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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第五章「復活の英雄姫」
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第百二十六話「セフィーナ脱出作戦 ―看破―」

 舞台の上では、早い調子の演奏に合わせた数人のダンサーが訓練された切れの良いダンスを披露しており、ホールの招待客は料理と世話話を楽しみながらそれを鑑賞している。

 そんな中であっても、パーティーの主催者がクレッサを従えテーブルに戻ると、皆の視線が集中する。

 特に何をした訳では無いのにこうである。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアはただ居るだけで注目を浴びる存在。

 会場に脚を踏み入れて十数秒。

 ホールに入り、用意されたテーブルに着く。

 立食形式なので椅子は無い。

 立っているだけ。

 だが、ただそれだけでエメラルダはメイクが落ちてしまうのではないか、と思うくらいに汗が出ていた。


「各人との挨拶は済んでいる、政治的な話はこちらからでも繰り出さない限りは相手からしてこない、暫くは大人しく座っていて、パーティーの半ばになったら私が傍に付くから、後はなるべく気楽に客とのお話をすればいいわ、多少の粗相があっても向こうは勝手に流してくれるから、とにかく楽にいくの、あと皇女殿下から貴女を撤収させる指示が出た時は、速やかに貴女をこの館のある部屋に誘導する様になっているから安心しなさい」


 今回の作戦の責任者の一人であるパティ少将から、何度も言われている事だ。

 会議ではない。

 気楽なパーティーだ。

 セフィーナが隙を観て、大使館から脱出するまでの囮。

 もしもの時の撤収の備えもある。

 自分は確かにセフィーナにソックリだし、こちらの身分を考えれば気楽に話しかけてくる輩などそうはいない。


『と、とにかく、とにかく落ち着くの、必死に、気楽に』


 舞台で行われているダンスに視線を送るが、一向に愉しくもならないし、だいたい内容が入ってこない。

 

『楽に……楽に……』


 まるで呪詛の様に繰り返し、エメラルダはテーブルに置かれていたグラスワインを飲み干した。



            ***



 大使館の周囲はスッカリと暗くなっていたが、パーティーが行われている事もあり、大使館の各部屋には灯りが付けられて、ホールの窓からもある程度の視界が庭先に及ぶ。

 壁際に大人しく立ち、時折さりげなく外を見つめながら庭先の距離や警備の配置を伺う。

 まだ幾らか明るい時分、馬車に乗せられて、大使館の門をくぐり、石畳の敷かれた庭先を走っていた時、視界に捉えた大使館の全景から裏口の場所を推測する。

 庭先の何処を通れば、裏口に近いのか、距離はどれくらいか、警備員の詰所は何処にあるのか。


「…………」


 大体の推測を付け、ヴェロニカは顔を上げた。

 どうやらセフィーナが挨拶の後の着替えから帰ってきて、テーブルに着いた様子だ。


『御主人様の言われるような計画ならば、南部から出るまで追手に捕まっては意味がないのだから、セフィーナ皇女はかなりの時間、席を外すなりしないといけない』


 今のタイミングも逃亡するチャンスであったかもしれないが、セフィーナは十数分の時間を使っただけで戻ってきた。

 何よりもセフィーナはこの場の主役なのだ、長い時間席を外せば誰かが気づいてしまうだろう。


『まぁ……随分とおめかしをしてきましたけど』


 セフィーナの存在を確認するヴェロニカ。

 そこまでメイクをしなくてもセフィーナは元々が色白だ、少し余計ではないかというメイクが僅かに気になった。


「…………」

「ヴェロニカ、どうしたの? 楽しみなさいよ」


 ワイングラスを両手にやって来たのはアリス。

 事情を知らない彼女はヴェロニカが壁際で大人しくしているのに気を使ってきたのだ。


「はい」

「申し訳ありません、頂けません」

「飲めない訳じゃないでしょうに、今日くらいは楽しめば良いじゃないのよ?」

「……頂けません」


 頭に浮かんだ三種類ほどの下手な言い訳をヴェロニカは選択しなかった。

 口調を全く変えずに頭を下げると、


「そうなの? 残念ね」


 アリスは肩を少し竦めた。


「申し訳ありません」

「良いのよ、貴女も酔っちゃリンデマンの世話もできないだろうしね、でも欲しい時は遠慮しちゃダメよ、じゃあ……」


 理由を探ってこないのはアリスがヴェロニカとリンデマンの間柄を理解しているこそだ。

 そこに感謝しつつ、ヴェロニカは立ち去ろうとしたアリスを呼び止めた。


「少し良いでしょうか?」

「なに?」

「皇女殿下が戻ってこられましたね、ほら」

「ええ……」


 ヴェロニカに促され、アリスはワインを口にしながらセフィーナの方に視線を向けた。


「似合わないわね」

「何がですか?」

「メイクよ、ちょっと厚いんじゃない? 皇女殿下は元々が色白だし、普段はあんなにメイクしないでしょ、仮にも軍人なんだからね、それともパーティーだとあんな物なのかしら、でも挨拶の時は普通だったのにねぇ、お色直し?」


