吟遊詩人
―――――――プルクテスの市街地、ヤハナ地区にて―――――。
ヨハンネとミネルヴァはいつもとは違う街路を歩いていた。
ここも他の街と同じく活気が良く、人通りが多い。
みんな、楽しくわいわいとしている。
まるで、ここが奴隷大国と忘れてしまいそうになる。
今日も彼女のご主人様は本探しのお散歩のようだ。
主人であるヨハンネは楽しいのかニコニコしながら、いろいろな出店を見て回る。
しかし、今日は珍しく、目の前にある本屋にいくと、表情が曇り、意図的に避けるようにしている。
ヨハンネの買い漁りとも言えるお馴染みの行動がなかった為、ミネルヴァは不思議に思った。
本屋の前に一度、止まる様な素振りをしたがやはり寄らなかった。
「……ご主人様?今日はどうされたんですか」とヨハンネの背中に問いかける。
それに彼が振り返ると言った。
「き、今日は我慢する事にしたんだ」と歯を食いしばる。
「それはなぜですかっ?!!」
ミネルヴァは疑問を問いかけた。
(ご主人様が本を買われないなんて、初めてだ……)
「実はダマスから聞いた話しなんだけど…今日、ヤハナの港に世界を旅する詩人たちが来るそうなんだ」
「詩人ですか……?」
(詩人ってなんだろう…?食べ物?)
「うんとねぇ~世界各地に残されている伝説とか、伝承とか、最近の出来事とか、詩にして教えてくれるんだ。凄いんだよ」
そう言うヨハンネの瞳はダイヤの様に光り輝く。
(あぁーなるほど……そう言うことでしたか…)
ヨハンネはそういう類は目にない事を把握しているミネルヴァは心の中で納得した。
―――――――それからようやく、ヤハナの港が見えてきた。
そこには商業船が多く停泊しており、物資などがわんさかと運び込んで来る場所である。
見栄えが悪いとして、奴隷船などは別の港に入る為、ここに訪れた外国人達は平和な国と錯覚してしまう。
ミネルヴァは少し自分の事を思う出していた。
(確か…私は奴隷船に運ばれてこの国に入った……)
そんな事を思っていた時、何処からか歌声と清められるようなハーブの音色が聞え始めた。
ミネルヴァは目を凝らして探る。
よく見ると一人の少女が舞台のような場所で歌っている。
その少女は白い羽根の帽子を被って青色の派手な服を着ていた。
(これが詩人ですか…?)
歌声に釣られるように人々が集まって、誰もが静かに聴いている。
ヨハンネも同じく、その人集りに向かって、その少女に目線を寄せる。
ミネルヴァは彼の隣に並んだ。
「遥か昔~ミラハルム~。王の都と呼ばれる磐石な都を築いた~。溢れる富っ!黄金。人々は微笑みを浮かべ、舞い踊る~。偉大なる王、ガランハルに敬愛した~」
ミラハルムとは、太古の時代に栄え、楽園の世界または楽園の国と言われたおとぎ話で、吟遊詩人には定番のものである。
現在、このミラハルムは戦士たちの死後の国と言われており、勇敢に闘い且つ正義と忠誠に命を捧げた者だけが逝ける場所とされる。
ヴァルハラのような所と想像したらはやい。
そこではミラハルムの門をくぐる前に白銀の竜が現れる。
つまりは門番だ。
死した魂には、いくつか質問してくるらしい。
その質問は、どのように死んだか。
その問い掛けに、真実を伝え、認められれば入ることが許され、安息と安泰、そして永遠の幸福を与えられると言われる。
「――――あの子はミネルヴァと同じ歳くらいかな?」とヨハンネはつぶやいた。
それにミネルヴァが小さな声で応えた。
「確かに同じぐらいかもしれませんね」
「ねぇ。それにしても、この耳に触れるハーブの音は良いね。気持ちが和むよ」
「そうなんですか…?」とそうでもない彼女は不思議に思えた。
舞台に上がっている少女が演奏する男たちに合図を送ると、今度は最近のものを歌い始めた。
「――――剣奴隷の小さな少女は故郷を思い出した。そして帰りたくなる~。あぁー愛しき故郷。我が同志~帰りたい~」
それはまるで、ミネルヴァの事を言っている様に感じたヨハンネは隣にいるミネルヴァの横顔を見つめる。
ミネルヴァは真剣にその詩を聞いている。
ヨハンネが見つめている事に気がついたミネルヴァは口を開いた。
「どうされましたか?」
「ううん。なんでもないよ」
「……そうですか」と不思議な顔をした。
(なぜ、ご主人様は、そんな寂しそうな顔で私を見つめるのだろうか……)
詩が終わった。
舞台に上がっていた少女が下へ飛び降りると、二人の元へと近づいて来た。




