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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第五章「復活の英雄姫」
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第百十六話「宣戦布告」

 夕刻の風に熱を感じなくなった十月。

 エリーゼの人々もようやく暑さから解放され、過ごしやすい季節を満喫していた南部諸州連合市民に、大きなニュースが北から舞い込む。


「アイオリア帝国皇帝パウル退位の意向を発表す、後継者である次期皇帝はアイオリア大会議にて発表される予定」


 連合市民は衝撃を受ける。

 最近は体調が優れない事が多かったのだが、パウルは五十代であり、皇帝の座から降りるにも早い。

 

「子供同士の戦なんて見たら、気落ちもするだろう」

「皇帝はアルフレート皇子を気に入っていたから、彼の謀叛と戦死が皇帝を気落ちさせたのだ」

「いや、今回の乱を収めたカール皇子を後継者と認めた結果だろう、反乱軍の完全に先手を取った手腕に納得したのだ」

「カール皇子が皇帝を半ば脅迫して退位させたのだ」


 連合の人々は噂し合い、新たな歴史の転換期に自分達がいる事を認識した。




「カール皇子のそれは見事な手腕だ、今回の反乱に際して下手を打てば、アイオリア帝国は建て直しが不可能なくらいの国力低下を招いていたと言うのに、それを見事に回避した」


 夕食の食卓、リンデマンはヴェロニカに注がれたワインを口にして言った。

 正面に座るシアも頷く。

 

「はい、あれだけの反乱でも実際に戦場は西部を含めても数ヶ所だけに留め、数万の犠牲で全てを終わらせてしまったのですから言われる通りですね」

「それには西部戦線のヨヘン・ハルパー中将の見事な戦振りも無視できない、おそらく彼女は帝国大将に任じられるだろう、どうやら先を越されたな、今まで君と彼女は階級差がついた事がなかったらしいが?」

「いえ、実は大尉昇進は手続きの関係で私が一週間先でした、その時は色々と楽しみましたけど……それは別として、彼女の力量と実績を見れば妥当です、脱走した私と比べる必要はないでしょうね」


 シリンデマンの意地の悪い質問に、シアの隣に座るルフィナは眉をしかめるが、シア当人はそんな様子もなく応じる。

 リンデマンという庇護者を得て、連合軍の中将という地位を得ているシアである、ルフィナもその点は感謝しているが、ルフィナ個人としてはリンデマンの歯に衣着せぬ所があまり好きにはなれない。


「そう自分を卑下する必要はないだろう、私は君がそれなりに活躍してもらわないと困る人間だ、君を取り立てた事でモンティー元帥に叩かれてしまう」

「努力します、でも努力が及ばなかった時には私を登用した事を後悔ください」


 黒髪の亡命中将はクスリと笑う。

 最近はシアにも笑顔が見られるようになっている点には、ルフィナは安心していた。

 知り合いも出来てきている。

 もっともそれはアリスやブライアン、軍の主流派からは少しずれた者達だったが、ルフィナにはそんな事は関係なかった。


「帝国も一つの政治的な山場を乗り切った、そうだな、これからは……」


 そこでリンデマンは言葉を止める、玄関の方向からドアの呼び鈴を鳴らす音が聞こえたからだ。


「出てきます」


 ヴェロニカが廊下に出ていく。


「アリスか?」


 夕食時の訪問者に首を傾げるリンデマン。

 人付き合いの良くないリンデマンだけに、彼を訪ねてくる人間も限られている。

 士官学校時代の同期のアリス中将か、一つ後輩ブライアン中将くらいだ。


「大方、用事は私ではなく、ヴェロニカの作る夕食だろう」

「だとしたら良い日を選ばれましたね、今日のビーフシチューは特に絶品ですからね」


 来訪者が既にアリスであろうと確定したリンデマンに、シアが笑いかけると……ヴェロニカが戻ってきて、ペコリと深々と頭を下げた。


「ご主人様、あの……」

「どうした?」

「玄関に……その」


 来訪者の名前を告げるのを憚られる様子。

 ヴェロニカには珍しい態度だ。

 


