トルナシー砦を奪還せよ! その4
「――――――団長殿!こ、これ以上は全滅します。退却命令を」
部下の悲痛な叫びがイサルに向けられる。
「えぇい、退却だと?!退路を絶たれているのだぞ。どこへ逃げるのだ、この馬鹿者が」と怒鳴った。
「しかし、あいつらは化け物です!我々の戦術が通用しません」
青年の騎士が指差す方向に戦慄が広がっていた。
騎士の鉄壁とも言える防衛陣に迷う事なく、飛び掛かったレイラは斧を巧みに操り、騎士が身につけている鎧に叩きつけて余裕で凹ませる。
敵の足を切り、体制を崩した所から、頭上に斧を落とす事もする。
ガツンと鈍い音がした。
しかし、彼女は血が自分の服に飛び着かないような、闘い方をしていた。
たった一人で騎士団の分隊がいくつやられたか数えきれない。
彼女は疾風のように流れ、騎士と騎士の間をすり抜けていく。
また、キュナンと名乗った少女は驚く事に片手でクレイモアを持ち、軽々と振り回す。
彼女のクレイモアは1メートルもある刀身があり、鍔から左右に大きく張り出していて、先端は少し丸みがある。
白い蛇の模様が装飾品が施されており、見た目から恐怖を煽るような大剣で、皇帝フェザールからの贈りものである。
彼女の大胆な攻撃に騎士達は翻弄された。
近づこうにも、近づけない状態だ。
騎士は刀身に当たっただけで、身体が持ち上がり、回転しながら、地面に叩き落され、高々に突き上げられた者は味方の頭上に落ちる。
比較的、小柄なソーイでも立派な刀剣を手にし、二刀流で斬り込んでいく。
騎士の盾を真ん中から二つに割り、首を深く斬り裂く。
彼女はレイラとは違い、返り血を浴びても、なんともないようである。
ダリアは強そうなイメージは無い。
どっちかと言うと、優しいそうな雰囲気を出している。
彼女の武器はレイピアであり、他の彼女らとは戦力はあまりないように見える。
が、その考えは甘かった。
彼女はレイピアで鎧のつなぎ目辺りを神速の如く突き刺し、相手の急所を狙ってくる。
騎士団は戦意消失により、総崩れ。
我先にと閉ざされた城門に逃げ、堅く閉ざされている鉄門を押したり、引いたりと
必死になっていた。
「ばか者!戻らんか。それでもジャバ王殿下の盾かッ!!!」
イサルの命令は恐怖に駆られた騎士には届かなかった。
そんな中で、ようやく堅く閉ざされた城門が開いていく。
待っていたプルクテス国軍の増援部隊である。
「お味方部隊が到着ッ!!!門が開きました!!」
これを好機と見たイサルは剣を高々に掲げ、鼓舞する。
「敵前逃亡は死罪であるッ!!生き残りたければ、敵を屠れ!プルクテス国の意地を見せよ!!」
その言葉に騎士達は方向転換し化け物に向かって攻撃を再開した。
増援に着た司令官も続いて部下に命じる。
「国軍兵士に告ぐ!各部隊長の指示の下、小隊に別れ、包囲戦を展開。疲弊させるのだ。これだけの兵力!我らの勝利は目前ぞ」
「「「「おぉ――――――――!!!」」」
「戦闘隊形!槍隊前へ」
それに反応した四人の少女らは騎士から距離を取った。
「めんどくせぇな。畜生」
「あらら、これはまずいわ」
「あたち、疲れたですの」
「うちもそろそろ限界っす」
「たっくよぉ。おめぇーら貧弱すぎ」とレイラはイラついているようである。
足手まといとでも言いたいのか、それとも、強がっているのか。
普通は多勢に無勢と言うべきだろうが。
それでも彼女らは恐怖を知らないような顔をしていた。
他から見たらこれだけ動いて、兵を殺しても、まだ余裕なのかと、言いたいくらいだ。
四人の少女に一万の軍勢が迫り寄る。その内、半数は砦の外に待機中だ。
追い詰められていたが、今度は反撃だ。
袋小路にしてやる。とそう思っていた矢先、絶妙なタイミングでどこからか、角笛が鳴り響いた。
プルクテス軍人に聞き覚えの無い独特な音である。
角笛の音がした方向へと目を細めながら、沈みかけた太陽の辺りをよく見ると、帝国側の国境線上に黒竜の旗が掲げられていた。
「て、帝国軍親衛隊?!」一人の兵士が叫んだ。
それに、兵士と騎士の動きがピタリと止まった。
まるで、時が一瞬止まったようであった。
「バカな…親衛隊だと?!!……まさか……?」
イサルの脳裏に嫌な事が浮かんだ。
皇帝の象徴でもある黒竜の軍旗をわざわざ、プルクテス国にまで携えて来ているとなると、皇族がこの場に来ていることになる。とそう判断した。
――――――――ちょうどその頃、トルシナー砦から数キロ離れた先に帝国軍野営地総司令部が置かれていた。
そこにある者が腰を据えていた。
格段に大きいテントに護衛兵が外の守りを固めている。
そのある者は持ってきた玉座に足組んで座り、右手にぶどう酒の入ったワイングラスを片手に、凛々しい姿で、ほくそ笑んでいた。
その手に持つワインは奇しくも、キングレイト商の物だった。
「ククク……クッハハハハッ―――――ッ!!!遂にここまで来た。プルクテス人に殺戮と血の雨を見せてやりたい。そして、根絶やしにしたいところだが……」
「―――まだその時ではない。ですな?」
「流石はバルカス。その通り。私がわざわざここまで出向いて来たのは、ある事を起こさせる為」
「楽しみですな。同じ民族同士の殺し合いは」
「女、子供が無差別にめった刺しにされ、殴り殺され、国が弱ったところを最後に私の親衛隊が慈悲なく悪魔の軍団のように踏み潰していく。実に素晴らしい結末ではないか。想像しただけで、笑いが止まらん。そして早く、見たい」
「兵の士気は十分です。また、別働隊も既に準備が出来ております。あとはご命令さえあれば……」
「後は、任せたバルカス。下がっていいぞ」と言った。
「では、外します」と敬礼しながら深く頭を下げ、テントから出て行った。
それを確認したフェザールは立ち上がり、後ろに飾っていた一枚の肖像画に目を送る。
「お母様。あと少しですよ。あと少しで、お母様の仇が取れます。それまでは暖かく私を見守って下さい」
フェザールはさっきまでの凛々しく、冷血な皇帝の雰囲気から一変し、哀しい表情をして、その肖像画を見上げていた。
それはまるで、母を惜しくも、失った少年の顔のようである。




