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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第十三話「第八次エトナ会戦・後編」

「西海岸線周りでエトナ平原に帰る!?」

「はい、ユーリック上級大将閣下が先程下命されましたので、お知らせします」


 幕僚付きの兵の報告。

 木造の粗末な倉庫を数人の女性将校と一緒に割り当てられていたヨヘンは大声で振り返る。

 エトナ平原を駆け抜け、ザトランド山脈を越えた結果は偽装補給基地にたどり着いただけという無益な物だった。

 ヨヘン個人の意見を言うならば、すぐにも山脈を越えてエトナ平原に引き返したかったが、着いたのは夕方であったし、人馬ともに山脈越えの疲れをとる為に明日の朝まで休養を取ってから引き返すという事になり、全部隊が周囲の警戒を厳重に罠などがないかよく調べた上で、連合軍の残した偽装補給基地の倉庫で休んでいた。


「がら空きのエトナ平原に敵に回られたかもしんないのに、何でユッタリと西海岸線を迂回して帰るのよ、全く意味がわかんないなっ!」


 早口でまくし立てると、幕僚付きの兵の脇を抜けて倉庫から出ようとするヨヘンだったが、


「待ちたまえ、ハルパー大佐」


 幕僚付の兵の後ろにはカーリアン騎士団参謀長であるモリッツ中将と二人の幕僚達が立っていた。

 二人の幕僚は少将と准将であるから三人共がヨヘンの上官だ。


「これはモリッツ中将、おはようございます」


 ロクな事では無いな。

 そんな表情を一切隠さず、一応の敬礼するヨヘン。


「報告を聞いて何処に行くのかね?」

「無論、意見を申し上げに行きます、西海岸線周りで帰れば、騎兵をもってしてもかなり余計な日数がかかるでしょう、敵軍の計略にかかって誘い出された我々に余計な時間はない筈、エトナ平原で戦うにしても、エトナ城に帰るにしても迅速でなければ、ましてや我等は騎兵隊、速度こそが信条でしょう?」

「無駄だ、君の意見具申は余計である、君は我等は騎兵隊と言ったが、あまりにも騎兵師団を知らなすぎる」


 モリッツ中将の問いかけに答えると、代わってレイダー少将が歩み出て、小さなヨヘンを敵意に近い眼差しで見下ろす。

 四十代半ばを過ぎた青年将官。

 ヨヘンは彼の人物を知らないが、別段知る必要もないし、知りたくもないと、今の短いやり取りだけで思ってしまった。


「申し訳ありませんレイダー少将、無知な小官に是非とも騎兵こうあるべしという本領を特別にお教え願いますでしょうか?」

「そういう事ではないっ!!」


 大した挑発でもなかったつもりだが、少将は怒号を発した。


「本領云々ではない! エトナ平原を駆け、山を踏破し、突撃も行い、馬が疲弊しているのだ、蹄鉄が取れ蹄が割れた馬、腱や腰を痛めた馬が沢山いるのだ、すぐに堅い地面の岩山を引き返しての再踏破などさせられぬわ! ましてや雨に濡れた滑りやすい岩盤地帯などわざわざ愛馬の脚を壊しに行くような物なのだ!」

「馬の脚が問題なのですか!?」

「もちろんだ! 我々カーリアン騎士団の馬達は代々続く開祖からの絶えぬ血統、調教、育成研究の成果なのだ、無駄に故障などさせられん!」


 予想外の答えに驚くヨヘン。

 レイダーは堂々と胸を張る。

 ヨヘンとしては、恋人の自慢話に調子を合わせる彼女よろしく同意をする訳にはいかない。

 そんなに大切ならば戦争に馬を連れてこなければいいと出かかるのを抑え、どうにか相手を諭そうとする。


「騎士団が馬を大切にするのも解りますし、小官も無駄に故障などさせたくありません、しかしこれは戦争なのです、エトナ城の味方歩兵隊の約三千の友軍はもしかすれば今にも数倍の敵軍の総攻撃を受けているかも知れないのです、ここは騎兵の機動力を使うべき時です!」

「エトナ城も歩兵隊も貴官が考えている程にヤワではない! 西海岸線周りで帰る間の日数ぐらい見事に持ち堪える、そうなれば城と我々に挟み撃ちに合うのは敵軍だ! とにかくそれまで馬をすり減らすような運用は出来ぬ!」


 ヨヘンとしては長年かけて育ててきた馬を磨り減らしくないという心情が解るというのは本当だが、レイダー少将に加勢する様にモリッツ中将もヨヘンを睨み付けてくる。

 こうなると何かと後の事にも気が回る親友と違い、ヨヘンの反骨心に火が入りかけたが、ここまで口を開かなかった相手方三人目のトーラス准将が冷静な口調で言った。


「セフィーナ皇女殿下の威光の元で功を立てたのは事実だが、ここには皇女殿下は居られないのだ、貴官のいかにも次の功を焦った意見具申の乱発にユーリック上級大将閣下は呆れて疲れているのがわからないのか、だからこそ指令が直接伝えられない様な立場になるのだ」

「なっ……」


 ヨヘンは絶句した。

 彼らがここに来た意味がわかった。

 意見具申の乱発とはどういう事か?

