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敗北者   作者: hiro
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一章

 大学生活も二ヶ月が経過し、大学というものがどういうところなのかが少しずつ理解できてきていた。その日、ぼくはいつものように大学に登校し、いつものように授業を受け、いつものように一日が過ぎていくはずだった。

 その日がいつもと違ってきたのは昼食をとっているときからだった。ぼくはその日二限目が空き時間になっていたので、少しはやい昼食としゃれこむことにした。まあ、貧乏大学生がしゃれこむなどということはできるはずもなく、実際には流れ込んだだけだけど。

 ぼくの通う大学では、北と南に独立した建物が立っていて、それぞれ北館、南館と、単純な名前が付けられている。そして、中央にはタワーと呼ばれる十五階建ての建物がある。タワーの最上階には展望レストランと呼ばれる眺めのいいレストランがあるのだが、それに見合って値段も高い。標高が高い分、値段も高いわけだ。この調子じゃ富士山のてっぺんにレストランがたってしまったらとてつもない値段になってしまうんじゃないだろうかと、わけのわからない心配をしてみた。

 このあたりで、海外のもっと標高の高いところが出ないところがぼくの庶民的なところだと考察してみる。その三つの建物の他にも建物はいくつかあるのだけど、ぼくが主に入ることがあるのはその三つぐらいだった。

 ぼくはそのうちの北館の地下にある食堂に入った。昼休みに来るとかなり混雑している食堂もこの時間は数人ほどしかいなかった。

 メニューを見てみると、定番のメニューのほかに見慣れないメニューが写真と一緒に紹介されていた。名前はスタミナ丼。今日から始まる新メニューのようだ。写真は小さくて見にくかったが、肉がいっぱいのっているわりに、安くておいしそうだったのでそれを頼むことにした。

 食堂のおばちゃんにスタミナ丼を頼み受け取ると、写真で肉に見えたのは納豆だった。さらに、他に入っていたのはトロロとオクラ、さらに生卵というネバネバ大集合といったものだった。少し呆然としたまま、会計を支払い終え、カウンター式になっている席に座った。

 前はガラス張りになっていて、北館の校舎に四角く囲まれている狭いテラスが見えるようになっている。ぼくはたいていこの席に座るが、テラスに人がいるところをほとんど見たことがない。テラスは北館のどこからでもガラス越しに見えるようになっているのでそれが不評の理由だと思う。人に見られての食事は息が詰まるのだろう。

 そして、ぼくはスタミナ丼という名のネバネバ丼を見つめる。いや、別に納豆嫌いじゃないけどさ。むしろ、好きさ。でも、肉が食べたい気分だったのになあ。一口食べてみる。うん、みごとにネバネバだ。意外と美味しいけど。


「なに、奇怪なもの食べてるのよ」


いきなり後ろから声をかけられた。

「詩織・・・」

後ろにいたのは一之瀬詩織だった。

一之瀬詩織。

胸の辺りまである黒いストレートの髪と切れ長の瞳が特徴的な女の子。実家は、道場を開いていて、詩織自身も武術に長けている。

そして、ぼくとは天と地ほども生まれに違いがある。詩織は世界の四分の一を掌握していると噂され、日本の全ての企業に関わっているとささやかれている一之瀬財閥の娘なのだ。

 ただ、詩織自身はすでに勘当されている。しかし、その際にぼくには想像もつかないほどの多額の手切れ金を受け取っているらしい。ぼくとの関係は友達兼上司兼相棒といったところだ。ちなみに同い年の十九歳。

「まだ昼休みじゃないでしょ。サボり?」

 そう言って詩織はぼくの隣に自分で頼んだカレーライスを置き腰掛ける。

「違うよ。ぼくは二限目は空き時間なんだよ。ってか、なんで大学にいるんだよ。お前は生徒じゃないだろ」

 詩織は学生ではない。じゃあ、教師なのかというとそういうわけでもない。詩織は一生遊んで暮らせるほどの大金持ちでありながら、社会人として仕事もしっかりこなしているのだ。

 そんな彼女がなぜぼくのような一般大学生とかかわりがあるのかというと、それは数奇的な偶然というほかない。ぼくはある事情で詩織と関わりを持ってしまい、能力を買われ助手みたいなことをやらされている。

 詩織の仕事は刑事に近い。しかし、警察とは別物といえるだろう。今の警察機関は頼りないからと金にものを言わせて、私営警察をつくりあげてしまったのだ。

 非合法ではないものの一般に公開はされていない裏の組織というやつだ。ただ、それは詩織の正義感からつくられたものではないとぼくは確信している。

 そういう意味では、詩織もまっとうな社会人とはいえないかもしれない。詩織をあわせてたった十三人の集団。警察署のような建物はなく、グループとして存在しているのみ。名前もない。

