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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百一話 「マグネッセン牧場地及びコモレビト会戦―孝子女王―」

 六月の終わり。

 牧草地が軍馬の蹄に踏み荒らされる。


「全軍突撃!」


 ユージィの下した命令は簡潔であった。

 五万のサラセナ軍は守りを固める一万の親衛遊撃軍第四連隊に正面突撃を仕掛けたのである。

 親衛遊撃軍第四連隊長マリア・リン・マリナ准将はサラセナ軍の見事な隊列の突撃に苦笑いを見せる。


「ありゃぁぁ、勢いもあるしキチンと隊列も揃った良い動きですねぇ~、こりゃ長くは持たないなぁ」

「准将閣下!」

「あ、はいはい、わかってます、わかってますよ」


 参謀長のカナヘル大佐に注意されると、マリア准将は堅物教師に叱られた生徒の様に肩を竦めて、


「じゃあ、作戦開始です、この作戦の要は何よりも……粘りましょう、でも諦めたら命を大事に逃げる、これに尽きます」


 と、ソバカス童顔にかけた眼鏡の奥の瞳を細めた。




「敵軍の防御は堅いですね」

「ええ、やはり親衛遊撃軍です、これを三段突破して小城とはいえコモレビト城を落とさねばならぬのですから難儀です」

「難儀は元より承知です、でなければ我々が国境を越えた意味がありませんので」

「そうでしたな、第五騎兵隊の脚が鈍り始めたようですぞ、どうされますか?」

「第五騎兵隊を下げて、第六騎兵隊を投入してください、」

「了解です」


 戦端が開かれて四時間。

 ユージィの指示を参謀長が数名の伝令に伝えると、彼等は馬に跨がり第五騎兵隊のいる前線と第六騎兵隊が控える後衛に別れて駆けていく。

 各々に複数の伝令が駆けるのは途中で討ち取られてしまっても命令が伝わる様にする為だ、同じ命令が重複しても判るように伝令は命令を受けた時刻も伝える。

 一万の親衛遊撃軍第四連隊に対し、五万の兵力で攻めているのだ、互いに兵力の運用のしやすい牧草地の戦いである事もあり、敗けは考えにくい状況。

 戦略的には強行策を採りながらもユージィ・エリュキュネルは限りある兵力を磨り減らさぬように戦術的に注意を払い、司令部も前線ではなく後方に配置して指示を細かく出していた。


「しかし粘ります、損害の塞ぎ方なんて流石ですね」


 サラセナの気候と西部地域の気候は全く違う。

 初夏の太陽に白い肌に噴き出す汗を拭い、ユージィは破られた防衛地点を器用に塞ぐ敵軍司令官を素直に誉めた。


「しかし、この兵力差があれば」

「勿論です、押し返されたりする危険はほぼありませんよ」



 参謀の言葉にユージィが頷いた二時間後、親衛遊撃軍第四連隊はジリジリとした後退から左翼と右翼の二手に別れ、真っ直ぐではなく両翼で後方に向けて迂回するように一斉撤退を始めたのである。


「どうやらやりましたな、敵軍が両翼に別れて撤退していきます、我々も兵を分けて各々を追撃しますか? それとも中央を割りますか?」

「これは……いえ、どちらも必要ありません」


 帝国正規軍との初めての大規模戦闘に勝利した事にやや興奮した口調の参謀に、ユージィは退却していく第四連隊を睨みポツリと呟いてから首を振る。


「各個撃破の有利性を棄てて、二手に別れての追撃は敵軍にとって待っていた展開です、後方に控える帝国軍第三連隊や第二連隊が合わせて我々の追撃した一方にかかったなら、連戦を強いられた上にまんまと各個撃破の憂き目に会います、かといって中央を割る追撃も第三連隊が急速前進して、左右に別れ撤退していた第四連隊が再び我々に振り返り襲撃してきたら三方からの攻撃を許してしまい、それこそ乱戦による消耗戦に引きずり込まれる可能性があります、あの第四連隊の退却には撃破された軍の乱れがありません、あの動きはそこまで戦えたら退却するという予定の動きです」


 口調は穏やかだが、サラセナ女王の瞳はいつものような優しさを含んだ物ではなかった、詐欺師に騙されんとする厳しさがあった。

 参謀長を始めとする幕僚達が眼を凝らすと、確かに所々に崩れはあるが帝国第四連隊の退却は崩壊には見えない、味方部隊同士のぶつかり合いや行く手を阻んでしまう動きが殆ど無いのだ。


「た、確かに!? 五万の我々に押されての退却にしては敵軍は乱れが少ない」

「でしょう?」


 ようやく気がついた参謀長の言葉にユージィが警戒の瞳を解き、優しく微笑むと幕僚達は感嘆の声を上げた。


「勝ち戦の中でも相手の動きを見逃さぬとは流石は女王陛下」

「目の前の敵がヨヘン・ハルパーでなくて、セフィーナ・ゼライハ・アイオリアだとしても我々の女王に敗けはない」


 まだ十代。

 それも帝国随一の美姫セフィーナに勝るとも劣らぬ容姿。

 更に大規模戦闘の慣れがある筈もないユージィの冷静かつ確実な作戦指揮に彼等は酔った。


「では……女王陛下、次の作戦はどうされますか?」

「そうですね、取りあえず敵軍は退却しました、今日はこの牧場地で野営して兵を休めます、次の敵軍の動きと対応作戦は今日の夜にでも、そうですね、あそこでお話ししましょうか?」


