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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第十二話「第八次エトナ会戦・前編」

「奴等め、出てこないと思ったら南エトナ周辺を要衝化して長期戦をするつもりか! 早急に叩かねば我等の聖域に鼠の巣を造られてしまう!」


 エトナ城の作戦会議室の司令官席で、ユーリック・カーリアン上級大将は報告を受け取り、椅子の肘掛けを叩く。


「はい、こちらに通じる村の長老二人共が同じ報告をしてきています、昨日の朝にはザトランド山脈連合側の麓に完成した補給基地から大量の物資が山を越えて届き、一部が村に供給されたそうです、相当な量の食糧や物資で、これまで慎重なカノス村長周辺や住民のかなりの部分の者も本気で連合軍を歓迎しはじめているとの事です」


 情報参謀が更に詳しい報告を述べると、幕僚達も一気にざわめき立つ。


「師団長の仰られる通り出撃だ、相手に物資があるのなら奪えばいい、同じ一個師団相手ならカーリアン騎士団に敗けはない」

「敵の司令官は我々がエトナ平原から出るのを怖れているまで言っているらしいではないか、ザトランド山脈の反対側にまで突っ切って新造の補給基地を叩き、相手に目に物をみせてやろう!」

「そうだ、座して南エトナ村が敵の要衝になるのを待っている必要はない、師団長の判断は正しい、間違いない!」


 帝国側の領土に侵攻してきたというのに、ザトランド山脈の麓の南エトナ村周辺に留まっていた第十六師団の行動に苛ついていた幕僚達は熱を上げて、出撃を口にしたユーリックに同意をするが……


「待ってください」


 そんな空気の中で一人、冷静に手を挙げて意見具申の権利を求めたのは新任参謀次長であるヨヘン・ハルパー大佐だった。


「どうしたのだ、何か意見があるか参謀次長」


 会議室の熱気が一気に引き、ユーリックと他の幕僚達のやや冷たい視線が、栗色の短いポニーテールに軍帽を被る童顔の大佐に向けられる。

 幕僚達が自分に好意的ではないのはヨヘン自身もこれまでの中で理解していた。

 師団長が世襲という普通なら有り得ないシステムのカーリアン騎士団では、師団長はまるで王のような権威を持っている。

 余程の事が無ければ師団長の意見が絶対という雰囲気があり、勤務が長ければ長い程、各幕僚達はイエスマンになっていき、外から来た自分達と同じにならない者を病原菌の様に排除しようとするのだ。


「敵軍が南エトナ村周辺を要衝化するには相当な時間がかかる筈ですし、更に莫大な物資が必要となると思われます、別の意図があるかもしれませんのでもう暫し様子を観られるのが賢明かと小官は愚考します」

「戦機を送らせる必要がわからん、待っていれば相手は強化されるばかりだ」

「師団長が仰る通り!」

「待つ事に意味はない」


 ヨヘンの慎重論にユーリックが異を唱えると、他の幕僚達は即座にユーリックを支持し出した。

 中には小声で怖いなら大人しく後方任務をしていればいいと言う者までいる。


「とにかく情報は確かで、連合軍の動きも合致している! 歩兵隊は城を守り、騎兵隊は出撃準備をせよっ! 戦だっ!!」


 ユーリックが出撃を宣言し、幕僚達がオオッと一斉に声を張り上げると、新任参謀次長の意見は無かったかのように吹き飛ばされた。



         ***



 十二分な出撃準備をしてあったユーリック率いる騎兵隊約一万二千の軍勢は出撃決定の数時間後にはエトナ城から飛び出し、一気にエトナ平原を一日半で横断して、南エトナ村周辺に到着した。

