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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第五章「復活の英雄姫」
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第百三十三話「再会、そして」

 アイオリア帝国領サクラウォール。

 南部諸州連合ヴァイオレット州との国境近くの中規模都市であり、一昨年の帝国鉄鎚遠征の際、療養中のセフィーナがフェルノールに帰らず、鉄槌遠征の戦況情報を得ていた場所でもある。

 その中心街のある外務省管轄の出入国管理事務局。

 煉瓦造りの三階建てという造りが、地元からは限定された仕事の内容からすれば立派すぎる、という批判もあるが、本日は南部諸州連合と帝国の外務高官同士の協議の場に選ばれていた。



「難しいな……」


 帝国外務副大臣サウペンス伯は数分前まで南部諸州連合の外務次官やスタッフのいた空いた椅子を眺めた。

 伯は五十代半ば。

 長い間、外務畑に身を置くベテランで手堅い手腕も周囲から認められていたが、今回の交渉の難しさには思わずため息をつき、腕を組んでしまう。


「相手はかたくなですな、あくまでも皇女殿下、いや……セフィーナ様を早期に南部に平和大使として再着任させなければ、四月末には停戦条約を失効すると譲らないのですからな、皇帝陛下が決断してくれると良いのですが……」


 長くサウペンスに仕える私設秘書官も主人の置かれた状況の厳しさに同意した。

 昨年、結ばれたアイオリア帝国と南部諸州連合の歴史的な停戦条約。

 ここ数年における近代でも稀に見る人的、物的被害を産み出しての戦いに疲れた民衆に一時でも安堵を与える。

 条約における両国の建前は立派であったが、実際は互いの下心が化学反応を起こし、結ばれた条約であった。

 帝国では高い確率で起こるであろうアレキサンダーとカールの後継者争いの間、南部からの干渉を無くす必要があった。

 クラウスが長年の政治的決定打に欠けていた連合野党共和党に持っていたクルスチア議員というパイプに仕掛けた停戦条約の誘いが成功し、大きなキャンペーンを巻き起こった結果、大陸で一番知名度が高いと言っても過言ではない帝国の至宝、英雄姫セフィーナが人質同然の立場で南部に来訪する条件によって停戦条約は実現した。

 言ってしまえば、停戦条約は互いの政争の道具として使われただけであった。



 だが停戦条約により大きな利を得たのは、仕掛けた側のアイオリア帝国である。

 一昨年の鉄鎚遠征の失敗、サラセナの陰謀により重なった反乱、南部諸州連合との戦いで大きく国力を落とした状態での皇子同士の内戦となれば、南部諸州連合に干渉されれば亡国危機すらあったのだが、停戦条約により内戦に手を出される事もなく、セフィーナを欠いた状態ではあったのだが、カールとクラウスは反乱を起こしたアレキサンダー、アルフレートに対し、政戦ともに常に先手を失わず、更に西部では新たに親衛遊撃軍司令官となったヨヘン・ハルパー中将の活躍もあり、下手を打たずとも数年に渡ってしまう恐れもあった内戦を、専門家の予想の数分の一程度の犠牲で抑えつつ、数ヶ月で完勝したのだ。



 南部諸州連合側はそれを観ているしか無かった。

 数ヶ月で介入の隙があったかどうかは別として、何よりも内乱確定の僅か前に結ばれた停戦条約が足枷となった上、平和大使として南部を訪れたセフィーナが南部にも通用する人気を発揮し、精力的に与党、野党問わず、内戦干渉を防ぐ協調的外交に徹していたからである。

 責任の原因はクラウスに踊らされた形となった共和党の女性議員クルスチアにあるが、民衆も歴史的停戦条約や英雄姫セフィーナの来訪にまるで勝利者の如く酔い、与党民主党も最終的には認めてしまった責任はある。

 ようやく踊らされた事に気づいたクルスチア議員は態度を一変し、セフィーナの戦争責任を問い始めたが、多くの者からは失笑を受け、共和党も民主党ともに民衆からは見通しの甘さを民衆からは責められた。

 最後まで停戦条約に反対して、セフィーナの平和大使就任の件を提案した軍部のみが辛うじて面目を保っている程度だ。



 その後、公式な記録は無いが、エリーゼの帝国大使館で一悶着が起き、セフィーナはアイオリア大会議の間のみ一時的な帰国が認められ帝国に帰還する。

 そして新皇帝カールが誕生し、二ヶ月が経つがセフィーナは再び南部に平和大使として、再着任する様子はない。

 連合からの再着任の催促に、セフィーナは必要不可欠な人材であり、すでに一年近く平和大使も務めたのだから、新たな者を着任させると帝国は返事を返した。

 もちろん南部諸州連合は収まらない。

 セフィーナが平和大使として着任するのが停戦条約にも明記された条件であり、代わりの者では平和大使とは認めず、帝国の条件不履行により、条約を失効せざる得ないと強硬な姿勢を打ち出し、同然の如く外交問題に発展した。

