第一話「英雄姫参上・前編」
夕暮れ。
草原を風が凪いでいく。
馬上で銀髪を風に流す少女の深い紫の瞳は遠く地平線を見つめていた。
軽く息を吸い込み、何かを口ずさもうとした彼女だったが······
「皇女殿下」
遠くから駆け寄る若い副官の呼び掛けに口の動きを止め、何も気づかない振りをする。
「皇女で、あっ······いや、少将閣下」
「なにか?」
無視をされる理由に気づき、ハッとした表情から副官が言い直すと少女はやっと顔を向ける。
美しい。
腰までの銀髪。
やや切れ長の深い紫の瞳。
高めの鼻に薄い唇、整った輪郭。
軽騎兵用の軽めの銀色の鎧を着ているから露出は少ないが、肌は抜けるように白かった。
帝国の若き皇女。
皇帝の直子の威光による物が有ればこそなのはもちろんだが、銀髪の美少女は弱冠十七歳にして一軍を率いる将官である。
「偵察に出した兵よりの報告です、南部諸州連合軍の兵は約五万、ハッファ山地の麓に布陣し、このヴァルタ平原を伺っているとの事です」
副官ルーベンス大尉は彼女に報告する。
大尉もまだ二十八の若さだが目の前の上官は年齢は十一歳下、そして階級は六階級上だ。
「情報は確かなんだな? 相当数の偵察を出した筈、間違いないな」
「ハッ、帰還した複数の偵察兵の報告と事前に得た情報がほぼ合致します、ハッファ山地の麓ならば、このヴァルタ平原まで通常行軍で、約二日程の位置になります」
「よし、ここで小休止! 幕舎を立てよ、頼んでおいた地元の者達も連れてきてくれ」
少女が軽い身のこなしで馬から降りると、銀髪が大きく揺れる。
傍らに控えていたダークグレーの髪を肩にかかるくらいに伸ばしたお付きらしい少女が、素早く駆け寄り、馬の手綱を曳く。
数千を数えるアイオリア帝国軍。
率いるのは馬を降り、風を受けながら颯爽と草原を歩く銀髪の美少女。
その名は······
セフィーナ・ゼライハ・アイオリア。
戦乱の大陸ガイアヴァーナの北方に君臨する大帝国アイオリアの皇帝の第五子、帝国の皇女である。
ヴァルタ平原は現在、アイオリア帝国領土ではあるが、長く対立する南部諸州連合のリオレタ州のハッファ山地と近く、これまで三十年以上の戦いの中、三度の大規模会戦が行われていた。
何度かはその占領者を変えている地域であるが、ここ数年は会戦どころか小競り合いもなかった場所であった。
「この少し先に砦があるな?」
「はい、以前の戦いで使われた物です、大きい砦ですが、今は使われていません」
「最近、この辺りは雨は降ったか?」
「いえ、この時期はあまり······毎年、少し前まではかなり降りますが、今頃はさっぱりです」
「この月の降雨は少ないか?」
「ほぼ降りません」
「砦の南にある森は繁っているのか?」
「はい、俺たち猟師が入るくらいで伐採の手は入っていません」
草原に建てられた作戦会議用の天蓋。
セフィーナは地元の猟師や羊飼い達を呼び寄せて質疑応答を繰り返す。
もちろんセフィーナが一方的に質問する形だ。
あくまでも帝国軍の司令官という肩書、アイオリアの皇女とは名乗らないし、仰々しい護衛も付けない。
副官のルーベンスと護衛兼お付きのメイヤ軍曹のみ。
メイヤ軍曹とは先程、セフィーナの馬の手綱を曳いたダークグレーの髪と瞳を持つ少女だ。
「夕刻の風向きは変わるのか?」
「日の暮れは何時くらいか?」
二人から三人のグループ、合計三組の地元の者達に様々な質問をすると、皆に十二分な恩賞を与え帰らせる。
それから作戦会議用のテーブルに広げた地図を深紫の瞳で睨み続けていたセフィーナだが、
「大尉、至急幕僚達を集合させよ、作戦を説明する!」
と、端正な顔をルーベンスに向けた。
「これから進発してヴァルタ平原の砦に入る、砦を改修するので、各部隊の工作班には資材の準備をさせておくよう」
