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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百四話「逆襲のヨヘン」

「お見事だな、たったの数日で奴等の支配下にあったサペンス、ガイアペイヤ、シュランゲシャッテンのマイラオスを全部破壊強襲して回っちまったんだからな、それも途中であった補給部隊も残らず殲滅して……」

「ですね、とんでもない人です」


 コモレビト城内。

 会議室で報告を受けた親衛遊撃軍の幕僚達は沸き返り、クルサードとマリアはヨヘンの見事な機動作戦に舌を巻く。

 

「北からの補給路も補給部隊も潰滅したんだ、これで奴等は手持ちの物資しか無いだろうし、それも多くは持っていない筈だ」

「はい、私達も色々余裕はありませんけどね」

「そりゃそうだ、ここまで五万のサラセナ軍に三個連隊の三万で戦っていたんだから当然だな、相手もまさかハナから軍団長のヨヘン・ハルパーが居ませんでしたとは思いもしないだろうよ、そこはマリア准将の作戦だろうが? 三個連隊を四個連隊に見せかせるなんて、まったく敵はもちろん俺達をも巻き込んでバカにした作戦だぜ」

「あははは……すいません、でもヨヘン中将だって色々と乗り気になってやったんですよ、妙に気合いの入った演説をぶってみたりと」


 クルサードが珍しく爽快に身体を揺らして笑うと、他の幕僚達も今までの苦しい戦いを思い出し笑い出し、マリアは申し訳なさげに苦笑する。


 三個連隊三万。


 今回の会戦で親衛遊撃軍がサラセナ軍に対して戦った戦力である、本来は親衛遊撃軍は四個連隊四万からなるが、第一連隊を率いたヨヘンはサラセナ軍先鋒を撃破してから、北上しユージィ守るマイラオス城を三日間猛攻した後で帰還しなかったのだ。

 ヨヘンは第一連隊を南下させず、マイラオスから東に離れた森林地帯に隠し、その攻勢を凌いだサラセナ軍五万の南下が開始される。

 対するは三個連隊三万の親衛遊撃軍。

 前もってヨヘンと作戦を打ち合わせていたマリア准将の策が三重の多重化防御作戦。

 サラセナ女王ユージィはこれを戦闘長期化の為の策と読んだが、マリアにしてみればそれもあるが主にヨヘンの埋伏を悟られない為の作戦であった。

 ユージィに親衛遊撃軍を三重の防御陣とコモレビト城の四個連隊と見せかせる事により、ヨヘンがまだ北に隠れ残っている事を隠したのである。

 実際は各連隊は防御を破られる度、コモレビト城に一旦は入るが、簡単な編成を終わらせるとすぐに出撃して三段目の陣に加わり、コモレビト城内には連隊旗のみを立て、数百ほどの兵しか残ってなかった。

 そして……サラセナ軍を十分にコモレビト城に引きつけられたタイミングを見計らったヨヘンが森林地帯から出撃し、サラセナ軍の補給部隊の駐屯地になっているサペンス、ガイアペイヤ、シュランゲシャッテンを得意の強襲機動作戦で一挙に粉砕したのだった。

 もちろん三個連隊を四個連隊に見せかせるという無理をした各隊の負担は大きく、三万を数えた三個連隊は一万五千を少し越える程度まで戦力としては落ちており、まだ三万を越えるサラセナ軍との戦力差は圧倒的不利な物になっているが、北のヨヘン率いる第一連隊と挟撃出来る状態にあり、更にサラセナ軍は補給線が完全に粉砕されている。


「さて、クルサード中将、もう少し頑張りますか」

「めんどくせぇが、ここまで痛めつけてくれた相手をやっとこさボコボコに出来るチャンスだ、やろうぜ」


 マリアの笑みにクルサードがニタリと笑うと、他の幕僚達もほぼ一ヶ月攻め立てられてからのようやくの反撃の機会にオオッと拳を振り上げた。





 崩れ落ちた女王は両手で顔を覆っていた。

 幕僚の誰も声がかけられない。


『ヨヘン・ハルパーがなぜ北にいるの!? 援軍が来た様子はないし、今はまだ兵力の余裕など何処にも無い筈、もしかしたら以前マイラオス城まで攻めてきたのは……この為に!? だとしたら我々を正面から撃ち破らなければ意味がないとまで言い放った兵達への訓示も、大々的にやれば私に伝わると踏んで正面決戦に拘っている様に見せて騙す為の罠? 遠征に不慣れな補給線の弱点を突いてくるとは分かっていたのに、まさか直接攻撃でこんな手段で打ってくるなんて』