 だがそこには第十六師団の姿は無く、彼等を迎えたのはカノス村長と長老達だった。


「ユーリック様、南部連合軍は昨夜の暗い内に郊外から姿を消しました、大量の物資を持った歩兵がザトランド山脈を登って行ったそうです」


 カノス村長と長老達は口を揃え、ユーリックに対して連合軍から供与された物資を差し出す。

 その量はかなりの物だった。

 連合軍は相当な数の偵察隊をエトナ平原に放っているという情報があったので、騎士団の出撃を知って正面対決を避けたのだろう、幕僚達はそう笑いあった後……


「一部を村に供給したという物資、一部でこんなにあるのなら、奴等はどれくらいの量を全体で運んだんだ?」

「その物資を奪えれば、我々の功績は皇帝陛下に更に認められるな!」

「早く奴等を追いかけるんだ、相手は我々が平原を出て追ってこないとタカを括っている!」


 と、山と積まれた供給物資を前に瞳を輝かせ追撃を口にする。

 ユーリック自身ももちろん追撃を決めていたが……またもや新任参謀ヨヘンが意見具申を求めた。


「おかしいです、大量の物資を用意した割に彼らはロクな陣地構築をしていません、それに放っていた偵察隊からの報告によると、昨晩ザトランド山脈だけでなく、迂回路である西海岸線に向けて撤退した敵もいるそうです、撤退を二手に分ける意味があるでしょうか? 敵軍には何かの策があるかと思われます、とりあえずは南エトナの要衝化は阻めた上に物資も獲ました、これで十分ではないでしょうか? 引き上げるべきです」


 前に意見具申を却下されたにも関わらず、ヨヘンは努めて感情的にならないようにユーリックを説得しようとするが、上級大将は声を荒く威嚇的に張り上げた。


「敵の司令官は我々は追ってこないから、逃げれば何度でも戻って来れるとのたまわったのだぞ! ここで戦わずに退いたら敵は物資を持ってまた南エトナに現れるだけだ!」

「それならそれで勝手にさせれば宜しいかと思います、無駄足と物資の無駄遣いを何度でも踏ませればいいのです」


 今度はヨヘンも更に意見を押すが、


「くどい、我々は封地防衛部隊ではないっ! 勝ち戦の最中に袖を引くような女には戦いはわからん、下がれっ!」


 そうユーリックに怒鳴られ、他の幕僚に半ば強引に司令官から離されてしまう。

 ヨヘンは忘れていた事を思い出し、ハッと顔を硬直させた。


『しまった、初日にバカにされたからってあんな返しをしたのが裏目に出たっ! そうでなかったら少しは冷静に聞いてもらえたかも知れないのにっ!』


 短気を起こして封地防衛云々と初日に口答えした事を後悔するヨヘンだったが、それはもう先には立たない。


「敵軍は山岳なら騎兵に勝てると思っているに違いない、しかし我々は山岳戦の訓練も積んでいるしザトランドのような岩ばかりの山なら大きな不利にもならない! 奴等の甘い見通しを粉砕してやるんだっ! もう夕方だ、今日は敵からの物資でタップリと兵と馬を休ませて明日は朝からザトランド山脈を走破するぞっ!」


 拳を上げ、部隊を鼓舞するユーリック。

 兵士達は村が差し出した南部連合からの物資で馬に飼い葉を与え、自らの腹も満たして休養し、翌日の朝からザトランド山脈に登り始める。

 ザトランド山脈はユーリックの言う通り岩山の山脈で木々が生い茂る山ではないので、馬の手綱を曳き、時には騎乗して山を登る事が出来た。

 だが戦いとなれば、もちろん平地よりも遥かに騎馬のアドバンテージは無くなり、場所によっては不利にもなるのを覚悟してユーリックは山脈に部隊を進めたのだが……ザトランド山脈をおよそ越えようというまで至っても、南部諸州連合軍は現れなかったのである。


『なぜ……なぜ姿を見せない? 有利まではいかなくとも少なくとも騎馬の特性を大きく潰せる山脈でなぜ戦わない?』


 ここまで来るとヨヘンも意図を推測できなかった。

 情報から敵将がゴッドハルト・リンデマンという油断ならない相手なのは知っていて、警戒もしているが意図がわからない。


『私だったら……兵を半分ずつにして、半数で高所になる山脈中腹で我々を向かい撃ち、西海岸線に回らせたもう半数を急いで転進させて、南エトナから山脈を登らせて挟撃を計るのに?』


 ヨヘンは敵軍がそうすると予想していた。

 絶妙な連携のタイミングが必要な難しい戦術だが、ゴッドハルト・リンデマン程の手並みがあれば決して不可能ではなく、成功すれば騎馬部隊を山岳地帯で挟撃するという南部諸州連合軍には理想的、カーリアン騎士団には悪夢に近い状況が構築されるが、そうなったらヨヘンとしては全員騎乗し、南エトナから山脈を登ってきた部隊に全力で駆け下りの突撃を敢行して蹴散らし、エトナ平原まで駆け戻るという強引な対応策も用意していたのだが……


