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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第四章「流浪の英雄姫」
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第百話「マグネッセン牧場地及びコモレビト会戦ー捨て身の決意ー」

 銀髪の美少女は暫く訝しげに報告書を眺めていたが、右手で左手の平を軽く叩いた。


「ああ、思い出した、マリナ家のマリアだ、マリア・リン・マリナだ」

「居たね、そういう娘も」


 セフィーナのその仕草に幼馴染みの少女も何かを思い出したかのように頷いた。

 南部諸州連合エリーゼの帝国大使館。

 白亜の石積三階建てのこの施設は両国の休戦条約が締結されてから造られた物で真新しい。

 現在のセフィーナは警備などの関係でホテルを出て、そこの二階の一室を間借りしている。

 初めは最上階の広いオフィスが用意されたが、


「そこはこの建物の主である大使が執務を行う場所だろう」


 そう言って大使館からの申し出を断り、ある程度は広いが身分からすれば、不相応な部屋を現在は使用している。


「あの少し暗い娘だ、確か最後に会ったのは私が十三の頃で挨拶程度だった気がする、マリナ家とはアイオリアは仲良くしているが正直マリアには印象がない、いつの間にか准将になっていたのか、立派だな」


 アイオリア皇族として建国の重臣の子孫である三列候家との付き合いは重要であるので、儀典等を通して幼い時から付き合いがあるのだが、セフィーナにとってマリア・リン・マリナは少し暗い年上という印象以外にはなく、軍務に付き准将になり、更に現在は親衛遊撃軍の実戦部隊を率いる一人になっているという事に驚きを隠さなかった。

 三列候家という帝国貴族の頂点である彼女が軍籍に身を置けば昇進が早いのは自らの経験からも理解できるが、二十一歳の准将というのは直系アイオリア皇族並みのそれだ。

 自らの経歴に箔を付ける程度の貴族の子弟では大貴族の威光を最大限に発揮しても、将官の地位に辿り着くには三十代にはなるだろう。

 貴族といえども軍の階級にはそれなりに壁があり、佐官からは容易くは昇進しないのだ。


「親衛遊撃軍の連隊長というならヨヘンがおそらく抜擢したのだろうが何かしらの功績を立てたのだろう、今度何をしたか調べてみるとするか」


 今回セフィーナが受け取った報告書はあくまでも西部戦線の戦況であり、マリア・リン・マリナの名前は決戦が予想されると報告書に書かれたマグネッセン牧場地に進出した親衛遊撃軍の第四連隊という所に見いだしたに過ぎず、報告書は彼女の事には特には触れられていないのだ。

 今はちょっとした知り合い程度のマリアよりもセフィーナの関心は戦況自体にあった。


「ヨヘン中将は勝てそうなの? 親衛遊撃軍は平気?」


 テーブルに置かれた報告書に添付された地図を覗くメイヤ、普段は大きな戦に興味は示さないが、ヨヘンが率いている親衛遊撃軍は元々セフィーナが一から造った軍団であり、メイヤにとっても離れたとはいえ気になるのだ。


「敵はサラセナの精鋭五万は確かに手強い」


 セフィーナの切れ長の瞳が鋭く地図を睨む。


「だが親衛遊撃軍も練度、装備ともに今や帝国軍の随一の軍団だろう、それをヨヘンが率いているのだから直接的な戦力には全く見劣らない……要するに互角だ」

「じゃあ勝敗はヨヘン中将が上か、サラセナのユージィ王女が上かという所になるんだね」

「早合点するな」


 セフィーナは個人的な格闘戦力では非常に優れるが、軍略では少し勉強不足の面のある幼馴染みにニヤリと笑う。


「私は現場にいる訳ではないから確かめていないが、サラセナ軍にはおそらくこの歴史が造り上げてきた強さと同居する仕方のない弱点がある筈なんだ、ヨヘンがそこに気づいているか、勝負はそこにあるとみる」

「なんだそりゃ? わかっているなら勿体振らずヨヘンに教えてやれば良いじゃん」


 セフィーナのいささか意地悪な言い回しに意味のわからない問題を出された幼稚舎の子供の様に不機嫌な顔を見せるメイヤ、教えてやる云々は距離による時間差を考えれば無駄骨な事は判りつつも言っている事だ。

 

