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勇者は私の好みじゃない!

作者: 浅葱

 どうも浅葱です。最近連載小説の方が上手くいかないので、少しリハビリのようなものを兼ねて、短編を投稿します。

 話の内容は少しずれた王道に近いかと思います。まぁ、題名で大体のことは察していただけるかと思います。皆様に気に入っていただけることを願っております。

 では、『勇者は私の好みじゃない!』をお楽しみください。






 魔王を倒せ。誰がそう声高に叫んだのか、私は知らない。だが、世間は魔王討伐・魔族殲滅に拳を上げた。闇を司り、恐怖を喰らうというその存在に、皆が震えていた。

 リリアナ・フルミータという、長く風に揺れる艶やかな黒髪が自慢の少女は(まぁ私なのだが)、あまりそういうことに関心がなかった。

 私は魔王を見たこともないし、闇を恐れる意味がわからない。闇は悪だと、誰が決めたのだろうか。もし悪なら、何故夜は存在しているのだ。それになんといっても、昔助けた魔族の子供が非常に愛らしく、私の心は鷲掴み。そんな魔族を憎むなど、到底無理な話だ。



「だというのに………」


「どうした、リリアナ?」


「別に何でもないから顔を近づけないでくれまいか、勇者殿よ」


 何の因果か知らないが、私は何故か魔王討伐に向かう勇者御一行の一人として、旅をしている。ポジションは、そうだな………魔法剣士というところだろうか。


「オリバーって呼べって言ったろ、リリアナ!」


「あぁ、とりあえず顔を近づけないでくれまいか、勇者殿」


 やたらめったら顔に近づいて話すのが、勇者のオリバー・レイストン。金髪・碧眼・長身・整った顔立ち・優れた戦闘力を兼ね備え、魔王討伐達成の暁には各国中から結婚の申し込み殺到間違いなしの、絵にかいたような勇者である。光の加護だか何だかを授かって、我が国の王の命により、勇者となったらしい。

 ここまでしか言わないと、まるで私と勇者の二人きりで旅をしているように見えるかもしれないが、そうじゃない。他にもちゃんといる。勇者大好き連合の、女どもが。


「ちょっと!オリバーに近づかないでよリリアナ!」


「………目障り」


「リリアナさん、魔王討伐の大切な任に就かれていらっしゃるオリバー様に対して、不謹慎なのではないでしょうか」


 はい出た。言っておくが、私が近づいたわけではない。お前らの大事な大事な獲物が、勝手に私に近づくだけだ。

 大声で怒っているのは、御年十四歳の最少年齢筆頭魔道士、エレミー・バレッタ。基本的に周りを巻き込む大魔法しか使えない。あと、体力がない。

 目障り、と真っ直ぐな感情をぶつけてくれたのは、無表情無口キャラで元盗賊の二刀流の使い手、ヴィル・ロゼ。速度はなかなかのものだが、力がないので押し負けることが多い。あと、体力がない。

 丁寧な口調ながら一番失礼なことを言っているのは、我が国の第二王女であり治癒魔法の使い手、メルディル・ノーラ・エオノーラ様。様を付けなくてはいけないのだろうか、と常々私は疑問に思っており、戦闘では治癒以外に役には立たないのに、わざわざ勇者の傍にいたりする。だから彼女は、自分の治癒をしなくてはいけないことが多々ある。あと、体力がない。

 これで魔王討伐とは、いやはや嘆かわしい限りだ。むしろ今まで生き残ってこられたことの方が、奇跡に近いことのようにも思える。勇者たちの旅に誘われた際に、彼らの実力を測らなかったことが悔やまれる。興味本位でついてくるのではなかった。今更過ぎて、溜息すら出てこない。途中でなんだかんだいって、離脱してやろうかとも思ったのだが、ことごとく失敗した。



