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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第六章「決戦の英雄姫」
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第百三十五話「新生親衛遊撃軍」

 南部諸州連合軍が大規模侵攻を準備中。

 侵攻案は非公表にて議会承認を得て、各実働師団の動員、物資の集積、護衛部隊の編成が急ピッチでおこなわれつつあり。

 

 四月初旬。

 各所から帝国にもたらされた情報は最重要情報とされたが、特に驚きをもっては迎えられなかった。

 帝国と連合の間で行われていた停戦条約延長交渉は始めから暗礁に乗り上げ、四月末の停戦条約終了の期限を待つのみとなっていおり、既に五月からの再戦は確実視されていたからである。

 アイオリア帝国軍総参謀本部は、戦力的に有利なうちに南部諸州連合軍が再開戦と同時に大規模侵攻を計画してくるであろうと想定し、度重なる内戦と連合との戦いで消耗した戦力の効率的な回復と再編成に力を注いでいた。



 その際、内外の注目を集めたのは、帰還したセフィーナの人事についてである。

 アイオリア帝国では帝国軍総司令官は慣例により皇帝が兼務する形であるから無いとしても、実質的な帝国軍の総指揮官である参謀総長か、或いは陸軍自体を統括する陸軍大臣、更に上を見れば帝国宰相すら有り得るとする専門家すら居た。

 周囲は様々な噂をしてざわついていたが、本人は任すらなく個人的な訓練と書庫に通っての研究に没頭していたセフィーナに、任が下ったのは四月中旬になってからであった。



 上級大将に任ず、新たな編成を加えた親衛遊撃軍司令官に復帰せよ。



 皇帝カールからの事例は簡単であった。

 参謀次長パティ中将からの報せに、


「兄上……いや、皇帝陛下も私の贅沢を最後まで赦してくれるんだな」


 そうセフィーナは答え、その日のうちにフェルノール郊外の親衛遊撃軍の駐屯地にメイヤを連れて着任する。

 セフィーナの司令官復帰。

 おそらく無いだろうとされてきた人事に兵士達は居並び、歓喜の声を隠さず出迎える。


「セフィーナ様、おかえりなさい!」


 セフィーナの後任として、親衛遊撃軍の指揮官を務めていたヨヘン・ハルパーやその幕僚達もそれは同じだった。

 二代目司令官ヨヘンに不満があるわけではない、サラセナでの激戦を制した彼女の司令官の資質を疑う者は誰もいなかったが、親衛遊撃軍の創設者にして、国民の英雄であるセフィーナの復帰はそれとは別なのだ。


「御苦労だったな、みんな」


 セフィーナは笑顔で頷く。

 昨年のサラセナ軍との激闘で、編成時は四万という戦力を二万を切るまでに消耗していた親衛遊撃軍であったが、カールは親衛遊撃軍の補充を優先的に命じており、七万という戦力的には一個軍団にまで拡張させ、編成についてもセフィーナに一任するという命令を発していた。

 当時の専門家の中には、新皇帝カールは自らの地位を脅かすかもしれない才能を持つセフィーナに帝国宰相や参謀総長という地位を与える事を躊躇したのではないか、と言及した者もいるが、限られた兵力の中で親衛遊撃軍の大幅な戦力拡張と編成権を与えたカールのセフィーナへの信頼は揺らいではいなかったとする者もまた多い。



 周囲の声はともかく、親衛遊撃軍司令官に復帰したセフィーナは大将に昇進したヨヘンを副司令官に据えて、七万の戦力を四個師団に編成した。


 遊撃軍第一師団二万を自らの直轄。

 遊撃軍第二師団二万をヨヘン。

 遊撃軍第三師団一万五千をクルサード。

 遊撃軍第四師団一万五千を准将から少将に昇進したマリア・リン・マリナ。


 指揮系統としてはセフィーナが上級大将、ヨヘンが大将、クルサードが中将、マリナが少将というぎこちなさはあるが、セフィーナは一括指揮権限は持ちつつも、各司令官には自分の指揮が届かない場合は自由な指揮を認めるとしている。

 編成を終え、四月の下旬には各司令官による部隊の訓練が始まった。

 如何にセフィーナが率いる歴戦の親衛遊撃軍と言えども、補充再編で熟練兵の比率は大きく下がっていた。

 生き残りの兵や士官の檄が飛び、猛訓練に新兵が音を上げつつあった五月初旬にその報はもたらされる。


「連合軍が大規模侵攻の為の編成を終えつつあり、連合軍の編成は二個軍団で十四から十五個師団と想定され、軍団司令官は各々ゴットハルト・リンデマン大将とアリス・グリタニア大将が務める模様、モンティー・オーソン元帥が統括する総作戦司令部ヴァイオレット州サンアルレルタに設置され、各軍が集結中」