 立ち上がりたいが意識が頭の中を回る思考に集中してしまい、そこまで気が回らない。

 どうにかしなければ。

 何とかしなければ。


「女王陛下!! 敵軍です、コモレビト城の親衛遊撃軍がこちらに総攻撃の構えです」


 伝令が駆け込んでくると幕僚達は更に慌てふためく。

 もちろん相手はこちらの補給線が途切れ狼狽しているのは知っての行動だ。

 

「女王陛下!」


 参謀長の呼びかけに、ユージィはユラリとまるで幽鬼の様に立ち上がった。


「まだです! 手持ちの物資が尽きない内に目の前の敵を蹴散らしコモレビト城を陥落させれば物資はあります! そうなれば近郊の城を落とし続け北の戦況など無視できます!」

「お待ちください、南に向かえばサラセナへの帰路が更に遠くなってしまいます! 退路を確保し補給路を復興させるために北の別動隊を倒すべきでは無いでしょうか!?」

「何を言っているのです参謀長!? 北に向かう? ここまで南進してきて引き返す手がありますか!?」


 参謀長を見るユージィの顔が紅潮した。

 ここまで殆ど意見を言わずにいてやっと口を開けば愚かな消極論か、という怒りが沸く。


「いいですか参謀長、コモレビト城内からは敵が我々の動揺を突いて出撃して来てるんです、それに背を向けて何処に転進しようと言うのですか!?」

「サラセナです! 我々は良く戦いました、これ以上無理を押す必要が何処にあるのです!? もう撤退いたしましょう、帝国の最精鋭軍団と互角に戦い十二分に我々の力は示しましたし、ゼファー派への義理も果たせた筈です、サラセナへの帰路を確保いたしましょう」


 強い口調でユージィは参謀長に言い放つが彼は頑強にユージィに逆らった。

 今までにない態度だ。

 まだまだ戦えるというのに……参謀長には既に戦いを継続する意志が感じられなかった。


「認められません、これは命令です! 正面の迫る敵軍を蹴散らしコモレビト城を落とすのです! どうしても命令に逆らうというならば参謀長を解任します!」


 強行手段だが仕方がない。

 まだ勝負は出来る段階で、参謀長という立場で撤退をここまで主張などされたら面倒な事になってしまう。

 だが参謀長はそれを是としなかった。


「女王陛下、いけません……ここまでの戦いでもおよそ四割の仲間を喪いました、我々の被害はここまででも甚大です、更に補給が無くては撤退しかあり得ません、下手を打てば我々が全滅してサラセナの防衛すら出来なくなり国が滅んでしまう! 皆、女王陛下を丁重にお国まで帰して差し上げるのが我々の使命だ!」

「何を言って……ああっ!?」


 反論しようとするユージィだったが数人の若い参謀に両脇から抱えられて悲鳴を上げた。


「何をするのです! 不忠者っ!」

「お許しください、皆はもう戦いに疲れました、今は女王陛下と共に国に帰りたいのですっ!」

「こんな事をしたら余計に!」

「お許しくださいっ」

「他の者っ、この者達を逮捕してくださいっ! 謀反に等しい行為ですっ、謀反ですっ!」


 まさかの事に叫ぶユージィであったが、ユージィを押さえる数人の参謀以外の幕僚は黙って顔を伏せた。


「こ……これは……」


 目を見開くサラセナの女王。

 もしかしたらという思いが頭をよぎる。

 この者達は自分を廃したり害したりはしないだろう、ただ単にこの数ヵ月間の戦に疲れ……


「貴方達! 貴方達はただ家に帰りたいというのですかっ!? 大陸が戦乱に揺れたこの国難の時にっ!?」


 白い肌の女王は怒鳴った。

 何という脆さだ、これが幕僚団なのか!?

