドハルト・リンデマンでもないだろう。

 それらを集約したカールの一言には妹の複雑な立場から同意は出来なかったが。 


「まずはカーリアン騎士団の代わりに第三師団をエトナ城に派遣して……」


 貴族諸侯の遠征案は当然、却下という流れの中でとりあえずカーリアン騎士団の代替え案をアルフレートが口にした時だった。


「会議中、失礼いたします、緊急のご報告が入っています、宜しいでしょうか?」


 皇帝専属の報告官が恭しく頭を下げて部屋に入ってきた。


「よい、報告せよ」

「畏まりました」


 パウルの許しが出ると、報告官は手にした報告書を読み上げ始める。


「エトナ城からの急使によりますと、バービンシャーにて大規模な反乱が発生し、反乱軍はコモレビト、コーセットを制圧、エトナ城を包囲しているとの事です」

「反乱だと!? 誰だ?」

「報告によると、バービンシャー候の軍がエトナ城を包囲していると!」


 あまりにも突然の報告に語気が強まるパウルの問いに、報告官は震える声で報告書を更に読み上げる、兄達も程度の差はあれ皆が各々の反応のある中で……


『このタイミングといい、手際の良さといい、只の反乱ではないな』


 セフィーナはそう考えながら、唇を軽く噛んだのだった。




                    続く 

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