・失敗その一。負傷でこれ以上の旅は無理と判断させようとしたが、敵が雑魚過ぎて断念。

・失敗その二。割と手ごわい敵が現れたので、その一のリベンジ。軸足に大きな怪我をすることに成功。すぐさま王女の治癒によって再生。断念。

・失敗その三。敵の大群に襲われたので、さらにリベンジ。利き腕に深い傷を負うことに成功。王女は自分の治療に集中していたのでチャンス、と思いきや「エレミーだって、少しは治癒魔法使えるんだからねっ!べ、別に心配してるわけじゃないんだから!!倒れられると、こっちが困るから仕方なくなんだからねっ!」と、筆頭魔道士が治療してくれたので、断念。

・失敗その四。またもや敵とエンカウント。リベンジを試みようとしたが、前回と前々回の戦いのときの怪我が原因で勇者が過保護に。ひたすら私の隙を補うので無傷。断念。

・失敗その五。もう「さがさないでください」という置手紙を置いて、脱走を考える。しかしちょうど泊まった村が、総出で勇者の歓迎会を開き、一晩中拘束される。断念。

・失敗その六。後日再び置手紙作戦。手紙を「さがさな」まで書いた時点で勇者に見つかる。悩みでもあるのか、相談してみろ、力になれるかもしれない、といらん心配をされ一日中ありもしない悩みを拈出し、相談をするはめに。断念。



 しょっぱい思い出である。とにかく、私はこの後も失敗を繰り返し、結局ここまで共に旅をし続けているのだ。そのせいかわからないが、私は彼らの中で「隙が多く、心が折れやすい、一般人よりは多少強い程度」の人物になっている。いささか不本意ではあるが、頼られても困るので放置している。

 とにもかくにも、私は彼らが苦手なのだ。特に勇者は、無理だといってもいいくらいである。何故か。それは至極単純な理由だ。『好みじゃない』!!これにつきる。



・好みでないところその一。光り過ぎである。爽やか、と言えば聞こえはいいが、私にしてみればライトの魔法をひたすら目に近い場所で発動されているようにしか思えない。

・好みでないところその二。声が大きい。元気がいい、と言えば聞こえはいいが、私にしてみれば耳障りなノイズである。音量調節のスイッチはないのか。

・好みでないところその三。しつこ過ぎである。仲間思い、と言えば聞こえはいいが、私にしてみれば自分の中に土足で上がりこむような無神経さを感じずにはいられない。

・好みでないところその四。無自覚なタラシである。優しい、と言えば聞こえはいいが、私にしてみればどんな女にも手を出しておきながらそのまま放置の最低野郎である。勇者大好き連盟をはじめとする多くの女が、あの勇者に心奪われるシーンを何度も見た。「かわいいね」「貴女はとても綺麗だ」などと、よくわからない歯の浮くような台詞を吐いたその口で、「俺は皆好きだよ」とのたまいやがる。



 無理だろ。むしろどこがいいのか。顔か?顔なのか?理解不能だ。そんな理解不能な言葉にどう惑わされたのか、私以外の勇者御一行の女どもは揃いも揃って勇者にメロメロなのだそうだ。仲間になったその日のうちに、三人揃って釘を刺しに来た。

 以下がその釘である。


「オリバーに色目使うんじゃないわよっ!!」


「………目障り」


「オリバー様を誘惑しようとしても、無駄ですわ。貴女の力だ・け・をオリバー様が必要となさったから、仕方なく連れて行って差し上げるだけなのですから、あまり調子に乗らないようにしてくださいまし」


 言われなくても勇者になんてこれっぽっちも興味がないから、心配しないでいただきたい。そしてたまに思う。この三人、恋敵同士にしてはいつも一緒にいるよね?実は仲いいんじゃね?と。

