小さな泥棒 その2
キンブレイト邸の広場で、ミネルヴァとヨハンネは稽古を続けていた。
「このっ!」
ヨハンネは何度も彼女へ斬りかかる。常に動き続けるミネルヴァは汗一かかず疲れも機敏な動きに鈍りもなかった。限界が彼女にあるのか、と疑問に思ってしまうほどだ。
ミネルヴァは無駄な動きを最小限に抑え、体力の節約している。ヨハンネだけが息を切らしていた。満身創痍に戦う彼女の主は脚が縺れておもわず膝をついた。それを見たミネルヴァが急いで寄り添った。
「大丈夫ですか?」
「はぁ…はぁ…だ、大丈夫……少し疲れただけだよ」
そうですか、とミネルヴァが安心したようにつぶやいた。そんなとき、近くの茂みで木の枝が折れるような音がする。彼女が敏感に反応しその方向に鋭い視線を送る。
――――――突然、茂みの中で慌しく蠢き、ミネルヴァから逃げるように遠のいていく。彼女はそれをすぐに追うような事はしなかった。相手がなになのか見定めている。
ヨハンネが眉を顰める。
「…なんだろうか、猫とかかな?」
「…確認してみます」
ミネルヴァはおもむろに近くに落ちていた石ころを拾う。そして、その謎の物体に向かって思いっきり投げつけた。投げた石が音をたてる。ゴツンという鈍い音と共に悲鳴が上がる。
「うぎゃぁぁぁあああああ―――――」
それは人間の声だった。
(―――――――あらら…死んでなければ良いけど……)
「ご主人様はここに居て下さい」
持っていた剣を鞘に納める。
「えっ、あ、うん。わかった」
ミネルヴァが石ころを投げた方に行く。ヨハンネはそのタイミングは案外、有難かった。剣を地面に突き立てて、もたれ掛かった。
ミネルヴァの姿が見えなくなってから数秒後、何かを引きずる音が聞こえた。彼女が再び茂みから出てきたときには右手に服の襟を掴まれ引きずられている者がいた。
「…………」
その者は気絶しているのか、死んでいるのかわからない。ミネルヴァはそれを物の様にヨハンネの足元にその者を放り投げる。その勢いで目覚めた。
「がはっ。い、痛たたたた。頭が……血とか出てないよなっ?!」
頭をさすりながら大粒の涙を一滴地面に落とした。どうやら生きていたようだ。それにヨハンネはホッとした。
「それで君はここに何しに来たのかい?」
「ふん!誰が言うもんか」
腕を組んでそっぽを向いた。
(―――――――早速、その態度か、あははは……)
ミネルヴァが付け口のようにヨハンネに報告する。
「ご主人様。この袋の中にはもぎ取られたぶどうが入っていました。―――――彼は泥棒です」
ミネルヴァが言う通り、麻袋の中には無理矢理、押し込められたぶどうがあった。粒が潰れて、紫の液体が麻袋をしみらせていた。ほのかにぶどうの香りもする。ヨハンネはその者の近くにしゃがみ込んで真剣な顔で見入った。
「そうなのかい?」
しかし、男の子は目を合わせようともしなかった。
「たまたま、通りかかっただけだ!おいらは何も盗んでなんかいない」
「ハハハァ。参ったなぁ……一応、うちの商会の大切な商品なんだけどなぁ――――………」
ヨハンネが困ったように頭をかいた。ミネルヴァがヨハンネの困った顔を見ると、ゆっくりと背後から男の子に近づくき剣を抜いて、首元に刃を当てた。
「ご主人様を困らせた者は死罪です。よって、ここで首を跳ねます」
極東の魔王と言われただけに判断は早く迷いはなかった。
「………っ」
本当に殺そうとした為、ヨハンネが慌てる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。まだ子供だし、殺すのはあんまりだよ」
「いいえ、ダメです。許せません」




