闘技場の裏 その2
朝の部は終わったはずだった。
しかし、司会者に話しかけてきた男は、使用人の格好をしていて何かを耳打ちする。
観客も普段とは違う動きに徐々に静まりかえり、その様子を伺っていた。
その使用人は自らの正体を明かし、王宮の命令があると伝える。
内容はロランドル人と魔獣で闘わせろというものだった。
司会者は反対しようとしたが、何かが詰まった黒い袋を手渡されると喜ぶように次の出し物を始めた。
「皆様!本日はサービスとして、もう一つ出し物を用意しました。その内容は我らが憎むロランドル人達と魔獣との決戦です!」
観客が沸き立つ。
「おっ!面白そうじゃないか」
「私はロランドル人が魔獣に喰われる所がみたいわ!」
彼女と少年剣闘士と入れ違いに、数十人のロランドル人が完全武装した国軍兵士に連れらて鉄門から現れて来た。
(ロランドル人がなんで……?)とヨハンネは疑問に思った。
囚人にしては年齢層が幅広い。
プルクテスにはロランドル人は一人として住んでいない。
(彼らはどこから連れて来られたんだ?)
近くにいた兵士らがロランドル人に長剣を渡し始めた。
「はっ!?」とヨハンネが身を乗り出した。
彼の目に、恐ろしいものが映ったからである。
「バカ!危ない。落ちたら死ぬぞ」とダマスが肩に手を置き強引に座らせる。
「子供まで混じってるじゃあないか!!!ダマスの父上は下劣な事するのか!」
温厚で優しい顔をしているヨハンネがダマスの胸元を持ち問いただした。
「おいおい。落ち着けよ。だから親父の運営は表向きで、裏では王が動かしてるんだよ」とダマスはなだめるように冷静に答えた。
はっと我に返ったヨハンネは掴んだ手をゆっくりと離した。
「ごめん……」
「いいって。仕方ないさ。あの子には可哀想な思いをさせるがこれも運命だ」
ヨハンネは何も言わずに黙り込んだ。
(運命?他人に決められる運命とかあっていいのだろうか……)
「それに、今更だろ?ここは奴隷大国だぜ」
それにヨハンネがムッとする。
ダマスが彼から視線を反らして言った。
「まぁ俺達には無関係から、安心しろ」
その皮肉にも聞こえる言葉にヨハンネは言い返せなかった。
(彼らを助けてあげたいけど……もう闘技場に入ってしまえば、勝って帰るか、負けて死体となって帰るかだけだ……)
ヨハンネは、一瞬だけ、彼らの姿を見ると、目線を落とした。
(…僕には助ける力は無い)
ヨハンネを横目に、何をなやんでるんだ?と思いながらもダマスは何気無く目を左に動かせた。
「おいおい。マジかよ…」
目に入った光景にダマスは、虫唾が走る。
「どうしたんの?」
「あれ。見ろよ、左側少し手前の席」と顎て指差した。
左側少し手前の席をヨハンネが目で捜す。
すると、とんでもない奴がいた。
「まさか、あれジャバ王だよね?」
「あぁ衛兵を引き連れて、観に来やがった。いけすかねぇ野郎だぜ。全く。都合が悪い事や後処理はみーんな親父に押し付けやがるんだ。大方、あのロランドル人も裏ルートで帝国から送られて来たんだろう」
ダマスはふんぞりかえるのであった。
国のトップが自ら観戦しにくるのには必ずしも理由がある。
(そうか。彼らは……帝国にとって邪魔となった人々なのかもしれない。でも、どうしてここに連れて来る必要があるんだろうか?)
魔獣専用鉄門から、鎖で固められた頑丈な檻が牛車で運ばれて来た。
ここに居る観客らには見たことないくらい大きい檻だった。
そして全体を黒い布で覆われていて、中の魔獣は見えない。
しかし、闘技場が静寂なおかげで魔獣の寝息がかすかに聞こえてくる……




