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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百四十三話「交わされる瞳の分岐路」

 サンアラレルタ北方。

 騎馬や兵士達の行軍が荒野に砂塵を巻き起こす。

 その数五万。

 セフィーナのフォルディ・タイ奇襲の動きに連動し、ヨヘン・ハルパー、クルサード、マリア・リン・マリナ率いる親衛遊撃軍が南下していた。


「第四偵察隊より連絡、この先に連合軍の陣地が築かれています、師団旗から師団番号は第八、第十師団の様です!」

「第八かぁ、ゴットハルト・リンデマンならある程度の動きは読まれてるのは覚悟したけど、こっちになかなかの強敵を送り込んできたなぁ」


 偵察兵からの報告にヨヘンはペロと舌を出す。

 二個師団の連合軍はおよそ四万。

 数的には帝国軍が有利であるが、荒野の陣地相手で攻城戦程では無いとはいえ、攻守を考えればアドバンテージは連合軍にあると言ってよい。

 セフィーナの奇襲部隊との連動を察知しての配置、更に第八師団を率いるグラン・パウエル中将の存在にヨヘンは思わず舌を出したのだ。


「パウエル中将には鉄槌遠征の時に借りがあるから、強敵なのは認めるけど返さなきゃいけないからね」


 鉄槌遠征の際、ヨヘンは帝国軍第二軍の参謀の一員として参戦してパウエル中将の率いる第八師団とも戦っており、その長年の軍経験が由来となる強さは味わっている。

 連合国内でも市民からも慕われ、帝国軍からも手強い宿敵として知られる名将。

 そんな強敵と戦う。

 口を真一文字に結ぶ帝国軍大将ヨヘン・ハルパーであったが、いかんせん相変わらずの童顔で周囲からは難題の学科試験に望む士官学校生の様であると陰口を言われる始末であった。




 陣地から動かぬ連合軍に対して、対陣と言っても過言ではない距離まで詰め帝国軍も陣を張り、夜の帳が下りる。

 パウエルとの戦に備えて様々な策を頭の中で構成し始めたヨヘンに緊急の伝令が入ってきたのは、高級士官用幕舎でマリア・リン・マリナと食事を取っていた時だった。


「サンアラレルタの南、アラルティの森でセフィーナ様の親衛遊撃軍第一師団が連合軍第五師団を撃破し、連合軍第五師団は南に撤退した模様」


 その報にヨヘンは一瞬だけ、食事の手を止めた。

 伝令が連合軍第五師団長の名前を告げずとも知っている。

 本来ならばセフィーナと戦う事などあってはならないヨヘン・ハルパーの親友である。


「……セフィーナ様がサンアラレルタの敵本隊の南に出たなら、我々も早く目の前の敵陣を突破して、北から圧力をかけなければいけませんねぇ~、セフィーナ様が撃破されでもしたら作戦の意味がなくなりますからぁ」


 敢えてだろうか、気がつかないのだろうか、シアの事には触れないマリア・リン・マリナ。

 その口調は相変わらずだが、まさに正鵠を射ている。

 サンアラレルタの連合軍は大軍でセフィーナとはいえ、一個師団ではどのような戦いを展開しても歯が立たないだろう。

 一刻も早く多方面からサンアラレルタに圧力をかけなければ、セフィーナの立てた作戦も意味を成さない。


「……いきます? 夜襲」

「……だめ」

 

 ランタンの灯りにマリアの眼鏡が反射するが、ヨヘンは首を横に振った。

 

「百戦錬磨のパウエル中将相手にとにかく相手を突破したいから、なんていうやっつけの戦術が通用するとは思えないよ、私達がセフィーナ様を孤立させない為、急ぐのはわかりきっている事なんだから」

「ですよねぇ~、やっぱ」


 夜襲の勧めは本意ではなかったのだろう、マリアはスンナリと提案を取り下げ、椅子に背中をかけた。

 敵陣撃破を焦った側が仕掛ける夜襲の可能性を考えないパウエルでは無い。

 両陣の間の荒野には多数の斥候が放たれているに違いないし、夜襲、急襲に備えてもいるだろう。


「どうにかならないかな? マリア」


 フォークで鶏の唐揚げを刺して口に運ぶと、ヨヘンはマリアを見据える

 マリアにはアレキサンダー皇子の乱の際、西部戦線でサラセナ軍迎撃の作戦を立案し、五万の精鋭からなるサラセナ正規軍を壊滅に追い込んだ実績がある。

 灰色のウェーブヘアにソバカス眼鏡という冴えない女学生の容姿であるが、アイオリア帝国建国の三大功臣の子孫という名家の出身。

 当然、就かずとも良かった軍籍に身を置き、出身の恩恵を受けつつも自身でも功績を積み重ねて、二十二歳で少将の地位を得ている彼女の戦術的能力をヨヘンは高く買っていたのだ。