「はっきり言え、誰が来た? たとえ憲兵隊が私を何かの罪で逮捕に来たとしても、ハッキリと言うといい」

「わかりました、では」


 顔を上げるヴェロニカ。


「玄関に、セフィーナ・ゼライハ・アイオリア様がお見えになっております、護衛の方も一緒です」

「……!!」

「!?」


 突然すぎる来訪者の名前をヴェロニカが告げるのを躊躇ったのは、主人ではなく、驚愕の顔を見せる居候の二人に気を遣っての事であった。


「取って喰いはしないだろうが、二階に上がっておくか?」

「いえ、大丈夫です、ここに居ます」


 リンデマンの勧めにシアが答えるが、


「ご主人様、セフィーナ様は今日はご主人様だけに用事があるから、外に来てもらいたいとの事です、ですから玄関でお待ち頂いています」


 ヴェロニカにそう告げられると、リンデマンはそうかとだけ、答えて椅子から立ち上がった。





「突然の来訪で悪かったな、ゴットハルト・リンデマン、案外に地味なアパートメント住まいだな」


 玄関を出た外で、護衛の少女メイヤと立つ英雄姫セフィーナ。

 格好はいつものドレスでも軍服でもない。

 藍色のワンピースドレス、銀色の髪も大きめの帽子の中に纏めてしまっている。

 おそらく人目を避け、ここまで来る為の方策。

 新しく出来た帝国大使館からは同じエリーゼの街なのでそうは遠くないが、何せ注目度が抜群のセフィーナである、いつものドレスに銀髪を靡かせていたでは、あっという間に人々の注目の的だろう。


「本当に突然の来訪ですな、こちらは食事中でした」

「麗しの姫の来訪に文句を言うな、第一に突然の来訪ならお前も前にしたじゃないか」

「そうでしたな、そんな事もありました」


 抗議するリンデマンだが、前にホテルまで訪問した事をセフィーナに言い返されると、フフッと肩を上下させる。


「まったく……少し歩かないか?」

「夜のデートですかな? 私に話があるなら、応接間に通しますが?」

「互いの護衛付がデートだと思うなら勝手にしろ、あと家にはシアが居候しているんだろ? 私がアイツを見たら、脇に抱えて大使館に拐ってしまいそうだ」

「未練ですな」

「当たり前だ、どうするんだ? 行くのか、行かんのか?」


 シアへの未練に口元を緩めるリンデマン。

 やや赤面したセフィーナが急かすと、


「ならば互いの護衛を離れて歩かせますか、ではヴェロニカ、中の二人には私が皇女殿下からデートに誘われたから、今日は先に休んでいていてくれ、と伝えてくれ」


 リンデマンはヴェロニカにそう言ってから、では皇女殿下どうぞ、とセフィーナに左腕を軽く差し出す。


「ふぅ、デートと思うなら勝手にしろ、と言ったのはこちらだからな、仕方がないな」


 差し出された腕に一瞬は戸惑ったセフィーナだったが、わざとらしいため息を見せると、それに自分の右腕を絡ませた。



           ***



 郊外ほどではないが、街の灯りも月が無ければ暗い。

 軽く腕を組む男女と、一定の距離を開け、その後ろを歩く二人の女子を気にする者はいない。


「気づかれぬ物だな」

「夜道を家路に急ぐ者に、己を見ろなど傲慢の極みですな」


 そんな会話を交わして、しばらく歩くうち、四人はエリーゼ中央公園の小高い丘に到着していた。

 昼間などはエリーゼ市民の憩いの場だが、今は周囲には誰の姿も見えない。


「やはり気づかれぬか、街の者から見れば、我々はどう見えたであろうかな?」

「若い娼婦とそれを買った男ですな、無関心にもなります」

「……ムッ」


 悪戯っぽく訊ねたセフィーナは、リンデマンの答えに頬を膨らませた。

 

