第百二十話「密命」
十二月の冷たい風と熱い怒号が混じり合う。
「セフィーナ皇女は自らの戦争犯罪を明らかにしろ!」
「謝罪せよ、不当に殺された兄弟を返せ!」
「連合軍軍事裁判に出廷せよ!」
エリーゼ市街の帝国大使館前には、千人ちかいの群衆が集り、プラカードやメッセージボードを掲げ、抗議の声を上げた。
その先頭に立つのは、クルスチア・メルモー議員。
南部諸州連合とアイオリア帝国の停戦条約の立役者として、条約締結直後はそれを自らもアピールし、名前を上げたが直後に帝国で大規模内戦が起こると、帝国にまんまと利用されたピエロとして糾弾され、所属している共和党と共に大きく支持を落とし、政治生命の危機に陥る。
しかし、そのまま消えていく様な往生際の良さは彼女には無かった。
アイオリア融和派から一転、親衛遊撃軍を率いていた際、戦争条約違反があったとし、証人とする元軍人などを集め、平和大使としてやって来たセフィーナに謝罪と裁判に出廷するように求める運動を始めたのである。
当初、その運動は皆に冷ややかな眼で見られていた。
鞍替えしたクルスチアを恥知らずと批判する者も居たが、運動を開始して半月ほどが過ぎると、彼女の元に匿名の資産家を名乗る者からの寄付や運動を共にしようとする者達が集り、たちまち大規模デモと言ってもよい人数に膨れ上がった。
この急速すぎる膨張に相乗りしたのは、彼女の所属している共和党であった。
あくまでも停戦の最終決断をしたのは、与党の民主党であったのに割を食った彼等はどうにか巻き返しの機会を伺っていたが、得策が無かった所だったのだ。
「停戦条約の時も、クルスチア議員に乗って痛い目をみたんだぞ、もっと冷静になった方が良いだろう」
当然、共和党の中にも慎重論が出たが、党の老幹部達はこのままで策無しではジリ貧であると、将来の女性初の連合議会議長候補として、覚えの良かった彼女に再び賭ける事とし、彼女の行動を後押しし、野党としてセフィーナの責任を問う様に議会で与党に迫ったのである。
「皆さん! セフィーナ皇女の戦争犯罪を許してはいけません、彼女の犯した罪を私は必ず償わせます! クルスチア・メルモーはセフィーナ・ゼライハ・アイオリアと正面から対決してみせます、私が帝国の英雄姫の化けの皮を剥がします!」
集まった市民や運動員、そしてマスコミ達に高らかに宣言するクルスチア議員。
もちろん、これによりセフィーナに好意的なかなりの数の南部諸州連合市民からの支持を失うだろう。
しかし、セフィーナと対決するという事になれば、少なくとも南部で帝国皇女が支持されるという事態を苦々しく思っている者からは悪くは思われないだろう。
そして何よりも、セフィーナ皇女の同等の対決者となれば……己の消えかかった政治生命には強い火が灯るに違いない。
「セフィーナ・ゼライハ・アイオリア! 私の前に出てきて、弁明できる者ならばして見なさい!」
クルスチアは大使館に向けて、拳を振り上げ、大きく叫ぶのであった。
「議員も頑張っているな、そろそろ寒空が堪える年齢だろうに、無理をして」
大使館の建物と正面の門の間には、防諜や警備の為の広い庭が隔たっている。
セフィーナは窓から外を見て、ポツリと呟く。
「外の警戒の連中から聞いたら、アイツ好きな事を言い放題だよ、殺してこようか?」
「だめ、物騒な事を言うな」
幼馴染みの捻りの全くない物騒な申し出に、セフィーナも捻りの無い返しをしてしまう。
「外務省を通じて、親衛遊撃軍の戦闘行動には問題が無い、過去の軍律違反には帝国軍の軍紀に照らして厳正に処理している、こう発表はしてあるんだ、これ以上は必要ないし、私はクルスチア議員と同じ戦いの場に立つつもりが更々、無い」
そう言うと、セフィーナは執務机の上に腰を下ろしてしまう。
「机に座んな、ちゃんと椅子に座れよ、まったく行儀悪いな、姫様のくせに」
「お前も口が悪いぞ、あういう輩は構うと、余計に相手を利してしまう、外の警備隊にも何を言われても、無視して職務を遂行する様に頼むぞ」
「それはわかってるよ、手は出させないよ」
「殺してこようか、とか言った癖に」
「それはセフィーナの命令を確認したんだけ、セフィーナの許しが出たら、私とクレッサで門の前の奴等、全員殺れるよ」
「それはそうだろうが、許可はしないぞ」
ため息をついて、セフィーナが執務机の上に置かれているティーカップの紅茶を口に運ぶと、メイヤは思い出した様に呟く。
「大会議出れるかな? もう十二月になったけど」
「無理だろうな、そうなれば記者会見でもして、私の欠席を変な眼で見られぬ様にしなければいけないな、それよりも先ずは兄上に話を通さねばならないな」
机の上に腰を降ろしたまま、セフィーナはティーカップから口を離した。
南部諸州連合議会からの帝国一時帰還の許可が出れば、直ぐにでも出られる様に準備はしているが、依然として連合議会からは許可が降りない。
停戦条約の条件が最低一年間のセフィーナの南部への平和大使としての駐留であるから、元来強く言える立場では無いのだが、連合議会がここまで一時的な帰国に対する警戒を示してくるとは、予想外であった。
「まぁ、今回は流石の兄上も事情が事情だけに、わかっては貰えるだろう、いつかは決着をつけなければいけない間柄なのはわかっているが、まだ争うには早い……下手に連合議会を刺激できないからな、そうだな、兄上に私が一筆書こう」
新皇帝カールの戴冠式のプレリュードであろうアイオリア大会議に自分が出られない事態に、欠席の許しを乞う手紙を書こうと、セフィーナは執務机に直接座った状態からキチンと椅子に腰を下ろし、大会議欠席の理由を説明する手紙を書き始めたのであるが……
再び、門の外から広い庭を越えたシュプレヒコールがセフィーナの耳に入り込んでくると、
「予想外に大事になるかもしれないな、それにしても……クルスチア議員は誰かにまた利用されているとしたら、それはそれで彼女にも同情の余地はあるか」
そう筆を止めて、頬杖をついた。
そんなセフィーナの元に皇帝居城より、火急的速やかにエリーゼを密かに脱し、帝国に帰還するようにとの命令が舞い込んできたのは、その翌日の深夜であった。
続く