『敵は山岳戦を企んでいなかった……ゴッドハルト・リンデマンは一体何を考えている?』


 ヨヘンの考えがまとまらぬまま、一万二千の騎馬部隊はザトランド山脈を踏破し連合側の麓の近くにまで達した、そこはもう南部諸州連合のラーシャンタ州だ。


「あれです! 周りに柵を巡らし倉庫が幾つも見えます、あれが連合軍がエトナ平原を攻略する為に造った新造補給基地でしょう!」


 幕僚の一人が麓を指す。

 そこには確かに柵を巡らし沢山の倉庫が建ち並ぶ補給基地があった。


「よし! 突入だ、敵に我々がエトナ平原どころか山脈越えまでしてきた事を教えてやれっ!」


 ユーリックの号令でカーリアン騎士団は一気に堅い岩山を駆け下り、凄まじい勢いで巡らされた策を突破して補給基地に殺到する。

 それは言われていた陰口を吹き飛ばすかのような壮観で訓練された突撃だった。

 たとえ倍の歩兵部隊を用意しても止めるどころか、逆に蹴散らされてしまうに違いない。

 それほどに見事な突撃が城や砦てはなく単なる補給基地に向かう。

 支援歩兵は柵を撤去し、馬は見事に塹壕を飛び越す、いよいよ蹂躙の始まりかと思われたのだが……そこにも何も無かった。

 柵はよく観れば急揃えの細々しい物だったし、山から見えた沢山の倉庫も数ばかりの簡素で粗末な物。

 そして何よりもそこには大量にある筈の物資も敵兵すらも存在しなかったのだ。


「どういう事だ!?」

「ここが補給基地か?」

「敵兵一人いないし、物資すら何もないぞ」


 異常にすぐに気づき、馬を止めて周囲を見渡す騎兵達。

 部下の支援歩兵に命じて周囲を捜索させるが何者すら見当たらない。


「物資を持って山脈を越えて逃げていった敵兵がいた筈ではないのか!? 敵は一体どこまで逃げたというのだ? なぜ補給基地が空になっているのだ! 大量の物資があるのではないか?」


『まさか……』


 ユーリックの疑問に答えられない幕僚達の中でヨヘンは大きく目を見開く。


「閣下! 敵軍の主力はおそらく山脈を登らず西海岸側です」

「そんなバカな?」

「山脈を登ったのはおそらく少数です、敵は大量の物資を餌に我々をここに誘い込むのが目的だったのです! おそらく大量の物資というのも偽装、その証拠がこの張りぼて同然の外見以上は無意味な補給基地なのです、彼らの主力は今の隙にエトナ平原に引き返しているに違いありません! 我々は物資の一部と言われた村の住民への本物の支援物資を見せられ嵌められたのです」


 嵌められた。

 その言葉にざわめく幕僚達。

 張りぼての補給基地を観てようやく彼らはそれが杞憂では済まない事に気づく。

 だが気づいた所で大した意味はない、長年ユーリックの言いなりになる事で安定を得ていた彼らは自らの考える力はスッカリ衰えていた。

 ここに至っても意見が無い。


「敵の主力がエトナ平原に引き返した所で何するものぞ、我々が全滅する訳でも、味方の歩兵隊が護るエトナ城が瞬時に陥落する訳でもあるまい! 慌てるな、そんなにエトナで死にたいのならばエトナで殺してやろう、引き返して敵軍を捜すのだ!」


 怒りで拳を振り上げるユーリック。

 流石にこのままラーシャンタ州に侵攻するなど言い出さなかった事にヨヘンは安心したが、ユーリックの振り上げた剛健な握り拳に大粒の水が当たった。


「ん……!?」


 ヨヘンの頭にも水が当たってくる。

 他の兵士にもだ。


「雨だ……」


 呟くヨヘン。

 上空には薄くではあるがあっという間に雲が立ち込め、本格的な雨に変わっていく。


『まさか、この雨も敵の罠の一つに利用されているんじゃ!?』


 思い過ごしかと思いながらも、そんな不安すら覚えてしまい雨雲を見上げるヨヘンの軍服はあっという間に雨水に濡れ始めた。




                    続く


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