第百二十二話「セフィーナ脱出作戦 ー画策ー」
バカにすんな。
そんな事を言いたげな態度で、メイヤは腰に手を当てながらセフィーナとエメラルダを交互に見た。
「判るよ、確かに驚くくらいに似てはいるけどさ、でも私は朝イチの寝ぼけ眼で会っても、セフィーナとその娘の判断はつく」
「それはそうだろうな、お前は私に毎日会っているんだ、判別はつくだろう、でも化粧しても判るか?」
「判るね、真っ白だらけで、男か女かもわかんないくらいにしなきゃ、判る」
「なるほどな、じゃあ、メイクなどを工夫した場合、他には誰が判断がつくと思う?」
自信満々のメイヤはセフィーナに訊かれると、
「そうだなぁ、メイクを上手くしたとしても、良く見ればクレッサとか、護衛隊の奴等は判ると思うよ……それと、セフィーナを見間違える訳がないカール様や……」
そこで言葉が一瞬だけ止まり、
「まぁ、皇帝陛下やサーディアは判るだろうね」
そう肩をすくめて返答する。
一瞬の制止は明らかなミスだ。
もう見る事が叶わぬ人間を挙げようとしてしまったのだが、セフィーナはそのミスには気づかぬ振りをして、エメラルダとパティ少将に向き直った。
「この通りだ、私の幼馴染みがそう言っている、体格やメイクを工夫してやれば、少なくとも南部諸州連合の人間相手ではエメラルダ伍長は私の影武者を完璧にこなす事が出来るだろうな、しかし私の身に何かがあったとしても冒険小説の如く、私に成り代わり帝国皇女になる事は出来なさそうだがな」
「あ、ありがとうございます……で、でも私なんかが皇女殿下に成り代わるなんて、滅相もないです」
「連れてきたかいがありました」
メイヤのお墨付きをセフィーナが苦笑混じりに告げると、当の本人であるエメラルダはペコペコと頭を下げ、とパティは安堵の表情を浮かべた。
ここまで似ている影武者を使えば、脱出計画は至極単純明快でも構わない。
連合の警戒の者達の眼をエメラルダがなるべく本人よりも遠くに引き付け、その隙にセフィーナが密かに脱出、北上して帝国に入ってしまえば良い。
「これで脱出計画は定まりました、それでは日時は五日後、エリーゼ市街で行われる軍民パレードではどうでしょうか? 出席の予定は無いはずですが、今からでも出席を希望すれば貴賓席が用意されるでしょうから」
「そこは任せる、だがパティ少将……脱出計画はもちろん承知するが、条件がある」
早速、用意してあったに違いない脱出計画日時を披露したパティであったが、セフィーナはそれを制する様に手の平を彼女に見せ、エメラルダ伍長に視線を向けた。
「そなた、歳は幾つだ?」
「あ、十六歳です」
「ふぅん、出身は? 家族は居るのか?」
「し、出身はゼインです、母と妹がいます」
「ゼインか……」
セフィーナの矢継ぎ早な質問に、ひどく恐縮しながら返事をするエメラルダ。
彼女が出身と答えたゼインは、兄のアルフレートの所領であった場所だ。
メイヤの眉がピクリとした。
セフィーナは特には気にせず、何の条件が出てくるかを待つパティに告げる。
「このセフィーナが年下の影武者を犠牲にして本国に逃げ帰った等と言われては困る、パティ少将、私が脱出した後でエメラルダ伍長が必ず帝国に帰る事が出来る計画を考えよ、エメラルダの母や妹を泣かせてまで、私は脱出なんてしたくない、まさか出来ぬとは言わさんぞ!?」
「必ず……で、ございますか?」
「そうだ、必ずだ、必ずエメラルダ伍長を無事帰還させよ」
唇がキュッと締めるパティ。
セフィーナはゆっくりと首を縦に振る。
「セフィーナ様、私は……命を賭けた任務は承知で」
「将官同士の話し合いだ、黙っていろ伍長!」
「あ、は、はいっ、申し訳ありませんっ」
予め覚悟は促されての任務。
エメラルダ伍長は構わないと申し出ようとしたのだが、セフィーナに睨まれてしまうと謝るしか出来ない。
「出来るか、出来ないのか? まさか初めからエメラルダの身の安全は度外視していたのではあるまいな!?」
「そうではありません、もちろん了解します、皇女殿下」
問い詰めるセフィーナ。
パティ少将は予想外の事にやや面喰らった様子は見せたが、セフィーナの条件は受け入れ、
「そうであるならば、皇女殿下にもご協力願いたいのです」
と、申し出る。
「構わぬ、申してみよ」
「エメラルダ伍長の身を護る為、皇女殿下護衛隊の腕利きの隊員をお貸し願いたいのです、エメラルダ伍長が如何に皇女殿下に似ていても、いつもの護衛がいなければ相手にも疑われる可能性がありますし、もしもの事があった時の為にも……」
