彼女はメイド その2
ヨハンネは被っていた毛布を何者かによって一気に剥ぎ取られた。その拍子で少年がベッドから転げ落ちる。
「いたたた……」
「起きました?ご主人様」
そう聞き慣れていない声がした。いつものメイドではないとすぐにわかった。となると新人になる。新人にしては大胆な起こし方だな、と感想を持ったところで、視線をそのメイドへ向けた。目の前には黒髪の少女が目が合った瞬間、うやうやしく頭を下げる。そして彼女の足元には自分が被っていた毛布が落ちていたため犯人はミネルヴァであることを悟った。ヨハンネは苦笑いしながら打ったお尻を擦る。
「…め、珍しい…起こし方、だね」
「これが最善、かと思いましたので……ご無礼をしましたでしようか…?」
ミネルヴァの口調がすこし弱くなったのに気がついたヨハンネは気を使って、右手を小さく横に振る。
「あははは…大丈夫だよ」
そう言って起き上がるとそう思った理由の述べる。
「だって、ミネルヴァのお陰で起きれたのだから。僕、あまり、早く起きるのが苦手なんだよね。だからありがとう」
「い、いえ。私は…」
何も言わず視線をそらしたミネルヴァをヨハンネ不は思議な顔で見る。視線に気がついた彼女はいつもの無愛想な顔に戻り姿勢を正した。それから朝の飯を食べたあとヨハンネはキンブレイト邸の裏庭にある葡萄園の様子を見に出る。ミネルヴァは彼の付き添いをする。
葡萄園には木柵が建てられていた。簡易的なもので、獣などを寄せ付けないためだろう。入り口から入るとさっそく、葡萄園で働く使用人らが彼に視線を送る。慕うような好意的な笑みをして、手を振ったり、籠の中に入っている摘んだ葡萄を見せてくる。愛称で呼ぶ者までいた。
「あっ坊ちゃん!」
「おはようございます!今年も実のできが良いですよ」
ヨハンネは彼らに丁寧に応え、微笑みを送りながら会釈する。ミネルヴァも感心と好意を持った目で自分の主の背中を見ていた。
(―――――――ご主人様はどこの誰よりも違う。私はあの時、すぐにわかった……だから、私は今、ここにいる。それが何よりもの証拠)
ミネルヴァはヨハンネと初めて出会ったときから、わかっていた。闘技場の中で一人だけ、殺し合いを楽しんでいなかったことを彼女は感じ取っていた。そんなことを考えていると彼の足が止まる。
不思議に思い、ミネルヴァは彼の先を見ると木の枝に一羽の鳩が止まっていた。
「あ~ハトさんだ。なんでこんなところにとまっているのだろう?」
「羽休め、ではないでしようか?」
「う~ん。そうかな、最近、葡萄を食べるやつがいるからな。もしかしてこのハトさんだったりして」
黒髪の少女は小首を傾げる。そして主に尋ねた。鳩は葡萄を食べるのかと、彼から返ってきた答えはわからないだった。ならば、この害は自分が駆逐しなくてはと思ったミネルヴァは物音をたてないように忍び足で進む。
「なにしてるの?」
その質問にミネルヴァは彼に静かにするように頼んだ。木の根元に歩み寄った彼女は膝を曲げ、飛び上がる。そのまま逃げられる前に右手を目にも止まらない速さで素早く動かして鳩の首元を掴み捕えた。着地したあと、無表情のままで、ヨハンネの前に捕えた鳩を突き出す。あまりの衝撃的な光景にヨハンネは驚愕してしまう。周りで彼女の行動を見ていた者も同じく固まる。
「素手で……掴んだ…それより…」
ヨハンネは鳩が止まっていた木の枝と地上の距離を交互に見て確かめた。高さは二メートルはある。それを彼女は飛んで、更に鳩を捕まえたのだ。有り得ない。その言葉しか出てこなかった。
「その…鳩肉はお好きですか?ご主人様」
彼女に尋ねられてから、やっと我に返ったヨハンネは動揺しながら答える。
「え、あ、ま、まぁプルクテスでは定番のメニューだからね……一応、好きだよ」
「よかったです。では、今日は鳩肉を使った料理でも作りたいと思います!」
妙に気合が入っているようにも感じたヨハンネは肯定する頷くをした。その瞬間、彼女が嬉しそうにニコッと笑った気がしたが、それどころではなかったヨハンネだった。