「どうでしょうねぇ~、相手はこちらの意図を既に読みきっているんですからねぇ」


 難しい数学の問題を出された生徒の様に唇を尖らせ、マリアは宙を仰ぐ。

 暫しの間、彼女はどうしましょうかねぇ、と数秒の間を置きながら連呼した後……


「バレてるなら、バレてるなりの戦い方もありますよねぇ?」


 と、悪戯っぼく笑みを浮かべた。



            ***



 サンアラレルタ南方。

 連合軍第五師団を撃破した約一万八千の親衛遊撃軍セフィーナ部隊は野営陣地を築き、夜を迎えていた。

 前日の夜中からの連戦の疲れを少しでも癒し、次の作戦行動に移る為である。


「南に退避した第五師団はフォルディ・タイに至り、当支援地域の救援活動に入った模様」

「サンアラレルタの連合軍に動きなし」


 これらの報告はひとまず連合軍の攻撃が無い事を意味したが、依然として油断ならぬ敵中に孤立している事は変わらない。

 奇襲攻撃を成功させたとはいえ、南のフォルディ・タイにはまだ数万の連合軍が生き残っており、シアが救援活動に入った事により戦線復帰は早まるだろう。

 北のサンアラレルタにはリンデマンやアリスの連合軍主力。

 南北に大兵力に挟まれた形である。


「ふぅ……」


 幕舎で作戦地図を睨んでいたが、大きく息を吐いて伸びをするセフィーナ。


「もう寝た方が良いね」

「そうだなぁ」


 傍らに控えていたメイヤの勧めに答えると、椅子から立ちあがり、セフィーナは第二種の戦闘用軍服のまま軍靴を脱ぐと、簡易ベッドに横になった。


「着替えないの?」

「ここは敵地だ、いつサンアラレルタやフォルディ・タイから攻撃を受けるかわからない状態だ、奇襲を成功させていい気になっていたら、奇襲を返されたなんて笑い草だからな」


 周囲の偵察は密におこなっているが、何しろ敵地であり、奇襲を受けるかもしれない。

 今夜は攻撃されないだろう、とは少なくとも司令官であるセフィーナは安心してはいけない。


「ここまでは勝ってる、だから休める時は休んだ方がいい」


 寝転がるセフィーナに薄手の毛布をかけるメイヤは戦局よりも連戦で体力、精神力ともに酷使するセフィーナの体調が気になる様子である。

 そんな彼女にセフィーナは、


「確かに勝っているけど、これから勝てるかどうかは人任せになるのが辛い所だなぁ、ヨヘンにせよ……兄、いや陛下にせよ、私も私なりに少しは保険は手を打たないとなぁ」


 そう呟き、両手を頭の後ろに回して、幕舎の天井を数秒だけ神妙な顔で見つめてから瞳を閉じるのだった。




             ***



 帝国領ベネトレーフ。

 南部諸州連合とアイオリア帝国の国境から海岸線沿いに北上すれば、最短距離で帝国首都フェルノールに到達できるルートの途上にあるこの都市は当然にして帝国軍の防衛技術を結集させたと言っても過言ではない要塞都市である。

 現在、駐留するのは帝国皇帝直轄師団、近衛師団第一、近衛第二師団の三個師団の約五万五千。

 もちろん皇帝直轄師団は現皇帝カールが直接率いる師団であり、近衛師団第一師団と共に高い練度と武装を持つが、近衛第二師団は急揃えで、武装はともかく練度は足りない状態だ。

 それでも五万を越える軍勢が城塞都市に拠る戦力は三十万を越える連合軍にも無視できぬ存在であった。


「セフィーナがフォルディ・タイの連合軍を奇襲で撃破して、更に続く迎撃部隊を敗走させた!?」


 ベネトレーフ城の広間。

 玉座のカールが驚き腰を浮かせかけると、片膝を付く親衛遊撃軍情報参謀タンジェント中佐は大きく頷く。

 戦場からの早馬を飛ばしての急使、中佐の衣服はくたびれているが、その瞳からは疲れは見えない。


「その通りでございます陛下、セフィーナ上級大将の親衛遊撃軍第一師団は南から敵軍根拠地であるサンアラレルタに迫り、更にヨヘン・ハルパー大将率いる三個師団が北からの圧力をかけつつあります」