 現在、互いの外交高官が国境に近い街であるサクラウォールまで出向いての協議が行われているが、南部諸州連合がセフィーナの再着任を求め、帝国が代わりの者を提案するという徹底的なすれ違いを見せての平行線である。



 帝国の言い分には無理があり、連合外務省の態度は当然だ。

 更に帝国外務副大臣サウペンス伯を悩ませたのは帝国皇帝カール自らの、


「もうセフィーナを南部には絶対に行かせない、サウペンス伯の今回の任務は南部に新たな平和大使を認めさせるか、相手がそれを認めぬならば、一時でも条約の失効宣言を遅れさせる事にある、相手に臆する必要はない、硬軟織り混ぜて連合の気を持たせ続けるのだ」


 と、いう密命である。

 カールが妥協をし、セフィーナが南部に再着任という偽りに近くとも一時の平和が訪れない事を知りながら……時間を稼いできたつもりであったが、限度が近い。

 今朝の協議も代理大使に東部の大貴族の名前をサウペンスが口にした途端に、話し合いにはなりません、と丁寧な口調ながらも退席した連合外務次官の態度から察した。


「ここまでだな、仕方がない……」


 暫く椅子に座ったまま、会議室の天井を見ていたサウペンスはポツリと呟き、


「皇帝居城に密使を出せ、内容は件の条件につき、連合政府は強い態度での拒否を示し、条件不履行に際する条約失効期限を今年四月末と通告してくるものなり、至急指示を乞う、以上だ」


 と、秘書官に告げた。




            ***



 南部諸州連合軍大将であるセフィーナも指揮する部隊は無く

、南部諸州連合駐留大使という肩書きが現在の物だ。

 それも南部諸州連合に駐留してもいないのだから有名無実に成り下がっている。

 大会議の終わった年の初めは式典などで引っ張りだこになったが、それらを済まし時間ができると昼はメイヤを連れて近衛師団の訓練に参加し、夜は皇帝居城の図書館や軍令部の資料室に閉じ籠もる事が増えていく。

 そんな折、フェルノールに親衛遊撃軍が帰還したという報告が舞い込んだのは三月の半ばの肌寒い早朝であった。



「ヨヘンが帰ってきた! 私はどうしても彼女に言わなければならない言葉があるのだ!」



 待っていたとばかりにセフィーナはベッドから飛び起きると、寝間着にガウンを羽織っただけで部屋を飛び出す。

 まだ帰国してから、ヨヘンや親衛遊撃軍の幹部達に会っていなかった。

 迎えを寄越した様に、セフィーナがフェルノールに帰る寸前までヨヘンと親衛遊撃軍は首都に駐留していたのだが、アイオリア大会議の開催に合わせて、アルフレートを支持していた反乱軍の生き残り一万が北部で蜂起する可能性が高い、という情報が発覚して入れ違いに征討に出撃してしまったのだ。

 自分にはどうしてもヨヘンに言わなければならない事があったというのに……

 普段ならば必ず連れていくメイヤも待たず、セフィーナは近衛師団の厩舎に向けて走り出した。




 親衛遊撃軍を出撃させたアルフレート派の残党情報は半分正しく、半分が間違いであった。

 アルフレートを支持していた反乱軍の生き残りは確かに存在していたが、規模は一万どころか数百程度であり、親衛遊撃軍がやって来ると知ると、半数は勝ち目なしと降服し、半数は更に北部の山林地帯に逃げ込んだ。