 そんな残念な勇者たちの旅に、最大の奇跡がやってきた。魔王城への到達である。


「ほ、本当に着いたのか………」


 私が唖然とした様子で、魔王の城を見上げながら呟くと、勇者は誇らしげな顔をして私に言った。


「恐れるな、リリアナ!国王より遣わされた、この俺がいれば、魔王など敵ではない!」


「おい、だから顔が近いと」


 そして、私は魔王城に驚いたのではなく、お前たちがここに着いたという事実に驚いているんだ。断じて恐れなど抱いていない。


「ちょっと!いい加減にしなさいよ、リリアナ!何度オリバーに近づくなって言えば、理解するのよっ!」


「………目障り」


「いよいよ魔王へ挑もうという大切な時に、本当に貴女という人は見境がありませんね。オリバー様のご迷惑も、お考えになられたらどうかしら」


 君たちも、本当に大概だな。どこをどうしたら、私が勇者に迫っているなんて図に見えるのだろう。私的には、勇者より君たちの思考回路の方がよっぽど興味があるのだが。


「おい、お前たち喧嘩はよせ!何に怒っているのかは、よく、わからねーけど………。皆が仲良くしてる方が、俺は好きだな!」


 お前も何を言っている。原因はお前だ。そして、私は関係ないし、仲良くしようとも思っていない。ちなみにお前の思考回路には興味はない。


「べ、別に喧嘩じゃないわっ!オリバーが、そこまで言うなら………ちょっとは仲良くしてあげてもいいかもね!」


「………目、障り」


「なんてお優しいのかしら、オリバー様………。オリバー様の優しさに、感謝なさることね」


 どう反応しろというのだ。


「………魔王は強いのだろうか」


 私は、一つ溜息を吐くと、さも何もなかったかのように話題を変えた。いちいち発言するのに、ほとほと嫌気がさしたのだ。それに、私がどう反応しようとも、結局は睨まれて終わる。何か文句でも言おうものなら、戦闘中に背中から刺されそうで恐ろしい。まぁ、魔王軍との戦いの中で、一応味方である私を狙う余裕があれば、の話だが。


「魔物共を従えるようなやつだ、少しばかりは梃子摺るだろうな」


「えぇ、悪しき者を従えるなど、本当に恐ろしいですわ。けれど、オリバー様ならば一瞬で魔王を倒してしまわれるでしょう。それに、私も御傍におりますもの」


 おい、なんだ。まるで魔王が勇者の敵にもならない、とでも言うような口ぶりは。そして王女、ちゃっかりアピールするな。他の二人が、ものすごい形相で睨んでいるのだが。いや、そんな『お前が余計なことを言うからだろうが』みたいな視線で見られても。


「エレミー、オリバーの為にすっごい魔法出しちゃうからっ!」


「………頑張る」


 私を睨んでいても仕方がないと気が付いたのか、二人とも勇者へのアピール合戦に参加するようだ。おお、何故か火花が見える!


「三人ともありがとう。リリアナ、お前も俺の力になってくれるだろう?」


 勇者が爽やかさ全開の笑顔で、私に問いかける。さも、当たり前だよな?と言うように。


「あ、あぁ………まぁ」


 肯定したくはないがしなければいけない。そんな空気を作らないでくれ。曖昧にだが、確実に返事をした私を、三人が恨めしい目で睨む。肌が、じりじりと焦がされるようで痛い。

 確かに勇者から『力になってくれ』と言われたのは私だけだが、それはお前たちが先に力になると言ってしまっていたからで、勇者は残った私の意志を確認しただけじゃないか。あぁ、誰か助けてくれ、この焼けつくような視線から、この逃げたくなる状況から。






「あれ?誰もいないな」


「オリバー様のお力に、怖気ついて逃げたのでは?」


「あははっ!もしそうだったら、魔王って腰抜けねっ!まぁ、オリバーが強すぎるっていうのは本当だけどっ!」


「………腑抜け」


「………」


 会話を聞いているだけでも、相当疲れる。魔王城に入ってから、ずっとこんな調子なのだから仕方がないだろう?

 だが、確かに魔王の城にしては何もないし、誰もいない。何者かがいた気配はある。しかし、実際にここにいないということは、本当に魔王軍は勇者に怯えて逃げ出したのだろうか。いや、そんなことはないはずだ。だって、だって勇者は………。




「ここが魔王城の最奥だな」


「さ、流石に緊張いたしますわね………」


「でも、ここまで何もなかったよっ!どうせこの中も誰もいないんじゃないの?」


「………もぬけの殻」


「………」


 お前らの目は節穴か。いや、見えているわけではないが。だが、これに気が付けないなど、お前らは素人なのかと問いたい。このプレッシャー、薄くしているのだろうが、これが全開になったときどれほどの圧力がこの体を襲うのだろう。あぁ、あぁ、どうしよう。血が、私の血が――――――――――!