 二個軍団、十五個師団。

 大規模侵攻というに不足ない戦力であり、おそらく総兵力は後方支援兵力を含め四十万にも迫るだろう。

 それだけでも十二分なインパクトを帝国に与えるのだが、その大兵力を構成する二個軍団を率いる司令官も一昨年、昨年と帝国軍に苦杯を舐めさせてきたリンデマンとアリスという連合軍が誇る二人の将であった。


「なるほどな、リンデマンとアリスか、まさにベストな人選といった感じだな、サンアルレルタの総司令官モンティー元帥は統合的な指令と後方支援という訳か」

「実質的な指揮はリンデマンとアリスの両大将二人と見て間違いないでしょう、でもあの二人を仕切りながら、三十万の後方支援は下手な前線指揮よりも遥かに大変でしょうけどね」


 幕僚の揃った会議室で副官のルーベンス少佐の報告を受けて、上座の背もたれに身体を預ける軍服姿のセフィーナ。

 ヨヘンはルーベンスが黒板に書いていく現時点で判明している連合軍の編成に目を移しながら苦笑する。


「それはそれで能力のいる事だ、何でも政治的な方面に肩入れし過ぎで、戦場での派手な活躍も聞かないが、元帥になるだけあって優れた面もあると聞くぜ」

「うん、確かにな、モンティー元帥は戦場では怖くはないが、今まで後方支援をしくじった事はないからな、それはもしかしたら戦場での連戦連勝よりも難しい事かもしれない」


 クルサードのモンティー元帥評に素直に同意するセフィーナ。

 確実な後方からの支援があって、初めて戦場の司令官が自由に戦力を行使できる。

 それが無ければ、どんなに優れた前線司令官も恐れるに足りなく、そういう意味ではセフィーナはモンティー元帥という存在を軽視はしていない。


「でも、連合軍の欠点は補給にあるのは間違いないですよね? こちらとしては地の利とそこを活かしたいですよねぇ?」


 三列候家という、出自ならばセフィーナに続く立場であるマリア・リン・マリナ少将であるが、発言は控え目なトーンだ。

 セフィーナは首を縦に振る。


「もちろん、しかし補給の負担は相手がどういう戦略を採るかも問題だからな……マリナが敵軍の司令官ならば補給負担を軽くするにはどういう手を採る?」

「そうですねぇ~」


 セフィーナから質問の指名に、マリナは数秒の後、眼鏡の奥の瞳を質問の主に向けた。


「最短直線距離でフェルノールに向かいます、これならば国境線からそう遠くはならないし、退くのも簡単です」

「だがそれは我々の最も堅い防御ラインを突破しなければいけない事になるな」

「ええ、でもセフィーナ様は補給負担を軽くするには、と質問されましたのでそう答えたまでです」

「勝つ手段では無い、そう言うのか?」

「そこまでは言いませんが、ゴットハルト・リンデマンが絡んでいるなら無いと思います」

「ほぅ、では今度は遠慮要らん、この帝国を滅ぼす為の作戦を答えていいぞ」


 マリア・リン・マリナの言い様に、興味深げな薄笑いを見せ、意図した過激な言い方でセフィーナは頬杖をつく。

 自分の中では三列候家とはいえ、印象薄い年上の少女でしかなかった相手が兵を扱う将になっていたというのも意外であり、早いうちにその能力を計りたい、そんな思いがあった。

 計りたい、というのは些か傲慢にも聞こえるのはセフィーナも理解はしているが、十三の歳から上げてきた実績で上級大将という地位がその免罪符になるとも考えている。


「だ、大……迂回」


 ポツリと呟くマリア・リン・マリナ。

 まるで答えに自信の無い生徒が、鬼教官相手に返答するかの様であったが、セフィーナは薄笑いを満足げな笑みに変えた。


「正解だ」


 セフィーナは皆が囲むようにしといた机上の作戦図のヴァイオレット州国境から、帝国領内に鉛筆で大きく線を迂回線を引いていき、首都であるフェルノールに北側から着かせる。


「多大な資金と労働力をかけて造り上げた我等が帝国首都であるフェルノールへの防御ライン……だが、その大半は当然、南部諸州連合という敵軍を迎え打つ以上、最短距離の南方、続く西方、海に面するとしても、船などによる急襲上陸を防ぐ為の対策が必要な東方が防御ラインの優先順位になる事は自明の理だ、すなわち戦局がある程度追い詰められても、味方の領地があるという可能性が一番高い北方の防御ラインの構成、整備が最も遅れているのが避けられない事実なんだ、必ずリンデマンはそこを首都防衛の弱点として突いてくる作戦を採る筈だ」