「この寒いのに……もうそれだけの戦力なら、数万の私達が追いかけるのは却って無駄足という物だね」


 ヨヘンはその更なる追跡を当地の治安維持部隊や警察部隊に任せると、フェルノールに帰ってきたのである。




 朝靄のかかる広大な平原。

 親衛遊撃軍はフェルノール郊外で待機していた。

 帰還と任務の報告を軍団長であるヨヘンが新皇帝であるカールに終えれば、休養が与えられての一時解散となるのだろうが、着いたのが早朝である為の措置である。


「着くのは昼くらいかな、と思っていたのにさ、帰り足が予想以上に速かったね」

「そりゃそうだろ? おそらく休暇と一時金ぐらいは出るだろうからな、それに戦も無かったんだから脚も速くなるぜ、それにしても皇帝居城は朝はいつから営業だ!?」


 簡単に張られた天幕の司令部でフェルノールへの貴官時刻を読み違えた事に舌を出すヨヘン。

 椅子に肥満体を深々と沈めたクルサードが靄の向こうにそびえ立つ皇帝居城に視線を向ける。


「営業時間ですかぁ~、一応は年中無休じゃ無いですかねぇ? 試しに行って聞いてみましょうか?」


 クルサードの冗談に肩をすくめたのは、第四連隊の連隊長であるマリア・リン・マリナ准将。

 灰色ソバージュのセミロング、丸眼鏡にソバカス顔。

 可愛らしくない訳ではないが、冴えない女子苦学生を思わせる彼女。

 しかし、その素性はアイオリア建国の功臣である三つの列候家の一つであるマリナ家の娘であり、大が幾つか付いて形容される大貴族であり、直系でないアイオリアも場合によっては頭が上がらない立場の人間だ。


「まぁまぁ、流石に昼までには報告の登城をするようには言われるだろうしね、大人しく待とうよ」


 まさか本当にやりはしないだろうが、やりかねない浮世離れした所があるマリアにヨヘンは苦笑する。

 そんなマリアだが、ヨヘンは彼女の軍事的な才能を高いレベルで認めていた。

 昨年の夏、精鋭で知られるサラセナ軍を撃破した作戦の大方はマリアの提案であった。



「まぁ、それしかないわな、一時金が出たら、俺はまずはカワイイお姉さまが沢山いるお店だな、クックック……疲れてんのにそこは疲れ知らずなんだよなぁ」

「聞いてもいないのに勝手に下品な事を言わないでください」


 クルサードの下品な笑いに、丸目を細めるヨヘン。

 そこに響いてくるのは馬の駆け足の音だ。

 かなりの速度。

 単騎に聞こえる。


「皇帝居城からの使者では?」

「確認の呼びかけがありません、例え陛下からの御使者であっても、ハッキリするまでは動かずに!」


 天幕の周囲にいた数人の警備の兵が三人の幹部達を護るように集り囲む。

 まさかお膝元のフェルノール郊外でとは思うが、彼らは何処であろうともそうするのが任務だ。

 馬が近づいてくるのは判るが、朝靄でまだ騎乗者の顔までは見えない。

 緊張の面持ちの警備兵達だったが、馬が近くまで来て騎乗者が判明すると、ある意味先程までよりも緊張した顔つきに変化して、硬直して敬礼する。

 帝国に知らぬ者がいない銀髪の美少女が寝間着にカーディガンを羽織った姿でそこにはいた。


「セフィーナさまっ!?」


 驚き立ち上がるヨヘン。

 もちろん会うつもりだったが、まさか早朝にセフィーナから来るとは思わなかったのだ。


「ヨヘン……」


 馬を降りるセフィーナ。

 警備兵に手綱を預け天幕に歩み寄る。


「セフィーナ様?」


 そこでヨヘンは気づいた。

 その顔はいつもの自信に溢れた美少女の顔ではない。

 深い迷いと後ろめたさすら感じる表情だった。

 

「ヨヘン……私は……その」

「セフィーナ様!」


 確信した!

 絶対に言わせていけない。

 ヨヘンは素早くセフィーナに歩み寄り、その両手をギュッと強く握った。


「聞いてくれヨヘン、私の迷いがシアを……」

「私はシアを絶対に再びセフィーナ様の前に、引き摺ってでも連れてきて、また二人でセフィーナ様に仕えさせて下さいとお願いいするつもりでいるのです! 南部でシアに会われたか、会われなかったか、何があったかは存じませんが、ヨヘンはセフィーナ様を一寸も恨んでません、それはきっとシアも同じだと確信しているのです! 何が起ころうともシア・バイエルラインは自らそれを決断したのです、私の親友は……そんなに弱い女ではありません、セフィーナ様!」


 遮った。

 声を張り、セフィーナの謝罪の言葉を強引に断ち切るヨヘン。


「しか……」

「その際は私やシアを大車輪の如く活かしてくれるセフィーナ様の見事な下知を期待して宜しいでしょうか?」

「……」

「宜しいでしょうか!!」


 返答をしない主君の両手を強く握ったまま、声を張り上げるヨヘン。

 数秒、瞳を交わすと……セフィーナは息をつき、


「そうだな……その時はまた三人で暴れよう、初めて一緒に戦ったヴァルタの時の様にな」


 と、控え目ながらも微笑みを見せた。




続く


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