 あまりに予想外の報告に玉座のカールはもちろん、居並ぶ群臣達もざわつく。


「それでセフィーナは……」

「セフィーナ様はここでカール様率いる三個師団の戦力がベネトレーフから南下して、サンアラレルタに攻勢を加えていただけるならば連合軍も危機に陥るに違いないと!」


 タンジェント中佐は通りの良い声でカールに告げる。

 中佐は三十歳。

 セフィーナやマリア、ヨヘンという親衛遊撃軍の幹部達から比べれは異例の出世ではないが、十分なエリートであり、強い意志と伴う頭脳を感じさせる青年将校である。


「我々への通達なしにセフィーナ様がそのような動きを起こされるとは……」

「しかし報告の通りだと、既に大きな戦果を上げられている」

「たが、我々との連携というのものが……」

「攻勢に出て、我々の戦力では限界が来てしまうのでは?」


 その場に並ぶ数人の参謀が驚きと戸惑いを口にした。

 当たり前である。

 セフィーナの奇襲からの親衛遊撃軍の南下など、ここまでの帝国軍の防衛作戦には全く無い作戦だからだ。

 本来の防衛作戦は帝国首都フェルノール直撃を狙うアリスの第二軍団をカールがこの地ベネトレーフで籠城戦で、大迂回部隊であるリンデマン率いる第一軍団をセフィーナが帝国東部で機動戦で、各々に迎撃するという作戦だったのである。


「陛下、小官の意見具申をお許し願えるでしょうか?」


 騒然とする中で歩み出たのは、近衛第一師団を率いるハインリッヒ・ルーデル大将であった。


「もちろんだ」

「恐れながら……」


 頷く皇帝に、一礼して顔を上げるルーデル。


「私はいち早く全軍をもって南下し、親衛遊撃軍共にサンアラレルタ攻勢に打ってでるべきだと考えます」


 近衛師団長の意見具申に周囲のざわめきが増した。

 戦闘部隊の要職にある彼が全くの躊躇なく、予想外のセフィーナの作戦への連動を口にしたからである。


「セフィーナの作戦に乗れ、卿はそう言うのか?」


 若き新皇帝にルーデルはハッキリと首を縦に振る。


「その通りです、確かに我々にも予想外の動きではありますが、ゼライハ公は今のところ連合軍に勝利しております、しかし、この状況から我々が動かねば、親衛遊撃軍七万のみで三十万を越える連合軍と戦うゼライハ公は後の苦戦は必至、親衛遊撃軍が撃破されたなら連合軍の大軍は我々に襲いかかってくるでしょう、敵軍に対して寡勢である我々が各個撃破されては勝ち目は極めて薄くなってしまいます、なるべく早く我々も南下しなければ勝機を逸するかと思います」

「素早く我々が連動攻勢すれば勝ち目があるか?」

「敵軍後方支援地への奇襲、連合軍第五師団の撃破、ゼライハ公のここまでの動きは連合軍全体を動揺させているでしょう、しかし相手は言わずとも稀代の戦略家ゴットハルト・リンデマン、ゼライハ公の動きに合わせて南下したヨヘン大将の親衛遊撃軍には既に迎撃部隊を配していた様子であり、彼の対処は極めて正確で迅速です、早く動かねば連合軍の動揺は収まり、我々が南下をしたとしても間に合わなくなります」

 

 まだ若いが戦場を多く経験するルーデルの言葉には真実味と説得力があった。

 周囲の群臣達に迷いの顔が増えていく。

 ここでの判断は戦略的に大きな分岐点になるであろう。

 そこに自信を持って望む持論がないのだ。

 本来の防衛作戦に拘るか、セフィーナの要請に応じての攻勢作戦に賭けるか。

 顎に手を当てた玉座の新皇帝。


「……」


 数秒の思慮の後……居並ぶ群臣の中から、彼に視線を送ってくる褐色の肌の女性将官を視界に入れた。


「パティ参謀副長、意見がありそうだな?」

「はい」

「申してみよ」

「では愚考を申し上げます」


 皇帝カールに促されたパティはコクリと頷くと、一礼して一歩歩み出る。

 改めて交差する二人の視線。

 一呼吸してからパティは口を開く。


「ゼライハ公に命じ、緊急に戦線を収集させて帝国領内に撤退させる様に勅命を下すべきです、その後で……抗命罪を適用しゼライハ公に然るべき処分を下すべきだと考えます」


 パティの口調は決して強くなかった。

 だが……抗命罪。

 まさかの単語の響きに、その場の全ての者達が目を見開き、それは玉座の新皇帝にしても例外ではなかった。




続く 

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