「しかし、そこまでの大迂回は相当な距離のロスとなります、補給ラインにかなりの負担となり、我々による分断が可能になってしまいますが?」


 異を唱えたのはヨヘン。

 帝国軍の防御の堅いラインを無効化する大迂回作戦だが、それで伸びた補給ラインは連合軍の確実な弱点となりうる。


「確かにな、しかし、こうなれば我々に防御ラインを攻撃する余裕は無くなる」

「こうなれば?」

「ああ……」


 セフィーナは手に持った鉛筆で、今度はヴァイオレット州国境から、最短距離で東海岸の帝国首都フェルノールを突く短い線をピッと強く引く。


「二正面作戦……いや、相手から言えば迂回挟撃作戦ですか」


 唇を結ぶヨヘン。

 セフィーナの引いたヴァイオレット州からのラインは最短距離の南から、そして大きく迂回した北からフェルノールを挟み込んだ形である。


「その通り、二つの軍団のうち一方が容赦なくフェルノールに迫れば、我々も防御ラインに相応の戦力を付けなればならない、同時に迂回部隊とも戦う戦力を用意すれば、我々帝国軍の何処に補給ラインを攻撃する戦力が残る? 相手がそれなりの護衛部隊をつけていたら、数百程度の別働隊では敵軍の戦闘力が衰えるまでの戦果は期待できずにやぶ蛇という奴だろうな、総戦力が互角、いや、こちらが七割五分もあれば補給ライン攻撃に戦力を割く手もあるだろうが、敵軍の前線兵力に対して我々は四割強といった所だろうからな、更にヨヘンも言いかけたが、二正面作戦を強いられる可能性が高い」


 セフィーナの言葉に、クルサードが肥満した身体をズッと作戦図に近づける。


「両面作戦の必要があるか? これならば迂回部隊を無視して、時間差を付けた各個撃破作戦はどうだ? まず全力で南方からフェルノールに迫る軍団を撃破してから……」

「それは机上作戦だな、第一に各個撃破といってもリンデマンか、アリスの率いた十万以上の敵を手早く倒さねばならない、戦いを引き伸ばされて、各個撃破を感知した迂回部隊に後方を突かれたら、それこそ二倍の敵に包囲すらされかねない、それに迂回部隊を戦略上の都合とはいえ無視したら、もっと面倒な事が起こりかねないんだ」

「一方の軍団の迂回路に当たる領地の貴族諸侯が首都防衛の為、自領が切り捨てられたと解釈して連合軍に降り、それが大きく全土に波及しかねない、という訳ですね」


 各個撃破案を提示したクルサードに反論するセフィーナ。

 ヨヘンがその理由を補足すると、


「そうだ、ここまで帝国を支えてきてくれた諸侯達が連合軍に簡単に降るとは思えないが、十万を遥かに越える敵軍が領内に現れたら、民に死を覚悟して徹底交戦せよ、とは言えまい……もうそれは戦争でも政治ではない、只の身勝手な為政者の喚きに過ぎない、その時に領民を護る為に降伏する者を我々に責める権利は無いからな」


 セフィーナはフゥと息をついて、鉛筆をポイと作戦図に放り出して、再び椅子の背もたれに身体を預ける。

 帝国政府には、そうならない為の責任があるのだ、少なくともセフィーナ個人はそう考えていた。


「まさに戦略的に敵軍に追い詰められた、そんな感じかぁ……でも我らがセフィーナ様には勝利という頂はもちろん見えているんでしょ?」


 追い詰められた割には、危機感が響かない態度のクルサードに訊ねられたセフィーナは腕を組む。


「ああ、それは思ったより簡単だ、我々の組織的な抵抗力がある程度のレベルを維持した状態で、敵軍の実質的な戦力である二個軍団の片方、出来れば両方に戦闘不能な位の大損害を与えてしまえば良い、早い話がリンデマンかアリスの片方、出来るなら両方を叩きのめせば良いんだ」

「そりゃ頼もしいお答え!」

「勝利という山の頂は見えているが、その道筋は判らんぞ? 山登りというのは頂を見るだけなら誰にでも出来るだろ? 着けないだけで」

「おおっと、なるほどぉ、流石は我らが姫!」


 片目をつぶりながらのセフィーナの答えに、オチがついたかの様に大仰に肥満体を椅子に沈ませたクルサード。

 幕舎内に笑いが起きる。

 元々、親衛遊撃軍には深刻な暗さはないが、難しい戦局と自分達の責任に明るさを失いかけていたのは確かだ。


「失礼します! 連合軍の編成詳細情報が更に伝えられましたので報告書を提出します」


 そこにやって来たのは下級情報参謀。

 彼はルーベンスにメモ一枚の報告書を手渡すと、敬礼をして幕舎を出ていく。

 笑みの余韻を残しながら、メモに軽く目を通して、それを黒板に書き込もうとしたルーベンス。

 だが手がピタリと止まってしまう。


「セフィーナ様……あ、いや上級大将……」


 メモの内容を書き込むのに躊躇を見せる彼に、セフィーナはまぁ、リンデマンが使わん訳が無いな、そう舌打ちして……


「情報をお前が書き込まないでどうする? 私やヨヘンも覚悟はしている、何処の配属になっているんだ? 書けないならせめて答えよ」


 と、急に不機嫌な顔をルーベンスに向けたのだった。




続く

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