 ユージィは怒りを隠さなかったが、一人の若い参謀がユージィに大声で怒鳴り返した。


「元々、三国鼎立の領土拡大なんて誰も望んじゃいない! 俺達はサラセナに居れば家族も友人も居るんだ、ずっと大人しく守っていれば帝国も今まで手が出せなかったじゃないか! それをアンタがアレキサンダーなんて猪武者と組んで余計な皮算用をしたから平和な暮らしがこんなになっちまったんだ! もう沢山仲間が死んだんだぞ!?」


 幕舎に響き渡る青年の叫び。

 まさか……

 両腕を押さえられたままユージィは幕僚達を見渡す。

 誰もその発言を咎める者は居なかった。


「撤退だ、マーベット二級上将に殿を任せよう、くれぐれも女王陛下は安全にお国まで送り届けるのだ、全軍撤退だ! 目的地は北だ、国境まで急ぐのだ」


 参謀長の命令に動き出す幕僚団。

 白き美しい氷の国の女王は呆然としたまま、参謀達に両脇を抱えられて幕舎の外に用意された馬車に乗せられた。





「逃げる!?」

「あれ?」


 補給路を塞いだとはいえ、瞬時に部隊の手持ちの物資も消えるわけではない。

 こちらが攻撃をすれば士気は上がらなくとも強い反撃、もしくはこちらの城を落としてしまえと攻勢すらあり得ると読んでいたクルサードやマリアは予想外のサラセナ軍の行動に互いに拍子抜けした。


「まだ戦いが不可能になった訳でもなし、三万の兵力を持ちながらこの状況で撤退!?」

「撤退は擬装で我々を包囲などをする罠では無いでしょうか?」

「ううむ……」


 サラセナ軍の行動を計りかねるクルサードは副官のサーヴィ大佐の意見に一旦、馬を止め馬上で腕を組む。

 クルサードは今回のヨヘンがしたような大胆不敵な機動戦術もマリアが見せたような奇想天外な策を使うような指揮官でない事は自ら承知している。

 だが己の観察眼で戦場を見渡し、細かい修正を加えながら作戦を正確に遂行する事には多少の自信があった。

 そこを買われて英雄姫セフィーナに親衛遊撃軍に呼ばれたのだとも思っている。

 現に与えられた任務を期日中に、それも何かしら起こったとしても対処し、結局は正確にこなす事ならば彼は親衛遊撃軍創設からヨヘンやシアよりも数をこなしてきたのだ。

 サラセナ軍の動きを睨むクルサード。

 肥満した身体を左右に向けて周囲も見渡す。


「マリア准将より連絡、敵軍に撤退行動が見える、追撃はすべきかせざるべきか、との事です!」


 クルサードは中将だ、多重化防御作戦はマリア准将が立案した作戦であるから作戦指揮を譲っていたが、本来ならばこの戦場の親衛遊撃軍指揮官は彼なのである。

 マリアは決断をクルサードに委ねてきたのだ。


「よし! 敵軍の撤退はモノホンだ、俺が先頭に立つ、何も考えずに敵の尻をしつこく叩きまくってやれ、大丈夫だ!」


 二つに分かれた顎を撫でてから、何かを確信した様に頷くとクルサードは命令を下した。





 それから数日はサラセナ軍は狼に追われる羊の様に北へ逃げ惑うだけの獲物と化してしまう。

 崩壊の度を高めながら昼夜を問わずの撤退行。

 兵力を磨り減らしながらひたすら逃げて、追いかける親衛遊撃軍がこれまでの激戦の疲れから勢いが減速し、ようやく追撃を振り切ったと思った七月二十四日。

 行く手である北から急速に南下してきたヨヘン率いる第一連隊八千の魚鱗陣による突撃を正面から受けてしまい、サラセナ軍はあまりにも呆気なく組織的な軍隊としての能力を喪失し、潰滅した。




                           続く

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