 微笑みを崩さず帝国軍が去った牧場地の厩舎が併設された大きな舘を指差す女王に、


「おおっ、そうですか、もう敵軍の動きが女王陛下にはお分かりなのですか! わ、わかりました、すぐにでも兵をやってあの舘を調べてから接収いたしましょう」


 参謀長は興奮した笑顔で敬礼して、同じように女王に酔っていた幕僚達に早くあの舘を調べるんだ、と命令した。



            ―――



 牧場地に夜の帳が降り、昼間の暑さを忘れさせる風が草をなびかせ吹き抜けていく。

 接収した舘はサラセナ軍の臨時の総司令部になり、周囲を厳重に兵が護り、食堂ではユージィが長机の上座に座り幕僚達と食事を摂っていた。


「え、では陛下は今日退却した第四連隊はコモレビト城まで下がると言われるのですか?」

「左様です」


 切り出した敵軍の動きの予想に驚く若い参謀。

 ユージィはワインの入ったグラスを置く。


「明日は我々の行く手に第三連隊が現れるでしょう、そしてそれが突破されれば第二連隊、次ぎは第一連隊と、その間に第四連隊はコモレビト城で兵力の再編成と休養を終えて再び我々の前に現れるという寸法です、他の連隊も同じ事を繰り返し、四個連隊で何重もの防御陣をコモレビト城まで出現させるという訳です」


 ユージィの示した帝国軍の作戦予想はあまりにも予想外だったのか幕僚達は初めは誰も声がなかった。


「なぜ、ワザワザそんなに手の込んだ方法を?」

「それは前にも言いました、帝国軍は遠征に不馴れな我々が綻ぶまで勝負を決したくないからです、敵軍が休みなく目の前に出てくれば我々も休みなく戦う訳にはいきませんからね、補給線の維持か兵の休養が必要になるまで粘ればシュランゲシャッテンや更に北のサペンスかガイアペイアまで我々は退かねばいけません、そうなってしまえば……」


 参謀長の疑問へのユージィの答えにサラセナ軍の中枢が集う食堂に再び沈黙が流れた。

 答えは解りきっている、国力差のある帝国相手に仕切り直しの長期戦などは論外である。

 頼みの綱は中部で戦うアレキサンダーであるが、とても互いを相互支援する余裕など存在しないのだ。

 

「ヨヘン・ハルパー中将は機動戦の名手と聞いてましたが、まさかそのような防衛戦を展開するとは……」

「これも防御機動戦です、でも対処方法はあります」


 決戦を空かされた参謀長が苦々しい顔を見せ、場の雰囲気が沈みかけるがユージィの対処可能との言葉に皆が顔を上げる。


「撤退しないのならば、こちらは強引策で前進を続けるのみ、繰り返し敵軍が現れるといっても四万の親衛遊撃軍から成る事は変わりません、戦いの度に与えられる損害にもよりますが四つの連隊が再編しながら防衛を繰り返せるのはおそらく三周程が限度だと思います」

「多くて十二陣ですか、こちらも相当な損害を覚悟しないといけませんな、それにしても本当に敵軍の作戦はそのような?」

「見ていてください、これを一ヶ月で攻略すれば補給線にも無理はかかりません、こちらも辛い時は敵も辛いのです」


 まだ半信半疑の参謀長にユージィは頷く。

 確認の必要も無い。

 読み通りの動きを帝国軍がすれば、そのまま有無を言わさず女王の定めた強攻策である。

 もう退かぬと決めていた。

 元より退く道は無いのだ。

 一戦決戦だろうが、十二陣攻略だろうがサラセナ軍の全てを賭けた戦には何も変わりない。

 幕僚が何を言おうとも女王の作戦はとっくに決定されていたのである。



             ―――



 夜の撤退行。

 速足で退却していた者達はサラセナ軍の追撃が無いと判ると各指揮官からの司令により、徒歩の通常行軍に戻っていた。

 月も雲に隠れ、十人程の間隔で歩兵が松明を持ち行軍に必要な最低限の光量を確保している。


「追ってこないかぁ、やっぱりサラセナ女王のユージィさんはキチンと軍を動かす才能もあるんですねぇ~、スゴいなぁ」


 マリア・リン・マリナ准将はユッタリ歩く馬上で息をつく。


「閣下、左翼部隊からの伝令によると死傷者は約七百と伝えてきました」

「了解です、こちらも同じ程度だから……多いなぁ、怪我人を治療したりして再編しても次は九千いかないかもなぁ」


 カナヘル大佐の報告にマリアは顔をしかめた。

 数時間の戦い。

 守り戦にも関わらず損害率一割五分は多い、それだけにサラセナ軍が激しい攻勢をしてきていると言える。

 相手に与えた損害が同数であっても一万の失う一千と五万の失う一千では部隊に与える損耗率が違いすぎる。

 各所の定員は不足し戦力が低下するのだ。


「予想以上に積極的かつ戦が上手ですな、ユージィ王女は」

「ホントに、お姿も綺麗らしいし羨ましい限りです」


 カナヘルの言葉に一旦は苦笑したが、


「でもまぁ、無い者は無い者なりの戦をしますよ」


 と、不敵にも見える笑みを浮かべたマリアを近くの兵士が持っていた松明の灯りが照らし出し、カナヘルはやや図りかねる上官に背筋に走る物を覚えたのだった。




                           続く

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