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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百八話「決着」

 月の無い夜。

 アンデレルタ西方ゼファー軍陣営。

 丸一日かけてフェルノール軍の追撃を振り切り、攻撃作戦から帰還したアレキサンダーは激戦に疲れた兵を休ませ、主だった者達を自らの幕舎に集めて会議を開いていた。

 敗戦から帰還した今日くらいは休ませてくれても構わないだろう、そう愚痴を叩く貴族達もいたが、アレキサンダーに言われたなら出ない訳にはいかない。

 そんな少しだれた空気のあった会議であったが、冒頭にその空気は一変する。


「諸君、今回は負け戦となった、ハイゼン公爵の身は行方知れずとなり、多くの味方を失うという結果に終わった、その責任は全て俺にある、済まないと思う」


 敗戦と責任を素直に認めるアレキサンダー。

 席から立ちあがり、テーブルに両手を付き頭を下げる。

 アイオリアの直系皇族のそのような態度など普段からは有り得ない事であった。

 それには流石に貴族達の顔つきも変わる。


「まぁまぁ、アレキサンダー皇子、今回の敗戦は明日の勝利で拭えば良いのです、今度は勝ちましょうぞ」


 アレキサンダーから敗戦をアルフレート側の貴族にでも押し付けるような言葉があれば彼等は不平を漏らしただろうが、アレキサンダーの態度に彼等も軟化し、有力貴族の一人がアレキサンダーに声をかけると、


「そうです、我々はカール皇子よりも、アレキサンダー皇子とアルフレート皇子を頼りにするからこそ、ここに集ったのです」

「その通り、現にアレキサンダー皇子の戦い振りは相手を寄せ付けぬ物でした、我々も協力いたしますから、そう弱気になられずにいて下さい」


 他のアルフレート派の貴族達もアレキサンダーを励まし始める、アイオリアが頭を下げるというのは貴族達には重すぎる事で彼等もそれ以外に対処が無いのだ。


「済まない、俺は今まで盟主という事もあり、素直に言えば副盟主のアルフレートにも何処か意地を張っていた、しかし今はアルフレートと協力してカールに勝たねばならない! カールさえ駆逐できれば俺はアルフレートに盟主を務めてもらって俺がそれに協力しても構わないと思っているし、アルフレートにはその度量があると認めている、その為にも今は一層の皆の団結が必要と考えるのだ!」


 アレキサンダーの突然の宣言に更に幕舎の緊張の度合いが高まった、盟主になると言う事は勝利すればアルフレートが皇帝に最も近づくという意味である。

 そうなれば……

 アルフレート派の貴族達には未来が広がる。

 帝国の大臣、軍の要職への就任も夢ではない。


「流石のお決意!」

「無論、協力いたします」

「一度の敗戦でめげてはいられませぬ」


 盛り上がる貴族達。


「……アレキサンダー様」


 小さな声で傍らのマック少将が明らかに言い過ぎでは? と声をかけたが、アレキサンダーはそうではないと首を振る。


「いや、今のは本気だ、この内戦は俺でないとカールやクラウスとはやり合えないかも知れんが、内戦が収まった後ならばアルフレートの方が傷ついた民や南部諸州連合との話も纏まるのでは無いかと前から思っていた、これは一時の思いではない」

「前々から……?」

「そうだ、サラセナの敗戦、俺達もしてやられた、盟主の俺が覚悟と決意を表明しなければこのままでは駄目だ」

「アレキサンダー様」


 沸き上がる貴族達とは逆にマック少将は静かにアレキサンダーに感服したように頭を垂れた。

 だが……

 実は帝国第二皇子の想いは別にあった。

 もちろん約束を違えるつもりはない、この内戦に勝てばアルフレートに全ても譲るのは構わないが、その本心は違う。


『これでいい、これだけ言えばもう大多数の貴族達はゼファー派を離れる事はない、俺はカール、お前に勝てれば後はどうでもいいのだ、お前が皇帝として君臨する帝国を見る羽目に成らなければ、俺はアルフレートだろうが、クラウスだろうが……セフィーナだろうが』


