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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百十二話「南の国のセフィーナ」

 アルファンス州エリーゼ。

 中心街の一角にある高級レストランのテーブルに白のドレス姿のセフィーナは座っていた。

 後ろに控えているのは護衛隊副隊長のクレッサという黒髪を長く三つ編みに背中に垂らした少女。

 

「政治家も長くやってみるものですな、このような美しい姫君と食事を供に出来るという役得があるとは」

「私もこれまで沢山の南部の議員さんに会わせて頂きましたけど、皆さんお言葉がお上手ですね」


 テーブルを挟んで正面に座る民主党のシュミット上院議員にセフィーナはニッコリと笑顔を見せた。

 シュミットは五十代半ばの細身の男で見かけは紳士だが、政治的には帝国に対してタカ派であり、今回のセッティングはその手の議員にも友好的な人脈を広げて、少しでも帝国に対する圧力を弱めていくという目的がある。

 

「今、皇女殿下に出されている肉料理はラーシャンタ州で特産となっている牛肉です、ラーシャンタで三歳まで育った牛を移動させ、こちらで処理した物です、南部では一番旨いと私は思うのですがどうですかな? 帝国の牛肉とは違いがありますか?」

「ええ、とても美味しいです、南部のお肉は脂の入り方が多くて柔らかい気がします、国で食べていた牛肉は赤身の美味しさはありますけど少し固いイメージです」

「そうですか、私も帝国の牛肉を食べてみたいですな、赤身の方が好みなんですよ」

「一度いらしてくださいな、私も帝国で最高級の物を用意させますから」

「そうですな、姫君にそんな素敵な笑顔で誘われたらどうにかしても帝国にお邪魔したくなりますな」


 シュミット議員は上機嫌でワインを飲み干す。

 暫しの雑談が続いた後で、控えていたクレッサがセフィーナにソッと耳打ちすると、セフィーナはやや残念そうな顔を作った


「申し訳ありません上院議員、そろそろ……」

「次の予定ですかな? いや構いませんよ、姫君は今やこの大陸で最も忙しく、会いたくても会えない女性と言われているのですよ、そんな素敵な若いレディーと食事が出来ただけで光栄の至りですよ、外までお送りしましょう」

「まぁ、嬉しいですわ、ではお願いします」


 シュミット議員は席を立ち、軽く手を差し出す。

 セフィーナは微笑みを向けて彼の手に自分の手を添えて、一緒に歩き出した。




「ふぅ」


 馬車に乗り込むとセフィーナは大きく息を吐き、白いドレスの胸元の谷間に、手袋をしたままの右手の人差し指を入れた。


「このドレスの胸元、キツいぞ? こんなに暑いのに気になって仕方がなかった、途中から肉の味とかどうでも良くなったくらいだった」

「そういうドレスなんです、型が入っていて胸元を持ち上がらせるので、より大きく見せるそうです、中の型が崩れますし、はしたないので指は入れないでください」


 店の周囲の安全確認をしたクレッサがセフィーナの正面の席に座る。

 普段ならばメイヤの指定席だ。


「要するに男子に胸を見せて、油断させる魔性のドレスか」

「そうです」

「相手は親子ほど歳の離れた相手だぞ、必要な事か? 帝国の外交とはかくも幼稚な物なのか?」

「そうです」

「相も変わらず可愛いげのないヤツだな」

「そうですよね」


 クレッサは平然と答えると、コンコンと壁を叩いて馭者に走り出して良いと合図を送る。

 ゆっくりと走り出す馬車。

 セフィーナは背もたれに背をかけるが、クレッサは前屈みで座り、得物の鞘に納まったブレードの柄を握り締めている。

 長三つ編みを背中に流したルックスこそ地味な印象を与える少女だが、それは外見だけだ。



 セフィーナの護衛隊の少女の中で、隊長のメイヤとまともにやりあえるのは彼女だけで、剣技には自信のあるセフィーナも彼女のロングソードとショートソードの間を取ったようなブレードの前には何度も苦杯を舐めていた。

 帝国皇女を護る為に鍛え上げられ、戦う時はメイヤと同じく肉食獣の瞳になれる危険な少女でもあるが、セフィーナにも素っ気なく、可愛げがないと告げる今のやり取りのような会話が常となりつつある。