「我々は誇り高き帝国の姫と、連合軍の将ではないか、もう少し考えて発言をしてもらいたい」

「真実から眼を離すのは嫌いですが、我々を見た者が正解を導き出せるとは思いませんな、それが現実です、真実と現実というものは違う場合があるのですよ」

「ふむ……真実と現実か」


 リンデマンの言葉に、セフィーナは妙に納得した様に数秒、瞳を月明かりの弱い天空に泳がせた。


「良い言い回しだ、真実と現実が違う、それはゴットハルト・リンデマンにも言える事だな?」

「私にもですかな?」

「ああ……そなたはその矛盾を感じているであろう? もちろん私も同じ矛盾を事を感じていると信じているぞ!?」


 セフィーナの深紫の瞳が弱い月光を反射して、リンデマンの瞳を捉えた。

 丘の頂上で立ち止まる二人を弱い月明かりが照らす。


「そういう言葉遊びは好きませんな、貴方と私で抱えている矛盾が同じとはどういう意味ですかな?」

「ウソつき、きっとお前は言葉遊びは好きそうだ」

「仕掛けるのと、仕掛けられるのとでは遊びの種類が大きく変わりますからな」

「ならば意味を教えてやらねばなるまい」


 セフィーナはリンデマンに顔を近づけた。



「私もお前も、このまま帝国と連合の間に平和が訪れるとは思っていない、戦を終わらせる為の戦という物を考えている」

「流石でございます、皇女殿下、だが私は私なりに帝国を倒す事とは何であるか、理解をしております」


 リンデマンの両手がセフィーナを抱きかかえる。

 それは抱擁ではなく、まるでダンスの開始のそれだ。


「私もだ、帝国を倒すという事は、このセフィーナ・ゼライハ・アイオリアを戦場で打倒する事だ、真実では私との戦いは平和とは程遠い地獄だと理解しながら、現実ではそれをせねば戦という物を終わらせられない、そう考えている、違うか?」

「ご明察、あなたを倒す地獄を越えねば、帝国と連合の真の和平は訪れません」


 セフィーナとリンデマンの目付きが、互いに不敵さという光彩を強く帯びた。


「それに気づいたからこそ、お前は手段を問わず、私を退場させる方法を止めたのだ、そうであろう? 暗殺では帝国国民はとても敗けを認めないからな」

「お見通しですな、しかし皇女殿下にも同じ思いがおありになると観ているのは自惚れですかな?」


 リンデマンの手がセフィーナの腰に回ると、それに任せてセフィーナは身体を大きく仰け反らせる。

 麦わら帽子が丘の草の上に落ち、銀色の髪が弱い月光に照らされながら、仰け反ったセフィーナから垂れた。

 その動きにリンデマンのセフィーナの息も多少、乱れた。


「いや自惚れではないよ、私も同じ事を考えていた、私も南部諸州連合を倒し、平和をもたらすにはゴットハルト・リンデマンを倒す他に手段は無いという結論に行き着いている」

「それは光栄の至り」


 リンデマンは仰け反ったセフィーナの上半身を起こす。

 その動きはもうダンスだ。

 上品ではないが、互いの直情をぶつけ合うそれだ。

 身体を寄せ合ったまま、軽くステップを踏み出す二人。

 メイヤとヴェロニカはそれを止める事など出来ない、自分の理解を越えたコンタクトをする互いの命を賭けた者をただ見守るだけだった。



「新皇帝指名のアイオリア会議がある、私はアイオリアに帰還する、次に会う時は互いに立場が違うだろう」

「セフィーナ皇帝陛下ですかな?」

「……相変わらず、大胆な発想だ、それはあり得ぬ」

「悪くは無いでしょう?」

「我が望まぬ」

「望まぬとも起こりうる、では后妃ならば良いと?」

「……ムッ」


 答えに詰まるセフィーナの身体をリンデマンは持ち上げ、クルリと横に一回転させて、ストンと降ろす。


「まさにお姫さまだっこですな、まぁ宜しい、個人的な事情はそちらでご解決なさい、それに皇女殿下はどのような立場に変わられても英雄姫セフィーナとして私の前に立たねば、アイオリア帝国は敗れ去るのですからな」

「……無論承知」


 セフィーナはリンデマンの手から離れ、銀色の髪を軽く首を振って靡かせ、両手を腰に当てながら、深紫の瞳を爛々とさせて宿敵を見据える。

 


「私が言いたいのは一つ、帝国の存亡も私の誇りも賭けて、いよいよ勝負だ……ゴットハルト・リンデマン」



 そう宣戦布告した銀色のアイオリア姫を演出するよう、弱々しかった月明かりが急に光量を増して、彼女を照らした様にその場の者には見えたのだった。




続く

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