 アリスの言い様は勿体無い、と言いたげだ。

 ヴェロニカは内心セフィーナに覚えた微かな違和感を再び思い出した。


「帝国のパーティーでは有るのですか? お色直し」

「どうなのかしらね、セフィーナ皇女くらいになればあるのかも知れないわね、でも警護の女の子なんかスッピンじゃない、皇女殿下もホントに薄めで良いのよ」

「警護の女の子ですか……」


 視線をセフィーナの背後に移す。

 セフィーナの背後に控えるのはメイヤではない、ヴェロニカの名前の知らない娘だ。


「まぁ、とにかくヴェロニカも可愛いんだから、下手にメイクなんかに頼る必要無しよ」

「ありがとうございます中将、いちいちお呼び止めして申し訳ありませんでした」

「気にしないで、貴女も何を言われているのか知らないけど、パーティーは楽しむ為にあるのよ」


 アリスはそう言うと料理の並んだテーブルに歩いていく。

 ヴェロニカは頭を下げると、再びセフィーナと警護の少女に視線を向けた。

 あくまでもさりげなく。

 注目せず、しかし見逃さない。



 そして、一時間が過ぎた。




 パーティーの席は賑やかだ。

 舞台での余興も、ピアノで奏でられる音楽も、料理や酒、そして給仕も出来が良かった。

 悪酔いする客も居ない、流石は帝国皇女殿下の前での醜態は晒せないという選ばれた客たちだ。

 ここに出来の悪い者達が居るとしたら、壁際で全くパーティーに加わろうとしないメイドと、挨拶を終えた後はほとんど自分のテーブルから動かない主催者だろうか。


「……そうですね……よいですね……うふふふ……まぁ、そうなのですか……では……」


 ヴェロニカの薄い唇がボソボソと動く。

 十数メートルは離れたセフィーナの口元に注視していた。

 読唇術。

 細かい言葉の全てが解る訳でない、だがこの一時間のセフィーナの言葉はそれが大半であった。

 客からの挨拶の対応も実に簡潔、と言うよりは短い。

 セフィーナ・ゼライハ・アイオリアという少女はそこまで言葉に乏しい人物では無い事はヴェロニカにも解る。


『身体の調子でも悪い?』


 まず考えたのはそれだった。

 体調の不良を推してパーティーに出ているのでは?

 顔色が悪いのに気づかれぬ為のメイクでは。

 だがセフィーナはパーティーの冒頭に挨拶をしている、その時には体調の悪さは感じさせなかった。


『もしそうだとしても、それならば……』


 それならばセフィーナの傍らには、あのダークグレーの髪色の少女が居る筈。

 それが居ない。

 そして……ヴェロニカの観察眼は代わりに居る黒髪を三つ編みにした護衛の少女にも、セフィーナ自身程ではないが微量の違和感を感じ始めていた。


『皇女に対する警護が僅かに甘い、確かに形や観て取れる様な隙は見せていないけど……何処か甘い』


 それは確証の無い理屈よりも感覚であった。

 例えば、メイヤという少女にはセフィーナを十回襲っても、十回、いや倍に二十回くらい相手を撃退してやるという気の張った部分があるのだが、今の警護の少女ならばヴェロニカは三回に二回はセフィーナを直接襲えるという気がするのだ。

 あくまでも気がする、であるが。


「…………」


 警護の少女の腕がメイヤに比べて大きく劣る?

 それはない。

 それならば警護には付かないだろうし、メイヤがそれを許す訳が無いだろう。


『メイヤ・メスナーは最も護るべき皇女殿下を放って何をしているのだろう?』


 疑問が沸き起こる。

 メイヤ自身に何か問題があるのだろうか?

 それで仕方なく別の者がという可能性はある。

 ここまでの観察と思考では、決定力の欠ける違和感の海に疑念という船を出港させるまでには、ヴェロニカの決断は及ばない。


『ここは御主人様の指示を仰いでから……』


 何かがあったとしても、セフィーナが動き出すのを止めれば大きな出遅れにはならない筈。

 そう考えて、少し離れた席で帝国の外務官らしき若者と何やら話しているリンデマンに歩み寄ろうとした時だった……

 セフィーナが近くにいた褐色の肌に灰色の短髪の女性軍人に、さりげなく周囲と距離を取って話しかけるのを視界に捉えたのである。



「ダイジョウブ……デショウカ?」



 確かにそう言った様に、見えた。


「大丈夫でしょうか?」


 見えた言葉を反芻し、大きく瞳を見開くヴェロニカ。

 リンデマンに歩み寄ろうとする脚を止め、あくまでも目立つ事なく急加速で帝国皇女の居るテーブルを目指す。

 立食形式のパーティーだ。

 忌憚なく、とまではいかないが、セフィーナに挨拶の返しに顔見せをする者は多い。


「……!!」


 セフィーナのテーブルに近づくと、護衛の少女が気づき、身構える事は無いが警戒の空気を発した。

 おそらく彼女は自分がリンデマンのメイドである事は知っているのだろう。

 だが、彼女には用事は無かった。


「……」


 帝国皇女とヴェロニカとの距離はまだ数メートル。

 セフィーナも自分に気づいたのか、緊張の面持ちでヴェロニカを見据えて来た。

 交差する視線。

 ヴェロニカは微笑んだ。



「皇女殿下、お知りになりたいのならば、私の最後のカード、何だったのかを教えて差し上げましょうか?」



 この声量ならば……真後ろに控えている訳ではない警護の少女には聞こえない。

 ましてやパーティーの喧騒だ。


「最後のカード?」


 帰ってきたのは怪訝な顔。


「失礼しました」


 深々と頭を下げ、踵を返すとパーティーの中に戻っていくヴェロニカ。

 あくまでもユックリと戻り、手洗いに行くような落ち着いた足取りで廊下に出ていくと……



『しまった! 出遅れは無いどころか、私は大きく出遅れているっ!!』



 近くの窓を開け放ち、外に身を翻しながら飛び出すと、まるで訓練された猟犬の如きスピードで暗い庭先を疾走し始めたのであった。




続く 

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