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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百九話「ダークグレーの髪の少女」

 八月中旬。

 ガイアヴァーナ大陸を揺るがしたアイオリア帝国の大内乱は西でヨヘン・ハルパー率いる親衛遊撃軍がユージィ・エリュキュネル率いるサラセナ軍を、中央ではカール・ゼフィス・アイオリアがアレキサンダー・ゼファー・アイオリアの率いるゼファー軍にそれぞれ大勝し、大きく戦局は帝国正規軍に傾いていた。



 特に優勢なのは西部戦線。

 サラセナ正規軍は既に形を為していない上、帝国とサラセナの国境にあったラヘア山脈要塞は陥落し、親衛遊撃軍も傷ついてはいるが、それを阻める組織的な兵力はもうサラセナのどこを探しても存在しない状態である。


「明後日にはサラセナ本土に入るよ、目的地はサラセナ首都オスロのサラセナ王宮!」


 ヨヘンの宣言に驚く幕僚達。

 すぐさま口で反応したのはクルサードだ。


「嬢ちゃん、もう無茶だ、俺達の稼働兵力は再編成と負傷兵の治療が大方終わった現在でも二万を少し越えた程度だ、サラセナがどんだけ広いのかわかってんのか? 広さだけなら帝国西部全体よりも大きいんだぞ!? それにこれからは敵は正規軍だけじゃない、サラセナの市民達も非正規兵力となる恐れが十分にあるんだぜ、そうなりゃ敵はどこから襲ってくるかわからん十数万にだってなる!」

「もちろん、でもその中で制圧すれば良い都市部は遥かに少ないよ、首都のオスロを目標にすれば距離だって無理じゃない、何よりも今なら誰も行く手を阻まない! 首都を制圧しないとサラセナはいつかまた息を吹き替えしてしまう、それに軍政さえ横暴にならなければ市民達は無謀なゲリラ戦は起こさないよ、それよりも速やかに動けば非正規兵には機動力が無いから、手早く首都を抑えられる筈だよ」


 クルサードの反論にヨヘンはラヘア山脈要塞司令部の巨大な石造りのテーブルに置かれた作戦図の首都オスロを指差す。

 この作戦図はサラセナの最高機密の物である、侵攻を阻む為に正確な自国の地図などは進攻軍に利するだけであり、ラヘア山脈要塞陥落の際に焼き払われて然るべき物だが、降伏したサラセナ軍の輜重参謀が手土産としてヨヘンに差し出したのである。


「確かに司令官の言われる事もわかりますが……」

「兵も疲れていますし」


 若手の参謀達の意見はやや消極的だ。

 ここまで激戦に次ぐ激戦。

 要塞攻略戦まで行っているのだ、上旬に要塞攻略を終えてここまで再編成と休養をとったがまだ十日程しか経っていないのに更に敵国進攻という大作戦はあまりにも常軌を逸している。

 まだ疲れは癒えていないのだ。

 一人の参謀が立ち上がる。


「我々は国内での自由行動権がある親衛遊撃軍である事は確かですが、これからの行動は皇帝陛下の御裁可を仰いでは」

「遅い、そんな手間を省いて素早く動く為の親衛遊撃軍なんだよ!? それじゃ他の部隊と何が違うの!」


 その意見にヨヘンが吼え立ち上がった。

 勢いはまるで威嚇にも似て、睨まれた参謀は黙って座り込んでしまう。


「参謀がそのような消極意見の羅列でどうするの?」


 必要以上に石壁に響くヨヘンの苛立ちの声。

 山脈要塞司令部は岩肌の山を切り抜いて造った施設なのでそれは防ぎようがない。

 しょうがねぇなぁ、そう言いたげなクルサードの視線が彼の隣に座るマリア・リン・マリナ准将に向けられた。

 彼女はサラセナ軍撃破の切っ掛けとなったコモレビトの防衛戦で作戦を立案、見事にサラセナ軍を罠に嵌め、実戦でも第四連隊を率いて奮戦した経緯もあり、ヨヘンからも高い評価を受けているのである。


「私に何を言えというんですかぁ?」


「バカだな、お前もサラセナに進撃すべきだと思ってんのかよ? 補給だって充分じゃないのに出来ると思ってんのか?」


 眼鏡にそばかす童顔を困惑させたマリアとクルサードは小声で話し始める。


「出来なくは無いですよ、サラセナを倒すなら今だという意見には納得できます、補給だって今の二万なら負担は大きくありませんし、敵の非正規兵も慈悲のある軍政と速やかな行動の前には自然と無くなります、ヨヘン中将の言われている事には私はそんなに反対じゃないですよ」

