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銀色のアイオリア  作者: 天羽八島
第一章「帝国の英雄姫」
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第十話「当代随一の皮肉家」

 ゴッドハルト・リンデマン率いる南部諸州連合軍第十六師団はガイアヴァーナ大陸南西部に位置するラーシャンタ州より出撃、西海岸線に沿って北上し、エトナ平原に近づいていた。

 帝国西方地域と国境を接するラーシャンタ州よりエトナ平原に出撃するには、ザトランド山脈という旧鉱山山脈地帯を越えれば、距離的には近いが、険しく堅い岩盤ばかりの山々を越えねばならず、遠回りでもリンデマンは平坦な西海岸線を進撃路に選択していた。


「ザトランドを密かに越えられれば、エトナ平原にいきなり出現する奇襲だって考えられたでしょうに? 西海岸線を通れば、嫌でも相手に知られるわよ! アンタ、もしかしてカーリアン騎士団と相手の勝手知ったるエトナ平原で正面から戦うつもりじゃないでしょうね?」


 進軍中。

 副師団長のアリスはリンデマンの乗る馬に自分の馬を並べ、声をかける。

 副師団長の自分が、まだリンデマンから詳しい作戦内容を説明されていないのだ。

 リンデマンのような男がまさか無策で帝国最強の騎士団に対する訳がない、と考えていた彼女だったが、


「私は彼らを奇襲するつもりは無いんだよ、作戦なら後でよく説明してあげるから、行軍中は黙って堂々としているのが将官の仕事だ」


 と、いつもの薄笑いで言われてしまう。

 こうなると何を聞いても無駄だ。

 相手は先の読めないアリスの戸惑いを喜んでいるのだ。


「もう訊かないわよ」


 リンデマンらしい態度に、細目でため息をつくアリス少将。

 今度はリンデマンの斜め後ろ、相も変わらずのメイド服のまま馬に跨がり、微笑ましい顔をこちらに向けているヴェロニカに馬を並べる。


「こんにちわ、ヴェロニカ」

「こんにちわ、アリス少将」

「あなたの御主人様が作戦を教えてくれないんだけど」

「それも作戦の内なのでしょう、私は御主人様の仰せのままにするだけです」

「……でしょうね」


 今度はため息にやや笑いを混じらせるアリス。

 たとえ聞いていたとしても、リンデマンが喋らなかった事柄をヴェロニカから教えてもらえるとも思っていなかった。


「ところでヴェロニカ」

「何か?」

「なんで軍服着ないの?」

「御主人様からの命により特殊な作戦に従事していますので、その遂行に必要な変装の一つですね、あしからず」

「成る程ねぇ」


 詭弁だ。

 言うまでもない。

 親しいアリス相手だからこそ、ヴェロニカは美少女の微笑ましい顔のままでそう答えたが、他の者から同様の投げかけがあれば、それを真剣な顔で付け入る隙もなく告げるだろう。

 リンデマンが本当に命じたのか、ヴェロニカが希望してリンデマンが赦したのかはアリスは知る由もないが、その行為は伊達や酔狂で無ければアリスには邪推の余地があった。

 もしかすると過去の奴隷売買で、軍から圧力を受けた件に対する意趣返しでは無いだろうか?

 その存在を問題視した軍に、特務少尉としながらもあくまでもヴェロニカをメイドとして参加させてしまう行為。

 当代随一の皮肉家であるリンデマンか、己の存在が主人の妨げになってしまった事を絶対に心の中に深く刻み付けているだろうヴェロニカか。 

 どちらから出てもおかしくない軍への反発。

 しかし、当時は彼と彼女ら側に立ち、リンデマンの予備役送りに反対したアリスにとってはそれは清々しい復讐の一つに思えたので、



「特務少尉が特務で変装してるんじゃあ文句も言えないわねぇ」



 と、美少女の微笑みに対し、悪戯な笑みを好意的に向けた。



         ***



 ラーシャンタ州国境よりザトランド山脈を迂回する様に西海岸線を北上した第十六師団は、約四日の行程でエトナ平原の南端に達し、そこにある南エトナ村という二千ほどの人工が住む村を無血占領した。

 三百ほどいた小規模な帝国軍の守備隊が数十倍の師団に逆らうほど馬鹿ではなく、僅かな軍需物資を持って、カーリアン騎士団のいるエトナ城に向かって北へ逃げていくと、


「ようこそ、連合軍の皆様」


 そう言わんばかりに南エトナ村の村長や主要人物はリンデマン達を出迎え、郊外での師団の駐留に協力的な態度を示す。


「皆さんは何も気にせず今までの通りに暮らしてくれていい、南部諸州連合は人々に仇なす帝国主義を駆逐する! 南エトナ村の皆さんの解放を宣言し、あなた方の歓迎を忘れないだろう!」


 リンデマンは高らかにそう村の重鎮達に宣言し、宣言に感謝した村長から自宅に招いての夕食の誘いを実に紳士的な態度で快諾した。




「リンデマン」


 村長達が立ち去った後の幕舎、作戦用のテーブルにつくリンデマンにアリスは声をかけた。


「大丈夫だ、彼等は村民二千人の命を守らなければいけない立場、我々には一万五千の師団がいるのだよ、彼等は村にある一番高いワインと食事が私の機嫌を損ねないか、それだけしか頭にはないさ」

「……わかっているなら良いけどさ」


 余裕の笑みをリンデマンは見せ、言葉をかけただけで意図を読み取られたアリスはそれ以上の事は言わなかった。


「君も来るかい? 占領地の人民とは穏やかな軍政を敷くのが私の主義でね、物々しい護衛は必要ない、何人かの兵士とヴェロニカを連れていくつもりなのだが」

「カルナック博士の教えね」 

  

 リンデマンの誘いにアリスは士官学校時代の講師であった老博士の名前を出す。

 カルナック博士は軍政の専門家で、占領地での短期的な物資増収を目的とした略奪、徴収、暴行は問題外であり、出来る限りその土地の有力者を立て高い治安を維持し、経済と自立を犯す事なかれという持論を展開していた。


「カルナック、カルナック、ああ……そう言えばいたな、そんな老人が」


 二十年近く前になる人物だから仕方がないが、リンデマンは本気で記憶から消し去っていたかの様に手を叩く。


「本気で忘れていたの!?」

「違う、忘れかけていただけだ」

「似たような物じゃない」

「まぁいい……しかし、そう言えばあの老博士は確か仁徳こそが軍政と言っていたな」

「そうね……まだご存命らしいけど、あの頃でかなりお年だったから」


 アリスはそう言いながら青春時代に想いを馳せかけたが、


「ところで私は老博士の持論は一部は同意できるが、その教えには影響されていないよ、私には私の占領地に対する考え方と運用があるのだ、それを今回は実地で君に特別教授しよう」


 と、リンデマンが昔から少しも変わらない態度と薄ら笑いを浮かべたので、思い出の再生を中断し、昔から彼によく向けていた微妙な感情の入り雑じった薄目をしてしまうのだった。



                    続く

  

 

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