第百十七話「復讐者」
アイオリア大会議。
皇帝からの決定事項を通達する際に開かれる儀式的な会合。
皇帝居城の一階の大ホールに、分家筋に至るまでのアイオリアの一族、大貴族、要人達が召喚され、帝国の権力者達が集う。
遥か昔、帝国の開闢当初は大会議の名前の通り、国を左右する事柄の話し合いが行われる事もあったのだが、ある時に皇帝と言い争う形になった大貴族数人がそのまま反旗を翻すという大事件に発展してから、会議というのは名称だけで、既に皇帝が決定した事を大貴族、要人達に伝える形になっている。
大貴族達は殆どの者が当然、一人でフェルノールにやって来る訳でなく、その侍従や家族を合わせれば、来訪者は合わせて軽く万を越え、厳重な警戒が敷かれる。
かかる費用も莫大で、流石に歴代の皇帝でも複数回の大会議を召集した者は少ない。
今回の皇帝パウルの会議召集の発表議題は、自らの退位と譲位をする後継者の発表。
歴代の皇帝の中にも数人、同じ議題で大会議召集をした者がおり、比較的大会議の題目としては有りがちとも言えるが、帝国の権力者達にはその頂点がすげ変わるという一大事である。
招待の来た貴族は、自らが帝国から大会議に召喚される貴族である事を喜びながら、十二月中旬という開催時期に向け、十月中にもフェルノールに向けて出立する者もいたのである。
そんな中で十一月に入っても、大会議への出席がハッキリとしない最重要人物がいた。
帝国の威光が差さない南部諸州連合に身を置く、セフィーナであった。
当初、本人は帝国の最重要案件を発表するアイオリア大会議ともなれば、滞在日数などの条件がついても、南部諸州連合政府が出席を比較的容易に認めてくれるだろう。
そうタカを括っていたが、中々連合議会から返事が来ず、外交的な予定を開けたまま、待ちぼうけで時間を浪費していた。
この会合は新たな帝国皇帝を御披露目する場と同時に、新皇帝をあらゆる有力者達に認めさせる場でもある。
何の事情であろうとも、セフィーナが欠席した事で余計な詮索をする者も出てしまう。
ましてや今は国民にアイオリアの団結を見せなければいけない時期で、諸事情合わせてもセフィーナが出席しないというのは帝国にとって都合が悪い。
「まさか……私が帝国に行ったまま、帰ってこないつもりだと思っているのではないだろうな?」
「かもね、このままセフィーナを還さなければ、帝国はなかなか頭が上がらないもんね、喧嘩なんかもってほか」
帝国大使館の特別執務室で訝しげに呟くセフィーナに、傍らに控えたメイヤが他人事の様に答える。
幼稚な言い分であるが、それは決して間違ってはいない。
一年半前の鉄槌遠征の惨敗、度重なる内乱で帝国は軍事的に苦しくなり、セフィーナを差し出す事で停戦をした。
戦略的には不可欠であり、クラウスとの手腕のお陰もあり、条約は帝国の思惑通りに結ばれた。
予期されたアレキサンダーとの決戦の途中で、連合軍に侵攻されたら防ぐ手だてが無く、お陰でカールは正面からアレキサンダーやサラセナを抗する事が可能となったのだ。
おそらく連合軍人の多くが共和党主導の停戦条約に、悔しがったに違いないが、停戦後はアイオリア帝国と南部諸州連合は互いに水面下では互いを警戒しつつも、予想外な程に国境線は大人しい。
「でも……このままではいかないよな」
セフィーナは執務室の窓からエリーゼ市街を見つめる。
帝国と連合が本格的な和平を果たすには、まだ互いの主張が入り乱れるだろう。
たとえ和平のテーブルに付いても、敗北を認めぬ者同士の互いの主張がぶつかり合うだけになりかねない。
そんな事を考えるセフィーナは、ふと帝国大使館の前に看板を掲げた人々の集まりを見つける。
「メイヤ、あれは何だ?」
肉眼で捉えるには、立派な大使館の建物と大きめな庭で距離があり、メイヤに訊ねた。
「さぁ、適当なデモ隊でしょ?」
回答者の素っ気なく抑揚の無い返事。
質問者はそれには全く満足しない。
「適当なデモ隊? 嘘をつけ、お前が私の居る建物の前にいる集団を調べない訳ないだろ、教えろ」
「……つまんない奴等だよ」
わざとらしい欠伸をする幼馴染み。
昔から嘘が下手な少女だったが、ここまでとは……
やや同情の視線すら見せたが、セフィーナの探求心はホンの小さな同情を遥かに越えた。