ただ、戦闘能力だけは比べ物にならない。十三人のうちの一人に会ったことがあるが、素手でコンクリートを粉砕し、垂直飛びで二階建ての建物の屋根まで跳躍していた。真偽はともかく詩織は軍隊にも勝てると豪語している。

その戦闘能力の需要が日本にあるのだろうか。

そんなわけで、本来なら公務員である警察官になれるわけもないぼくまで参加することが出来てしまっているというわけだ。ちなみに詩織の武器は日本刀だ。拳銃は詩織の好みに合わないらしく、私営警察内では所持が認められていない。しかし、日本刀というのはいつもブラブラ持っていていいものではない。裏の機関ともなれば当然警察でも知る者は少ない。なので、詩織は普段は日本刀ではなく木刀を携えている。

それもどうかと思うが・・・。

「あんたに仕事の依頼にきたのよ」

「そんなことだと思ったよ。もう、ぼくを関わらせるのはやめてくれって言っただろ。ぼくは普通の大学生でいたいんだよ」

「最近の連続殺人事件のこと知ってるでしょ?」

 詩織はぼくのセリフを無視して、話し始める。詩織が無視をするということは、それ以上言っても仕方が無いと言うことなのでぼくもそのまま話を進める。それに少し興味もあった。

「知らないな」

「ったく、あんたは相変わらず情報に疎いわね。あれだけ日本中で騒がれてるのに。テレビとか見ないわけ?」半分怒りをこめながら、詩織は驚いてみせる。

「見ないな。ってか、持ってない」ぼくの部屋にあるのは冷蔵庫とタンスぐらいだ。

「信じらんない!そんなんじゃ話題についていけないわよ」

「いいんだよ。ぼくは情報化社会に逆らうってポリシーを持ってるから」

「ただ、お金がないだけでしょ。あたしが持ってるの一台あげようか」

「いい。どうせ見ないし。邪魔なだけだ。それより連続殺人の話」

「はいはい。その殺人事件ってのが厄介でね。もう七人も殺しているにもかかわらず、目撃者は誰もいないし、被害者の関連性も見えないの。犯人の目的もわかってない。そこで私たちの出番ってわけ」

「七人も殺してるのか。やるなー」

「感心するな」詩織にギロっと睨まれる。もともと目つきが鋭いのでとてつもなく迫力がある。

「それでお前がその事件の担当ってわけか」

「別に担当ってわけじゃないわよ。私たちは自分の興味ある事件だけ動くのよ」

「そんなのでいいのか・・・。適当なんだな」ぼくはあくまで詩織の助手という立場なので、あまり内部情報にも詳しくない。内部の人間で知っているのは詩織ともう一人だけだった。

「ふん。そうでもしなきゃ動かない連中の集まりだからね。つまらない事件じゃ動こうともしないわよ。私も含めてね」

「その凄い刑事さんたちがいきづまっていると・・・」

「この事件で動いてるのは私だけみたいだけどね。殺人鬼の尻尾もつかめてないわ。あんた、なんか知らない?」

「知らないな」

「そう。じゃあ探しといてね」

「それが仕事か?」

「あくまでついでよ。あんたの仕事は殺人鬼が見つかることが絶対条件なの。その話はここじゃなんだから、後から連絡するわ」

 まあ、ここまで言われれば、過去の経験からしてだいたいわかる。

「仕事を伝えるためだけにここに来たのか?」

「違うわよ。昼食を食べに来ただけ。別に電話ですましてもよかったんだけど、あんたを見かけたから」どうやら、忠告のほうがついでだったらしい。

「なんで、わざわざ大学に食べに来るんだよ」

「大学ならいろんな人がいるから木刀持っていてもなにも言われないかと思って」

「そんなわけあるか!お前は大学を変人の集まりと勘違いしている!」思わず声を荒げてしまった。食堂に知り合いがいなければいいけど。ざっと見た限り、人も少なかったから大丈夫だろう。

「でもさっき、全身迷彩服の男と花魁みたいな格好して女の人を見たわよ」

「ぼくもそいつら見たことある!」もう何も言い返せない。

「じゃあ、よろしくね」そう言って、詩織は席を立つ。

「おい。飯は?」

「もう食べたわよ」隣の席を見るときれいにさらえられたカレーの皿がおいてあった。いつの間に・・・。

「刑事は早食いも得意じゃないといけないのだよ、ワトソン君」なぜか、刑事になったホームズは「それ、片付けといてね」と言って食堂から出て行った。

一人取り残された僕はすっかりさめてしまったスタミナ丼に口をつける。

「冷めてもいけるな・・・」



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