「どうしたリリアナ。震えているが」


「貴女、またオリバー様の気を惹こうと、」


「いる」


 私の一言で、勇者一行の顔色が変わった。

 そうだ、いるのだ。この中に、この魔王城の最奥に、魔を統べる王が。


「―――――――――魔王だ」






 魔王へ続く重厚な扉は、思いの外軽く開いた。しかし、そこから流れ出るのは圧倒的な存在感。広いホールのような部屋の、一番奥に優雅に座る男。


「貴様らか。我を討たんとする、愚国の蛮族は」


 低く、耳触りのよい声が、私たちの耳をくすぐる。全身を黒で染め上げ、色の違うのはその肌だけか。彼は冷たい黒で、私たちを見る。ただ見る。睨むことさえも億劫な、そんな矮小な存在であるように。

 美しい、男であった。これほど美しい男が、魔族の王なのか。怜悧な気は、私の全てを刺激し、自然と腰の剣に手を伸ばしていた。

 体が震えるのだ。私の全身が、歓喜に打ち震えているのだ。


「お前が魔王か!」


 あぁ、耳障りな勇者の声が。


「私の国を、魔国のように野蛮な国と同じように言わないでくださいませ!」


 あぁ、耳障りな王女の声が。


「あんたなんか、オリバーとエレミーが一瞬で倒すんだからっ!」


 あぁ、耳障りな魔道士の声が。


「………殺す」


 あぁ、耳障りな盗賊の声が。






「ふん、貴様らに我の相手が務まるとは、全く思えんな」


「なんだと!」


「貴様が勇者なのか?それにしては、あまりに弱すぎではないか?」


「なっ!?」


 そうだ。勇者はそれほど強くはない。そりゃあ、一般人よりは遥かに強いだろう。しかし、それだけだ。私たちの国で、私が実力を隠している以上、彼より強いものがいなかった。だから彼が勇者に選ばれた。それだけの話だ。世界には、いくらでも彼より強いものがいる。彼らがここまで辿りつけたのは、単に運が良かっただけである。

 魔王は剣を交える前に、戦いを見る前に、それを全て見破った。この勇者では、魔王を倒すことはおろか、その体に剣を届かせることも出来ないと。そうして今まで抑えていた、その圧倒的な力を解放する。勇者もそれに恋する女も全てが、それだけのことで得も言われぬ恐怖を感じた。

 魔王は、その綺麗な顔に小さく嘲笑を浮かべながら、今度は従者たちを一人一人眺め始める。


「連れている従者も大したことがないな。これでは我が軍の三分の一も、制圧出来ないだろう」


 王女、魔道士、盗賊、そして彼は、とうとうその両目に私を捉える。魔王の暗い瞳が、一瞬の輝きを灯すのを見た。


「そなた………」


 あぁ、やはり貴方もか。貴方も感じてくれたのか。ならば、飛び込んでいいだろうか。ならば、この剣を向けてもいいだろうか。

 私はホールを全力で駆け、腰の愛剣で彼を下から斬りつけた。しかし、それは彼に届くことなく、銀の煌めきに止められた。私の剣と、彼の剣。大ホールに響き渡った、その音は、正しく魂の共鳴。


「名は、何という」


 濡れた魔王の瞳が、私を射抜く。私だけに向けられたその声に、私は微笑みを返した。


「………リリアナ。リリアナ・フルミータ」


「リリアナ………いい名だ」


 顔が熱くなるのがわかる。きっと私の瞳も濡れているのだろう。

 私が、『貴方の名は?』と聞こうとした瞬間だった。


「リ、リリアナから離れろ!!」


 私と彼を引き裂くように、火の玉が飛んできた。後方を見れば、勇者が剣を構えていた。なんて空気の読めない行動をするんだ、君は。

 高揚していた気持ちが、少しばかり萎えるのを感じて、私は溜息を吐きたくなった。その時、力強い腕が私の腰を攫い、気が付けば私の体は魔王に抱きかかえられていた。


「我の目の前で他の男に目をやるな、リリアナ」


 顎を持ち上げられ、自然と見上げる姿勢になる。先ほどよりも近い距離に、私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。