「次は連合捕虜交換委員会との会合か」

「はい、これが外務担当から預かった資料です」

「ああ……しかし、捕虜交換の一因を担った身としては、いささか肩身が狭いな」

「外務省が決めている事ですからね、それにどうしても嫌なら断れると思いますが?」

「いや、良いんだ」


 渡された資料に眼を落とすセフィーナ。

 公務が可能な時はセフィーナは外務省が希望してくるスケジュールを断らずにこなしている。

 外務省もセフィーナだけに変な無理は言ってこないが、忙しくなっているのは確かだ。

 公式行事などで、友好の証しに帝国から訪れた姿麗しいプリンセスがいるといないとでは華やかさが違う。

 貞淑なプリンセスを演じているセフィーナは、今や南部諸州連合、いや大陸のどんな有名女優よりも人気なのだ。


「ん……始めにもらった予定と微妙に違う点があるな」


 渡された資料を見ていたセフィーナが顔をしかめた。


「そうですか? 時間や場所に間違いがあるなら他とブッキングするので……」

「いや、そうじゃないのだが、見てくれ」


 セフィーナの差し出した資料を覗き込み、クレッサはポツリと文面の初めを読んだ。


「連合捕虜交換委員会との会食」

「お前にもそう読めるよな? 会合には読めないよな?」

「会食と読めます」

「私はさっき何をしていた?」

「キザったらしい議員とお肉を食べてました」

「そうだったよな……」


 セフィーナはドレスには到底、似合わない頬杖をつく。


「ドレスの胸元よりも、腹が入らなくなるぞ、ニコニコしながら、すまして何も口に入れず誤魔化すしかないな」



 ため息をついた時、乗っていた馬車がガタンと揺れ、馬車は突然止まり、馬車も右方向にわずかに沈み込み、傾いた。


「なんだ……!?」

「セフィーナ様!」


 クレッサの鋭い声。

 バランスを崩したセフィーナを左手で伏せさせてから、ブレードを抜いて右手に握る。

 セフィーナを乗せている馬車である、当然周囲から見えてしまわない様に窓は閉じられ、こちらからも外は伺えない。


「パルメ! 何事かっ!!」


 そこには普段の素っ気ない彼女はいない。

 馭者の初老の男の名前を張った声で叫ぶ。


「も、申し訳ありません、車輪がいきなり壊れた様です! 右側ですな!」


 馭者のパルメの吃驚した様な声が聞こえる。


「そうか……外に出る」

「待て、クレッサ」


 外に出ようとするクレッサをセフィーナは止めた。


「もしかしたら馭者は外で刺客達にナイフを突きつけられ、そんな事を言わされているのかも知れん、もう少しここに!」


 心配が過ぎるかも知れないが、セフィーナは思いついたままを口に出した。

 南部諸州連合の上層部とはなりに上手くやっている自信があるが、セフィーナに恨みを持つ者は多い。

 帝国の英雄姫は、連合市民にとっては家族、友人を殺した殺人鬼に映る場合もあるのだ。


「大丈夫です、セフィーナ様」


 しかし、そんなセフィーナにクレッサは安心を与えるような微笑みを向けてくる。


「パルメはこちらで雇った者ですが、私達が家族、縁者まで調べた信用できる馭者です、それにセフィーナ様が言われた様な事態の時には、初めに参ったな、と言えと打ち合わせてあります」

「……そうか、じゃあ車輪をどうにかしようか」


 セフィーナは馭者の名前も知らなかったが、メイヤを始めとする護衛隊はそこまでしているのを知り、安堵の顔を浮かべ、セフィーナは自らドアを開けて外に出た。




 言った通りである。

 馬車の右側の車輪の内支えの支柱が折れ、重さに耐えきれなくなった車輪が潰れている。


「これでは進めんな」

「セ、セフィーナ様はどうか籠車の中に居てください、修理はすぐに致します、ここは街中ですから!」


 初老の男パルメが外に出てきて、車輪を覗き込むセフィーナにそう言ってくるが、


「それは無理だろう? これを直すにはどう考えても籠車を持ち上げなければならない、この身体とて羽毛ではないのだから中に乗っていたら迷惑になってしまうだろ?」


 セフィーナはそう言って腕を組んだ。


「先に出ないでください」


 続いて外に出てきたのは、外に出てくるのでブレードを腰に差し直したクレッサ。


「籠車の後部に予備の車輪がかけてあったな、籠車を持ち上げて壊れた車輪を外し、支えの棒を挟ましておいて車輪を交換する流れだな、クレッサ、籠車を持ち上げよう、パルメは車輪の交換を手早く頼むぞ」