「籠城ですな、敵は五万、こちらは八千、籠城で敵を引き付け、後続に続くアレキサンダー様とアルフレート様が各々が率いる二万の軍勢と力を合わせれば、互角以上の戦いが期待できますな」
セフィーナが作戦の説明を始めると、首席参謀であるテヘラン少将が口を開く。
六十を越える実戦経験豊かな老将で参謀本部が弱冠十七歳というセフィーナにつけたお目付け役と周りは観ている。
「なるほど、敵軍がヴァルタ平原に入るまで二日、アレキサンダー様とアルフレート様が到着するまではおよそ四日、敵は五万だが、守る砦の利を活かして二日持たせれば、仲間の到着で一気に形勢は有利になるな」
「二日か」
「敵もお二人の本隊の存在は知っている筈だ、がむしゃらに全力攻勢をかけてくるぞ」
「後方に下がって、アレキサンダー様とアルフレート様と合流した方が確実ではないか?」
年長者の少将が発言した事により、司令官の皇女の前という緊張が薄れたのか、別の若い幕僚達からも口々に意見が出る。
セフィーナは椅子に座り込み、しばらく籠城の是非や籠城戦術の議論を聞いていたが、
「貴公らは優秀だな、おそらく、多くが帝国軍士官学校を優秀な成績で卒業し、沢山の軍経験をつんできたのだろう?」
幕僚達に向かって口を開く。
皆は発言の意図が判らない。
皇女にそれを問うわけにもいかず、作戦会議の席が静まる。
言っている事に検証の余地はない、八千という帝国軍の師団基準単位にも満たない先遣部隊とはいえ、その幕僚達はエリート揃いだ。
「敵の南部諸州連合軍も軍学校は優秀な成績の者達が集うそうだ、我々がヴァルタ平原の砦に入れば、貴公達と違わぬ推察をしてくれるだろう、籠城していれば、兄上二人の合わせて四万の味方を妹の私が待っているであろうと」
「セフィーナ様?」
不敵で魅惑的な笑みを浮かべたセフィーナにテヘラン少将は眉をしかめたが、
「テヘラン少将!」
「ハッ!」
突然の強い口調の皇女に、老将はピクリと背筋を伸ばす。
「麾下の部隊にいる分隊長のヨヘン・ハルパーとシア・バイエルラインの両中佐を借りたい、砦に着いたら私の元に来るように伝えてくれ」
「ハルパーとバイエルラインですか?」
「ああ、今回の作戦の要だ、是非二人に役目を与えたい」
「役目ならば私の麾下には、まだ上位階級の者がおりますが……」
「いや、その二人がいい、私からたっての頼みなのだが出来ないか?」
「もちろん出来ますが······」
「なら頼む」
多少の軍での決まりや不文律を突破できてしまうのがアイオリア皇家である血統の強み。
孫のような歳の司令官の意図を計りかねる老将の態度、それを楽しむようにセフィーナは形のよい口元に笑みをたたえた。
***
「前衛も本隊もアイオリアか! 今日は皇族の行進式か?」
帝国軍に対する南部諸州連合軍は帝国軍の編成と位置を掴み、意気が上がった。
前衛のセフィーナ・ゼライハ・アイオリア。
本隊のアレキサンダー・ゼファー・アイオリアとアルフレート・ゼイン・アイオリア。
三人は皇帝の直子のアイオリア一族。
帝国に敵対する南部諸州連合軍にとって、アイオリア皇族は倒すべき相手の中核と言っても過言ではない。
次男アレキサンダーが二十四歳、三男アルフレートが二十一歳、更に前衛のセフィーナが十七歳という司令官の異例の若さは皇族あっての人事である事は疑い無い。
「前衛の妹は我々の兵力を見て、まず後退するだろう、二万ずつの兵力の兄達と合流すれば四万八千という兵力になり、我々と互角の戦いが可能となるのだから」
相対する南部諸州連合軍の司令官アレクセイ中将とメルヴィン中将はそう予想したが目論見は外れた。
セフィーナ率いるアイオリア帝国軍前衛は南部諸州連合軍から二日の位置になるヴァルタ平原にある古い砦に入り、急ピッチで改修作業を進めているとの報告が入ったのである。
「戦い易いヴァルタ平原に先に陣取る先手の有利さを棄てたくなかったのか」