「あ、あぁ………すまない」


「良い子だ」


 そこ言葉と共に、唇に一瞬、何か暖かなものが触れたのがわかった。おまけとばかりに、軽くリップ音を残して離れてゆく。この時の私は、本当に茹蛸のようだったことだろう。


「なっ!?リリアナに何をする!」


「この者は我の物だ。何をしようと勝手であろう?」


「リリアナは物じゃないぞ!」


 恥ずかしさや嬉しさや、その他もろもろで固まっていた私の耳に、そんな勇者と魔王のやり取りが聞こえた。それによって覚醒した私は、告げた。


「そうだ。私は物じゃないぞ」


「だからリリアナを離せ!」


 勇者黙れ。

 魔王は私を睨む。そう怒らないでくれ。この先が肝心なのだから。


「私は物じゃない。けれど、それでも物にしたいというならば、代わりに貴方を私にくれないか?魔王よ」


 魔王の胸の中で、不敵に笑う私に、魔王は瞠目した後、みるみるその瞳を緩ませて笑い始めた。


「はははは!流石は我の選んだ女だ。………いいだろう。我がそなたを得る代わりに、そなたに我を捧げよう。だが、我を手に入れれば最後。二度と我の傍から離れることは許さない」


「それこそ、私の望むことだ」


 笑いあう二人に、何か柔らかいものを感じたのか、今まで黙っていた女たちが発言し始める。


「あ、あの、どういうことですの………?」


「魔王は敵じゃないのっ!?」


「………不可解」


 困惑した様子の彼女らに、私は簡潔かつ的確な言葉で表してやった。


「―――――――――…一目惚れだ」


 頬染める私に、彼女らは声を無くしたようで、口を開けたまま固まっていた。その中で喚いていたのは、言わずもがな勇者である。


「リ、リリアナ目を覚ませ!相手は魔王なんだぞ!?」


「それがどうしたんだ?むしろ素敵じゃないか」


 濡れ羽の髪も、深い瞳も、冷たい指も、低い声も、もう何もかもが好ましくて仕方がない。魔王という肩書さえ、彼の引き立て役だ。初めてこの目に映した時から、彼が愛おしいのだ。そして、彼も同じように私を想ってくれているのだと知ってしまったら、気持ちを抑えることなど出来ないじゃないか。


「し、しかし魔王は人々を苦しめているんだぞ!リリアナ、君はそれを止めたくて俺と共に来てくれてんじゃないのか!?」


「いや、ただの好奇心だ。だが、こうして運命の人に出会えたのだから、着いてきたのは正解だったな」


 そうだ。きっと、今までの苦労も何もかもが、彼に出会うための試練だったのだ。そして、何度も脱走を考えては失敗したのも、今日こうやって彼に出会うのが決まっていたからなのだ。そう考えれば、これまでのことがとても幸福なことだったように思えるから、人間不思議なものだ。

 うんうん、と一人納得していると、魔王は首を傾げながら勇者に言った。


「我の国が人間を苦しめる?そんな馬鹿げたことを抜かしているのは、貴様らの国だけだぞ?」


「え?」


 流石にこれに疑問を抱かずにはいられなかったのか、王女であるメルディルが声を挟む。


「魔国は貴様らの国以外の国との、国交も盛んだ。貴様らが魔物、と呼んでいるあれらは我の配下でない。確かに魔の属性を持っているが、あれらは出来損ないだ。自我など持たぬ、凶悪な獣。それがあれだ。他国にも周知の事実だが」


