9/67

極東の魔王その５

その日の夜、ヨハンネのキンブレイト邸でもグレイゴスとジュリエンタと食事をしていた。

食卓に並ぶの豪華な料理。

豚の丸焼きやステーキ。

外国から仕入れた珍しい食べ物まで揃っていた。

キンブレイト家は一代で地位を築き上げ、今では一部の地方の地主である。

ぶどう・ワイン・エール酒・麦酒などを製造し、市場で大当たり。

キンブレイトの名を知らない者は居ないほどだ。

そして、キンブレイト邸には１００人の使用人と３００人の農奴を抱え込んでいた。

欲しい物は何でも手に入れる。

それがグレイゴスの思想である。

無言の食事の中、ヨハンネが何が言いたい素振りをし始めた。

彼はある事を考えていた。

それは昼間の女剣闘士の事である。

（僕はどうすれば、良いのだろうか……）

彼女を救う方法……

脱走……見つかれば死刑だし。

替え玉？いや無理だ。

ジパルグ民族なんて、彼女ぐらいだろう。

（考えろ！何かあるはずだ）

ヨハンネの様子がおかしい事に気が付いたジュリエンタが手を止めた。

「あらぁどうしたの？ヨハンネ」

それにグレイゴスは反応しヨハンネを見つめた。

ヨハンネはひらめく。

「父上。お願いがあります」

真剣な顔で言った。

（もう彼女を救うにはこの方法しかない）

「ん？お前が願い事とは、珍しいな」

不思議な顔をしながら、肉を切り、口に持っていく。

「あの…その…奴隷の人を買って欲しいのです」

それを聞いた瞬間、目を見開いてグレイゴスは驚いた。

グレイゴスは手を止めて、食卓にナイフとホークをゆっくりと置いた。

肩を震わせて、突然、大笑いした。

「ガッハハハハ！！！流石、わしの子だな。そうか、人が欲しいか！？面白い。ヨハンネは暴君になるぞ。なぁジュリエンタ？」

「ウフフ。私も驚きましたわ。こんな大胆なヨハンネは初めてです」と口を押さえて笑った。

「いいんですか？」と真剣な眼差しで聞く。

「よかろう。それで、どこの奴隷が欲しい？サンベル地区か？それともアリテナ地区か？」

サンベル地区とアリテナ地区はスラム街として有名であり、常に人狩りが行われている場所である。

「いえ。違います。女剣闘士を１人欲しいのです」

「ほぉ？」

グレイゴスは釈然としなかった。

（なぜ、そこまで、その剣闘士にこだわるのか……？）

口で言わずとも、ヨハンネはそれを悟り、語り出す。

「――実は今日、闘技場で１人の女剣闘士に出会いました。それで、僕は衝動的に欲しいと思ったのです。だから、父上、彼女を買ってください！」と立ち上がる。

ヨハンネは父を説得するには、“欲しい”と言えば買って貰えると思った。

言っている事と内心は違っていた。

ただ、彼女を助けたいだけであった。

欲しいという感情は存在しない。

罪もない彼女を地獄から解放してあげたかったのである。

彼はそう思っていたが、心のどこかでは、彼女が欲しいという感情がなかったとは、棄てきれない。

だが、救いたいのは、確かだった。

「そうか。なるほどな。よかろう。お前の願いは叶えてやる。それで、その剣闘士の名はなんという？」

「それが名が無いようです。ただ、“極東の魔王”と言う称号が付いているだけです」

「はて？どこかで聞いたような称号だな？」と顎鬚を触る。

「それは最近有名なジパルグの女ですよ」

ジュリエンタ噂好きで話好きな人である。

彼女は国の隅々の噂話をほとんど把握している。

「あぁ思い出したぞ。よし！なら明日でもサルサットの奴に話をしておく。さぁ座れ」とヨハンネの肩に手を置き座らせた。

「ありがとうございます！」と彼は目を輝かし、純粋に嬉しいと思ってしまった。