「ヨヘンは実戦的な機動戦術を得意としているからな、一緒にシアが居ればそこを突く戦術を思い付くかも知れないが……」


 そこまで言いかけると、いや……と言葉を濁し、セフィーナは再び地図に視線を落とした。



             ―――



「なるほど……こういう手で来ましたか」


 偵察兵からの報せにユージィは馬上で呟く。

 第一目標であるマグネッセン牧場地までの距離を通常行軍で約一日の距離まで詰めた草原。

 帝国軍がマグネッセン牧場地からコモレビト城まで各連隊一万の兵力を通常行軍でほぼ半日ほどの等間隔で配置していると報せが入ったのだ。

 五万のサラセナ軍に対し、一万の連隊が三部隊がコモレビト城まで並んで関門の様に立ち塞がる形だ。


「マグネッセン牧場地には第四連隊らしき旗があります、続く南には地点には第三連隊、更にコモレビトに近い地点にはクルサード中将の第二連隊が各々陣を構え、コモレビト城には軍団長旗が見えるとの報告です」


 情報参謀からの報告にユージィは顎に手を当てる。

 想定していたマグネッセン近郊での全力決戦とは違った方向にヨヘン中将は戦いの舵を切った様だ。

 約四万の親衛遊撃軍をコモレビトまで四ヶ所に順に配置して、五万のサラセナ軍を迎撃する構えとユージィは見る。


「敵の領内です、順に敵陣を打ち破ったとしても消耗してしまったら元も子もありませんな、帝国軍は一気決着の決戦を避けたのでしょうね」

「……」


 参謀長の言葉にユージィは何も答えず、今度は形のよい緩やかな曲線の頬に手を当てた。

 互いの主力同士。

 相手を壊滅させた方が西部地域の支配権を握る事は確定事項だが実はサラセナ軍の事情はそう単純ではなかった。

 サラセナにはもう後が無い。

 五万のこの正規軍以外には本国に残した数千単位の守備軍が幾つかあるだけなのである。

 それに対して帝国軍は中部で戦いつつ、もしここで親衛遊撃軍が壊滅させられたとしても、多少の無理をすればまだ同規模の兵力の動員は可能だろう。

 南部諸州連合に苦戦し疲弊して傷つきながらもアイオリア帝国はサラセナからはまだまだ遥かに強大な相手なのである。

 暫しの思案の後にユージィは口を開く。


「参謀長……敵軍の狙いはおそらく消耗戦により我々の兵力を磨り減らさせ、長期戦に引きずり込む算段です」

「長期戦に?」

「はい……ヨヘン中将は我々の欠点を補給線の惰弱さと観ているに違いありません、サラセナ軍は歴史上遠征の経験がほぼありません、もちろん考えうる限りの補給線の確保には努めていますが実際にそれを何度も、何年も行っている帝国や南部諸州連合に比べれば絶対的な経験が無く、長期戦で五万の本隊を維持させる補給能力が低いと観ているんです、そして悲しい事にそれは的確に当たっていると私も考えます」

「なるほど、ではどのような対処方法がありましょうか?」


 ユージィの分析に納得し、続いて対処戦術を求めた参謀長。

 周囲の幕僚達も若き女王に視線を集める。


「ヨヘン中将は我々には追加兵力が存在しない事を知っています、三つの野外陣と一つの城を前に損耗を恐れた我々が補給線の不安を抱えたまま、嫌々長期戦に突入する展開をきっと望んでいるに違いありません……だから真逆の相手にとって採られると困る戦術を実行すれば良いのです」


 そこまで話してユージィは間を置く。

 誰も発言しない。

 ただユージィの次の言葉を待っているだけだ。

 そんな幕僚達に多少の不満を覚えながらもサラセナ女王は全てを見通す女神を思わせる微笑をたたえ、決意を口にする。


「損耗度外視の強行策を取ります、コモレビトまで言ってしまえば分散配置された敵軍を正面から順に各個撃破し、コモレビト城を攻略します……相手が決戦を望まぬなら、こちらが戦を短期決戦に持ち込むまで! 多少の損耗も帝国を見限る西部貴族達が勝利によってこちらに走れば補填可能です、今は何よりも恐れを見せぬ事です」


 その力強い宣言に幕僚達はオオッと沸き立つ。

 目の前に立てられたコモレビトまでの敵陣も各個撃破の好機と捉え、補給線の不安も強引な短期決戦により問題では無くしてしまう。

 強引ではあるがユージィの強き決意の表明に、元より存亡を賭けての一挙大勝の賭けに出ていた事を思い出した幕僚達は口々に女王を讃え、決戦に賛成したのだった。


 


                           続く

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