「そうだな、よかろう、じゃあ……」
エメラルダの任務と帰還の成功の可能性が上がる提案としては適切と判断したセフィーナは即答したが、傍らのメイヤはセフィーナの視線を不自然に横を向き逸らす。
「……こっちを向け」
「やだ」
「お前が最適だろう、頼めないか?」
「この脱出にはセフィーナに絶対についていく、やだ」
主人であるセフィーナの方を見ようともせずに断るメイヤに折れる様子はない。
半ば予想はしていたのだが、あまりに強固な幼馴染みの反応にフゥと息をつき、
「パティ少将、メイヤは私の警護をさせるから無理だが、腕は劣らないクレッサをエメラルダ伍長には付けよう、その他の点については全て少将に任せる」
そう折れたセフィーナが答えると、パティ少将は了解しました、ありがとうございます、と礼の述べて敬礼をした。
***
「似てたね」
「ああ、私も少し驚いた」
パティ少将が部屋から退出した後、二人だけになったメイヤの第一声にセフィーナは頷く。
パティ少将と数人の随員は大使館の二階の部屋を割り当てられ、エメラルダ伍長は作戦当日まで外出も禁じて、外に存在がバレない様にするという。
「しかし可哀想だな、せっかく南部に来たのに、外にも出れないなんてな」
「仕方ないよ、それが任務だから」
セフィーナのような同情は幼い頃から自らを犠牲にして、任務を最優先にしてきたメイヤは持たない様子だ。
そこにはセフィーナも疑問は持たない。
ただ、同情は出来た。
「メイヤ」
「なに?」
「あの娘と私、本当にメイクと工夫しても区別が本当につくのか?」
「つくよ、だってあの娘はセフィーナじゃないから」
「なるほどなぁ」
だっての理屈は解らないが、嘘では無いだろう。
意地を賭けた感もある即答にセフィーナは特に追求する事もなく、応接室のソファーに背中を深く沈めた。
「ただ……あの娘は勘の良いバレる相手にはバレてしまうかもしれない、あの娘はちょっと機転が効かなそうだ」
「なんで?」
小首を傾げるメイヤ。
「私があの娘だったら、今の私の前でゼインとは決して口にはしないだろうな、尋問では無いのだから、嘘でも適当な場所を答えるだろう、機転が聞かないとは言い方が悪いとすれば、嘘が上手いとは思えない」
「……」
メイヤは何も答えなかった。
企むのは国家外交規模の欺瞞だ。
数分だけの対面であったが、エメラルダ伍長はそれをするには性格が良すぎる気がセフィーナにはしたのだ。
「それはパティ少将が上手くやるんじゃないかなぁ」
「バレたらすいませんじゃ済まん、少なくともやるからには成功しなければいけないし、私が逃げ切ってもエメラルダ伍長が捕まったら私の精神衛生上、すこぶる悪い影響が出る」
「じゃあ、どうするのさ」
「私が脱出ギリギリまでフォローする、それならばバレる可能性も低くなる」
「エリーゼの軍民パレードに出るの? そりゃムリだよ、貴賓席で入れ替わるなんて出来ないよ!」
驚くメイヤ。
おそらくパティ少将の計画は、初めから軍民パレードにはエメラルダを出席させ、マスコミや脱出を警戒する相手の眼を会場に引きつけている隙に、セフィーナは密かに大使館を出るという物であるに違いない。
それが一番確実であり、影武者をフォローする為にセフィーナ本人が軍民パレードに出るのは脱出計画全体でみれば危険性が高いのは言うまでも無い。
「絶対に認めない、そんなの」
「待て、早合点するな、考えてみれば脱出計画をいちいち相手のフィールドで行う事自体が危険なんだ、こちらのフィールドで、こちらのペースで行えばいい」
口調はいつもの通りだが、猛烈な反対を示すメイヤを制する様に手を上げたセフィーナは、何かを思いついた顔でソファーに深く沈めていた身体を起こす。
「様は私の脱出を警戒する者達の眼を集められれば良いのだろう? 何もエリーゼの軍民パレードでなくてはいけない事などないだろう、私の脱出の準備も、後のエメラルダ伍長の身も護りやすい場所で計画を遂行すべきだろう?」
「そ、そりゃあ、そうだけど……それは何処!?」
「わからんか?」
困惑ぎみに首を傾げる幼馴染みに対して、チョイチョイと人指し指で床を示し、
「ここだよ、ここ、大使館を開放して大パーティーをする、まさかその最中に私が逃げてしまうとは考えまい」
そう言って、セフィーナは悪戯っぽく笑みを見せたのだった。
続く