「我々を引き付けて籠城し、味方の到着で形勢を逆転するつもりだろう」
「いや、アイオリアの子達は仲が険悪になっている者もいると聞く、手柄争いがそのまま次期後継者争いに繋がっているので、我々の大軍を前に退くも攻めるも出来なくなっているのだろう」
連合軍合同会議。
アレクセイ、メルヴィン両部隊の幕僚から様々な意見が出たが、そのどれもが決定的な決め手は持たない。
ただアイオリア帝国一族の最重要人物の一人である皇女セフィーナの部隊が両中将の前に数分の一の兵力で、大した規模もない放置されていた砦に閉じ籠り、必死に改修作業をしているという現実だけがあった。
「放っておいても仕方があるまい、ここに留まって相手の合流を待つのは愚の骨頂だ、人民たちに戦闘意欲を疑われるぞ」
「そうだな、ともかく相手の援軍が到着するまでに四日の猶予がある、こちらは二日でヴァルタ平原に出て、全力攻撃をもって二日以内に砦を陥落させれば問題はないのだからな、落ちそうになければ、相手の援軍が来る前にハッファ山地方面に退く手だってある、もちろん援軍と戦う手だって残るよ」
積極攻勢を主張したアレクセイ中将にメルヴィン中将も当然の様に同意する。
兵力八千に対し五万。
確かに圧倒的。
しかし、それは正面を切って対峙した場合である。
完全に砦に籠り、守りに回った八千を制圧するには五万の軍勢では確勝でない事ぐらいの軍事常識は両中将は当然に持っていた。
油断はせずに全力攻撃を行い、戦況とアイオリア軍の本隊の動きを観つつ柔軟な作戦を展開しようと彼等は画策する。
極めて妥当かつ安全性も高い作戦に一見は思えたかもしれない。
しかし······彼等には指摘されれば違うと否定するかもしれないが、一つの達成可能な野心が彼等には芽生え始めていた。
もしアイオリアの一族を一人でも討ち取るなり、捕らえるなりをすれば、功績は歴史に残る類いの物になり、今後の軍人としての栄達は思うがままであろうという野心が。
***
ヨヘン。
アイオリア帝国でも、南部諸州連合でも、ガイアヴァーナ大陸では割と聞く名前。
ただし男子のそれである場合だ。
百五十五㎝の身長。
薄栗色の髪の短いポニーテール、パッチリした瞳、ややふっくらした印象を与える黄色の肌を持つ童顔の女性に似合う名前では決してない。
だが彼女は父に付けられた名前に不自由さを悩みながらも乗り越え、数年前に幸せな理由で苗字を変えたが、また不幸な諸事情により戻すという予想外の事故を経験しつつ、二十七年の歳月を過ごし、今はアイオリア帝国軍中佐という地位に就いていた。
「ヨヘン」
「シア、少し待ったよ」
部隊の野戦用の天幕の前で待っていたヨヘンに声をかけたのは同僚のシア・バイエルライン中佐。
綺麗な黒髪のセミロング、百六十五㎝の身長に高いレベルで均整のとれたプロポーション、黒い二重の瞳に細面の顔、ヨヘンと同じ黄色系ながらも白い肌の美しい女性だ。
年齢はヨヘンと同じ二十七歳。
見た目はまるで違うベクトルを持つ二人の女性は単なる同僚ではない、士官学校時代からの数年来の親友である。
「皇女殿下からの直接の呼び出しなんて思い当たる節が無いんだけど、シアはわかる?」
「わからないわ、皇女殿下が師団幕僚でもない私達の名前を知っているか、疑問よ」
足首を隠すくらいに草が伸びた平原、そこに幾つも立てられた天幕の間を並んで歩きながら、二人は司令官である皇女からの突然の呼び出しに疑問を呈し合う。
「一体なんなのかしら?」
「まぁ行かない訳にはいかないし、心配してても起こる事は起こるしね、行けばわかるよ」
「楽天家なんだから······ヨヘン、あなたはそんな事だから、せっかく掴んだ幸せを棄てて実家に戻る羽目になるのよ」
