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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百四十六話「英雄姫襲来」

 皇帝の使者から伝えられた指令。

 作戦会議用の幕舎で会ったセフィーナは特に反論もすることなく頷き、ご苦労様でございました、と労いの言葉と皇帝の使者に対する礼をしてから送り返す。

 そして自分の幕舎にメイヤと二人になると、フゥとため息をついて腰に手を当てた。


「これは参ったなぁ、状況ここに至れば出てきてくれると思ったのが甘かったな、撤収命令まで貰ってしまった」

「カール様はセフィーナの言うことなのに何で聞かないの、せっかくこっちは勝っているのにさ」


 抑揚の無いメイヤの口調だと、大規模戦争の事に聞こえない、まるで望んだメニューにならなかった夕食の話題のようだ。


「まぁ、兄上も前とは地位が違う、皇帝ともなれば何でも叶う訳じゃないさ、立場という物があるんだ」

「へぇ~、前は皇帝になればどんな法律だって変えられる、絶対支配者としてセフィーナをお嫁さんにすると言ったのは誰だったかな?」

「……メイヤ」


 わざとらしく首を傾げるメイヤをセフィーナは睨む。

 

「……だって言ってたじゃん」

「もうその話は良いんだ、兄上とも話が済んでいる」

「なぁるほど」


 意味ありげなメイヤ。

 セフィーナは口を尖らせた。


「なにがなぁるほどだ!? 互いに口も聞けない頃から付き合っているんだ、思わせ振りな言い方はやめないか」

「じゃあ言うよ、なぁるほどって言うのは、カール様がセフィーナの言うことを聞かなくなった理由がわかってきたからだよ」

「ほぅ? お前はそういう事には疎いとばかり思っていたが、案外だな、試しに言ってみるといい」

「セフィーナに后妃になることを断られたカール様、他の女になぐさめられていたら、いい仲になってセフィーナの事は別にどうでもよくなった」

「…………!?」


 例の口調で平然と答えたメイヤ。

 セフィーナは思わず息が詰まる。

 メイヤの答えの前半部分は正しいし、半分公言していたカールが皇帝になったというのにセフィーナ后妃が誕生する気配も無い事から推測も出来ようが、後半部分のような想像をメイヤがするとは長く付き合ってきたセフィーナにも意外だったのだ。


「お前な……」

「当たってる?」

「あのなぁ~」

「当たってるか? って聞いてんだろ?」

「前半はな、後半は知るか!」


 吐き捨てるセフィーナ。

 メイヤは自分のベッドに腰を降ろした。

 セフィーナの幕舎であるが、ここにはメイヤも自分のベッドを隅に置いて就寝している。

 敵地での野営の用心で、メイヤが切に願ったのをセフィーナが別に構わないと承諾した物だ。


「後半は護衛隊同士の噂だよ、セフィーナが認めてくれた前半で私の中でかなり信憑性が高まったけどね」

「興味がないな、皇帝陛下にも早い時期にも后をとって貰わなくてはいけないだろう、私は断ったんだ!」


 セフィーナもベッドに座って腕を組む。

 護衛隊同士の噂というのも普段から専属で皇族の傍にいる者同士の噂であるからバカには出来ない。

 もちろん皇族のプライベートの秘密をやたら喋る者はごく少数だが、特に護衛隊同士ともなれば話が漏れてくる事もある。


「で!? 相手は?」

「ん!?」

「噂に固有名詞が無いだろう? 相手は誰なんだ?」

「興味がないな、ってカッコつけてたじゃん?」

「そこまで話しておいて……やっぱり言わなくていい!」

「つまんないなぁ、言うよ、言うよ、あの参謀次長だよ、パティとかいう」

「パティ中将か……」


 セフィーナの瞳がやや鋭さを帯びる。

 連合からの脱出作戦からパティ中将とは何かと縁があったが、友誼の縁ではない。

 今回の連合軍の侵攻に対する防衛作戦については皇帝カールの前で論戦もした相手だ。

 恨みはないが好意的な感情もなかった。

 今まで自分を寵愛していた兄カールにそういう関係になった女性が出来た事、全く胸が痛まない訳ではなかったが自分はカールからの寵愛に応えなかったのだ、文句を言う資格があろう筈もないとセフィーナは黙って首を二回振った。


「その話は終わりだ、寝よう」


 吊るされていたランプの灯りを落とすと、ベッドに横になるセフィーナ。


「明日はもうこの陣を離れて北上する、サンアラレルタに向かうんだから良く休んでおけよ、クズグズしていると南のフォルディ・タイの連合軍をシアが立て直して、我々を追いかけて来かねないからな」

「はぁい」


 特に話の続きをしてくる訳でもなく、メイヤも自分のベッドに身体を横たえた。

 暗闇。


「メイヤ……」

「ん?」

「エリアン中将から連絡は?」

「無いよ」

「……それでいい、連絡が無いと言う事は上手くやってくれていると信じるしかないな」


 エリアン中将とはセフィーナが直轄師団の副師団長である。

 暗闇での短い会話に大きく複雑な感情の息を吐くと、セフィーナは寝返りをうち、静かに瞳を閉じる。


「……セフィーナ」

「なんだ?」

「私はセフィーナをちゃんと護るよ、まだしばらくは男の子なんか相手にしないからさ」


 互いの見えない暗闇。

 メイヤはどんな表情で言っているのだろう?

