陥落した東部 その3
ヨハンネとミネルヴァは走り続けて、せっかく彼女に買った服は試着すら出来ないでいた。
そして、不運にも逃げ込んだ先はプルクテスで最も治安が悪いガールール地区だった。
ミネルヴァはヨハンネの家までの道を当然、知らない。
(僕が先導して逃げるべきだった……早くここから出ないと――――)
しかし、ヨハンネは嫌な予感がしたのだが、引き返すには遅かった。
薄暗い通路からぞろぞろと痩せこけた男達が現れる。
まずい。と思った。
ヨハンネは今日、ミネルヴァに会う為にうんとオシャレをして来た。
服装品はすべて上質な生地だ。
(それがこんな形で……)
「よう?兄ちゃん。良い服着てるじゃあねぇかそれは俺達を馬鹿にする為かそれとも見せびらかす為か?」
ヨハンネはミネルヴァの前に立ち、彼女を庇う。
「違う!僕達はただ迷い込んだだけだ。だから――」
「だからなんだ?お前の着飾った服に、持っている金貨全部よこせ」
「そんなお金は無いよ。さっき使ったんだ。本当だよ」とヨハンネがその男に近づく。
「けっ、面倒だ。動かなくなった方がやり易い。それにお前の彼女、旨そうじゃないか?」
よだれを拭う。
「兄貴!こりゃあ上玉ですぜ」
ヨハンネがその声に気がつき後ろへ振り向く。
ミネルヴァを羽交い締めにされていた。
彼女は、嫌がる顔もせず、暴れもしなかった。
「や、やめろ。彼女に手を出すなっ!!!」
ヨハンネは最悪な状況から我を忘れて、彼女が普通のか弱い少女だと思ってしまった。
しかし、彼女は紛れもない“極東の魔王”という称号が付いた少女だ。
彼は彼女の本当の姿を忘れていた。
ヨハンネはミネルヴァを助けようと駆け寄った。
彼女は普段通り、感情の無い目で彼を見つめる。
「今、助けるから――」と言った。
彼女の目がカッと開くその瞬間、ヨハンネは後頭部に熱が走った。
それから、激痛が起きた。
目の前が真っ赤に染まる。
頭を抱えて、膝から落ちる姿をミネルヴァは見入った。
彼女は口を動かす。
二三、言葉を発したが彼にはもう聞こえない。
それからだった。
あの男達の終焉を迎える事になるのは……―――
ヨハンネは横へ倒れ込み、視界がゆがんで見えた。
(僕は、出血しているんだろうなぁ……)
熱い何かが流れ出るような感覚がする。
「ご主人様っ!!!」とミネルヴァが発した。
「嬢ちゃん、あんたあいつの使用人だったのか?」と彼女に近づいた。
その瞬間、彼女は利き足である右足でヨハンネを殴った男の顎を蹴り上げた。
勢いよく宙に浮き、壁にぶち当たる。
「てめぇぇええ、何しやがるっ!!!」
別の男が短剣を取り出し、脇を閉めて刺すように走り込んだ。
「はらわたをえぐり出してやる」
ミネルヴァは羽交い締めしている男の足を思いっきり踏みつけると骨が砕ける音がし、怯ませると東洋武術、一本背負いで走り込んだ男の方向へ投げつける。
「なに!?」
「貴方達はご主人様を傷つけた」
「ご主人様が許しても、私は許しません。だから消えてもらいます」
「てめぇ!ここから生きて―――」
話し終わる前に彼女は神速で距離を詰め、相手の腹部に拳を入れた。
彼女の神速は踏み込んだ地面が少し窪むほどの威力があった。
内臓破裂したのだろうか。
口から血を吐いた。
その男が持っていた短剣を手に取ると、逆さまにし身構えた。
彼女の目が殺人鬼へと変貌する。
「隙ありだっゴラァアア―――――っ!!!」と巨漢の男がハンマーを上から下へと振り下ろしたが、彼女容易に避ける。
巨漢の男のスネに斬りつけた。
「いっぎぃ?!!」とバランスを崩して右膝をついた。
そして、彼女は右の首スジに容赦なく刺した。
血が噴水の如く噴き出すと、返り血を浴びるが嫌がる素振りをみせない。
「どりゃあー!」とバンダナをした男が斬りつけようとするが、すべてを紙一重で避けていく。
すると、彼女は相手の首元を左手で掴む。
ミシミシと異様な音がし、バンダナの男は白目を向き、泡を吹く。
それをみた他の者達が慌てふためき、逃げて行った。
しかし、ミネルヴァは持っていた短剣を持ち返すと小柄な男にダーツのように投げつけ、背中に命中させた。
「ぐぇ」と走った勢いで顔面から落ちた。
とそんな所までは覚えいるんだけど、安心したのか、気を失ってしまった。
(情けない……僕は無力だ……)
目を再び開けた時、身体が浮いた感覚になった。
地面が動いて見える。
そして、土と少し汗の臭いがした。
(誰かの頭?黒髪……)
でもどこか居心地が良かった。
(てっ待てよ……僕は誰かに背負われてるのか!?)
「えっ!ちょっとミネルヴァ?」
「起きました?良かったです」
辺りを見渡すと、街人が驚きの顔と珍しいような顔していた。
「なっ?!」
(は、恥ずかしい!!!)
「も、もう大丈夫だから下ろしてくれないかな……?」
「ダメです」と即答だった。
頭がズキズキし始めたので、触ってみると布切れが巻かれていた。
(これ、手当てしてくれたんだ……)
今、思えばあの時、彼女は逃げるチャンスだったかもしれないけど。
そうはせず、僕を背負っている。
「守れなくて……ごめん……弱くてごめん……」と彼女の背中に額を当てる。
「ご主人様は弱い。だから私が守ります。心配しなくて大丈夫です」
「あはは…。それ、本当は男が言う台詞なんだよ。逆だよー何もかもが」
ヨハンネが嘆いた時、ミネルヴァが鼻で笑った。
「あっ!今、笑った?」
「いいえ。笑ったりしておりません」
「いや。笑った」
「笑ってませんっ!!!」と強く言われる。
ヨハンネには向きになったように思えたのであった。




