トルナシー砦を奪還せよ!(挿絵あり)
―――――――――トルナシー砦にて―――――――――。
トルナシー砦とはプルクテスと帝国の国境線に築かれた要塞である。
そこには石で積み上げられた灯台が設営されており、常に帝国側の動きを見張っていた。
国境線の緊迫した空気は耐え難いものだ。
いつ攻めて来るかもわからない、状況下で体調を悪くする者もいる。
「なぁ?聞いたか、帝国軍が北部で苦戦しているらしいぞ?」
「あぁ―――“北壁”の奴らだろ?あいつら、豪雪に慣れてるからタフだし。一層、このまま帝国軍が雪の中で全滅でもしてくれれば、俺たちの国は安泰なんだけどなぁ」
監視兵がそんな夢話を言いながら、空を見上げる。
緊迫はしているが、いつもと変わらない景色を眺めながら、ため息が出る。
もういい加減にしてくれ。そんな声が喉の奥から込上げてきそうになるが、上官が近くにいるので、そのまま飲み込んだ。
――――――守備隊が詰める兵舎では、勤務慣れした兵士たちが、どうせ攻めてこないと思い昼間から酒を豪快に飲み干す。
無理もない。
このトルナシー砦が築かれてから一度も帝国軍からの攻撃はなかった。
城壁は小山のように高く、石造りで堅牢にとつくられており、容易には突破する事は出来ない。
ここを突破するなら、帝国軍主力の第一師団、第二師団を駆り出さないと厳しいだろう。
それが勤務慣れしている兵士にとって安心感を抱かせていた。
トルナシー砦守備隊長、貴族出身のこの男の名はモダ。
彼もまた部下と共に優雅な食事をしていた。
食卓に並ぶのは、大きな鯛のバター焼、肉厚なステーキ、塩でゆでた赤海老の盛りつけ、更には、珍しい野鳥の丸焼きまであった。
それをむさぼるように食い、口に溜まった物を陶器に注がれた赤い液体で一気に胃袋へ流し込む。
「ぷはッ。いや、なんと、これは美味い!」
そんな上機嫌な声が部屋に響く。
部屋の外で、控えている兵士らが嫌気顔で文句を垂れた。
次には、高笑いが起きる。
「ガハッハハハ――――――っ!!!これなら噂が広まる理由もわかりますな!閣下?」と部下も絶賛する。
モダが納得げに頷く。
その表情に隣に控えていた中年の男性が安堵と喜びを抱いく。
「ありがとうございます。モダ閣下」
モダが卓上に空になった陶器を置くと、すかさず、その中年の男性が追加で赤い液体を注ぐ。
それはヨハンネの父親、グレイゴスだった。
今回の商談相手はモダ男爵。
モダ男爵の信頼を得るために、直々に赴いたのである。
やはり、下っ端と営業主とでは、印象も本気度も違うし、なにより、直接の交渉やいろんな調整がきく。
しかし、グレイゴスにとってこれが人生最後の商談相手となるとは―――――――誰が予想出来ただろうか。
モダ達のいる部屋の扉からノック音が聞こえた。
「ん、誰か?」
「はっ!その、踊り子が来ておりますが――――お通ししてもよろしいでしょうか?」
「おぉ――――――グレイゴスは気が利くではないかっ!!!」と満面の笑みを浮かべ、グレイゴスを見上げると、ニヤけながらすぐさま、兵士に返答した。
「ガハハハハ―――――!!!よしっ、はよう通せ、はよう」
しかし、グレイゴスは不思議な顔をし腕組みをして思い出そうとした。
(わしは呼んだ覚えがないのだが………)
扉がゆっくりと開いた。
マントに身体を包む一人の踊り子風の身なりをした者が入って来た。
「…貴方がモダ男爵ですか?」
「うむ。そうじゃ。わしがヨダ・フォルテじゃ」
「お会いで来て嬉しいです。では早速―――」といきなりマントを勢いよく取ると踊りこの隠した素顔が見せた。
雰囲気で騙されていたが、少女は踊り子の衣装を身につけていなかったのだ。
代わりに身につけているのは軽装の鎧だった。
動きやすいように膝上のズボンに革製の鎧。
明らかに、暗殺を生業とする者の格好だった。
モダは少女の右肩に視線が行く。
「なっ右肩に蛇の入れ墨?!き、貴様は―――ッ?!!!」と言い切る前に腹を横一文字に切り裂く。
ヨダは膝から落ち、顔面から倒れ込む。
その足元に倒れたヨダの背中を踏みつけると悪魔のような笑顔を見せた。
※やさぐれ様提供。
異様な雰囲気に周りは包まれた。
小さな少女が人を殺して、喜んでいるからだ。
「あーあ。もう死んじゃったのね。残念」と言うとさらに踏みつけた。
それにようやく状況を理解したモブの部下らが、我に返り激昂する。
「な、なんていうことを」
「お、おのれ!!!」とヨダの部下が叫ぶ。
グレイゴスは突然過ぎて、硬直してしまっていた。
(ここから、逃げなければ…)
直感でわかった。
“こいつはやばい”と。
だが頭でわかっていても身体が動かない。
まるで、金縛りにあったように。
(クソっ。なんで、動かない。わしの足…動け、動けっ!)
