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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第五章「復活の英雄姫」
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第百二十九話「セフィーナの帰郷」

 広い草原の通る石畳の回廊を十騎の少女達に護衛された二両の馬車が進んでいた。

 馬車にはアイオリア皇家の印である黄金の鷹のレリーフ。

 それは直系の皇族が乗っている事を現す。

 停戦中とはいえ、ここは敵国の南部諸州連合の領内。

 警備の都合、レリーフを隠そうと護衛隊長メイヤは提案したが、その一行の最重要人物である帝国皇女セフィーナは、


「いいさ、相手が本気で私を国から出さないとしているなら、いくらでも手があるんだからな、しょうがないから帰れ、そう言われたんだから甘えるとしよう」


 そう憮然とした表情で答えて、幼馴染みの提案を却下した。

 その顔の原因は提案が気に入らなかった訳ではない。

 帰国に繋がった今回の事件の顛末に不満があったからだ。



 セフィーナの狙いはリンデマンと彼に仕えるメイドであり、優秀な工作員にもなるヴェロニカが脱出作戦を察知した場合、それを阻止しようという行動を、セフィーナに対する害意を含んだ物に周囲に変換して見せかける事によって、自分への暗殺未遂事件を演出し、南部諸州連合自身にリンデマンの政治的排斥をさせて、暗殺未遂事件を口実に、安全上の為という大義名分を得て、帰国を果たすという大胆な狙いがあったのだ。

 エメラルダ伍長まで用意して、脱出作戦を立案してきたパティ少将にも黙っていた保険的な計画であるが、パティ少将の案ではセフィーナはまさに逃亡という形になり、南部諸州連合で築き上げてきた政治的な信頼が大きく損なわれてしまうし、更に追手にでも捕まったら全てが台無しという賭けの要素が強く、セフィーナは自分の計画を実は本線として、ある意味リンデマンに期待していたのであったが……

 ゴットハルト・リンデマンは往生際が実に悪かった。


「ゴットハルト・リンデマン! 性懲りも無く、またもや私を害する計画を立てたかっ!?」


 集まってきた者達に訴える様に、リンデマンに対して暗殺未遂を主張するセフィーナと同時に、


「これは異な事を? 私を廊下に呼び出し、パティ少将にこの身を捉えさせ、武装した護衛を呼び寄せておいて、貴女こそ私をなき者にしようとしたのではないですかっ」


 リンデマンは事もあろうか、セフィーナによる自らへの暗殺未遂を逆に主張したのだ。

 当然、リンデマンからの反論はあると思っていたセフィーナもこれは予想が外れていた。

 周囲も混乱したが、リンデマンは堂々と主張を続ける。

 

「この廊下には皇女殿下の護衛も数人、更にパティ少将もいるのに、私が暗殺など企む訳が無いでしょう? だいたい私が今日、ここにいるのも皇女殿下からの招きで来ているのですし、ここは帝国大使館、我々はボディーチェックもされて、武器を持ち込めないが皇女殿下の護衛は武器を持っているのです、誰が返り討ち確実な暗殺など計画するでしょうか?」

「黙れ、リンデマン! 貴公が皇女殿下の命を狙うのは初めてで無いのは誰もが知っているのです!」


 セフィーナの思惑を知ってか知らずかのパティが反論するが、リンデマンは揺るがない。


「ならば、なぜ私がこのパーティーに招かれたのか? 実はネーベルシュタットの復讐こそが目的では無いのか? 私が呼び出された事を不審を感じ、庭から様子を伺っていた私の副官が窓を割り、この場に飛び込んでくれなければ、私は殺されていたかもしれない」

「……!!」


 倒れたヴェロニカを起こすリンデマンをメイヤが睨む。

 窓を割って、廊下に飛び込んできたのはヴェロニカでなく、メイヤだ、それをヴェロニカがリンデマンを護り、ホールの人間を呼び寄せる為にした事にすり替えられた。

 リンデマンの機転。

 集まった者達は更に混乱する。

 セフィーナの主張を支持する者、リンデマンの主張を支持する者、判断を迷う者。


「……」


 セフィーナは心中で舌打ちした。

 リンデマンがセフィーナの替え玉を指摘しての脱出計画という真実を素直に主張してくれれば、十二分な勝ち目があった。


「逃げようとする者が支持者を集めてパーティーなどするか! 私の容姿にソックリな替え玉!? 寝言は寝てから言え、着替えて、化粧を落とした位で替え玉を疑われてたまるか! 私と同じ容姿の者などいるかっ!?」


 そう怒鳴り返してしまえば良かった。

 ソックリな替え玉など、荒唐無稽であり、実物を見なければ誰もが疑うだろう。

 大使館を家捜しなど外交上、不可能である。

 だがリンデマンはセフィーナの罠には嵌まらなかったのだ。



 この場の誰もが結論など出せる立場でなく、互いに主張は通らなかった。

 翌日、当事者であるセフィーナとリンデマンを抜いた帝国大使館と南部諸州連合外務省の間で話し合いが持たれ、互いの誤解と過去の因縁から生じた事件性のない喧嘩に近い物と結論付けられてしまい、目撃者などにもそう説明されてしまったのである。


「大使館と連合外務省のことなかれ主義に、パティ少将の計画や私の策も、リンデマンの往生際の悪さも、結局は毒を抜かれてしまった訳だ」

 

 揺れる馬車の中、セフィーナは頬杖を付いてぼやく。

 

「でも、良かったじゃん、話し合いの結果、結局は帰国を認められたんだからさ」

「それはそうだがなぁ、認められたのはあくまでもアイオリア大会議への一時的な帰国だけだからな」


 結果は良かった、とするメイヤに同意はするが、納得はしないセフィーナ。

 アイオリア大会議出席の為の帰国が認められたのは、今回の事件の顛末を納得する代わりの成果として素直に受け取るべきだが、帝国大使館はリンデマンへの責任は全く問わず、連合外務省からの自発的な彼への厳重注意というほぼ無実の空振りに終わったのである。


「上手くやれれば、私は安全上やむ無く無条件の帰国するという大義名分を獲た上で、リンデマンの罪すら問えたのに」


 愚痴が続く幼馴染み。

 メイヤはしょうがねぇなぁ、と後ろ頭を掻き、セフィーナに向き直った。


「セフィーナ」

「ん?」

「そういう裏でセコセコするのはセフィーナには似合わない事だよ、リンデマンは戦場でちゃんとやっつけよう、私も今回の不意討ちみたいじゃなく、あのメイドをコテンパンにするからさ、そっちの方がスッキリするよ、きっとね」

「……メイヤ」


 セフィーナの顔から不機嫌という雲が晴れていく。

 妙に歳からはかけ離れた難解な部分もあるが、年相応な単純な所もある、それがセフィーナだ。

 メイヤはそれを昔から知っていた。


「そうするか、そっちの方がスッキリするな、うん、そうしよう、ならば早く帰らないとな!」


 弾んだ声で答えると、セフィーナは馬車の窓から祖国に続く空を見上げた。




 英雄姫セフィーナが一年近い南部諸州連合への旅立ちから帝国首都フェルノールに帰還したのは、それから約二週間の後の事であった。


 

 

続く

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