 いや、いつもと同じ無表情か。

 セフィーナは瞳を開き、少し鼻で笑う。


「そういうのは言い寄ってくる気になる男が出来てから言うものだろうに……」

「失礼な~、護衛隊の男子たちからは猫みたいでカワイイと評判なんだぞ~」

「悪かった、悪かった」


 いつもの口調ながら抗議してくるメイヤ。

 笑い声まじりに謝罪をしながら、


「感謝するよ……」


 セフィーナはそう言って、再び瞳を閉じた。




            ***



 サンアラレルタ連合軍遠征部隊の総司令部。

 昼近くになり入ってくる情報量が飛躍的に増加する。

 北ではパウエル中将の第八師団とブライアン中将の第十師団がヨヘン・ハルパー大将率いる三個師団の帝国軍を捕捉し、正面から交戦に入り、南からはシアの第五師団を撃破した後で野営をしていたセフィーナ師団が北上を開始したからだ。

 北上する速度は速くないが、このままでは今日の午後にはセフィーナ師団はサンアラレルタに姿を現す公算が高い。


「遂に来るわね、流石はセフィーナ・アイオリア、迂回しようともせず真っ直ぐにサンアラレルタの私たちに向かってくるわ、一個師団でここにいる十個師団と戦うつもり? 身震いしてきちゃうわ」

「全くだ、十倍の敵軍に正面から向かっていく、まるでファンタジー小説のヒロインだな、だとしたら私や君は格好の悪役となってしまうがな」


 総司令部の幕舎の外、戦闘近しと動き回る兵士たちを見つめながら、自分の身体に震えを抑えるように手を回すアリスにリンデマンは答えた。

 十個師団対一個師団。

 普通ならば勝負にはならない。


「でも彼女は北上を止めないわ」

「もちろん勝つつもりだからさ、しかしな……」


 味方陣営を見渡すリンデマンは顎に手を当てた。


「ん? 何よ?」

「ベネトレーフの動きが遅すぎる、親衛遊撃軍の各軍の動きと連動するなら、既にカール皇帝は主力軍を率いてベネトレーフを発進していて然るべきなのだが、まだ報告は来ていないのだ」

「ん~、わからないわね、ギリギリまで包囲攻撃の意図を悟られたくないとか?」

「考えられるが、それでタイミングが合わず包囲が完成しなかったら意味がないし、そこまで読めない作戦じゃない、我々が全く察知していないとは相手も考えていない筈だ」

「それもそうよねぇ」


 ソバージュヘアを掻き上げてアリスは空を見上げる。

 空はやや曇りがかっているが雨は降る様子はない。

 天候は戦局を大きく変えてしまう要素であるが、この天気ならばそこに神経質になる必要も無いだろう。


「ベネトレーフのカール皇帝とセフィーナの間に作戦面の齟齬が生じているとは考えられないだろうか?」


 ポツリとリンデマンが顔を上げた。

 その顔はまるで学者が気づきにくいが、気づいてしまえば解ける難問のヒントを掴んだかの様相だった。


「まさか!? カール皇帝はセフィーナを信頼しきっているんじゃないの?」

「そういう固定観念は思考の停止だ、私は前にカール皇帝がセフィーナを帝国軍総司令官にも、参謀総長にも据えなかったのは不可解だと言った事があったな?」

「そりゃ覚えているけど、その時にも言ったけど親衛遊撃軍司令官だって帝国軍の半数を率いているんだから責任重大なポストよ、私はカール皇帝はセフィーナへの信頼感は揺らいでいないと思うわ」


 アリスは思わず眉をしかめた。

 その頭脳の質は認めざる得ないが、学生時代からリンデマンの思考は先にいきすぎるきらいがあると感じている。


「どうだろうか? 例えばフォルディ・タイへの奇襲がセフィーナの独断専行であったらどうなる?」

「独断専行って……指揮権は?」

「無い、親衛遊撃軍司令官の自由裁量権は国内での作戦行動に限られる、フォルディ・タイへの奇襲を許してしまったのは我々がその国内のみでの自由裁量権という部分を信じすぎたせいもあるのだからな」

「じゃあセフィーナがそこも計算に入れて独断専行したと?」

「ああ……独断専行で成し遂げた戦果をカール皇帝側が面白く思わないからこそ攻勢作戦に参加してこないのでは?」


 辻褄は合う。

 だが……それを本格検証する前に、二人の軍司令官の前に伝令が駆け込んで来て片膝を付く。


「リンデマン大将、グリタニア大将、セフィーナ・アイオリア率いる帝国軍が警戒線を越えて迫ってきております!」

「了解、ご苦労様」


 それに頷くと、アリスは苦笑を浮かべながらリンデマンに振り返る。


「本当に躊躇なく突っ込んで来たわね、こちらに考える時間すらくれない、って事かしら」


 セフィーナ・アイオリア迫る。

 同じ報告が各所に飛び交い、緊張の度が高まる連合軍陣内。

 万単位の戦いが数時間後に迫る中、当たり前の光景だが、そこには余裕のような物は一切感じない。

 予測できている筈の動きに対して、バタバタとした戦闘準備の印象の師団すらある。

 リンデマンは周囲を見渡し……


「そのようだな……しかし、十倍の戦力を有している筈の我々がまるで天災を恐れるかの如くだな、セフィーナにしても我々の陣営にしても、もう少し落ち着いてもらわんとな」


 と、首を横に振った。



続く





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