そのグレイゴスを守ろうとヨダの部下らが彼の前に出て剣を抜く。
「…おじさん達はあたちの獲物なのね。レイラに言われたの。皆殺しにしろって」
またもや足でヨダの頭を強く押しつける。
「この野郎っ!」と一人のヨダの部下が剣を構えて立ち向かった。
その勢いに乗って、残りの二人も続く。
謎の少女はその相手の攻撃をひらりとかわす。
次の攻撃を自分の剣を弾き返し、体制を崩したところに何度も斬りつけた。
一人の兵士には回し蹴りをくらわせて壁に叩きつける。
「がはっ」
「くっ……無念――――………」と最後の一人が崩れ落ちる。
この部屋に残ったのはグレイゴスだけとなった。
壁に背中を付けて絶対絶望というのはこの事だ。
逃げ道は塞がれ、辺り一面に飛び散った血痕。
グレイゴスの服にも血が付着していた。
少女と目があってしまった。
「こ、殺したければ殺すが良い!」と覚悟を決めて一歩前に出た。
(どうせ、殺される…)ともう諦めモードだった。
「では、遠慮なくなのね」と走り込むと、彼の腹に剣を突き刺した。
西洋剣術で良くある突き上げである。
レイピアなどによく使われる。
「ぐっ……うぅ…」
しかし、謎の少女は片手でそのまま持ち上げる。
剣越しに血が流れていく。
そして、謎の少女の顔にも何滴か落ちていく。
しかし、少女は動じない。
むしろ、楽しんでいるようだ。
ニッと笑った。
「ば、化け物め!神の天罰をう、受けるがよい」とグレイゴスが言う。
それに反応しまた笑顔を見せると言った。
「神なんて存在しないのね。強いて言えば神はフェザール様になるのかな?………フフフフ」とまた悪魔のような笑い声を出すと、無慈悲にも剣を右下に勢い良く振り下ろした。
刺さっていたグレイゴスの体は剣から抜け落ち床に叩きつけられる。
グレイゴスは目を開けたまま、既に息絶えていた。
「おい!ソーイ」
どこからか、彼女を呼ぶ声がすると、もう一人の少女がどこからかやってきた。
「おいおい。てめぇ、商人まで殺したのか?」
少女が不機嫌そうな顔でソーイに向かって言った。
血まみれのままで、彼女に振り返るとモジモジしながら言い訳をした。
「だって、レイラが言ったもん。皆殺しにしろって…だから…」
「たっくよぉー誰が商人まで殺せって言ったんだ?あん?それくらい分かれ馬鹿」と呆れ返ると、ソーイを叱責した。
「…ごめんなさい」と目頭を赤くして、レイラを見上げながらポロポロと涙を流した。
レイラはため息を一つすると、ソーイの頭を優しく撫でた。
「次は気を付けろよぁ?」
それにソーイは小さく頷く。