 魔王は、私たちが魔物と呼んでいたものに誇りある『魔』を付けたくないのか、終始『あれ』と呼んだ。


「な、ならば何故!何故、魔王を討てとお父様はおっしゃられたのです!貴方が民を苦しめているからではありませんか!」


「貴様の国の王にとって、魔国は利用できる存在だったのだろう。そう、例えば王族に向けられる民衆の敵意を、他の悪に向けさせよう、とかな」


 まぁ、愚かしい考えだが。と、彼は苦々しい表情で呟いた。


「そ、そんな………お、王家が民に敵視されているなんて!あり得ませんわ!」


 王女は声を震わせながら叫んだ。彼女にとってそれは信じられないことであり、信じたくないことであった。しかし私には自業自得のように思えた。エオノーラ王家は、あまりにも民衆を顧みなかった。いや、民衆を心から思っているようなふりをしていた。だが、増税は留まらず、貴族の腐敗は進み、下町は奴隷商の温床だった。王家が何も知らない腑抜けであったら、まだましであったのかもしれない。だが、それを全て知ったうえで民衆を想っているような態度が、余計に民の神経を逆撫でしつづけているのだ。まぁ、メルディナ王女は何も知らなかったようだが。それは神殿で籠りっきりだった、エミリー魔道士にも言えることのようだった。唯一世俗に塗れて生きていた、元盗賊のヴィルは、勇者と共にいられれば何でも良かったらしい。


「そんなに信じられなければ、己の目で確かめるがいい」


 そう言って魔王は右手を挙げた。


「何をする気だ!」


「今にわかる。さらばだ、勇者。二度とその面、我の前に見せるなよ」


 魔王が右手を下へ振り下ろすと、彼らの後ろに大きな穴が開き、勢いよく吸い込まれていくのがわかった。恐らくあれは、あの国に繋がっているのだろうと推測するのは、簡単なことだった。

 それでも勇者はそれに抗おうと、ホールに剣を突き立てて耐えていた。


「リリアナ!リリアナ、俺と、俺と来るんだ、リリアナ!!!」


 私を必死に呼ぶその声に、私はただ告げるしかなかった。


「私はもう二度と、勇者殿の手を取ることはないよ」


 勇者は絶望したような表情を浮かべ、脱力したように穴に吸い込まれていった。突き刺した剣を残し、穴と共に彼らは帰って行った。


「あぁ、ところで魔王よ。貴方の名は?」


「そうだったな。我の名は―――――――――」






 その時刻、エオノーラ王国では、民衆の蜂起によって革命が起こり、勇者たちが戻った頃にはもう王が斃れた後であった。全てが終わった時、しかも剣を失った勇者には何をなすことも出来なかったのだという。

 その勇者が私に恋心を抱いていたことも、あの顔の近さの意味も、そしてそれに気づいた魔王が一刻も早く私から勇者を離したかったことも、今の私にはわかるはずもなかった。


「そういえば、何故魔王城に貴方だけだったのだ?」


「あぁ、面倒だったから我一人で片を付けようと思って、今日は勤めを休みにしたのだ」






 これは、魔王ラグディウス・ウズタリカ・トーレ=ベルーヴィとその王妃リリアナ・ウズタリカ・フルミータ=ベルーヴィの始まりの物語である。




 いかかでしたでしょうか。

 もっとライトに、軽いコメディタッチで…と思っていたのですが、いつの間にか後半から勇者一行が不憫なことになってしまいました。勇者失恋、王女失脚、魔道士と元盗賊は空気というwwww

 楽しんでいただけたなら幸いであります。

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[良い点] 斬新で面白かったです。 勇者を好みではないと言った、リリアナの気持ちがわかるなと正直思ってしましました。魔王と彼女の今後が気になります。
[一言] 展開が、面白いです。 勇者俺チートハーレムが多い中、新鮮でした。 特に取り巻き女連中がみんなカス。 理想が、魔王様。夫婦最強!素敵です。
[良い点] ランキングから来ました!面白かったです! [一言] 何故三年前の作品が唐突にランキング一位に……? あと、活動報告途切れてるのが悲しいです。
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