シュッペルハイト号の完成 その2
「―――――――っと言う事だ」
「……私に言われても、何ともお答え出来ませんが…?」とミネルヴァは困惑しながらもメイドとしての仕事に追われている。
ダマスからの話を流れ作業で聞く。
今度は苗木の手入れをするようだ。
しかし、ミネルヴァが手に持っているのは手入れ用のハサミではなく―――――お馴染みの長剣だった。
これで、どうするんだと思っていたダマスは思わず話を止めてしまった。
腕組をして、それを眺める事にした。
彼女は見られている事をまったく気にせずに、おもむろに長剣を構えると、片手で巧みに操って、絶妙な感覚で小枝や形を整えていく。
それにダマスは驚愕する。
(こいつ、すげぇ……)
ダマスはジパルグ民族は手先が器用だと噂では聞いていたが、これほどまでとは思わなかった。
だが、彼女の繊細な技に一点だけ欠点の様なものがあるようだ。
「えと、何でヨハンネの形をしてんだ?」
「なんとなくです。これなら、病むご主人様が喜ばれると思いまして――――――もしかして似ていませんか?」
「いや……そういう問題ではないが。てか、まるで、暴君みたいだ」
見上げてながら、口にしたダマスは、気になっていた事を尋ねた。
「それで、ヨハンネはまだダメなのか?」
「はい。ここ数日、お部屋で寝たきりです。起き上がれないほど、衰弱しています」
彼女はそう言うと、手を止めて、心配したような目でヨハンネのいる部屋の窓を見上げた。
それに釣れれて、ダマスも見上げる。
ヨハンネの部屋の窓はカーテンで閉められて、そこだけ薄暗いように錯覚してしまい、雰囲気だけでヨハンネの悲しみがここまで伝わって来る。
(辛いな…)
それは、誰だってそうなる。
真実がどうあれ、父親が殺されたのだから。
(自分の知らない間に……)
ダマスが大きくため息を吐く。
「―――――これは、今日も無理そうだな」と両肩を上げた。
「では、先ほどのお話は私がご主人様に伝えておきます」
「ん。……なら頼んだわ。あいつにとって、お前は大きな支えみたいだからな。守ってやれ。治安が悪くなってるから、尚更、守ってやれ」とダマスはその言葉を残し、帰っていった。
その背中に向かってミネルヴァは言った。
「把握しました」
―――――その日の夜。
ヨハンネが居る部屋の外に一つの影が忍びよる。
扉に手を掛けて、開けようとしたがどうやら鍵が掛かっているようである。
しかし、その者は諦めず、カチカチと何度も開けようとした。
それでも開かず、イラっと来たのか、最終的に扉に蹴りを入れ、破壊した。
影はミネルヴァだった。
彼女の目の前には心の病で床に伏すヨハンネが居た。
「……あぁ」
いつものリアクションは無かった。
どうやら、ヨハンネは横目で窓の外を見つめ夜空を眺めている様だ。
彼女は、足で踏んだ扉を見て言った。
「何故、鍵を閉められたのですか?」
「いや……それはロベッタさんが最近、物騒だからって閉めたんだけど……」とミネルヴァに振り向いたが壊された扉を見てしまい困惑する。
(金具が根元から、外れているのか……)
「…申し訳ありません。その事を忘れていました」
「天然なんだね。ミネルヴァは……」
「天然とは?」と知れない言葉のように首を傾げた。
「どうだねぇ……」とまるで上の空。
「ダマスさんからの伝言です」
彼女は昼間に聞いたダマスの話をヨハンネに漏れることなく詳細に伝達した。
「へぇそうなんだ。帝国がもうそこまで来ているのか……そろそろだね?この国も……」
「ご主人様?」
ヨハンネの瞳がどこか、遠くを見つめている。
そして、弱弱しかった。
元気がないヨハンネを励まそうと、ミネルヴァが語りかける。
「―――――――例え、この国が滅びようとも、私は最後まで貴方の側にお使えします」
「それは……ダメだ。絶対に……」
「私はあのとき決めました。貴方を守ると」
あの時とは、グレイゴスの葬儀の時、ヨハンネが父の墓石の前で泣きついていたのを影ながら見ていたからである。
そのとき、彼女は改めて誓い直した。
彼を支えよう、彼を最後まで守ろうと。
「だからッ!!!」と父を失った悲しみとなにもできない自分の苛立ちが入り混じり、彼の感情を荒れさせる。
怒気する彼を彼女は見限らず、嫌気もなかった。
ここで、頬を殴られようとも、蹴られようとも、彼女の心はそんな程度では揺れないからだ。
彼女の鉄の心は、強く、どこか優しかった。
ミネルヴァは、いつの間にか、ヨハンネの近くに寄り添うように、彼の手を両手で強く握っていたのだ。
彼女の手から温もりが直接伝わるのを感じたヨハンネはなぜか怒りがひいた。
彼女はおもむろに自分の頬に当て、無表情であったが、ヨハンネを心から気にかけているんだと感じさせた。
「怖いんですよね?辛いのですよね?でも、心配ありません。私が側に居ます」
その母親が子供を安心させるかのような語り方に、ヨハンネは思わず、涙が込上げてきた。
「……つぅ」
充血した彼の瞳を見上げる彼女が小首をかしげる。
「…私は何かいけない事でも言いましたか?」
「…違う。違うんだ。これはうれし涙だよ。君に出会えて良かったって思った」とニコッと彼は笑う。
(僕は父上の死で、挫けてたらダメなんだ。彼女を救わないと)
ミネルヴァをこのままにしてはおけない。
(こんな、どうでもいい僕を彼女は真剣に思ってくれる……。なんて、彼女は素敵なんだろう……)
部屋の外で、ロベッタとハルトがその二人の姿を扉の隙間から覗くように密かに見ていた。
「ヨハンネ様が元気になられると良いのですが……」
「あのさぁ。今、思ったんだけど、私兵って言うより、恋人同士にしか見えないのは、おいらだけか??あれ、接近しすぎでしょ?普通なら、汚らわしいとかいって殴られるよ」
「そうね。もしかして、これは身分を越えた熱い恋物語なのかしら?、きゃ。考えたら照れちゃうわ―――――」
「何言ってんだ。このおばはんは……」とドン引きするハルトだった。
そして、その二人の会話がそのまま、ミネルヴァに丸聞こえだであったが、言っている言葉の意味が理解できていなかった。
なにを話しているのだろうか?ぐらいの感覚だった。
これが鈍感というべきなのか、なんというべきなのか。
彼女は教養を受けていないので、わからないのも当然なのかもしれないが、意味を理解したとき、彼女はどういう反応をするのだろうか。