 参謀が意見具申をするのは当然ではないのか、司令官が参謀の意見具申を煙たがり、参謀が司令官の指示に一切の注意や意見を告げない司令部とは何なのだ?

 参謀の反対意見が嫌で直接に命令を伝えてこないという子供じみた行為が司令官の行動か?

 火が入りかけた反骨心は大量の冷水を浴びせられ突然に冷めた。


「……了解しました」


 ため息を隠さずにそれだけ答え、気のない敬礼をするとヨヘンは自分に割り当てられた粗末な倉庫のドアを閉め、周囲で気の毒そうな顔をする女性将校達を気にせず、顔を手で覆って、ヘタしたなぁ、とその場に座り込むのだった。



         ***



「報告します、帝国軍の騎兵隊は偽装補給基地を出て全軍西海岸線周りで北上をしてきている模様、進軍速度は歩兵部隊並みとの事です」

「了解した」


 エトナ平原中央付近の野営陣で偵察兵からの報告を受けたリンデマンは満足げに頷く。


「あなたの言った通りね、なぜ帝国軍は山脈を急いで引き返さないのかしら、エトナ平原で私達の自由行動を許した状態で普通なら速く帰ってこなければいけないというのに」


 作戦机を囲む幕僚達からアリスが口を開くと、わからんかね? といつもの笑みを見せてからリンデマンは顔の前で両手を組む。


「彼らは至宝ともいえる騎兵隊を数日間走らせ続けたにも関わらず何も獲られなかった、再び急いで、それも雨で濡れた硬い岩盤の山脈を走破させれば、かなりの数の馬が故障するかもしれない、だからこそ馬の脚に負担がかからない砂地の海岸線をゆっくり進みたいのだ、温存しておけばエトナ平原で決戦となっても本領を発揮させられるからな」

「決戦兵力の温存、手に入れようとした大量の物資が偽装と判った今、敵としては決戦をご希望なのよね? 騙したな、コノヤローって」


 アリスが拳を振り上げると、その仕草に周囲の幕僚達から笑い声が起こった。


「そうだ……しかし多くの戦史で例があるが、手元の中で明らかに強力な戦力ほど、どこで力を出させるかという判断には迷いが出る、ついついその戦力の無駄使いをしないように慎重になって使う機を逃す者もいれば、頼りすぎて磨り減らし必要な時に使えない者もいる」

 

 講義のように決戦兵力の温存について語ったリンデマンは、


「さぁ、敵軍はこちらにタップリと時間というかけがえのない褒美をくれたのだ、更に豪華な歓迎をしないと南部の人間はケチだと思われてしまう、各部隊長は更に追加の命令書を用意したので受け取ってくれたまえ」


 と、まるで追加の宿題を出す講師の様にヴェロニカに新たな作戦指示書を各部隊長に配らせた。 





 ユーリック・カーリアン上級大将率いるカーリアン騎士団一万二千がエトナ平原に到着し、ゴッドハルト・リンデマン中将率いる第十六師団と対峙したのは、その三日後の早朝であった。

 ここまで行軍中にエトナ城からの連絡は包囲されていると一報があったのみで他の情報は一切入ってきておらず、カーリアン騎士団はエトナ城やエトナ平原の状況が把握出来ていない状況であったがユーリック上級大将は部隊を三つに分け、第十六師団に向かい合った。

 対するリンデマンは円陣を敷く。


「円陣など無駄だ、敵は我々より少々多い程度、遠慮なく振り回してやれっ!」


 騎上でユーリックは剣を抜き放ち命令を下すが、そこに馬に乗りつけたヨヘンが慌てた様子で下馬して膝をついた。


「閣下っ、敵軍は時間的な余裕があったにも関わらず、円陣は敷きましたが、防御柵などほとんどが見えません……騎兵に対し歩兵主力で、更にこちらの馴れたエトナ平原で向かい合うのに無策過ぎます、どうしても納得がいきませんっ、どうか戦いは避け、機動力を活かして戦場を迂回してエトナ城に帰るべきです! 歩兵の敵に捕捉される可能性はありませんっ!」