 いや……セフィーナには少し抵抗があるかも知れないな。

 わずかに首を振りアレキサンダーは敗戦のショックも見えなくなったアルフレート派の貴族達に見据えた。

 士気の上昇はもう十分だ。



「皆、明日からの戦に備えてもらいたい!」



 アレキサンダーの言葉に、興奮した貴族達はオオッ、明日からはアレキサンダー皇子を先頭に連勝だ、などと拳を振り上げる者すら居たのだが……

 その歓声を遥かに越える兵達の鬨の声が幕舎内に響き渡ってきたのである。


「ハハハッ、我等の団結の興奮に兵達も反応したか?」

「明日からの戦いが楽しみだ」

「宴でも催すか!?」


 その音量に驚きつつも、貴族達は笑い合うが……アレキサンダーは呆然と顔を上げ、


「奴等……しまったぁ!!」


 そう大声を張り上げた。






「フェルメッツア少将より、我ら敵陣に突入!」

「ガルボ少将の部隊も敵陣に進入せり!」

「リリー少将からも突入の伝令が来ました!」



「うまくいきました、完璧ですね」

「ここまではな、奴等は殴ってきたくせに勝手に今回の喧嘩が済んだと思っていたのだからな、やり返すのが筋というものだ」


 パティ准将と馬を並べ、馬上でカールは言った。

 アンデレルタ東方会戦終結から僅か二十数時間後、追撃戦からは僅かに十時間後程で、フェルノール軍は四万の兵力を以て、ゼファー軍の陣営に大規模夜襲を仕掛けたのである。

 大会戦が終わった直後。

 流石にこのタイミングは無いだろう、それにこれまでフェルノール軍は出撃すらしていない、それでいきなり夜襲は無い。

 誰もが口には出さないが常識という鍵で勝手に開かないと思っていた扉をカールは思いっきり蹴り飛ばした。


「さぁ、これでどうだ? アレキサンダー、これでも己の武勇が危機を乗り越えられるなら俺もお前についての評価を一考するかも知れんぞ?」


 かがり火に照らされたカールの呟き。

 パティはチラとその横顔を見たが、何も無かったかのように焔が上がり始めたゼファー陣営に視線を移した。




「アレキサンダー皇子、アレキサンダー皇子、対応を、対応しなければいけませんっ!」

「夜警は何をしていたっ!?」

「早く部隊に帰らなくてはっ!」

「敵は少数だ慌てるなっ」

「各所に火を放たれたぞ!」



 幕舎内は混乱している。

 まだ自軍の部隊に向かって走り出すのはよい方で、混乱が極みに達した者などはただ右往左往していた。


『バカなっ……俺達の陣は少なくとも一昼夜は移動にかかる筈なんだぞ!? 奴は追撃部隊を今日の昼まで差し向けてきていたじゃないか? 実は追撃部隊こそは隠れ蓑で、会戦の終わった直後から別に夜襲部隊を用意したのか?』


 その通りであるのだが、気づいたとしても後の祭りである。

 追撃部隊を振り切り、彼等が東方に退却していくのは確認したが新たに夜襲を意図した新たな部隊をカールは出撃させていたのだ、それも大規模攻勢を受けた直後に。


「アレキサンダー様、完全にしてやられました、この状況は損害を覚悟の退却しかありません、敵の夜襲を支えきれる様子ではありません!」

「そうだろうな、ここまで賭けに出たならチップははずんだのだろう、裏をかかれたのなら踏み留まれる規模ではないな」


 マック少将の言葉に頷くアレキサンダー。

 数千の規模の夜襲で更に勝利を重ねる様なカールではない、これまでの勝利を賭けての数万規模の夜襲を仕掛けてきているに違いなかった。


「フゥ」


 やや大きめな息を吐くと、


「退却する、全軍退却だ、ゼファーに向けて退くぞ」


 アレキサンダーはマック少将に告げる。

 この敗戦はもちろん只の敗戦では済まないだろう。

 それは解っている筈にも関わらず、アレキサンダーの顔はどこか清々としているようにもマック少将は見えてしまうのだった。




続く

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