「お前が私の好奇心を悪戯に刺激し続けるなら、私にも考えがある、門の所まで言って何が不満か聞いてきてやる、そうすれば相手は喜んで名乗るだろうからな」
「わかったよ、謝罪要求団なんだってさ!」
実際に遣りかねないセフィーナの脅迫に、あからさまな舌打ちをしてからメイヤは渋々と答えた。
「謝罪要求団?」
「沢山の人を戦いで殺しておいて、平和使節の代表で来ている人が気に入らないから、先ず謝れ、って事らしいよ」
「ほぅ、そういう方々か」
投げやりな返事をする幼馴染み。
セフィーナはもう一度、遠くの集団を見やり……
「謝れば赦してくれるのか? それぐらいでは済まないくらい殺したと思うのだが、優しいなぁ」
そうポツリと呟いた。
***
エリーゼの街の中心街、上下院議会から徒歩十分程の場所にある白亜三階建ての屋敷が、南部諸州連合二大政党の一つである共和党の総本部である。
その一階の大会議室で、党幹部達を前にクルスチア・メルモー議員は紐で閉じられた報告書を手に告げた。
「セフィーナ皇女が南部諸州連合に来てから、我々共和党の支持率は大きく下がっています、継戦派からも和平派からも支持が獲られていません」
党幹部達からため息が漏れる。
予想外の事実であったからだ。
本来ならば帝国との停戦を主張し、更にはルートも確立していた共和党への支持が戦いに疲れた市民からは跳ね上がると思われており、実際に停戦直後には支持が大いに上がったのだか、そこには落とし穴が待っていた。
停戦締結数ヵ月後に、帝国にアイオリア同士の内戦が発生し、更にはサラセナまでもそこに参戦したのだ。
軍事的に千載一遇のチャンスであった。
ここに南部諸州連合が軍事的が介入できたならば、アイオリア帝国の運命は風前の灯となったに違いない。
たが既に遅し、クルスチア議員を中心とした共和党の動きにより停戦条約が成っていた南部諸州連合は、これを指を加えて観ているしか出来なかったのである。
元々、停戦などするつもりが無かった民主党は、帝国との停戦を表向きは歓迎しながらも、共和党に対してはこれを最大限に政治的な反撃に利用した。
停戦から数ヵ月、偉業は我々が成し遂げたと喧伝していた共和党やクルスチア議員は、偉業を達成した英雄から最悪のタイミングでアイオリア帝国に助け船を出してしまった失策者に見事に転落してしまう。
更に誤算は続く。
裏でアイオリア皇子のクラウスとの交渉ルートが持っていたのはクルスチア議員だが、平和使節として南部諸州連合にやって来たセフィーナが、クルスチア議員も共和党も、一議員と野党としてしか扱わず、与党である民主党との交渉を主に行ったのだ。
その影響は大きかった。
和平派の支持者もセフィーナへのチャンネルが共和党に無いのを知ると、セフィーナと積極的に交渉し、尚且つ実権がある民主党に流れてしまったのだ。
「このままでは、我々共和党の将来がありません! 新たな政治的な手段を打たなければ!」
テーブルを叩くクルスチア。
そこには利用するだけされた悔しさがあった。
見え始めた将来の女性初の議会議長の椅子が遠のいた。
何としても自分を利用したアイオリア一族に復讐を果たさねばならない。
己の政治家としてのキャリアを、謀略により大きく傷を付けたアイオリアとセフィーナを彼女は恨んでいた。
「しかし、どうする?」
老幹部が訊ねる。
彼らもクルスチアの持ち込んだ停戦案を呑んだ者達であり、彼女の責任は問えない。
クルスチアを処分すれば、マスコミや市民、党員から最終的な決断をした彼等が吊るされてしまうからだ。
「継戦派、和平派ともに納得する案を私は考えつきました、我々が民主主義の精神に乗っ取って行動するのです!」
クルスチアの眼は活気を増した。
いよいよ数ヵ月の屈辱の復讐を果たすのだ。
自分の受けた数倍の恥辱をあの銀髪の少女に負わせるのだ。
「どういう事かね? ハッキリと答えたまえ」
答えを求める老幹部。
それに反応し、更に活気と狂気を含む瞳。
「継戦派にも和平派にも彼女の謝罪を望む者は多いのです、その声を代表して、我々がセフィーナ・ゼライハ・アイオリアを訴追するのです、我々が彼女を民主主義の裁きにかけ、我々が謝罪をさせるのです! 我々が、我々が、我々が!」
クルスチアは我々という言葉を連呼し、爛々とした瞳で老幹部達を睨んだ。
続く




