彼女はメイド
――――――――――朝日が昇りきる前にミネルヴァは目を開け、身体を起こす。あくびを噛み殺し立ち上がると畳んであったメイド服に早速、着替える。そのまま、貸してもらった部屋の窓の木戸を押し開けて、新鮮な空気を取り入れる。澄んだ空気が風と共に入って、彼女の頬を擦る。
(―――――ご主人様は私を殺し合いの牢獄から助けてくれた。こんな部屋まで貸し与えてくれる)
ミネルヴァの窓からはヨハンネが寝ている部屋が中庭を挟んで、見えた。そこで、ようやく彼が住んでいる屋敷に来れたと思いとても嬉しくなる。今まで感じたことがない気持ちになった。中庭には背丈もある植木がり、そこに小鳥たちが止まって、美しい声で鳴いている。それには思わず、少し頬が緩んでしまった。
(――――――あぁ…闘技場から見る景色と全然違う……空気がとてもおいしい……ご主人様はまだ寝ているのだろうか?)
なぜかミネルヴァは早くヨハンネに会いたくなってしまう。傍にいたい。その気持ちでいっぱいだった。他のメイドらもようやく起き始め、毛布を畳み始め、置いてあった水で顔を洗う。
「――――あら?早いのね」と同じ部屋の若いメイドが目を擦りながら話しかけてきた。
ミネルヴァは彼女に振り返り、無表情のまま頷く。若いメイドはメイド服に着替え、扉を開けた。廊下に出たところで、無表情の黒髪の少女へ視線を向ける。
「あ、今日は忙しいわよ!がんばろうね」
若いメイドは元気よく小走りで何処かへ向かって行く。
「忙しい…」
ミネルヴァは小さくつぶやく。だが彼女もゆっくりとはしてはいられない。朝起きたらすぐにメイド長がいる執務室へ来るようにと言われていた。それに従い、向かうことにした。彼女は扉まで行くと振り返り、忘れ物を手に取る。それは、彼女にとって大切なもので彼を守る為に必要な物。腰に提げて部屋を後にした。
メイド長の執務室は屋敷の一階奥にある。辿り着いたところで、扉の前に立つと誰かの気配がしたのでノックをしてから入った。そこにロベッタが書類の整理をしていた。ぶつぶつと独り言を言って、何か文句を言っている。
「高いわよ!なによ、このでたらめな請求金額は?!」
「…あの」
「ん?あ、あら。居たなら居たって言って下さい。コホン。おはようございます」
「…お、おはようございます」
再びロベッタは書類に視線を落とし目を通しなら、彼女に話しかける。
「で、ミネルヴァさん。顔は洗いましたか?」
その質問にミネルヴァはいいえ。と応えた。ミネルヴァは元剣闘士だ。顔を洗うなど一度もした事がない。朝が来ると強制的に起こされ、そのまま訓練場へ行かされる。朝、ゆっくりとしている暇などなかったので、誰も顔を洗うなど出来なかった。
ミネルヴァはその概念すら知らなかった。
身体を洗うときに井戸からくんだ水を頭からかぶって、土を洗い流して、布で拭ったら、それで終りだ。ロベッタが自分を咎めていると思ったミネルヴァは謝罪した。
「すみませんでした…」
それにロベッタは書類を机の上に置くとむっとした顔で彼女の方を見る。
「やっぱり。少し顔が黒ずんでいますよ。それではヨハンネ様に失礼ですし嫌われますわ。後で外にある井戸水で顔を洗っておきなさいね」
ロベッタは彼女を叱るのではなく、優しく助言する母のような口調でそう言ってくれた。ミネルヴァは忠告を素直に受け入れることにした。なぜなら、新しい主に嫌われたくないからだった。ほかの感情もあったのかもしれないが、自分では気がつかなかった。
==============================================================================================
茶髪の少年の部屋へ恐る恐る入る黒髪の少女。忍び足で、ベッドで横になる自分の主を覗き込む。とても、深い眠りについているのか気持ちよさそうに寝息をたてている。
「あ、あの…」
何でも恐怖と戦ってきた剣闘士の少女がか細い声で声をかける。当然、優顔の少年は起きない。戸惑いながらも彼の肩を揺らしてみた。
「まだ…眠いよ…」
どうしたものかと困り果てたミネルヴァはすこし考え込むとあることを思いついた。




