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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百六話「ラヘア山脈要塞攻略」

 親衛遊撃軍総司令官。

 この役職の初代司令官は誰に問うことなく、親衛遊撃軍の創始者の帝国皇女セフィーナである、故に親衛遊撃軍創設時に本人がカールに対してかなり我が儘を通し、帝国国内での行動には遊撃隊的な指揮権が与えられたが、それについてはそうなったのはセフィーナであったからという見解が帝国の軍関係者の大筋であり、まさかヨヘン・ハルパーという皇族でもない一中将が司令官になった際にもその様な行動権が生きているとは思わなかった者がかなりいた。

 今回のヨヘンのラヘア山脈要塞攻略開始は明らかにサラセナ軍を撃破せよという命令を逸脱しているので、国内での自由指揮権はセフィーナが司令官である場合だけだと通達し、ヨヘンを停めるべきだという意見が参謀本部の一部からアンデレルタに陣を張るカールに向けて上がったが、


「何をバカな、新たなこちらかの命令を伝えない限りは親衛遊撃軍司令官にら国内における指揮裁量を任せている、だいたい指揮権はセフィーナに付けたのではない、親衛遊撃軍司令官という職に付けたものだ、臨時であろうがヨヘン・ハルパー中将にはその権利が当然あるのだ」


 そうカールは意見を却下し取り合わなかった。

 こうしてヨヘン・ハルパーは上層部からの手枷を免れ、祖国に帰ろうとラヘア山脈要塞に駆け込むサラセナ軍正規兵に紛れる浸透戦術による要塞攻略作戦を発動したのである。



 ラヘア山脈要塞司令官はシャルディン一級上将であった、彼は五十代半ば、手堅い手腕を買われてサラセナの最重要拠点であるラヘア山脈要塞司令官に就任していた。

 だが、今回はシャルディン一級上将にはその手腕を縛る条件があった、ヨヘンがわざと撃破したサラセナ軍を全滅させず、生かさず殺さずの状態で要塞まで辿り着かせたからだ。

 ここ数ヵ月の激戦の後の大敗北におよそ一万の生き残りの正規軍兵士達はラヘア山脈要塞各所に多数配置された砦に助けを求めて殺到するが、門を開けると敗残兵に紛れた帝国兵が一緒に入り込み門兵を斬り殺し、後続の帝国兵に向けて門を開け放つ。

 単純な戦術だがこれが功を奏して、初日だけで山脈要塞に配置された砦が四ヶ所落とされてしまう。

 こうなると疑心暗鬼だ。

 各砦同士の連携、山脈中腹の岩場を数年かけて工事し設営した要塞本部との連携と補給こそがラヘア山脈要塞の真骨頂なのだが、サラセナ軍補給部隊や砦への増援に扮した帝国兵を迎え入れてしまった事により、新たに三ヶ所の砦が落とされると、各砦は緊急に際しても偽装を怖れて、増援要請をおこなわず、補給部隊がやって来ても門を開けない等という行動を起こし、一つ一つ砦は連携機能を果たさず、帝国軍の攻撃により陥落していく。

 疑心暗鬼という心理を利用して連携を奪う、ヨヘンの見事な手腕が光ったのも確かだが、大きな原因にはサラセナ正規軍が撃破されてしまった事も大きかった。

 ラヘア山脈要塞とは本部要塞と山脈中に多数配置した砦の事であり、その合わせた規模は相当な物であり、全てを機能させる充分な定員を配置するだけで二万近くなる。

 だが動員力の低いサラセナとしては常時定員数配置する事は人事面経済面共に難しく、普段は四割から五割の充足率に止め、帝国から侵略などがあった際はサラセナ正規軍から足りない分の兵力を融通してもらうという計画だったのだ。

 しかし、その不足分を充足してくれるであろう正規軍は潰走し要塞に助けを求めてくるという事態。

 元々にしてサラセナ正規軍が外征をするという事を考慮しておらず、正規軍は要塞よりも後方、サラセナ国内にあり要塞を支え兵力を回してくれる筈だった。

 定員不足もあり、各所の砦が陥落すると、とにかく要塞を守りたい要塞守備兵達の疑心暗鬼と一刻も早く帰りたい敗残兵の焦りが事態を遥かに悪化させた。

 砦への収容を断られ、門の前で哀願したが砦の兵から矢を放たれ激怒した敗残兵が力づくで目の前の砦を攻撃し始めるという事態も起こる。

 更に帝国軍に各砦の配置や抜け道等の情報を土産に降伏する兵士も続出し、遂に八月に入った頃にはラヘア山脈要塞は要塞本部と砦二つを残し、帝国軍の軍門に降ってしまったのである、そして八月十日、残る砦もヨヘンの攻勢の前に降伏した数時間後、要塞司令官シャルディン一級上将は部下に帝国軍への降伏を許すと司令室で自らの首筋をサーベルで切り裂き自決し、八月十一日ラヘア山脈要塞は親衛遊撃軍に降伏し、サラセナの最重要拠点はあまりにも呆気なく陥落したのだった。




             ***



 時は少し遡る。

 サラセナ軍が親衛遊撃軍に撃破されたという報せの入った七月の下旬、今内戦のもう一つの戦場であるアンデレルタでアレキサンダーが再び大規模攻勢に出た。

 もちろんこの攻勢はサラセナ軍が撃破された事で戦略的にも政治的な意味で減速を余儀なくされる事をどうにか防ぐ意味合いが大きい。

 率いる兵力は自陣に一万を残す約九万。

 十万の兵力の内、六万はアルフレートの配下で徹底的に守りを固める敵陣への出撃には消極的であった彼等もサラセナ軍の逆転敗北という報せには流石に危機を感じ、アレキサンダーに賛成しての全面攻勢の実現。