悩み出すシアに対し、ポニーテールの後ろ頭に両手を回しあっけらかんにも聞こえる口調で答えたヨヘンだったが、手痛い反撃に童顔の頬を思いっきり膨らます。
「あのねぇ! 見映えはそんなに良いのに、そういう相手にいまだに会えない方に心配されたくありません」
「言ったわね!?」
「言いましたとも!」
ヨヘン・ハルパーとシア・バイエルライン。
二人は皇族からの突然の呼び出しを受けた緊張に対して、そんな拙い言い合いを緩和剤に変えられる仲であった。
「ご苦労様であります、私は閣下の副官のルーベンス大尉であります、こちらで皇女殿下、いや少将閣下がお待ちです、ご内密の話にてお二人だけでお願い致します」
副官のルーベンス大尉は二人に敬礼し、司令官専用の布張りの野戦幕舎を案内する。
「ありがとう、了解しました」
ヨヘンはルーベンスに頷き、シアは軽く敬礼を返して幕舎の前に立つ。
副官も聞かない内密の話。
シアはここに来ても思案を巡らせつつ、親友と顔を合わせようとしたが······
「お呼び出しに応じて、ヨヘン・ハルパーとシア・バイエルライン参上つかまつりました、失礼いたします」
相方が思いきった様子で早口でそう告げ、相手の返答も聞かずテントに入ってしまったので、気は進まずともそれに続く他に出来る事は無くなったのである。
「ご苦労だったな両中佐、こうして面談するのは初めてだな、私はセフィーナ・ゼライハ・アイオリアである、これは私の護衛のメイヤ・メスナー軍曹だ」
挨拶もそこそこにテント内に入り込んだ二人を迎えたのは作戦用テーブルに座った銀髪の美少女。
セフィーナの背後に控えた護衛のメイヤ軍曹が二人にペコリと軽く頭を下げる。
「早速、座ってくれ、いや座る前にどっちがハルパー中佐で、バイエルライン中佐かをまずは教えてくれ」
「私がシア・バイエルラインです、閣下」
「では貴官がヨヘン・ハルパー中佐か?」
「そうです」
「ふぅむ」
帝国皇女の態度は予想より柔らかかった。
シアが少なくとも処罰や問責の類いではない事を察する。
セフィーナはやや意外そうな顔をしていたが、シアには容易に理由が解る。
初対面の相手にヨヘンが名乗ると少なからずこの手の反応があるのだ。
「済まないな、許してくれ」
「えっ?」
「貴官らの名前は聞いていたが、詳細はまだ聞いていなかったのだ、ヨヘン中佐の名前を聞いて勝手に男性を思い浮かべていた、失礼したな、済まない」
「謝罪など勿体ない、親がくれた名前です、幼少期は悩みもしましたが、二十七年間も名乗っていると誇らしげにも思います、閣下」
思わぬ帝国皇女の謝罪に正直、驚きつつも笑顔を浮かべるヨヘン。
「そうか、なら私も気が楽になった」
セフィーナはそれに優しい表情で頷くと、
「では······もう少し自己紹介がしたいが時間もない、さっそく貴官達に我々の部隊がこれから行う作戦を説明する、質問は随時聞くから遠慮なくせよ」
作戦机に周辺地図を広げ、いきなり切り出す。
「お待ちください、皇女殿下」
「どうした? バイエルライン中佐、まだ作戦概要の説明もしていないのに質問とは少し気が早いのではないだろうか?」
慌ててシアが制止すると、セフィーナは顔をしかめた。
「殿下の意図が解りかねます、どうして一介の大隊長程度の我々だけを呼び出して作戦の説明をされるのですか?」
疑問はもっともだ。
ヨヘンとシアの二人はセフィーナの麾下であるテヘラン少将の部下であり、更にその中でも最上位という訳でもない。
中佐という階級で司令部付きでもないなら、司令官から直接作戦の説明を受けるなどあり得ないのが通例だ。
「なぜ呼び出しを受けたのか、テヘラン少将から説明されなかったか?」
「受けておりません、ただ殿下の元に二人で行くようにと」
「作戦の為とは言っておいた筈だが、やはり気に入らなかったか? 説明を私に押し付けおって老人め」