「お前も賛成派かよ? 占領するのは破壊するよりも難しいんだぜ、わかるかよ」

「一応は……でも問題はそこじゃないかも知れませんので……もう、仕方がないなぁ」


 マリアはスッと挙手する。

 灰色のウェーブのかかったセミロング、ソバカスの目立つ黄色の肌に眼鏡の童顔の彼女のそれはどこか嫌々ながら挙手している様にも見えてしまう。


「マリナ准将、いいよ」


 立ち上がったヨヘンは椅子に腰を降ろす。

 冴えない司令部付きの女性伝令。

 後の資料文献や歴史小説などでそんな容姿表現を受けるマリアだが、そのバックボーンは帝国ではそう比肩する者はいない。

 もはや神話と同等に語られるアイオリア帝国建国の三人の忠臣の直系子孫で三大候家の一つマリナ家の娘なのである。

 クルサードやヨヘンはその性格からあまりそれを気にしないで彼女に接しているが、大抵の者は彼女の准将という階級よりも出自を敬服してしまう。

 現にそれをひけらかす事が無いにも関わらず、少将や中将でも彼女には敬語の者もいるくらいだ。


「あのですね、私も軍事作戦的には本進攻はオスロを占領できる可能性が高いと思います、でもその後が心配です」

「マリアもゲリラや抵抗運動が心配かな?」


 ヨヘンの言い様はあまりキツくなかった、少なくとも周囲の参謀達よりもマリアが有意義な事を言うと期待している様だ。


「まぁ、それなりに心配ですね、おそらく首都を失ってもサラセナの首脳部が残ればそこを支援、指示して我々を苦戦させるでしょう、でもそんな事よりもサラセナが再び謀略を用いて我々を陥れようとする試みが必ずなされる事です」


 良く音が響く作戦会議室が静まる。

 マリアは再びという表現を使用した。

 余程、情報に鈍い者でなければ、公式には認められてはいないが、それが前に用いられたのが現在の親衛遊撃軍司令官の唯一無二の親友に対してであるという疑惑は知っていた。


「抽象的だね」

「では私の拙い想像が補填する形で宜しいのなら、サラセナが打ってくるであろう謀略を披露しましょう、おそらく奴等は我々親衛遊撃軍と本国の間に楔を打ち込もうとする筈です、その材料は幾らでもあります、例えばサラセナ本国に大量にあるであろう高級装飾品を閣下が横領を企んだ、とか閣下でなくとも幕僚の一人がそうしたとか、それが発展していけば我々が資源豊かなサラセナで新たな皇帝になろうとしている、それだって構いません、とかく占領地には黒い噂を立てる材料なんて、それこそ料理人が足りないくらいにあるんですから」

「…………」


 否定も肯定もヨヘンはしなかった。

 コホンと咳払いをすると、マリアは続ける。


「我々は閣下の自由行動権により進撃しています、裏返せば何かを疑われた際は上層部からの命令であったという言い訳が出来ない立場ありどの行動にも我々の意志が最優先されていると見なされてしまうのです、この事はサラセナも当然に知っているでしょうから我々は格好の獲物になる可能性があります、特にこれ以上の進攻は後から別の意図を粗探しされる要素にもなりかねないのではないでしょうか?」


 完全に沈黙してしまう会議室。

 マリアの言っているのはあくまでも懸念、それでもサラセナという国の生存戦略の基本を知らない帝国の将校は皆無だ。

 豊富な資金と情報網を利用した情報戦略は実際の兵力よりもこれまでサラセナを支えてきたのだ、兵力が消滅した今ならそれは尚更の事である。


「私はそんな謀略なんかには負けないよ、それに見に覚えが無ければ……」

「……」


 ヨヘンの言葉が止まる、睨む訳でも鋭くなる訳でもないがマリアの視線がヨヘンに向かう。

 見に覚えが無ければ何だと言うのですか?

 そんな事は謀略を仕掛ける側からはさして重要ではないのですよ、タイミングと幾人かの協力者、そして人間の恐怖心と欲望が絡まれば簡単に救国の英雄も裏切者に陥れられるんですよ?

 眼鏡の奥の瞳が大功の英雄となりつつあるヨヘンに語りかけていた。


「でも……」


 強気一辺倒だったヨヘンが顔に手を当てた時だった。


「失礼するよ、ここは涼しくて良いなぁ、向こうなんか毎日暑くて死ぬかと思ったよ」


 ヨヘン・ハルパーの意識に、ひどく久し振りに聞く抑揚の無い声が飛び込んでくる。


「えっ!?」


 こんな所に居る訳が無いと思いつつ、振り返った先に彼女は手を上げて立っていた。


「よっ、久し振りだね、ヨヘン中将」


 そこに居たのはセフィーナ・ゼライハ・アイオリアの幼馴染みで、最も信頼の置ける護衛役であるダークグレーの髪と瞳を持った少女であった。





続く

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