 サラセナ軍の敗走という不利を覆すような大勝利。

 それを獲る為、七月の太陽が照りつけるアンデレルタ丘陵地を太陽にも負けぬ決意で横断したアレキサンダーであったが、それに対する長兄カールの態度はまるで素っ気ない物であった。

 数ヵ月かけて守りを固めた堅陣は九万の敵襲を受けてもなお、まるで居留守を使った民家の様に静観を見せたのである。


「奴め、なんという臆病者だ!」


 ある程度は予測はしていた物のそのカールの徹底ぶりにアレキサンダーは理屈では分かっていても感情を御し得ない。


「アレキサンダー様、敵軍の防衛陣は数日の物ではありません、数ヵ月の期間をかけての物です、これを強襲すれば我々の損害は計り知れないでしょう」

「……!!」


 カールの緻密な計算と手腕によって完成された堅陣を観て、アルフレートの部下である高級参謀に告げられ、アレキサンダーの顔に更に怒気が宿る。

 数ヵ月、相手と対峙するという無為な時を過ごした癖に何を言うか、早い時期に全面攻勢していれば損害はあったかも知れないが勝ち目はあったのだ。

 アレキサンダーは怒号と共に激情を喉元まで出しかけるが、それをグッと呑み込む。


『その責任は俺にもある、アルフレートは表立って俺に制限をつけて兵を貸した訳ではないからな、損害を出した際の不協和音が起こるのを怖れた俺が開戦当初の攻勢を自軍だけにしてしまったのが原因なのだ』


 そう思い直し……


「だからと言って、このまま堅陣であるからと言ってノコノコ引き返しても仕方が無いだろう? 参謀の言われる事はこのアレキサンダーも十分に理解する、しかし今は勝利を上げて兵士達の士気を高める必要がある、何もアレキサンダーの戦は採算度外視の殲滅戦ばかりでは無い、俺の名にかけて悪い事にはならんから貴官達も協力を頼む」


 と、努めて余裕綽々の顔を見せたのである。





「……奴め、巧いな、こんな事も出来るのか!?」


 カールは思わず舌打ちする。

 確かに全面攻勢だ、しかし予想していたそれでは無い。

 陣内に造られた櫓から周囲全体の動きを捉える事が出来るカールは察知していた。

 アレキサンダーの攻勢はそれまでの武勇任せの強襲では無かった、防衛陣の逆襲が激しい箇所への攻勢は牽制程度に留めて損害を防ぎ、器用に守りは堅いが逆襲戦力が少ない箇所を連続攻勢によって削り取っていくという巧緻極まりない物だったのだ。

 もちろん強襲作戦のような速効性はないが、フェルノール軍が自らを守る為ここまで築き上げてきた防衛陣は幾つかの箇所で確実にその機能を喪いつつあった。


「いつものアレキサンダー様の戦ではありませんね」


 カールに声をかけたのは参謀長のパティ准将。

 褐色の肌に灰色の短髪の女性でヨヘンやシアの士官学校自体の一歳後輩である。


「ああ……それも観てみるんだ准将、気づくか?」

「え?」

「アレキサンダーの奴、どうしても損害が出そうな陣があれば素早く自らが率いる精鋭で駆けつけ、強力な攻勢で防衛力を削いでアルフレートの部下達に華を持たせているんだ、ほらさっきから働きアリの様に動き回るあの集団がアレキサンダーの直属だ」

「はい、見事な機動指揮ですね」

「ああ、見事……実に見事な指揮能力だ、最前線で自らの部隊を手足の如く動かすという能力においては、たとえセフィーナであろうともアレキサンダーにはかなうまい」

「機動力と判断力、そして器用さの求められる難しい戦術をアレキサンダー皇子は実行されています」


 アレキサンダーとは周知の仲の悪さだが素直に能力を讃えているカール。

 セフィーナの能力も計るような言葉にパティは言葉を選び返事をしてから、カールに向き直る。


「しかしカール皇子、敵軍に効率的な損害を与えられないまま我々の陣地が破壊されいる状況です、各部隊に指示を出さなければ士気にも関わります」

「わかっているがこちらは受け身だ、どうにかしようと兵を動かしたなら決戦に引きずり出される、どうだ?」

「左様です」


 カールの言う通りである。

 堅陣で守りを固めるといえば聞こえは良いが、戦術的な自由度は著しく制限される受け身の行為で、相手の戦術に対しての柔軟性は低く、それを無理矢理にしようとすれば積み上げた石垣の途中を抜くように守りという大前提が脆くなってしまうのだ。

 

「では対応策を問おうか参謀長」


 カールのいきなりの問いに、新任参謀長は神妙な顔で答える。


「我慢だと、小官は愚考します、各部隊には総司令部には対応策があり、その為にはもう暫しの防御徹底を指示します」

「正解だ参謀長、アレキサンダーは少しずつ積み重ねられるプレッシャーに俺が耐えられなくなるのを待っている、だが……」

「逆にアレキサンダー皇子の部隊の機動力が限界に達するのを我々は待つ、でしょうか?」

「流石だな、パティ准将、伊達にシア・バイエルラインの後継者とは呼ばれていないか? いや、これは失礼な表現だったな、許してくれ」


 フッと笑みを浮かべ、自分の表現に謝意を見せるカールに、パティ准将は、


「構いません、シア中将はいまだに私の中では逆立ちしても敵わない聡明で尊敬できる先輩です」


 と、答えアレキサンダーの攻勢を櫓の上から見つめ直すのであった。 



続く

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