首を横に振るシアに舌打ちをして下を向きながら唇を噛むセフィーナだったが、まぁいい説明すれば済む事だ、と呟くと顔を上げに二人に視線を戻す。
「出撃前に行った部隊訓練や模擬戦を司令官として観察し、貴公等の指揮や判断に目をつけて、直接指揮にくれと我が儘を言ったのだ、早い話が私はそなたらを高く評価している」
「高く評価? 我々をですか?」
シアは声が高くなってしまう。
今まで将官クラスの人間にそういう評価を受けた事が無かったからである。
ましてや相手は皇族だ。
「今回、勝つにはテヘラン少将や他の者には任せられない、観ていて荷が重そうだ······だから二人に任せたいと思った、今までの分隊ではない規模の部隊を指揮してほしいのだ」
セフィーナの形の良い唇から出た意外な言葉。
二人は顔を見合わせた。
彼女等の上官を飛び越して、地位からは不適用な規模の部隊を指揮させる。
普通では成り立たない。
しかし目の前の少女は只の一司令官ではない、アイオリアの皇族なのだ。
「しかし、皇女殿下は私が女である事すらお知りになられなかった、見ず知らずの中佐二人にテヘラン少将に荷が重そうな大役を任されるのですか?」
「前から目をつけていたと言ったろ、部隊編成時の基礎訓練から最近の対抗戦訓練まで貴官らの指揮能力はキチンと見据えたつもりだ、他のプライベートな事柄を知るとか知らないというのは本作戦にさしたる影響は与えない、私は勝ちたいのだ、だから二人に協力してもらいたい、そなた達も勝利したいだろう?」
セフィーナは微笑む。
アイオリア皇族に直接に対峙するのは二人とも初めてだった。
帝国国民の多くが皇族に直接会う事などあり得ない事であるが、第五子にして長女であるセフィーナはその中でも様々な層の国民に人気が高い。
一因を担うのが美しい銀髪の容姿だが、皇室関係の報道から知る事が出来る彼女の聡明さを表す様々なエピソードも、また人気を集めている。
ヨヘンもシアも全部が全部そうではないだろうが、大部分がマスメディアによる皇室プロパガンダの一種と思ってもいた節があった。
だが会って数分も経たない内に、それらの聡明さを示すエピソードは誇張ではないと思い始めていた。
「作戦は以上だ、進行上で私の説明した予想と作戦が違えて、速やかな連絡が不可能な場合の状況判断は貴官等に任す、なお今作戦遂行中に限り指揮下の部隊の全命令権は私から貴官らに委譲されている事を前もって通達しておく」
セフィーナの作戦説明が終了する。
しかし、シアもヨヘンも返事をせず、テーブルに広げられた作戦地図を注視していた。
「偵察によると連合軍は行軍速度をかなり早めながらこちらに向かっているそうだ、敵戦力はこちらの五倍以上、戦場は帝国領土だが競合地域、コンテストエリアではある、しかし地の利も天の時もこちらが握っているんだ、勝機は十二分にある……どうだ? 私に乗らないか?」
やるのかやらないのか?
命令できる立場であるのに、帝国皇女セフィーナは二人の反応を待つ。
「この作戦は皇女殿下が?」
「無論だ、参謀達は揃って籠城して兄上達の到着を待てだとか、速やかに後退して兄上達と合流すべきだとかしか言わないからな、それは相手も解って予想もしているだろう、ならばそれを利用するのが戦略という物だ、いやこの戦の規模や範囲をいえば戦術だな」
シアの質問にセフィーナは頷く。
ヨヘンとシアは頷き合い、立ち上がって揃った敬礼をセフィーナに向けた。
「慎んで!」
「喜んで!」
親友と敬礼と意志は揃ったが、口上が違えてしまったのをシアが横目で気にする様子に、帝国皇女セフィーナはプッと吹き出し、
「二人は面白いな、これからは私を皇女殿下などと堅苦しく呼ばずに軍務中は階級で、何かの機会があったら是非にセフィーナと呼んでくれたら嬉しいと思う」
そう言いながら、案外に人懐っこい笑みを見せたのだった。
続く