 セフィーナは指示を出し、両手に嵌めた白い手袋を外す。

 汚してしまっては次の会食の際に差し支える、白のドレスもどうにかしたいが今はどうにもならない。


「そ、それは」

「早くしないか、次の予定があるんだぞ?」


 躊躇していたパルメだったが、セフィーナに指示されては断れない。

 馭者席の横にあった工具入れを持ってきて、予備の車輪と車輪を外す間、籠車を支える支えの棒を取り外してくる。


「じゃあ……クレッサ、軽くはないと思うが、一気に持ち上げるからな」


 女子二人では明らかに力不足だが、やるしかない。

 セフィーナが籠車の縁に手をかけると、


「ま、待ってください、セフィーナ皇女……ぼ、僕達も手伝って宜しいでしょうか?」


 いつの間にか、十代前半くらいの少年三人がセフィーナの後ろに立っていた。


「え……あ、よ、ありがとう、宜しくお願いしますね」


 つい周囲の人間に対する言葉遣いになってしまいそうになるセフィーナだったが、彼らに向き直り微笑むと、少年達は顔を赤らめながら頷き、馬車の縁に手をかけた。


「セフィーナ様」

「うん、まぁ、ここはエリーゼの中心街だからな」


 クレッサがセフィーナに寄ってくる。

 まだ馬車が止まって数分だというのに、周囲にはいつの間にか人が集まってきている。

 

「俺も手伝います、セフィーナ様」

「私にもやらせてください」

「セフィーナ様が困ってるんだってさ、手伝おう!」

「力には自信があります」

「このエリーゼで、セフィーナ様にこんな事をさせたとなると帝国の人達にバカにされてしまいます」


 口々に男子も女子も集まってきて籠車を取り囲む。

 明らかに必要人数を上回る人々が籠車を囲んだが、セフィーナは僅かに苦笑したが、


「ありがとうございます、では、皆さんで……せ~の!」


 と、なるべく心して品の良い掛け声を出した。



            ―――




 石畳を進む馬車。

 まだ陽は明るい。


「エリーゼの人達がいい人達で助かりましたね」

「ああ……そうだな」


 セフィーナは頷いて頬杖を付きながら外を眺める。

 次々と流れていく町並み。

 警備上、開かれていなかった窓が開かれている。

 車内に入ってくる風がセフィーナの銀色の髪をなびかせた。


「窓を開けないでください、メイヤ隊長が怒ります、訓練で立てなくなるまで絞られるのは私なんですよ?」

「メイヤには私から言うよ、暑くて仕方がない、窓を開けさせてくれないなら、これからは馬車じゃなくて、ドレスのまま騎馬に乗って移動するとな」

「ふふっ……」


 セフィーナの冗談に口元を緩めるクレッサ。

 馬車が交差点に差し掛かり、周囲を確認する為に止まる。


「そう言えば、クレッサ」

「なんです?」

「さっき、馬車が壊れて私が襲撃を心配した時、お前は大丈夫だと言って私に笑いかけたが……」

「はい」

「あれは可愛らしかった」

「……」


 不意討ちだったのか、クレッサは珍しく言葉に詰り俯く。

 

「ふふっ……何だかんだ言っても子供だ」


 そんなクレッサを尻目に、セフィーナは自分の年齢を棚に上げながら、交差点で母親に抱かれていた幼児に手を振られたので、それにプリンセスらしい微笑みで手を振り、我が子が帝国の皇女と手を振り合っていると気づいて、驚きながら頭を下げてくる母親に対しては、品良く会釈を返すのだった。




続く

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