 一度はどうなってもと意見具申を諦めたヨヘンだったが、戦場の違和感に耐えられなかった。

 恥を忍んでの決意の行動であったが……それは実らなかった。


「この小娘がっ! この後に及んで怖じ気づきおって、貴様のような臆病者は参謀の任を解く! 離脱してエトナ城に帰っているがいい! 後に軍事裁判だ!」


 ユーリックは怒気を露にして、ヨヘンを激しく罵倒し、


「勇気あるものは我に続け! カーリアン騎士団の誉れを見せてやるのだ! 全軍突撃、右翼、左翼、巻き狩りにせよっ!」


 と、号令をかけ愛馬を疾走させ走り去る。


「オオオオッッッッ」


 平原の主たる王者の咆哮を響き渡らせ、中核、右翼、左翼に別れた騎士達は第十六師団を三本の線で取り囲む様に動き出す。

 数百㎏の体躯の馬達の数千の疾走。

 草花が、土が、蹄鉄に巻き上げられ、地響きが平原に響き渡る。

 とても歩兵で対応できる機動力ではない。


「囲めっ、突撃せよ、分断せよ、突破せよぉぉっ!」


 ユーリックは雄叫ぶ。

 連合軍もただ待ってはいない。


「用意!!」


 連合軍の各部隊長の号令と共に、布や兵士の身体で隠された対騎馬様の障害物が円陣の周りに現れた。

 逆茂木や杭の付いた柵だ。


「こしゃくな……隠していたのかっ、これが敵軍の策か? 小細工をしおって! だが我々の騎馬を止めるには貧弱すぎるっ、構うなっ、全軍突撃、全軍突撃だっ!」


 一度は歯を食い縛ったユーリックだったが、隠せる障害物の数などはタカが知れているし、カーリアン騎士団の優れた馬ならば小さな逆茂木や柵などは飛び越す事も出来る。

 止まらない命令に一万二千の騎馬部隊は第十六師団に突撃を開始する。



 ……だがそこに待っていたのは突然の地上の喪失。

 草原にしか見えていなかった地面がいきなり陥没し、馬ごと数メートル掘り下げられた穴に落下してしまう。

 巧妙に隠された落とし穴、それが戦場のいたる場所にあり、各所で騎兵がそれに引っ掛かったのである。


「罠だっ!」

「落とし穴だぁ!!」


 馬のいななきと悲鳴が草原に響き渡る。

 通常の移動中に一騎が落下するなら、支援歩兵の手を借りて何とかなるかもしれないが、突撃の最中に数百、千という単位の部隊がそれに落ちる様はまるで地獄絵図だ。


「今だ、放てっ!!」

「射てっ」


 更にリンデマンやアリスの指揮で、円陣から大量の矢が穴に向かって放たれた。

 あらかじめ決めていた場所を射つので命中率は高く、穴に落ちた騎兵は続いて落ちてきた味方に潰されるか、矢の雨に射ぬかれていく。

 味方が穴に落ちたのを見て突撃進路を変更した部隊も、変更した進路にも作られていた落とし穴に落ちてしまう。

 塹壕や逆茂木を飛び越せる訓練された馬であっても、いきなり地面が抜ける落とし穴は回避不可能だ。


「よし……上手く落ちてくれるな、寝る間を惜しんで配置を考えた甲斐があるというものだ」


 阿鼻叫喚の騎士達を観て、リンデマンは円陣の中心で腕を組み、薄笑いを浮かべた。

 大量の落とし穴は出鱈目に掘った訳ではなかった、今までのカーリアン騎士団のエトナ平原や遠征先での戦い方を資料から研究し、騎馬の指揮の動きを見極めた上で計算して配置、そして避けた先にも意地悪く、更に穴を仕掛けておく。

 運よく落とし穴に落ちなくとも、各々の騎兵は隊列が大きく乱れ、どこに落とし穴があるかわからない状態では全力疾走など出来ない。

 どうしても地面に注意が向いてしまい、動きに迷っている所を容易く射られてしまう騎兵も続出してしまう。



「実にリンデマンらしい、というかリンデマン向きの罠よね、きっと地図を見て落とし穴の場所を考えている時はニヤニヤしていたわよ」


 アリスは戦いの前、師団補給担当のヴィスパー大尉にそう漏らしていた。

 その事実は本人か、常に従うヴェロニカが知っているだろうが、とにかく策は見事に当たった。

 偽の大量の物資や補給基地の情報を南エトナ村に必ず何人かはいるであろう内通者を通じ信じさせたのも、敵軍の主力を遠ざけ、彼らが自分の戦場と信じるエトナ平原に狡猾な罠を張る時間と隙が欲しいからであった。

 カーリアン騎士団がザトランド山脈を越えている間に、リンデマンは一万五千の師団兵力の内の約五千にエトナ城の包囲を命じ、身動きを封じる事により情報収集能力を低下させてから、がら空きになったエトナ平原中央部で野戦陣を敷き、罠を用意したのである。


「早いが仕上げだな、陣形再編だ、突撃の用意をせよ、各部隊長はまだ開いていない穴に落ちないように」


 リンデマンは短時間に、約二割近い損害を出し混乱して、隊列を大きく乱すカーリアン騎士団に対し突撃を命令した。

 馴れていた筈の戦場で今まで突撃殲滅の対象でしかなかった歩兵に逆に突撃を受けた騎士団は更に多くの犠牲を出し、人馬バラバラに戦場から離脱していく。



 第八次エトナ平原会戦は実質わずか二時間ほどで雌雄が決した。

 カーリアン騎士団は一万二千の兵力の内、五千の兵とほぼ同数の馬を失い、司令官のユーリック・カーリアンも会戦の序盤で落とし穴に落ちた際に続いてきた他の者達に押し潰されて戦死、幕僚達の半数も降伏か戦死した。

 一方の第十六師団の損害はわずか五百。

 戦史上稀にみる圧倒的な勝利をリンデマンはその復帰戦で得たのである。




                    続く


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